偵察しますよ 2
「ここだよ」
林が足を止めたのは、本当に小さな喫茶店の前だった。流行りのカフェなどのおしゃれな感じとは程遠い、こじんまりとしたレトロな雰囲気漂うお店である。こんな絵に描いたような、一昔前の喫茶店が未だに残っていたのかと感心してしまった。
「愛咲さんはいないけど、ケーキとか食べ物が美味しくてオススメだよ。橋本さん、食べるでしょ?」
「もちろん」
食べるさ、そりゃ。美鈴ちゃんがいないだなんて、食べなきゃやってられない。やけ食いである。
林の後について店の扉から中に入る。カランカランと扉についたベルが鳴る。
中からはクラシックだかジャズだか分からないけど、歌のない音楽が静かに流れている。明りは電球色で温かみがあり、ぽつんぽつんと店内に点在する黒い机とイスは互いに遠すぎず近すぎない位置で配置されていた。
「奥で良いよね?」
「うん」
店員も客もいない店の中で、そのことを気にせず林は店の奥にあった机に腰掛けた。私は店を見渡しながら奥へ行き林の前の席についた。
「勝手に座っていいの?店員さんもいないけど」
「うん、大丈夫だよ。なんか前にキッチンの人手が足りてないって言ってたからホールの人も中を手伝ってるんだと思う。入口のベルは聞こえたはずだから多分、佐々木さんがもうすぐ来ると思うよ」
「佐々木さん?」
誰?
林が私の疑問に答えようとしたときに、向こうから人が出てきた。
「いらっしゃいませ……って。あれ、林君?」
出てきたのは美鈴ちゃんだった。私は存在感を消して、その姿をガン見する。
白のワイシャツに黒いスカート、その上からピンクのエプロンをしている。フワフワの髪は、学校とは違ってポニーテールで一纏まりにされている。
知り合いだと分かったからか、美鈴ちゃんの顔は笑顔である。
きゃー!ポニーテール、いいね。学校では見られない珍しい美鈴ちゃんの姿である。ちょっと後ろを向いて私にうなじを見せてほしいな。
ああ、カメラに収めたい!こんな可愛さをいつも林は味わってやがるのか。羨ましいぞ、まったく。
「えっ、愛咲さん?!どうして今日いるの?確か今日は休みって言ってたよね」
「佐々木さんが代わってほしいって言ってたから代わったの。あれ?……今日は一人じゃないんだね」
目を見開いて驚いている林と親しげに話していた美鈴ちゃんは、私の存在に気が付いてしまったらしい。
今までで初めて、真正面から目が合った。はぁ、正面から見ると思っていた以上に可愛いな……。至近距離から写真撮らせてもらえないかな……。
思っていることを表に出さないように気を付けながら、軽く会釈と挨拶をしておく。バレたら林がきっとうるさいからね。
「こんにちは」
「こんにちは。……ゆっくりしていって下さいね」
っ!美鈴ちゃんが、私に笑いかけてくれたよー!
どうしよう、どうしよう。胸がドキドキしちゃう。憧れ続けたヒロインが、今私の目の前で笑っている!
「愛咲さん、注文お願いできる?」
「うん、大丈夫だよ」
「僕は紅茶とチーズケーキで、橋本さんは何にする?」
美鈴ちゃんがエプロンのポケットから紙とペンを出したのを確認してから、林がメニューを見ずに注文をしていた。
さっき私と美鈴ちゃんが見つめ合っていたのを邪魔しやがってー。お願いするとき若干早口だったし、本当に邪魔するために言葉を挟んだのか、コイツ。
メニューを林が差し出すが、品数は多くなかったのでさっと目を通すことができた。でも、どれがいいのか分からない。でも注文を聞くために中腰の美鈴ちゃんをここで長々と考えて留めるのは気が引けるから、とりあえず。
「じゃあ、同じ物を」
「はい。じゃあ少々お待ちください」
美鈴ちゃんは来た方へ、多分キッチンの方に姿を消した。
私は名残惜しくその背中を見送る。完全に中に入って見えなくなってから、林と向き合った。
「どうして、もっと美鈴ちゃんを引き留めておかなかったのよ?」
「引き留めるなんて危ないことできないよ!愛咲さんがいるなんて本当に予想外だよ。橋本さん、早くケーキを食べてここから出よう。君がここにいたら彼女が危険だよ」
「お前、本当に失礼な奴だな」
さっきのは私の勘違いとかではなく、本気で邪魔しに言葉を挟んだようだ。
危険なんてないって言ってるのに!
もちろん、今の会話は小声である。顔を突き合わせて話をしているのだ。
林を睨めば、すぐに目を逸らした。そして逃げるように顔を離される
「まあ、いいや。で、さっきも出てきてた佐々木さんって誰なの?」
今度は声の大きさを普通に戻す。
睨まれなくなったからか、ちょっと安心したような顔の林。
「佐々木さんはここでバイトしてる先輩だよ。ホールは愛咲さんと佐々木さんだけなんだ。キッチンはこの店のオーナーがやってるらしいよ」
「詳しいね」
「うん、愛咲さんが話してたからね。いつもお客さんが僕以外にいない時は、一緒に座って話をするんだ」
ふーん。
それであんなに親しかったのか。一緒に話すだなんて。しかも座ってってことは向かい合ってでしょ?羨ましいを通り越して妬ましいぞ、林。私も一緒に話したい!ずるい、ずるい、ずるいずるい……。
いけない!この話題だと林を羨んでしまう。他のことを考えよう。
ここにいる攻略対象はアルバイトのはずだったから、佐々木なる人物がそうだと思う。オーナーがバイトのはずはないからね。
今日は休みらしいから、美鈴ちゃんとの様子を見ることができない。なら、情報だけでも集めなくちゃ。
「佐々木って人、どんな人?美鈴ちゃんと仲良いの?」
「カッコいい人だよ。頼れる人って感じ。でもここだけの話、僕はちょっと怖いから苦手かな。時々睨まれている気がして……。愛咲さんもあんまり得意じゃないって言ってたけど、なんで?」
「なんでもない」
一気に声を顰めて尋ねれば、同様に小声で返答された。
得意じゃないって、その人が攻略対象だよね?なんで好感度低いの?何やらかしたのよ、一体。
デートの相手がその人って線はどうにも薄そうである。
じゃあ、誰なの?!どこの誰が美鈴ちゃんと水族館に出かけるのだ。
林は怪訝そうであるが、構わず頭を働かせる。全く予想がつかないのである。
無言で悩む私のもとに、美鈴ちゃんがケーキを持ってやって来た。
「お待たせしました。どうぞ」
お盆からケーキと紅茶を下して、並べる。
紅茶はいい香りがするし、チーズケーキには赤いソースと生クリームが乗ってすごく美味しそうである。
「あれ、チーズケーキの装飾変わったの?」
フォークを持っていざ食べようとしたところに、林が思わずというように声を上げた。
「装飾?」
「ああ、橋本さんは初めてだもんね。チーズケーキはソースで皿にオーナーが絵を描いて出してくれるんだ。その時の気分で描くらしくって、今日は何かなって少し楽しみにしてたんだよ」
林の声がやや沈む。
「今日のはオーナーが飾りつけしてないの。キッチンに夏の間新しくアルバイトの人が来ててね、その人がやったから絵じゃないんだ。ごめんね」
「そうなんだ。こっちこそごめんね、気をつかわせて。前に大変だって言ってたし、バイトの人が増えたならちょっとは楽だね」
「うん」
林の疑問に答えてから、美鈴ちゃんは静かに中に戻って行った。
今の会話で気になったのは新しいアルバイトという言葉である。
もしかして、佐々木じゃなくてその人が攻略対象なんじゃないだろうか。夏の間だけなんて設定はゲームではなかったけど、ここは現実だし多少の違いはあるはずである。
「そうだとしたら、私はどうすればいいかな……」
小声で呟く。
葵先輩のルートじゃなかったとして、バイト先の攻略対象のライバルキャラとの接触はない。ライバルキャラできるだろうか。
いや、できないとイチャイチャできなくなっちゃうから、なんとしてでもやらなくちゃダメなのである。
うーん、何か対策を練らないと……。
「橋本さん?食べないの?」
「食べる!」
良い案が思いつかないし、甘い物食べてから考えよう。
夏は長いし、夏休みの宿題は終わってるから時間には余裕もある。千香ちゃんとイチャつくのが最優先だけど、それ以外の時に考えればなんとかなるだろう。
「そういえば、林は夏休み何して過ごすの?」
「え、……っと。橋本さんには言わない」
林は目を泳がせまくっている。何その反応。
「どうしてよ」
「だって、橋本さんに言ったら未来が悪くなりそうだし……」
「私、疫病神かよ!」
別に聞いたって悪くしたりしないっていうの。というか、そんな力私にはないのである。
「夏休みが終わったら全部まとめて報告するよ」
「はい、はい」
そんなにひどく思われていたなんて、心外である。
どうせ林の話なんて聞いたところで、大して面白くなんてないと思うのだ。休み明けに適当に聞き流すことにしよう。
「ケーキ早く食べてね。それで急いで出よう」
「どれだけ私を警戒してるのよ!」
結局、林に急かされて流し込むようにチーズケーキを食べた。食べ終わった途端に立ち上がって、出て行こうとするのである。少し休ませろ、と言いたい。
私はいるだけで害のある危険物という認識を林にされているように感じる。きっと勘違いではないだろう。
会計をしてから、出て行く時に美鈴ちゃんと目が合ったからまた会釈をしておいた。
表情が硬い気がしたけど、仲良くなれたらきっと満面の笑みを向けてくれるようになるよね?必ず仲良くなるから、と私は決意を改たにしたのである。
あ、写真撮るの忘れた!




