調理実習ですが、私は食べ専門ですよ
入学から一か月経ち、クラスにはだいぶ馴染んだと思う。千香ちゃん以外にも話せる友人もできて、毎日充実している。
もちろん、千香ちゃんが私の一番だけどね。
さて、さて。
調理実習で何かしらの和食を作る、という課題が出された。
調理実習の班は自由に決めていい、とのことだったから千香ちゃんとクラスの友人達と組んだ。
私以外のメンバーは皆、女子力が高いような気がするよ。
あれ、私邪魔じゃない?もしかして、この班にとっていらない存在?
そんな役立たずの私の担当は材料を切る係である。
野菜の皮を剥いて適当な大きさに切るだけだから未希でも失敗しないでしょって皆から言われ任命された。
全く家の手伝いをしない私にとっては十二分にハードルの高い役割である。
危なげな手つきで包丁を使いながら、ジャガイモの皮むきをする。
その時に、ふと考えが頭をよぎった。
美鈴ちゃんが接触したことのあるゲームの攻略対象は三人だけなのか、と。
私は美鈴ちゃんと同じクラスではないし、四六時中一緒にいるわけでもない。
私が知っている三人の接触に関しては、偶然遭遇しているにすぎない。
この三人以外ともう何かあったのか、全く接触していないのか、私には分からないのである。
無理に全てを知る必要はないと思うけれど、それなりには情報を集めておかなくてはならない。
状況を知っておかないと、美鈴ちゃんのライバルキャラとして立ちふさがることができないからね。
どうしよ――、痛ッ!
考えながら包丁使ってたから、指切った!痛いよ。
「ちょっと!未希、指大丈夫?!」
近くで鍋の準備をしていた友達が気づいて、慌てたように声をかける。
血が出てるけど、ちょこっと切っただけだから大丈夫そう。
「平気だよ」
「いや、保健室行ってきなよ。一応消毒して絆創膏貼ってもらってきな。ほら、早く!」
残りの野菜は代わりに切っておくから、とその場を追い出される。
しかたない、保健室行くか。
初めて来た保健室に少しだけ緊張して、扉をノックするのを数秒躊躇った。
「痛ーい!」
するとそのほんの少しの間に、中から女子の声が聞こえた。
この声……。
「消毒してやってんだから、大人しくしてろよ」
今度は低い男の人の声。
思わず扉に耳を近づけ聞き耳を立てる。
「大体、なんでこの年になって体育でコケるんだよ。小学生のガキかよ」
「ひ、ひどいです!仕方ないじゃないですか、運動苦手なんです」
呆れた声とむっとした声。
言い争う声の片方は、美鈴ちゃんな気がする。いや、絶対美鈴ちゃんだ。私が女子の声を間違えるはずがない!
そうだとすると、相手の声は攻略対象の保健医か。例のごとく名前は覚えていないけど。
「んなことは、分かってるよ。先月の体育で頭にボール当てて来ただろうが。新入生の中でもお前ほどここに来てるやついねえよ。この運動音痴が」
「そうですけど、そんなハッキリ言わなくたっていいじゃないですか。運動音痴って自覚あるのに」
そっかー。美鈴ちゃんは運動苦手なんだ。
転んだり、ボールが当たったりするのから守ってあげたいですね。ほのぼの。
って、先月も何度か来たことがあるって言い方だったよね、今の!
ならやっぱり私が知らないところでも美鈴ちゃんは攻略対象と接しているってことだよね。
やっぱり、このままだとダメかも。一人で情報収集できてない。
頭の中ではそんなことを考えながら、中から聞こえるポンポンと続くリズムのいい言葉の応酬は聞いてて楽しく思う。
「怪我なんてしてくるなよ、傷を作るな」
「私だって好きで怪我してるんじゃないです」
ここで少し保健医からの言葉が止まる。
え、なになに?
「……一応お前女だろ。傷が残ったら困るだろう。頼むから怪我を増やすなよ」
急に、今までずっと呆れていた低い声が、すごく心配げで優しい色を帯びる。
これは、不意打ちですね。急に雰囲気を変えてくるなんてやるなぁ、保健医。
「よし、終わったぞ」
「あ、……ありがとうございます」
一瞬で声のトーンが元に戻ってしまったけど、美鈴ちゃんも変化は感じたらしい。
若干の照れが混じったお礼だった。かっわいー。
もしかしたら、顔を覗き込んだり、頭を撫でたりというアクションがあったのかもしれない。
声だけだと判断できないけど。
なんだか美鈴ちゃんが出てきそうな気配がしたから、そそくさとその場から逃げる。
美鈴ちゃんは、攻略対象達から好意的に接されていると思う。
というか、美鈴ちゃんコミュ力高いよね。観察していて、かなり多くの人から好かれているように思うよ。
私はゲームの選択肢なんて少しも覚えてないからなんとも言えないけど、多分正解の接し方をしているんだと思う。
まあ、なにはともあれ、
「運動苦手なんて可愛いなー」
私にとって大事なのはそこである。




