色々と美味しい 1
校舎の端の方にひっそりある職員室の奥は行き止まりだ。つまり校舎の端っこということである。
そこには存在を知る生徒も数人しかいない、幻の数学準備室がひっそり存在している。
数学の教材が置いてあり、数学担当の先生がここにいることがあるらしいのだけど、千香ちゃんに教えてもらうまで私はこの部屋の存在すら知らなかった。
そもそも数学の担当教師に用があることなど皆無だからね。
そんな幻の教室について言ったことにはもちろん理由がある。
中に千香ちゃんがいるのだ。
数学で分からないことがあったから、放課後に質問に来たんだって。真面目だよね!
私は数学の授業なんて理解できてないけど、聞こうなんて思いもしない。
聞いたって分からないもん。
数学準備室の前で待ちたいけど、すぐ横には職員室。
ここにいるのは、とてもとても居心地が悪いのだ。
けど、千香ちゃんを待つからここから遠く離れることはできない。
……結果、私は階段で座り込むことになった。
職員室前には二つの階段がある。
校舎の本当に端にある階段と、職員室の斜め前にある階段。
この距離、だいたい五十歩ほど。
こんなに近い距離にいらないわ!
と、設計に文句をつけたくなるけど、このおかげで階段に座り込んでも大丈夫なのだから文句の声を小さくせざるおえない。私が座り込んでいる、校舎の端っこに位置する階段の利用率はほぼゼロなのだ。
こちらの階段を使うより、向こう側の階段から行った方が各教室に近いのである。
職員室の方から色々な声が聞こえる。教師の声や先生に用のある生徒の声など。
その中で私のレーダーにひっかかる声が聞こえた気がした。
そろーり、と頭だけを覗かせ職員室側を見る。
忙しなく行き来する教師や生徒の中で、一人だけ私の目を引く人物がいた。
小さな身体に不釣合いなほどたくさんの布の山を抱いた女子生徒。
落としてしまうのではないかと心配になって、思わず手を貸したくなる。
そう!美鈴ちゃんである!
職員室に入ろうとする教師に扉を押えてもらいながら出てきた美鈴ちゃんは、その教師に小さく一礼するとヨタヨタと歩きだした。
あんなにたくさんの荷物を持っているのだから誰か助けてやれよ!と物申したい。
私の願いが届いたのだろうか。
職員室から出てきた人物が、後ろから近づき美鈴ちゃんの荷物を掻っ攫った。
我らが葵先輩である。
先輩ステキ!ナイスタイミングですよ!
私の心中で拍手喝采状態だ。パチパチ、ヒューヒュー。
急に持ち物が減ったことに驚いた美鈴ちゃんは足を止めて、葵先輩を見上げた。
「これ、体育祭の準備用のだよね?これから体育館に持っていくのかな?」
「あ、はい。そうです」
美鈴ちゃんが持っていると随分多い量だと思ったけど、葵先輩が持つとそんなに多くない量の布なのだと思える。葵先輩は危なげなくスマートに持っているからかな。
葵先輩ならなんとか片手でも持ててしまいそうだ。
美鈴ちゃんの小柄さがよく分かる状況である。
「俺もこれから手伝いに行こうと思ってたんだ。一緒に戻ろうか」
「はい。あ、これ一緒に持ってくれてありがとうございます」
優しく話しかける葵先輩と、笑顔でお礼を言う美鈴ちゃん。
二人だけの空気が流れている。
すごく良い感じである。
どんどんいけー、もっとやれー。葵先輩ファイト!




