恋する影うす少年 2
「林は美鈴ちゃんとどんな話をしたの?」
「えっと……、その喫茶店のケーキが美味しいとか?」
「疑問形に疑問で答えないでよ。ていうか、食べたのね。私には場所を教えてくれないくせに……」
私は美鈴ちゃんのバイト先のケーキを食べることができないのに。
ぐすん。
「だって、橋本さんに教えたら絶対にヤバいでしょ。……愛咲さんのストーカーになりかねないし」
「後半、すごい小さい声で言ってたけど聞こえてるからね。ストーカーなんてしないよ、……多分ね」
しないって断言はできないけどさ。
「彼女すごくいい子なんだよ。愛咲さん、最近ただでさえ悩みがあるみたいなのに、変なことに巻き込みたくない」
「変なことって、私のこと言ってるの?」
「学校ではあんまり話さないけど、喫茶店に行ったときには色々話すんだ」
「あ、私のことはスルーなのね」
スルーは肯定とみなすことにしよう。
つまり、林から見たら私は巻き込みたくない変なことってこと。林め、失礼な奴だ。
「愛咲さんは喫茶店の近くに住んでいるらしくって、実は僕と家が近所だったり。数学が苦手らしくって今度一緒にテスト勉強しようって話をしてたり」
遠くに視線を向けて、美鈴ちゃんのことを語る林。
こいつ、普通に美鈴ちゃんと仲良くなってない?目指さなくても、もうちゃんと友達になれてると思うんですけど。
なにこれ。もう一応の目的は達成されているって考えてもいいのかな。
「愛咲さんはいい子だよ。こんな根暗な僕にも優しくしてくれるんだ。それに尊敬できる。話をしているとその前向きさを眩しく思うんだ」
穏やかな笑顔を浮かべた林。その表情は尊敬しているというより、まるで恋する乙女のようで。
「なに?好きになっちゃったの?」
「え、な、な、何を言って――」
「ふーん、好きなんだ」
「僕、まだそうだとは言ってないんだけど……」
さすがは美鈴ちゃん。ヒロインなだけある。
その魅力が多くの男を虜にするのだ。
「バイト先にカッコいい人もいるし、学校でも色々な人と交友のある社交的な彼女のことを、僕なんかが好きになっても彼女に迷惑をかけるだけだし」
俯く林。
確かに、美鈴ちゃんは可愛くて明るいし、根暗でモサッとしてる林とは正反対だけどさ。
「ああー!もう少し自信を持ってよ。僕なんかって言葉は、聞いてるこっちがイライラする。協力者のよしみだし、話くらいは聞いてあげるからさ」
卑屈になってると良いことないと思うのだ。
他人がウジウジしているのは、聞いていて気分の良いことじゃない。
「ウジウジ、オドオドするのは直したほうがいいと思うし、それが林の構成要素の半分くらいを占めてるように思うけど、多分林にだって良いところあるよ」
「橋本さん、それは貶めてるのか励まそうとしてるのか分からないよ。それより、僕の良いところって?」
貶めてなんかいない。ちょっと口が正直なだけである。
林の良いところ……。なんだろう。
暗いとこ?モサいとこ?猫背なこと?
あれ?これ全部あんまり良くないことじゃない?
え、他にはなんだろう。思いつかないよ。えっと、うーんと……。
「そう!その人畜無害そうなとこよ」
「え……、人畜無害って良いところなの?」
「当然でしょ」
とっさに出てきちゃったけど、人畜無害って微妙なラインだよね。長所とも短所とも取れる。
けど、言ってしまったからしょうがない。これで押し通そう。
「さっき美鈴ちゃんが悩んでるって言ってたし、相談に乗ってあげなよ。無害ですって雰囲気でうまくやれば、聞き出せるだろうし」
「……うん。困っているなら助けになりたいし、聞いてみるよ」
林が眉を下げ困ったように笑った。
それから一瞬自分の腕につけている時計に目を向ける。
「もうこんな時間なんだね。できるかは分からないけど、自分に自信が持てるように頑張ってみるよ。じゃあね」
「よし、頑張れ」
席を立つ林を見送り、私は思う。
話は聞けるけど、応援はできないんだよなー、と。
美鈴ちゃんにはぜひとも葵先輩を好きになってもらいたいのである。
それにそもそも、林の恋のライバルは多い。
その上、どれもこれも皆イケメンばかりである。外見だけじゃなく、スペックも高めの。
対して、良いところがすぐに思いつかないような林の恋の成就は絶望的である。
でもまあ、片思いは自由である。
例え玉砕しようと、失恋したショックで林が髪を金髪にしようと、引きこもりになって自宅警備員の道を歩んだとしても、そこまでの責任を私は取らない。
ということで、適当に頑張れよ林。
無責任なエールだけ送り、私も図書館を後にする。林のことなんてすでに頭の中にはなくなっている。
美鈴ちゃんのバイト先のケーキは無理でも、何かケーキが食べたいなあ。
千香ちゃんに作ってって、お願いしなくっちゃ。




