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着実に破壊を


林が落ち込んでいた。


急になんだ、という感じかもしれないが、目の前の状況を言い表すならこれ以上ピッタリくる表現はないのである。


珍しく、本当に稀なことに、林からメールがあった。

あいつはメールで美鈴ちゃん情報の報告をしないから、いつも会った時に直接聞くしかないのだ。


案の定今回も、貴重な情報はメールの文面にはなかった。

そこには、昼休みに空き教室――私達の教室のある一年生の階の、校舎端に位置する人気のない教室群のうちの一つに来てほしいとあったのだ。詳細などは特に書いてなく、ただ相談したいことがあるとだけあった。


で、来てみたら林が落ち込んでいた。

誰も使っていない教室の端っこで体育座りして顔を伏せていたのだ。

その上に漫画のような効果音をつけてもいいのなら、どよーん。と紫やら青やらでドロドロした文字をつけられてしまうだろう。一目で分かるくらい暗いオーラを振りまいていた。


メールに気づいたのが遅かったせいで、もうお昼休みも中ごろになっていたけど。

え、そのせい?嘘でしょ、そんなに落ち込む?気が付かなくて、ごめん。


「遅くなってごめん。林、平気?」


心配になってそばまで行ってしゃがみ込めば、頭が重いかのようにゆっくりと林が顔を上げた。


「橋本さん……。僕、ぼく……」


顔をくちゃくちゃにして、今にも泣きだしそうである。

言葉も途切れ途切れで、声に張りもない。


「何?相談があるんでしょ?」

「そう、です。こんなこと橋本さんにしか聞けなくて……」


私にしか、って。

なんだか、私と林ってよく分からない絆で仲良くなってる気がする。協力者だし、別にいいんだけどさ。

傍から見たら、よく分からない関係だと思う、私達って。


「で?聞いてあげるから」

「今日、向こうから来た愛咲さんが目の前で躓いたんだ。本当に僕のすぐ目の前だったから、愛咲さんがこっちに被さるように倒れてきたんだ」

「ほう、それで?」

「一緒に、倒れた」


最初から声の張りがなくて弱弱しかったのに、話すうちにどんどん声が小さくなっていた。

林はそこで頭を再び下げる。


「橋本さんにも言われてたし、目の前だったし、支えようと思ったんだ。でも……」

「そのまま一緒に後ろに倒れたのね」


林の頭が小さく頷く。


その様子を見て私は少しだけ反省した。

確かに私が提案したことではあるけど、林じゃ支えられなくても仕方ないのかもしれないのだ。


野暮ったい林の体は明らかに筋肉がついているようには見えない。

別にデブでも、ガリガリでもないけど、筋肉もない。実は隠れマッチョということは絶対ない。しっかりした筋肉なんて、あるはずない。

スポーツができそうなタイプではないのだ。アニメのフィギュアを持って無言でニヤニヤして悦に入っている様子が想像しやすいオタク男子である。本当にオタクかは聞いたことないし知らないから正確には、オタク”っぽい”男子だけど。


支えられないのはしょうがない。改めて考えれば、林じゃ無理だろうし。

でも、ちゃんと支えられるかよりも大事なことがある。


「その時に美鈴ちゃんに怪我させた?」

「……ちょっとだけ。僕が下敷きになったけど、愛咲さんの膝がちょっと赤くなってた」

「うーん、まぁそのくらいなら――」


問題ない。


そう続けようとしたけど、私は言葉を止めた。何か感じたのだ。

教室の中を静寂が支配する。


静かになったおかげで、私が感じたものの正体が判明した。

教室の外から声がするのだ。


昼休みだろうと、このあたりに人が来ることなんてほぼない。

校舎の端ということもそうだが、普段使われることのないこの辺の教室はホコリが溜まっていてあまり綺麗ではないのである。しかも、節電のためか、面倒なのかは知らないがついている電灯もまばらで薄暗い。

環境的に最悪なのである。まあ、密会には最適だけど。


外から聞こえる声は甲高いし、女子だろう。

近づいて来ているのか、次第に話している内容が聞き取れるようになってきた。


「――んとに?ここに来てたの?」

「だって、さっき見たもん!絶対いたって!」

「えー、でも王子がどうして一年のフロアに来てるのよ。しかもこんな所に」

「でも、あれは絶対に西川先輩だった!見間違えたりなんてしないよ」


一人は興奮してるけど、もう一人は半信半疑という感じのやり取りである。

王子や西川先輩って、話題に上がっているのは葵先輩のことだよね?


「でも、いないじゃん」

「そうなんだけどさー」


ガラガラとドアの開く音がした。

一瞬この教室かと思ったけど、ここの扉は閉まったままだ。


「あれ、美鈴?何してんの?こんなとこで?」

「美鈴っちだ!ねぇ、その教室にいたなら知らない?西川先輩が来てたと思うんだけど」


え、美鈴ちゃん?!

今の話し声だけで状況を整理すると、この辺のどこかの教室から出てきたってこと?


「西川先輩?し、知らないかなー」


うおっ!本当に美鈴ちゃんだ!この声、間違いない。

でも、声が不自然に裏返ってない?


「なんだ、やっぱりあんたの見間違いなんじゃないの?」

「えー、美鈴っち、本当に?あやしいー」

「知らないよ。そ、それよりも教室に戻らない?」

「そうだね、戻ろう。王子いなかったし」

「絶対にそうだと思ったのにー!」


声が遠ざかっていく。

聞こえなくなるくらいまで、私達は黙ったままでいた。


「春、西川先輩は愛咲さんを受け止められていたのに。僕は一応男なのに、女の子を支えることもできない」

「いや、葵先輩と比べるのはちょっと無理があるでしょ」


この教室の静寂を破ったのは林で、ボソっと呟いた。

葵先輩と林じゃスペックが違いすぎだろ……。


「それでも、気になる女の子一人支えられないなんて、情けないよ……」

「でも、血が出るほどの怪我はさせてないんでしょ?」

「うん、まあ……」


ちょこっと赤くなったくらいでは保健室には行かないだろうし、私の目論見は達成されている。

保健医と美鈴ちゃんの接触の機会が減るならそれで十分なのである。

まあ、最善は美鈴ちゃんも無傷であることだったけど、林にそこまで求めるのは難しいだろうし。


「次は頑張りなよ」


落ち込んでいる林を励まして、次もこの調子で働いてもらわないと。


「次……?」

「そう、次。今回だけ、なんて考えてないよね?これからも美鈴ちゃんを助けるんだよ。その時にちゃんとできたら情けなくなんてないでしょ?」


顔を上げた林の目に光が灯るのが見て取れた。髪が目にかかっているせいで、すっごく分かりにくいけど。


「うん、そうだね。今度こそ僕、ちゃんとやってみせるよ」

「頑張れ!」


私ができるのは応援と励ましのみである。

これで保健医との親密さが増すこともないだろう。この件については林の働きが大きく関わってくるのである。

林、今度こそ怪我をさせないようにして、保健医と美鈴ちゃんが仲良くなるのを阻止してよ!




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