破壊工作開始
視界と聴覚に入って来る情報処理を放棄して、頭の中だけをフル回転させている。
私の頭をフルで使ったところで、スカスカで意味ないだろ、という突っ込みはなしでお願いします。
自分がそんなこと一番分かっている!
さて、葵先輩以外の攻略対象との関わりを妨害してやろう!と決意してから私は美鈴ちゃんの観察を強化した。
私の知らないうちに仲が進展されたら困るのである。
今月末には夏休みに入る。学生が目一杯はっちゃけて、一生懸命青春をする期間である。
ゲームでは夏にそれぞれの仲が急進展する。
私は全部イベントをスキップしていたからどんな内容だったかは覚えてないけど。
この急進展を受けて夏休み中、もしくは休み以降にライバルキャラが妨害に乗り出してくる。ライバルキャラが出るイベントはスキップせずに見たから、これは正確である。
うろ覚えで不確かな記憶によれば、夏のイベントは休み前に夏休みの予定を一緒に立てることで発生する。
それをこなせば、好感度が足りていればだが、連鎖的に夏中のイベントが起きてしまう。
私だって、ライバルキャラとイチャつくためにしかたないから、と嫌々男どもの好感度を上げるイベントをこなした――……はず。前世のことだし、興味もないから今じゃさっぱり覚えてないが。
まあ、そんな訳で今月は特に目を光らせて阻止しなくてはならない。
もちろんここは現実で、ゲームの時と同じだなんて思わない。
予定を一緒に立てなくても急展開するかもしれないし、立てたところで普通に遊んで終わりかもしれない。
でも、可能性がある以上は用心する必要はあるわけで。
さて、そろそろ視覚と聴覚の情報遮断をやめようと思う。
私は今、図書室にいる。
毎度恒例、カウンター横の漫画コーナーを陣取っているのだ。
今日は少女漫画をチョイスして胸キュンだよ!恋する乙女ってやっぱりいいよね。好きな人のために頑張っている女の子が好きだよ!
っていうのが視覚情報で、漫画を読み進める。
一方、聴覚の方っていうのは。
「この作者さんの新作読みましたか?」
「読んだよ。今までと雰囲気が違って面白かったよね」
カウンターを挟んで話し込んでいるこの二人の会話。
本当はすぐにでも割り込んで美鈴ちゃんの腕を引いてこの場所から去りたいんだけど、それはできない。
普段もこんな感じだから、と駆け出したい気持ちを抑えてタイミングを見計らっているのだ。
あの油断ならない図書男が、なにかしでかしそうになった時に止めるのが一番良いもんね。
「ああ、そういえば美鈴ちゃんは短冊書いたっけ?」
本に関することから話題が変わり、図書男が美鈴ちゃんに尋ねる。
「短冊、ですか?」
「七夕に合わせて図書室の入り口に竹を飾るんだ」
不思議そうに聞き返した美鈴ちゃんに、図書委員が柔らかい口調で説明する。
七夕……。そんな時期かぁ。
「飾った時につける短冊を図書室の利用者に書いてもらってるんだ。良かったら書いて?」
「わぁ、面白そうですね!書きたいです」
他人よりもスローでのんびりした話し方の図書男とは対照的に、美鈴ちゃんがハキハキと答えた。よほど興味が引かれたらしい。
顔を上げずに聞き耳だけ立てているから二人の表情は分からないけど、きっと今美鈴ちゃんは満面の笑みを浮かべているに違いない。
「はい、短冊。この中から好きな色選んで」
「ありがとうございます。ふふっ、何書こうかな?」
「書けたら図書委員が一旦回収して、竹を出す時に一緒に飾っちゃうからね」
美鈴ちゃんはワクワクする気持ちを抑えられないらしく、声が弾んでいる。
なんて書くのかな?美鈴ちゃんのお願い事が非常に気になる。
今なら私は短冊に葵先輩と美鈴ちゃんがもっと仲良くなりますようにって書く!
それか、他の男となんて仲良くなりませんようにって。ああー!私にも短冊プリーズ。
「あっ、そうだ」
願いを思いついたらしい。
私の好奇心も限界である。何書くのか気になる!
頭を上げて漫画から視線を外せば、カウンターで前屈みに短冊を書く美鈴ちゃんとそれを覗き込もうと頭を近づける図書委員の姿。
この距離はアウトー!近すぎるでしょ。
しかもあの男のことだ。きっと至近距離で感じの良いセリフを吐いて誑し込むんだろう!あの状態なら耳元で囁くことになる。美鈴ちゃんは純情っぽいから、そんなことされたら絶対に顔を赤らめて照れてしまう。
邪魔するタイミングは今だ!
「すみませーん!」
カウンターに向けて声をかける。
図書室で出すにしては大きい声だけど、妨害するためだから別にいいだろう。関係のない周りの人たちには申し訳ないけど。
「漫画って貸出してますかー?」
貸出可能って知っているけど、あえて図書男に聞く。ここはカウンター横だから聞こえないなんてありえない。
そのまま他人の耳元で返事をするわけにはいかず、図書男はゆっくりと美鈴ちゃんから離れた。
よしっ!やった!
「してますよ」
図書男が顔をこちらに向けるけど、無表情で声に抑揚がない。さっきとは大違いである。
いいところで声をかけた私に機嫌を損ねたようだ。
イヒヒッ。ざまあみろー!美鈴ちゃんは渡さないんだから。
「なら貸出お願いします」
相手が不機嫌になって、私の気分はすこぶる良い。だって、ちゃんと良い雰囲気をぶち壊すことができたということなのだから。
自然に口角が上がり、ホクホク笑顔で貸出を依頼する。
「緑士先輩、短冊書けました。確か回収するんですよね、ここに置いておきますね」
私が手に持っていた漫画をカウンターに持っていけば、ちょうど書き終えた美鈴ちゃんがそう言って横に避けた。
カウンター内で貸出処理を行っている図書男は、微笑みながら小さく頷いて美鈴ちゃんに返事をする。
そして、私の横から美鈴ちゃんは小さな声で委員の仕事をしている男に、
「私は帰りますね。お仕事頑張ってください」
早口に言うと手を振りながら、そのまま図書室から出て行った。
美鈴ちゃんの後姿を見送るのは、寂しく感じる。しょぼーん。
でも、そう思ったのは私だけではなかったようだ。目の前の男も同様に彼女が出て行った後の扉を一瞥した。
「貸出期間は二週間です」
悲しそうな視線から一転、ぶっきらぼうな台詞と共に漫画を手渡された。
心なしか視線が鋭い気がする。お前のせいで帰ったと言わんばかりである。
その視線から逃げるように、そそくさと私も図書室を後にする。
そして、図書室から出てすぐに、ふつふつと笑いが湧き上ってきた。
よっしゃー!!
妨害できてたよね?美鈴ちゃんの耳元で囁かせてあの男を意識させてしまうという現場を阻止できたよね?!
やればできるじゃない、私!この調子で阻止し続ければ、美鈴ちゃんが変な男に恋しちゃうこともないでしょ。
よーし、これからも頑張るぞ!




