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あ、阻止できない……


今日は図書室に漫画を返しに行かないとなんです。


あ、これはこの前図書男と美鈴ちゃんの邪魔をした時に借りていた漫画ではないよ。

あれの続きがすごく気になって、すぐさま次の巻を借りたのである。その巻が感動ストーリーで、もう何回も繰り返し読みまくった。

その巻を今日返す予定なのである。もうすぐ夏休みだから、返してしまわないと。もし、夏の間ずっと借りていたら私なら絶対に忘れてしまうからね。


ト、ト、ト……。


図書室に行くために足軽に階段を下りて、廊下に飛び出したら、ちょうど図書室とこの階段の中間あたりに例の二人がいた。

急いで来た道をバック。戻れ、戻れ、私。


今日はどうして図書室にいないんだろう。こんな場所にいるなんて思わなかったから、驚きで心臓がバクバクいっている。


深呼吸して落ち着こう。階段の影に戻って身を隠したけど、二人の声は問題なく聞こえてきた。

今何の話をしているのかは分からないけど、二人の笑い声がするし難なく盗み聞きできそうである。

心臓を静める作業をしている最中に、図書男の声がした。


「もう数日で夏休みだね」

「そうですね」

「僕この前、水族館のチケット貰ったんだ」


えっ?!ちょっと待って。

まだ全然状況が掴めてなかったから、準備ができてないよ!飛び出そうにも、飛び出せない。どうして、来ていきなりそんな話題なの!


そのチケットで美鈴ちゃんとデートしようと思ってる?

もしそうなら次の言葉を遮らなきゃ。でも、不意をつかれた私にはもうそんな時間もない。


「もし良かったらさ――」

「あ、もしかしてその水族館って、カサノリ水族館ですか?」


私の願いが通じたのか、図書男の台詞を遮った存在がいた。

他でもない美鈴ちゃんである。


幸か不幸か、いや不幸だよね。遮ってはくれたけど、それは水族館に興味を示しているからだから。

邪魔できなかった私は、そっと頭を出して、二人の次の様子を伺う。

もう今からじゃ出て行っても意味がないのなら、せめて観察くらいはしなくてはならないと思ったからだ。


鈴を転がすような声で、とても嬉しそうに微笑む美鈴ちゃん。


そんなに、水族館に行きたかったの?

カサノリ水族館はちょっと電車を乗り継げば行ける、それなりに大きめの水族館である。このあたりの水族館と言えばそこしかない。

すごく行きたいと思っていたなら葵先輩に頼んでくれればいいのに。どうして、そんな男と……。


水族館の薄暗い中を、二人で一緒に歩いたら親密さが上がってしまうではないか。ただでさえ葵先輩と比べて図書男と話す機会の方が多いのだ。

葵先輩、負けてますよ、今のままじゃ不利ですよ!

しかも、あのマイペース男のことだから、いつの間にか手とか握ってたりするだろう。そんなことになったら普通にデートである!

私が美鈴ちゃんとデートしたいのに!そして私が美鈴ちゃんの手を握るんだ!ニギニギして帰る時まで絶対に離さないでいたいのに!

……あ、違った。私じゃない。美鈴ちゃんと葵先輩でデートしてほしいのに、だった。つい自分の願望が……。


ああー!どうして私、この話を邪魔できなかったの?!

この男は強敵だって知っていたのに!

隠れているこの状況じゃなければ、地団太踏んでいるところである。


自己嫌悪とか後悔とか嫉妬とかで、内心では嵐で荒れすさんでいる私が覗いていることなど気づかずに、二人の会話は続く。


「そうだよ」


美鈴ちゃんの食いつきが良かったからか、緩む口元を隠しきれていない図書男。

だが、その頭に来るニヤケ顔が次の一言で面白いくらいに一瞬で固まった。


「私も、その水族館に夏休み行くんですよ!すごくすごく楽しみなんです。この前、約束して……」


図書男の誘いに乗って、この二人で行くのかと思っていた私は一気にテンションが上がる。

やった!なんだかよく分からないけど、とりあえず図書男とは行かない流れである。

やっぱり、神は私の味方なり!


と、喜んだものの、様子がおかしいことに気づいた。

図書男の表情が凍っている。

それに対して、美鈴ちゃんは頬を染めて、両手を胸の前に当てている。そして、目を伏せて今までにないほど可憐に笑っている。まるで、一緒に行く相手を想う乙女のように。


……って!なにその反応?!

恋する乙女の反応である。相手は誰?!一体誰が今の美鈴ちゃんの心に思い浮かんでいるの?


私と同じく予想外の反応に固まっていた図書男が、茫然としながら声を掛けた。


「誰と、一緒に行く予定なの?」


いつものゆったりした口調とは異なり、一言一言絞り出すようであった。声に感情がこもっておらず、トーンも低い。

だが、美鈴ちゃんは気が付かないらしい。それどころか、さっきよりも頬を深く染めて、両手で恥ずかしそうに照れる顔を隠した。


「えーと……」


一呼吸置いてから、美鈴ちゃんは両手を胸の前に戻した。


「ナイショ」


首を小さく横に傾げた。そして、その言葉の語尾には、間違いなくハートマークが付いていた。


ギャー!本当に誰?!!

私の知らない所で、美鈴ちゃんと約束をこぎつけた不届きものはどこのどいつだ!

神は味方じゃなかった。味方と思わせての裏切りなんて、なんて卑劣なっ!


「お互い、夏休み楽しみましょうねっ!では、失礼します」


晴れやかな顔で、そのまま帰っていく美鈴ちゃん。

楽しむという台詞に力が入っていた気がするのは、絶対に私の勘違いではないと思う。



あとに残されたのは肩を落とす哀れな図書男と、美鈴ちゃんの恋の相手に憤慨する私だけである。




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