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偵察しますよ 1

やっと夏休みが来た!という気持ちである。

というのも、やっと宿題が片付いたのだ。頑張ったぞ、私。

昨日千香ちゃんに褒めてもらいに行って、目一杯頭を撫でてもらった。至極幸せな気持ちを噛み締められたから、このご褒美のためだけに頑張ったかいがあったと胸を張って言える!


そして今日は、珍しく千香ちゃんの家には行かない。


夏休み中に、どうしてもやりたいことがあった。絶対に成し遂げておきたかった。

今日はそれをする日なのである。


今日の約束をこぎつけるために、何度も頼み込んだ。

幾度となく断られ、それでも諦めず。しつこいくらいに粘ったのだ。

そこまで執着するなんて気持ち悪い、とまで言われた。それでもめげない私は、最終的に承諾を勝ち得たのだ。


そう!美鈴ちゃんのバイトの偵察である!


バイト先を知っている林は、初め断固拒否って感じだったのだが私の熱意が通じて、僕の言うことを絶対に守ること。絶対に暴走しない、盗撮しない。ということを条件に認めてもらった。

執念の勝利である!


少し前に葵先輩とおでかけした辺りで、林と待ち合わせしている。

あの時、美鈴ちゃんが葵先輩にこの辺にバイト先がある、と話していたなあ。あの時は偶然の邂逅を神に感謝したけど、今は神が味方じゃないって分かったしなあ。


今は学校で聞いた美鈴ちゃんのデートの相手を探さないとならない。

ずっとノーマークだったが、美鈴ちゃんのバイト先には攻略対象がいるのだ。べ、別に忘れていたんじゃないからね。図書男とかを警戒するあまり忘れていたとかじゃないんだから。


こほん。で、だ。

もしもバイト先にいる攻略対象がその相手なら態度で分かるかと思ったのだ。

バイト中であっても、アイコンタクトとか仕草で好いている相手か否かくらい分かるだろう。恋愛経験の乏しくたって、一応私も女子である。察すことくらいできる!……と信じたい。


そのため決行された、バイト場の偵察である!

目的は美鈴ちゃんの意中の相手かどうかの見極めが二割だ!残り八割が美鈴ちゃんのバイトの制服を見たいからである。

え?邪念が多すぎる?むしろ、こっちが本命なのだから邪念などではないのである!

というか、美鈴ちゃんの好きな相手が特定できないことの方が私にとってイレギュラーなのだ。本当は十割の目的で制服堪能がしたかったのに!


「橋本さん?」


思考の渦にのまれていたせいで、林が目の前に来るまで気が付かなかった。

顔を上げれば、パッとしない林の姿。


……う、ん。

制服でもパッとしないと思ってたけど、私服だとよりパッとしない。私服が手抜きの私に言われたくないかもしれないが、ファッション微妙……。

裾の短いパツパツの黒いTシャツに、足の太さに合っていない大き過ぎるジーンズ。大きいがゆえに長さも長いのか、裾が地面に擦れてしまっている。

Tシャツが小さいのは絶対に着すぎて縮んだからだろう。他の服着ろよ。下は、買った時に絶対試着してないな。自分に合ったサイズを買えよ。


「あ、戻って良かった。怖い顔してたから、危ないこと考えてるのかと思ったよ。こんな人が多い所で変なことはしないでね。一緒に警察に捕まるのはごめんだよ」

「あんた、私への遠慮がどんどんなくなってるよね」

「橋本さんは普通の女子じゃないからね」


このやろう!私は普通の女子だわ!

コイツめ、私のことを女子じゃなくて何だと思っているんだ。


不機嫌を隠す気もなく林を睨みつけていたら、失言に気が付いたのか林が少し慌てる。


「あ、別に酷い意味じゃなくて!何というか、えーと……。愛咲さんみたい守りたいって感じじゃないし。周りの人を気にして気配りをしてるわけじゃないし。あ、でも、だからって橋本さんが気配りできない人間だって言ってるわけじゃなくて……。愛咲さんと比べると雑っていうか、ガサツっていうか。あー、だから……」


「わかったから、口を開くな」


話せば話すほどドツボにはまっていく林。混乱してて、言っていることが滅茶苦茶だけど、まあなんとなく言いたいことは分かった。

私は呆れ交じりに溜息を吐く。


つまり、美鈴ちゃんと比べると私には女の子らしさがないってことである。

林は今まで女子との交流が乏しかった。そんな男子高校生が接したのが、守りたくなる小動物系女子である美鈴ちゃんである。林の中で、女子とはこういう生き物だと思ったのだろう。そして、美鈴ちゃんとは全く違うタイプの私は一般女子とは違う生き物だと判断されたわけだ。

林の基準の女の子レベルが高すぎる!美鈴ちゃんはヒロインなのだ。男子が惚れる女子の中の代表格なのだ。林はそんなこと知らないだろうけど、女子力底辺の私が敵うはずもない。


というか、やっぱ林は美鈴ちゃんのこと好きなんだな。

なんだ、守りたいって。いっちょまえに男らしいこと言いやがって。


「林が、美鈴ちゃんのこと大事に思ってることは分かった」

「えっ!大事に思ってるって、そんなっ。なんで!」

「私のことは雑な奴だと思ってることも分かったから」

「あっ、ち、違くて!って別に違わないけど、橋本さんは橋本さんで良い人だってのも分かってるから。からかわないでよ、橋本さんは僕の大事な友達だよ」


女子認定されてないことへの意趣返しで、林でちょっとからかって遊んでやったんだけど、気が付いていたらしい。

友達って、私達は協力者だって言ってるのに。まあこの際、友好的ならどっちでもいいや。呼び方にこだわってもしょうがないし。


「まあ、いいや。今日は美鈴ちゃんのバイト先に案内よろしくね」

「うん。こっちだよ」


林が指で方向を示しながら歩き始めたから、横に並ぶ。

ああ、楽しみだな。ワクワクどきどきである。

昨日は楽しみのあまり寝れなかったのだ。遠足前の小学生の気持ちを久しぶりに思い起こした。


「くれぐれも暴れないでね」

「大丈夫だって」


心配そうな顔を崩さない林に、私は安心させてあげようと胸を張る。

私だって、美鈴ちゃんに警戒されたくはないのだ。なぜなら、まだライバルキャラとして出張るタイミングではないから。余計な印象を残しておくのは得策ではない。


「あと、今日愛咲さんはシフト入ってないから」

「……な、な、なんだと」


あまりの衝撃に足を止める。周りの人たちが迷惑そうにしているけど、そんなことを気にしてる場合ではないのである。林も数歩先に行ったけど、私に気が付き振り返った。


「どうして、そんな日にしたのよ。美鈴ちゃんの働いてるところが見たかったのに!」


今日という日にちは林が指定したものだった。だからてっきり美鈴ちゃんがシフトに入っている日を選んだのかと思っていたのに、よりにもよって美鈴ちゃんがいない日って……。


「愛咲さんがいるときに、橋本さんを連れて行ったら絶対に危険だから」

「危険なんてあるわけないでしょ!女の子は可愛い、可愛いは正義。可愛いは愛でるためにあるんだよ!別に取って食ったりしないのに」

「いや、そんなこと言ってる時点で危ないと思うんだけど」


絶望だ!絶望である。もうこの世の終わりだ。


「せっかくカメラ持って来たのに……」

「カメラって!盗撮しないって、ちゃんと約束したよね?!」

「盗撮じゃない。お店の写真を取ったら偶然映り込んじゃったという設定にするつもりだったの!」

「設定って……」


肩を竦める林をよそに、私は私で落胆した。

せっかく持って来たけど、カメラの出番はなさそうである。ああ……。


美鈴ちゃんがいないなら、想い人の捜索もできそうにない。美鈴ちゃんの反応を見て判断するつもりだったのに、その要である美鈴ちゃんがいないのだから。


口からため息が出る。幸せが逃げても構わない。

もうすでに今日の幸せはないのだから。今日はただ見学するだけで終わりそうだと少し憂鬱な気持ちになった。




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