ボイコットしたら
その日少年はヒーローになった。
助けたのは一人の少女で、敵だったのは有名な悪餓鬼達。小柄な少年の体から燃えるような熱が駆け巡り血液をたぎらせていく。
相手は近所の子ども達をいじめる有名な悪餓鬼で。物を取り上げて俺のものは俺のもの、お前のものは俺のものというようなことは当たり前、小さい子を泣かすことに優越感を見出すという最低なヤツだ。
そんなガキ大将に見ず知らずの女の子が苛められているのを少年は見つけて、気がついたら駆け出していた。
武器はない。
作戦もない。
少年の内に秘めていたのは小さな、小さな覚悟だけ。
助けるまで足掻き続けるという強い気持ち。
相手の数の多さに怯えそうになりながら、震える足を前へ、前へと踏み出させて。少女を助ける為に何度も、何度も立ち上がってガキ大将の仲間を一人、二人とまた倒した。
倒したといっても所詮は子どもの喧嘩だ。殴るというよりかは叩く、蹴る、ひっかく、噛み付くなどのバリエーションを駆使する。
ガキ大将との最終決戦、勝敗を分けたのはたった一つ。
――少年の頭突き。
顎を頭で殴られてノックダウンしたガキ大将をみて、子ども達は蜘蛛の子を散らすように逃げる。何人かは倒れているガキ大将を担いで消えていく。
こうして少年は小さな傷をいくつもつくりながら少女を助けたのである。
少年は泣いている少女に近づいた。
ガキ大将が消えても少女はまだ泣いていた。
怖い目にあったんだろう。
少年は泣いている少女の頭を撫でる。
「大丈夫」
お母さんが泣いていた自分をあやしてくれた時のようにして撫で続ける。
しばらくして落ち着いた少女に少年は笑みを浮かべつつ目線を合わせた。
話をする時は相手の目を見なさいと教えられた事を忠実に守りつつ、少女と目を合わせる。
直感で少年は少女が苛められている理由がわかった。
理解したけれど、少女を拒絶する理由はない。
泣いている少女へ少年は告げた。
「何かあっても僕が守って見せるから」
「ぐす・・・・本当・・・・?」
「うん。僕がずっと守ってみせるから!」
「私の事、いじめない?」
少女は太陽の光を浴びて白く輝く髪で顔の殆どを隠していた。うっすらと赤が混じっている瞳は涙で濡れて光っているように見える。
綺麗だなと思いながら少年は約束をした。
「いじめないさ!僕はヒーローだから!」
この日、少年の運命は大きく変わった。
▼
――両親が離婚した、という話を聞いて、俺が感じたのはようやくかというため息を零す事だった。
普通の親子なら離婚と聞いて困惑したり、泣いたりするのかもしれない。けれど、俺はそんな感情よりもようやくかという喜びの方が勝る。それだけ家庭が冷めていたというのもあったかもしれない。
「心配なのは我が妹がどっちに引き取られるかということだよなぁ」
今年からぴかぴかの中学一年生になる妹がどっちについていくかで人生が左右されるだろう。事務的な報告では進学校へ行くことが決まっていたから心配だ。
「まぁ、居ない人間の俺がとやかくいってもしゃーないな」
両親のいる家を飛び出してはや三年、いや四年だったかな?不気味なくらい暖かい家を飛び出して学生寮での生活を始めた俺は長期休暇になっても親族のいる家に帰りはしなかった。
正直、離婚するじゃなくて、したという報告ならしてくれない方がまだマシだったと思う。
そもそもー。
「引き取るからどっちについていくか考えておきなさいときた。普通はこっちにこないかというものなんだろうけど、自分で壊した家族にそういう期待は野暮ってもんだな」
昔から親不孝なことをしていたというわけじゃない。中学生になるまでは親のいう事は真面目に聞いていたし家族団らんを大事にしていた。けれど、中学生になりすったもんだの挙句、ぐれて家を飛び出したら勝手に崩壊を始めた。元々、貼り付けたような笑顔を浮かべてばかりの両親だったから真の愛を求め互いに愛人を作っていた可能性がある。
どっちかにいくつもりはない。数年顔を見ていないし、愛人に気を使ってもらいたくない。使うことになるのも嫌だ。
面倒な事で俺には一応、未成年という肩書きがつく。
親からの援助無しのアルバイトで生活を維持しているが未成年というのは本当に厄介だと思う。
夜中にうろついていたら大人は聞いてくるし、パシリで買いに行かされたら未成年だからダメと追い返され二度手間になるというのが数多くあった。バイトに関しては年上の新入りからデカイ顔されることがあった。
「あーぁ、早く未成年を卒業したい・・・・あれ、これってセクハラみたいなことになんのかな?童貞卒業したいみたいな」
俺よりも少し高い声が響く。
ちなみに学校の屋上にいるのだが、ここの屋上は原則、立ち入り禁止となっている。小説などでは屋上が解放されて自由に出来るとなっているが俺の学校は禁止だ。面倒だな。
「何を言っているのか知りませんが、そろそろこちらを向いてもらえないでしょうか」
オーケー、そろそろ現実逃避をやめにしようと思う。屋上のフェンスから景色を見下ろしていた俺は後ろを見る。
振り返った視線の先、そこには一人の少女が立っていた。
肩に触れるか触れないかの茶が混じったセミロングの髪、風に揺れる髪を手で押さえている手はまるで陶器のように白く艶がある。
黒を基調としたセーラー服に青いプリーツスカート。はっきりいってかなりの美少女が俺の前に立っていた。
「特殊な性癖を持つ人についてどう思う」
「は?」
「海外で女性の髪を洗うことが趣味という変わった男がいた。ソイツは夜な夜なナイフで女性を脅して拉致、気が済むまで女性の頭を洗い続けたらしい。他にも女性の靴の臭いをかぐのが大好きな女性がいて、他人の靴を盗んで臭いをかいでいたが、臭いは時間が経つにつれて薄れていくから。盗んだ靴を返して、履いたらまた盗むという趣味があるらしい。キミはそんな趣味の人たちについてどう思う?」
俺の言葉に美少女(←ココ大事)が戸惑いの声を浮かべた。
「その人の趣味によるものですので、とやかくいえませんけれど・・・・迷惑をかけなければいいのではないでしょうか。その人達は誘拐や窃盗をしています。他者に迷惑をかけない限りは・・・・って、どこに行こうとするのですか!」
「ちっ、ばれたか」
出口のドアを開けようとする一歩手前に気づかれて、俺は両手を挙げて振り返る。
気の強そうな瞳がこちらを見ていた。
「それで、アンタ誰さ」
「私は帝都治安維持を努めている――」
「あー、やっぱ聞きたくないから少女Aと呼ぶわ」
「最後まで言わせてください!」
ぎゃーぎゃーうるさい子だなぁ。
「相馬ナイトですね」
「違うでごわす。おいどんは田中三郎でざんす」
「え、あ、すいません!間違いです」
「困りますなぁ。気をつけていただかないと」
「はい・・・・って、何ですか!このコントみたいなの!」
「ノリがええ子や。そういう子は大好きやで」
「だ、だいすっ!?」
「弄りやすいという意味で」
「最低です!」
少女は話のペースを取り戻したのかコホン、と咳を鳴らして真剣な表情を浮かべる。
気の強そうな顔をしているから少女の真剣な表情だと告白されるか殴られるかのどちらかと身構えそうになった。
「私は騎士団より貴方をつれてくるように命じられました」
「嫌だ」
「貴方に拒否権はないとのことです・・・・というより、末端ですから言われても困ります」
「出直してきな!」
「高圧的ですね!?とにかく!無理やりにでもつれていきます!」
そういって少女はスカートのポケットから黒くて四角い物を取り出す。
「スタンガン?」
「護身用ですが、大人しく来てくれないのならこれで痛い目をみることになります」
そういって少女はスタンガンを起動させる。
リミッターが外されているのかスィッチ押しただけで凄い電気出ているんだけど。
「・・・・少し危ない気もしますけれど、覚悟!」
「嫌だ!」
走ってくる少女から全力で逃げる。
「強情ですね!ついてきたら痛い目にあわないのに!」
「脅迫しているって事に気づこうな!?そんなことして従う人間が素直にいると思うか!?そんな人間がいるなら目の前に連れて来い!」
「ここにいますから安心してきてください」
「むりだっつぅの!」
数分後。
「追い詰めました・・・・」
荒い息を吐いて、壁に追い詰めた俺を見る少女の姿があった。
少し汗をかいて、獲物を追い詰めた獣のような瞳の少女。
なんだろう、連行とかいう話がなかったらこのまま食われてもいいかもしれないような展開だ。しかし、現実はそこまで甘くない。
少女の手にはスタンガンが握られて、バチバチと火花を散らしている。ついでに呼吸も荒い。
直撃したら火傷ですまないかも、青あざは覚悟しないといけない。
まぁ、交渉してから痛みを覚悟する事にしよう。
「落ち着こう。話し合いで済まそうじゃないか」
「話し合いの過程は既に過ぎました。さぁ、大人しくスタンガンの餌食になってください!」
「嫌だよ!?」
「何でしょう・・・・追い詰められている貴方を見ていると、何故か頬が緩んで」
しかも、変な扉開けかかってる!?
このままだとスタンガンで痛い目を見るのは明白。ならば!
「わかった!」
「大人しくスタンガンの餌食になる覚悟がつきましたか?」
「違うわ!ついていくといったんだよ!?なんでスタンガンうける話になってるのさ」
「つまらないです」
「命かかってるんだぞ。コラァ!」
俺が同行するというと少女は渋々(本当に渋々)スタンガンのスィッチから手を離す。
命が助かったあまり、壁にもたれて座り込む。
――この時、悪戯な風が吹いた。
「え?」
「は」
吹いた風によってプリーツスカートが舞い上がる。
スタンガンを持っていたからスカートを抑える暇がなく、手の抵抗を受けずふわりと浮かぶ。
さらに運の悪い事に俺が座り込んでいたことで絶妙な角度だったことでスカートの中が見えた。
青、か。
「うん」
小さく頷く。
「綺麗な生脚でしたマル」
「どこ見てんですかぁ!!」
顔を赤らめて(あらかわいい)スタンガンが振り下ろされる。直撃を受けて漫画みたいに黒こげになるのかなぁと漠然と考えていたら大きな音が鳴って建物が揺れる。
「これは!?」
「おりょ?」
俺と少女はフェンスの方に身を乗り出す。
足元からもくもくと黒い煙が噴き出ていた。
「あーらら」
これ、避難しないと俺らヤバインじゃね?煙がもくもくと屋上を包み込み始めているし俺と少女の腕についているデバイスから避難警報が鳴り響いている。
「さて、民間人は大人しく避難しますか」
「相馬さんは避難してください。私は職務を全うするべく事件の調査に向かいます」
「はい!?何言ってんの!」
「デバイスに能力反応が出ています。事件なら騎士団として調査する必要が出てきます」
「いやいやいや、ここは逃げ惑う学生たちを避難させるのを優先するべきだろう!?」
「そ、そうかもしれません・・・・ですが、これ以上の被害を防ぐのも仕事に含まれます!」
「こら!」
頑な態度の少女はそういうとフェンスから飛び降りようとする。
後ろから押さえ込む形で飛び降りを阻止しようとする。当然の事ながら少女は暴れだす。
「離してください!」
「やーかしい!とにかく避難すっぞ」
有無を言わさず後ろのドアを開けて、校内に入る。
▼
「兄貴、本当にやるんですかい?」
「うるせぇな。既にギャラはもらってんだ!やらないとプロが廃るってもんだ!」
学校の校舎の中に二人組みの泥棒が侵入していた。
二人ともレスラーマスクのようなもので目と口元以外を隠している。相方の一人は教師や生徒がでてこないかびくびくしている。
もう一人は置かれている教材などを動かしていた。
「落ち着け、入学式だから教師のほとんどは体育館だし、こんな狭い部屋にくるような餓鬼はいねぇ」
「そうはいっても、こういう密室でお楽しみする餓鬼も」
「しょうもねぇことを考えるのてめぇだけだ!」
相方の異常といえる趣味に辟易しながら探し物を続ける。
元々、二人はいわゆるこそ泥で誰もいない民家や事務所に侵入して金目のものを盗んでいくことを生業としていた。
そんな泥棒が近年、セキュリティ強化が進んでいる学校に侵入するのは捕まるメリットの方が高くやりたいと思わない。そもそも学校に金目のものは少なく。狙うなら倉庫ではなく校長室をチョイスするだろう。
「しっかし、変な依頼人がいるもんすねぇ」
「そうだな。こんな学校に保管されている小物を持って来いというシンプルな内容に対してギャラはとんでもなくデケェのは驚いた」
泥棒が思い出すのは依頼人の男の言葉だった。
――盗みを頼みたい。
そんな事を言ってきた男は滅多におめにかかれない額の金を目の前に見せて、二人に依頼内容を話した。
遊んで暮らせるような大金を前にしたら人間は断らずにいられない。しかも人様のものを盗んでちびちびと生活しているような泥棒なら尚の事だろう。
しかも、念入りに下積みをしないといけない校舎の見取り図やおおよその保管場所を記されていたら簡単だと思い、二人は依頼を引き受けた。
「お、これみたいだな」
埃をかぶっていた箱を手袋で拭って男は依頼人から渡された写真と確認する。写真に映っている箱と一致している事を確認して、相方が持ってきた袋の中へ箱を仕舞いこむ。
「よし、ずらかるぞ」
「はいっす」
ドアを開けた途端、二人の後ろから爆発が起こる。
「「どぅわぁあああああ!?」」
爆風で二人は吹き飛ばされて、壁に叩きつけられる。
いきなりのことに泥棒の兄貴は混乱した。
「な、なんだ、いきなり!?」
「ば、ば、爆弾!」
「ンなことはわかってる!なんでここが爆発するのかってことだ」
弟分の頭を殴り、兄貴は周りを見る。
廊下や窓からもくもくと黒い煙が広がりつつあり、窓ガラスのいくつかの破片が地面に散らばっていた。
――ヤバイ。
何が起こっているのかわからないが、これはよろしくない。
どうして爆発が起こったのか原因はわからないがこのままだと爆破したのは自分達だと疑われてしまう。
――逃げよう!
兄貴はすぐにここから逃げる為に立ち上がる。
「おら、逃げるぞ!」
「こ、腰が抜け」
「ふざけんな!人が来る!急いで」
「見つけました!」
階段を駆け下りる音がしてそこから一人の少女が現れる。
黒を基調としたセーラー服と青いプリーツスカートの少女の姿を見て、ココの生徒だろうと判断した兄貴の泥棒は弟分の首根っこをつかんで引き寄せた。
「帝都治安維持局の者です!あなた方には爆破の容疑がかかっています。大人しく抵抗するなら情状酌量の余地も」
「うるせぇ!俺らはやってねぇんだ!」
「詳しい話は連行してから聞きます」
「餓鬼がほざくんじゃねぇ!」
兄貴は近くに警報ボタンに向かって拳をたたきつける。
すると、警報ボタンの下に設置されているホースが生き物のように動き出す。
蛇のような動きをとるホースに少女は身構えた。
「こいつを追っ払え!」
ホースの蛇に指示を出して兄貴は腰を抜かした弟分を連れて反対側へ逃走を試みる。
少しなら時間を稼げるだろうという判断だった。
だが、それは無駄な足掻きだった。
「ハァッ!」
少女の声が響き、兄貴の背中にホースが直撃する。
バランスを崩して床へ頭から倒れた。
「そこまでです」
前に回りこんだ少女が兄貴の額へ銃を突きつける。
「お前、一体・・・・」
「私は帝都治安維持局所属の二級捜査官の砂原沙織捜査官です。まだ、やりますか?」
少女の言葉に兄貴は降参の意思をみせるために手を挙げた。