帝都
ボックスシティは十二の地区で構成がなされている。入国希望者の管理を担当する第一地区をはじめとして、様々な用途をもった地区が構成されている。それらの地区の中で唯一、第五地区は帝都という別名がある。
それはボックスシティの中心に位置していることと、治安維持本局など街の政治を取り仕切っている者達が集い、この街の帝ともいえる人が生活している場所でもあるために帝都と呼ばれている。
帝都にある治安維持局は捜査官が集う場所であり、能力者等を法的処分が下されるまでの間、拘留させる留置所が存在する。
留置所は厳重な監視カメラや特殊合金の監獄を始めとして脱獄されないように無数の処置が施されている・・・・かなりの頻度で脱獄されているのは内緒だが・・・・。
その留置所の一つに俺はいた。
「はん、最強と呼ばれていたお前がこんなところに入るたぁ世間とはわっからねぇもんだよな」
鉄格子の前で一人の捜査官がムカツク笑みを俺へ向けていた。
赤い髪をオールバックにして、捜査官の指定制服を着用せずに革ジャンを纏っている姿を見ている限りは路地裏でたむろしている様な不良にしか見えない。
「おら、なんとかいったらどーだよ?民間人の相馬くーん」
「わりーな、ぼーっとしてたわ。それよりも一級捜査官のお前がなんでこんなところにきてんだよ。あ、現在は二級捜査官でしたか?失礼しましたぁ」
「ぐっ!今は二級だがすぐに昇格して一級に戻るから安心しろ」
「なんだ、三級捜査官に格下げされればいいのに」
「ンだとぉ!喧嘩売ってるんのか!?」
「先に吹っかけたのはてめぇだろうが!!」
俺達は顔を近づけてにらみ合う。
鉄格子がなかったら殴り合いに発展していた自信がある。
相手にしているのは元一級、現二級捜査官の安倍彦馬。安倍晴明の末裔と噂されているが本人は否定している。「維持局において最強の捜査官」と名乗っているだけあって実力は確かだ。
但し、俺と安倍の仲はかーなーり悪い。
安倍は守銭奴と手柄の為なら手段を選ばないことが多い。俺が巻き込まれた事件のいくつかを自分の手柄にしている。ちなみに金にも目がない。まるでネズミ男みたいにころころと敵の間を動いていた事もある。
「そもそもなんでお前が捕まってんだ!一体、今度は何に巻き込まれた!」
「巻き込まれていねぇよ!拒否していたら拘束されるとか言われたんだ!権力の乱用だぞ!この野郎!」
「はぁ!?なんでお前なんぞを拘束しないといけねぇんだよ!拘束する施設なぞ、ねぇっていうのに!」
「人を化け物扱いするな!」
「能力者である俺から見てもてめぇは十分にバケモンだ」
「黙れ、シスコン」
「シスコンじゃねぇ!妹を溺愛して何が悪い!」
世間一般ではそれをシスコンの部類として見られます。
「そういえば、早苗ちゃん元気か?」
「お前に早苗は渡さねぇ!」
「元気か聞いただけでどうしてそういう話に発展する!?飛躍しすぎだろ」
「うるせぇ、早苗に近づく男は全て俺が排除してやる」
「最低だな!姑いびりが可愛く見えるほどだ。妹離れできない兄ほどの汚物はないな」
「貴様!汚物といいやがったな!決闘だ。ぶっ潰してやる」
「上等だ!今までの恨み、ここで晴らしてやる!」
「「じゃんけん・ぽん!」」
*しばらくお待ちください。
「くそっ、今回も・・・・引き分け・・・・か」
「・・・・そうだな」
十分も続いたじゃんけんは勝敗の数の結果、引き分けに終わってしまう。
お互いに一歩も引かなかった攻防はまたもや引き分けという形で終わったことに納得できるものではないがこれ以上の体力消費をおさえないと話が出来ない。
俺達は互いに壁にもたれる。お互いの顔を見れば揉め事へ発展するのは目に見えている。
いつものやりとり、だが、いつもと違いがあるとすれば安倍が外へ出られるのに対して俺は逃げられないというところか。
「それで・・・・一体、何をしにここにきたんだよ?お前が冷やかしだけでこんなところにくるわけがないだろ」
俺達の関係は友好な関係というものではない。
安倍彦馬との関係ははっきりいって“敵対関係”というのがぴったりだ。
俺が捕まったから冷やかしに訪れたとは思えない。
「お前を捕まえた捜査官のことだ」
「サハラ砂漠さん?」
「誰だそりゃ?俺が言ってんのは砂原沙織というなりたての二級捜査官のことだ」
「だからサハラ砂漠さんだろ」
「お前のネーミングセンス最悪だな」
「うるせぇ、さっさと本題に入れ」
安倍の冷めた視線を感じながら俺は続きを促す。
「あの砂原沙織とかいう捜査官、どうも変な動きをしているのが気になってな」
「変な動き?」
「捜査官は任務などの行動の際はツーマンセルが基本なのはやめたお前もわかってるだろ?」
「あぁ」
捜査官は能力が元の力が強ければ強いほど慢心しやすい。
慢心した人間ほど危険な物は無いという事を理解している上は問題が起きないよう二人組み行動を義務として行動するように規則に定めている。
規則を破った者は独房行きというのは周知の事実だ。
「なのにあの小娘は単独行動をしている。これは捜査官規約に違反なのはてめぇもわかっているはずだ」
「俺も単独だったけど?」
「一級は独自の行動権が特別に許されていただろーが」
あぁ、そうだった。
一級捜査官は国家を揺るがす危険性のある事案ばかり担当していたので規約の中に特例措置として独自行動が許されている。
主に敵地への潜入があったからというのもあるけれど、力の弱い相方がいたら巻き添えを防止する為にという意味もあった。
「だが、砂原沙織という小娘は二級になり立てだ。そんなヤツが独自行動なんて許されると思うか?そもそも二級捜査官が、何でお前のところに向かう?」
「一級の手が空いてなかったからとかも考えられるぞ。そもそも俺だぞ?俺の為に一級の人員割いてって、それこそ金の無駄遣い――」
「それくらいの強さだろーが、いい加減、自分が規格外の存在だと認めろ」
認めぬ!
不満をこめた表情で見るが安倍は無視して話を続けた。
「それで、すこぉし気になって調べてみたらあの成り立ての二級捜査官はどうやら三号の指示で動いていたらしい」
「三号って、三号管理官か?」
一級、二級、三級の各階級捜査官を束ね、管理する者が維持局にはいる。
一級捜査官を担当している管理官を一号、二級捜査官の担当者と俺達は二号と呼んでいた。三号は三級捜査官の担当者という振り分けだ。
「三号は三級捜査官ってことだろ?成り立ての子が三号さんの指示に従うか?付き合いがあったとはいえ、規則は規則だし」
「普通ならありえないが、あの小娘の場合は少し事情が異なる」
「は?」
「砂原沙織は三号のお蔭で捜査官になることが出来たんだよ。そもそもあの小娘は捜査官になることなんざできねぇ」
「・・・・どういう意味だよ」
「まずは砂原沙織だが、あれは本名じゃない。小娘の本名は金十字三夜だ。あの金十字鷹虎の娘だ」
「それは、本当の話なのか?」
安倍の告げた名前に俺は信じられず再度、尋ねる。
それほどまでに告げられた名前がでかすぎた。
この街が出来てすぐに能力者集団によるテロが起きた。
テロは主要国家間において同時多発し経済などへ大打撃を与えた。そのテロを起こした組織は能力至上主義を掲げ、デバイスの排除、能力者のみの国家の承認などを要求した。
要求を呑まない国家に対して能力者を投入して多数の死者を生んだ最悪の事件、そのテロの首謀者が金十字鷹虎といわれている。
彼は世界最強と呼ばれた七人に数えられるほどの能力者といわれて支持する人間が多かった。その一人が首謀者だという事実に世界が揺れた。
鷹虎が引き起こしたテロは新設されたばかりの維持局が対処することとなり、能力者同士の殺し合いの果てに首謀者は死亡。組織は弱体化したという話を聞いている。
弱体化したといっても未だにテロの裏には金十字の影アリといわれるほど危険視されるほどだ。
「どうやってその情報調べたんだよ」
「気になってデータベースにちょちょっとなぁ」
「ハッキングですかい。そもそもサハラ砂漠さんと三号さんの関係は?そこも調べたんだろ」
「全然、わからん」
「は?」
何を言っているんだコイツ。
三号さんとサハラ砂漠さんとの関係があるからこんなことを言い出したんじゃないのか?
「わかっていないのに三号さんとサハラ砂漠さんの繋がりがあるって言う答えがどこからでてきたんだよ!?お前は阿呆か?阿呆なのか!?」
「伊予の予言だ」
安部の一言で俺は固まる。
普通の人間なら伊予という名前を聞いたら首をかしげるかもしれない。
だが、俺達は違う。
「あー、伊予っちの予言って高確率であたるもんなぁ、そこに繋がりがあるって?」
「アイツの話じゃ、一緒に居るところが“視えた”らしい。その後にお前が怒っているところもみたそうだ」
「俺が?ないない。めったなことじゃ怒らないぞ」
DQNな子どもにだって普通に接するぞ。
殴りたい衝動にはかられるけれど。
「説得力ねぇっての。ま、俺はもっと探りを入れてみるが・・お前、これからのこと少しは考えろよ」
「何を?俺は免停くらったんだからのんびりと学生生活をエンジョイするに――」
「できるといいねぇ~」
棒読みなのがむかつく。
「いい加減、諦めろよ。お前がどれだけ平穏な生活を望もうとしても、その“力”がある限り、平穏から遠ざかる。俺達は普通に戻る事なんざできねぇんだよ。ったく、こちとら忙しいのに余計な仕事ばっかり増えやがる」
「大変だな」
「近頃、エリアゼロの事をかぎまわっているネズミがいるからな、その調査も兼任してんだよ」
「珍しいな。真面目にお前が仕事してるなんて」
「はん、特別手当がもらえるからに決まってんだろ。誰がタダ働きなんてするか」
「・・・・最低だな」
「お前にだけはいわれたくねぇよ。自分の犯したことから逃げているようなヤツなんかにはな」
安倍はふざけていた態度から一変してそういい残すと留置場から出ていった。
うるさい、ヤツだ。
「そんなことは俺が一番、理解してんだよ」
▼
「相馬ナイトの処刑が決定したよ」
「・・・・はい?」
砂原沙織は言葉の意味がわからず尋ね返してしまう。
場所は治安維持本局にある三号管理官の執務室、彼女はそこでデスクに座って書類を整理している三号管理官の源へ報告をしていた。
その時にふと、思い出したように源が告げた言葉に砂原は戸惑いの表情を浮かべた。
「どういうことですか!?まだ裁判も行われていないというのに、そもそも相馬さんを処刑って一体」
「罪状は国家反逆、彼の能力が裁判官へ与える影響を考慮して超法規的措置での決定だ。覆る事が無いだろう」
「無理やりすぎます!同行を拒否しただけで――」
「それだけ、一級捜査官が危険という事だよ」
「でも!」
「上からの命令は絶対だ。砂原君、それは捜査官であるキミが一番理解していないといけない事のはずだが」
「そう・・・・ですけど」
書類の整理から顔を上げて源は淡々と喋る。
納得のいかない彼女へ一枚の書類を手渡す。
書類を見て砂原は首をかしげてから管理官へ視線を向けた。
「あの、これは?」
「相馬ナイトの外出届だよ」
「でも、彼の刑は」
「超法規的措置だからね。彼への慈悲というところだろう。死ぬ前くらいに外の世界を味合わせるという国からの慈悲だ」
「・・・・」
「納得いかないかな?」
書類を見つめている砂原に源は尋ねる。
彼の問いへ砂原は答えない。
「別にキミが悪いというわけではないよ。彼が頑固なのがいけないんだ。捜査官は国家を、この街を守る事を使命としている。例え免許が無くてもその使命を理解している者なら協力すべきである。相馬ナイトはそれを拒絶した。それゆえの結果だ」
「(私が・・・・ちゃんと連れてこなかったせいだ)」
書類を握る手に力が入る。
もし、彼女が暴れる彼をおとなしく治安維持局へ連れてきていれば国家反逆罪にかけられなかっただろう。
――自分が連れてきていれば。
後悔の念に彼女の心が蝕まれる。
ポン、と源は彼女の肩へ両手を乗せた。
「だが、キミは違う」
「・・・・管理官」
「確かに相馬ナイトは拒否をしたけれど、キミは違う。キミは過去の経験から理解しているはずだ。捜査官という仕事がどういうことを意味しているのか、キミがなさなければならないのはなんなのかということを――」
「・・・・捜査官はこの街で生活をしている人を守る為に活動しています。普通に暮らしている無害な人たち、力の無い人たちを守る為に・・・・ですから」
「キミは迷ってはいけない。迷うという事はそれだけ普通に暮らしている人の生活を脅かすという事に繋がる」
源の言葉に砂原は強く書類を握り締める。
書類に皺が入るが源は何も言わず、ぽんぽんと彼女の肩をたたいた。
「なぁに、キミなら大丈夫だよ」
根拠があるように源はささやく。
言葉をしみこませるように彼女の耳元で優しく告げた。
「キミは優秀な捜査官なのだから」