驚くべきことを聞きました
昼休み、私はシフォンケーキを掲げていた。
まるで、優勝トロフィーを賜ったかのように。
これは千香ちゃんが、昨夜急に作りたくなったらしい。
千香ちゃんは作るだけ作って、自分じゃ食べないから学校に持って来てくれたのだ。
わざわざ持って来てくれるなんて……。お昼のデザートに千香ちゃんのケーキを食べられるなんて……。ああ、
感激である。
「ありがとう!すごく大事に食べるね!」
「大事に食べなくても、たくさんあるから好きなだけ食べるといいわ」
今日のお昼ご飯は、極上である。
「橋本さーん。廊下で男子が呼んでるー」
ルンルン気分の私のもとに、クラスの女子から信じられない声が飛んできた。
男子?え、なに?告白のフラグ?
首を回して廊下に目を向けると、そこにいたのは俯いた林。
なんだ、林かよ。
「ちょっと行ってくるね。食べてて」
林の目の前まで行くと、ぼそぼそと小声で林が呟いた。珍しく表情は硬い。
「橋本さん。ちょっと、来てほしい」
「は?何、どうしたの?」
ここで話せばいいじゃないか。
今、私は千香ちゃんとランチタイムなの!シフォンケーキたらふく食べる使命があるの!
廊下を数歩歩いた林と、ここから離れたくない私。
動いてないことに気づいて、林は戻って来た。が、その時、私の手首を掴む。
「ちょっと!林?!」
そのまま、私を引きずって歩きだしてしまった。
千香ちゃんとのお昼が!私のシフォンケーキ!昼休みは滅多なことがなきゃ、千香ちゃんとずっといるって決めてるのに!
っていうか、林、地味に力あるな。手首痛いんだけど!
そのまま普段とはなにか違う林に連れられてやって来たのは、かつても使ったことのある校舎端の空き教室。
中に入るとやっと、手首を解放された。
「ちょっと、本当に何なのよ!私さっき、すごく大事な時間だったのに!」
ちょっとだけ赤くなってしまった手首を擦りながら、林に噛みつく。
私は怒っているのだ。
千香ちゃんとの親密タイム返せ!一秒一秒、とても大事なんだからな!
「ねえ。さっき一緒にいた子、西川先輩の妹だよね?」
「さっきって、教室のこと?そうだけど」
ここに着いてからも下を向いていた林は、やっとこの時顔を上げた。
そこにある表情は今にも泣きそうな顔である。
なんだ、なんだ。前にこの教室に来た時もこんな顔してたよね。ここに来るのは林が落ち込んでいる時って決まりでもあるの?
「じゃあ、橋本さんは実は知ってたの?知ってて何も言わなかったの?」
「何よ?なんのこと?ちゃんと説明してよ」
泣きそうでありながら、必死の形相で私に詰め寄ってくる林。なんとも形容しがたい顔になってて軽くヒく。
引き攣りそうになる表情筋を抑えて答える。こっちとしては何が何やらさっぱり不明である。
「西川先輩が、愛咲さんと同じとこでバイトしてるってことだよ!」
「え、なにそれ?本当に?!」
初耳である。っていうか、バイトしてたの?先輩、今年受験生でしょ?!
「勘違いとかじゃなくて?先輩がバイトなんて……」
「愛咲さんに聞いたんだ。喫茶店で西川先輩を見かけたから。そしたら夏の間、キッチンでバイトしてるんだって」
驚きすぎて声が咄嗟に出てこない。
うおおぉぉぉお!せ、せ、先輩。
そういう方法で距離を縮めに行ったの?!
だから、夏の間ずっと疲れた顔してたんだ!働いて疲れてたから。
なんか、意外である。先輩は、スマートに話術だけで距離を縮めていそうなイメージだった。
バイトについても、今までしたことがなかったはずだ。それをアプローチのために始めてしまうなんて。
案外、体を一緒に動かして仲良くなろう派?
「僕、全然知らなく。でも西川先輩を見た時に、楽しそうに横で笑ってる愛咲さんを見て……。いっぱい質問ばっかりしちゃって……。愛咲さん困ってたのに、僕、僕……」
「あー、と。言ってること支離滅裂だけど、とりあえず林は落ち込むのやめなさい。うっとおしい!」
泣きそうになってる林。大分混乱してるみたい。
でもとっても面倒くさいから、とりあえずウジウジすんの禁止!
「とりあえず、私も気になるし千香ちゃんにそれとなく葵先輩のこと聞いてあげるから」
「うん……」
「なんで働いてたのかってことが分かればいいの?」
「えっと、それについては愛咲さんがちょっと言ってた」
声の調子は変わらないけど、ちょっとだけ落ち着きを取り戻したらしい林がゆっくりと話し出した。
「人手が足りないって知って働いてくれているのって。……でも、僕に言ってくれれば僕だって全然働いたのに」
「林、あんたじゃむしろ足手まといそうだけどね」
思わず本音が漏れる。
だって、ねぇ。
林って体力なさそうだし。筋肉もないから力仕事もできないだろうし。
「橋本さん、ひどい。ってそんなことより、僕、困らせちゃったし愛咲さんに嫌われたかな?彼女は西川先輩のこと好きなのかな?」
「美鈴ちゃんは天使のように優しいから、困らせてごめんって謝れば大丈夫でしょ。彼女が先輩を好きなのかは知らないけど……」
私はそうであることを望んでる。
語尾に隠した私の望み。
でも林は、なんとなく察しとったようだった。
林の顔が歪む。
「って、あー!泣くなっての。私が泣かせたみたいでしょうが」
「ご、ごめん」
泣き出してしまった林を慰める。
だって、この状況誰かに見られてみてよ。確実に私が悪者だよ。ひ弱な男を泣かせる女ってことにされちゃうよ。
慰めながら、大丈夫を連続で言い続け、結局私の昼休みは終わった。
千香ちゃんのデザートが……。せっかく作ってくれたシフォンケーキが……。
お昼ご飯だって食べ損ねたし。午後の授業の間ずっとお腹が減っていた。
こんなの、私が泣きたいっつーの!




