幕間 生徒会執行部員エリアス
なぜか今年は庭に大量のブタクサが生えました。この作品のせいじゃないと信じたい(汗)
僕の名前は、エリアス・ヤン・バルテク。
国によって若干は違いはあるけれど、大陸では庶民は普通名前だけで姓を持たず(「粉屋のジム」って感じ)、村長とか大商人とかある程度の財産と権威があって、市民登録されている場合は姓を名乗ることが許される(村長のジョン・スミスとか、金貸しのマリオ・ロッシとか)。
さらに名前をふたつ持っているのは、大抵は騎士以上貴族身分の者で、それ以上となると王族とか皇族になる。
もっとも、そういった天上人の名前や姓は特殊なしきたりとかがある上、そもそも姓を名乗ること事態が稀なので――公式式典の時か、もしくは同格か目上の相手に挨拶する時だけだから――別格と思っていい(他にも超帝国から賜った〈真名〉は秘匿しなければならないとか、いろいろとややこしいらしい)。
で、セカンドネームを持っていることからもわかる通り、僕も出自は一応貴族ということになる。
とは言ってもバルテク家はリビティウム皇国シレント央国の貴族ツァレトカ伯爵家の陪臣で、国の貴族名鑑でも末席に、小さくその他大勢扱いで名を連ねる程度の準男爵なので、貴族といってもたぶん直臣で央都暮らしの騎士とか、昔ながらの豪族あがりの田舎郷士の方が、よほど豊かな暮らしをしているだろう典型的な貧乏貴族だ。
そんでもって、僕はそこの三男なので本来なら成人後、適当な理由をつけて家を追い出されていたところなんだけれど、母方の細くて切れそうなツテを辿った結果、今年運良くリビティウム皇立学園に入学することができた。
まあ要するに、卒業するまでにどこかの貴族にコネを作って仕えるか、役人の試験でも受けて自立しろというせめてもの親心だろう。
それに対しては特に不満はない。そもそも最後の手向けとして入学金を捻出してもらっただけでも奇跡のようなものだったし(その代わり半年以上、実家ではおかずが一品になった)、これ以上甘えるのは気が引けるし物理的にも不可能だ。
そんなわけで今年度十四歳で入学してからこっち、夢中で勉強と学費の為に働いてきた。
勿論、家からの援助なんてないので貴族学級なんて夢のまた夢、一般生徒に混じって学園の一般寮に住み込みで、放課後は写本などのバイトをして日々しのいでいる。
そんな僕が生徒会執行部に在籍することになったのは、はっきりいえば金銭の為だった。
ぶっちゃけた話、寮の同室だった奴がユニス法国の聖女教団員だったとかで無理やり生徒会に入れられそうになった――けれど、入学後一ヶ月ほどで彼女ができたとかで入会を嫌がった奴が、あろうことか僕を代わりにスケープゴートとして推薦したらしい。
もちろん僕は断固辞退するつもりだったんだけれど、断りきれない理由があった。
ひとつは実家のあるツァレトカ伯領が位置的にユニス法国にかなり近くて、教団員の権力がかなり強い生徒会に対して強く出られなかったこと。しがらみがあるし、そもそも田舎だと領主よりも教会の権威の方が強いからね。
もうひとつが、なにより入会時のメリット(学費の軽減、卒業時の就職先の斡旋、その他学園生活をおくる上での特典)を提示されたことだ。
要するに飴と鞭で縛られて、結果ずるずると泥沼に嵌るように生徒会執行部の組織に巻き込まれ、日々雑用をこなすようになった。
ちなみに生徒会執行部は生徒会長(執行部長)、副会長(副部長)、書記、会計、委員で構成されていて、書記、会計あたりまでは完全にユニス法国の教団員でもある関係貴族によって占められていて、僕のような外様の人間は運営に直接タッチすることはできなく、委員という名の使いっ走りとして唯々諾々と従うしかなかった。――いや、そう思っていたのだけれど……。
◆◇◆
「あれっ、セラヴィ司祭――いや、セラヴィ君もここで昼食かい?」
お昼休み、学園の購買部で買ってきたコッペパンに砂糖を塗っただけの、質素というのもはばかれる紙袋を持って中庭をウロウロしていた僕は、あまり人気のないベンチに座って、なにやら帳面を捲りながら昼食中らしい、同じ生徒会執行部の新規メンバーのセラヴィ・ロウの姿を目にしたので思わず声を掛けていた。
「……ああ、えーと、確か生徒会の――」
見覚えがあるけれど名前が出てこない……という顔で、首を捻られた。
「エリアス。エリアス・ヤン・バルテクだよ。一応、今度の調査学習では同じ班なんだけどね」
思わず苦笑しながら言い訳がましく付け加える。
「せっかくなので隣いいかい? 男ふたりで昼食なんて侘しいけど、ひとりで食べるのも味気ないし」
特に嫌という返事もなかったので、勝手に隣へ座って紙包みを開ける。
取り出した僕の昼食を見て、セラヴィが「へえ」という顔をした。
「うちは貧乏貴族で僕は穀潰しの三男だからね。最低限切り詰めないと生活していけないんだ」
いつものことなので先手を打ってそう説明すると、「左様で」という気のない返事が戻る。
変わっているなぁ、と僕は思った。
普通なら貴族出の生徒がこんな貧相な身なりと食事をしているのを見れば、好奇心丸出してイロイロと質問してくるか、或いは優越感丸出しの哀れみの目で見るかのどちらかなんだけれど、セラヴィの場合は本心から興味のない顔で適当に相槌を打った感じだ。
変な奴だ……いや、考えてみれば、コイツもコイツで謎が多い人物と言えるだろう。
ユニス法国の出身でこの若さで司祭の位を持っている通称『神童』。だけど庶民の出なので生徒会では僕と同じ平の役員で……ああ、本当に通り一遍の上っ面のことしか知らないな。
そんな立場と、普段から『やってられるか、かったるい』オーラを全身から放っているために、同じ生徒会の役員でも進んでセラヴィに関わろうとする人間はいない。
僕も普段は忙しいのと、彼に話しかけると生徒会の上の連中があまり良い顔をしないので、なんとなく敬遠していたんだけれど、この時は好奇心が少しだけ警戒を上回った。
「ところで、随分と美味しそうなもの食べているんだね。学食のテイクアウトでもないみたいだけど?」
セラヴィが食べているのはバゲットサンドイッチで、具材にレタス、スモークサーモン、ハム、チーズ、タマゴサラダ、ピクルス、トマト、パプリカ、ベーコン、ローストチキンなんかを、これでもかと挟んだ豪華な逸品だった。正直、見ているだけでも涎が出てくる。目の毒だ。
僕に負けず劣らず貧相な身なりに、ボサボサの髪を伸ばしているからてっきり貧乏仲間かと思っていたんだけれど、見かけによらず案外金には不自由してないのかな?
「ああ、これはなんていったか……ルタなんとかいう喫茶店のテイクアウトを貰ったんだ」
「ルタ……? もしかして『ルタンドゥテ』!?」
「……確かそうだったかな」
「あそこってそんなメニューもあるんだ! ――いや、評判だから興味はあるんだけど、高そうだし、ドレスコードに引っ掛かりそうだから行ったことないんだ」
「んなことぁないさ。そりゃま、学食に比べれば高いけど、二~三食我慢してでも食べたいくらい美味いし、俺なんていつもこの恰好で行ってるけど文句は言われたことないな」
擦り切れた古着の制服を引っ張って、自嘲するようにセラヴィが笑った。
本来、制服は学生の正装なんだからどこに着て行っても問題はない筈だけど、僕たちみたいな見るからに貧乏人は相手にしないという店も結構ある。同じように門前払いをされたり、水を撒かれたりした経験がセラヴィにもあるんだろう。
僕は俄然彼に親近感を覚えた。それと、不愛想なのかと思ってたけど、いちいち僕の質問に答えてくれるし、案外律儀で付き合いのいい奴なのかも知れない。
「へえ、じゃあ今度行ってみようかな。――にしても、そんな年中食べに行ってるわけ?」
だとすれば美食家なのかな? と思って訊いたんだけど、返事の代わりにセラヴィはポケットから何かの紙片の綴りを取り出して振った。
「あそこの食事券十枚綴りのワンセット。二~三日前にジルが『理事長に一泡吹かせられたので、そのお礼です』とかで、追加でいくつか寄越したから、遠慮なく使ってるだけさ」
「へえ、羨ましいな。――で、それをくれた太っ腹のジルって誰だい?」
「……ああ、えーと、この店のオーナーで貴族クラスの“ジュリア・フォルトゥーナ”だったかな。ついあだ名の方で呼んだけど」
ポロリとセラヴィがこぼした意外な名前に、僕は思わず食べていたコッペパンを、危うく喉に詰まらせそうになった。
「ごほっ――ジュ、ジュリアさんって、あのジュリア嬢!?」
「――いや、どのジュリアなんだ?」
「成績は主席で、いろいろと謎な理事長の覚えめでたく、その上、デレないツンデレ縦ロール、蹴って罵って欲しい女子ナンバーワン『アイリスの姫君』リーゼロッテ王女と、妖しい魅力で男女双方に熱狂的なファンのいる男装の麗人『紫陽花の君』ヴィオラ王女とも親交が深くて、本人もその可憐な容姿と癒し系の言動、そしてなにより推定百六十二セルメルト、四十二キルグーラ、Eカップという抜群のプロポーションから『桃花の姫君』とも呼ばれる、あのジュリア嬢だよっ!」
学園の生徒なら自明の理だろうに、なんで知らないんだこいつは!?
「………。多分それで合ってると思うけど、……なんでそんな詳しいんだ?」
「このくらいパパラッチ部――いや、新聞部の『学園の美少女特集』を見れば一目瞭然だろう! 今年入学の三大美少女の一角じゃないか! それを『ジル』なんて親しげに呼ぶなんて……もしかして彼女なの!? 付き合っているの?! もう触ったの!?! 違うなら紹介してよ!!」
興奮する僕とは逆に、『なに益体もないこと言ってるんだコイツ?』という目をするセラヴィだけど、そっちの方が変だよ、おかしいよ! 可愛い女の子の話題でなんで盛り上がらないんだ!? それも超高嶺の花だよ! がっつかないのは聖人くらいなもの……ああ、聖職者だから? いやいや、でも執行部長の生徒会長は助祭の資格も持ってるそうだけど、部室では日頃から下ネタ満載だよ!! 委員の女の子にはセクハラし放題だし(だから生徒会には女子生徒が極端に少ない。みんな嫌になって出て行くからね)!
「……お前、人畜無害そうな顔で中身は案外エロいな。あとジルとは……ん~っ、顔見知り程度なので、紹介とか無理だから」
「僕がエロいんじゃなくて君が淡白過ぎるんだよ! あの胸を見てムラムラこないの!?」
ああ、じれったい!
「いやまあ、……気持ちはわからなくもない」
面倒臭そうに視線を外して、手にした帳面に目を落とたセラヴィがしぶしぶと同意する。興味ない素振りをしているけど、耳が赤いよ君。意識しているのがバレバレだね。
「そうだろう!」
「そうなんですの?」
盛大に力瘤を入れたところで、ふと横合いから合いの手が掛かった。
……気のせいか女の子の声のようで、目の端に女子の制服と長い桜色の金髪がチラチラ見えるけど、多分幻覚と幻聴だろう。疲れてるんだ、僕は。
「――っっっ! いつからいたんだ。お前?!」
途端、弾かれたように顔を上げたセラヴィが、もの凄くばつの悪い顔で、誰も居ないはずの僕の隣をガン見する。
「えーと……“太っ腹”のあたりでしょうか? 私の名前と気になるキーワードだったので、思わず立ち止まってしまいました」
なぜだろう。僕も全身から脂汗がダラダラ流れるような……ああ、なんかすぐ傍からフローラルな香りとほのかな体温を感じるけど、いよいよ末期症状らしい。
「……聞いてたのか?」
「えーと、聞こえなかった、ということにしておいた方が宜しいでしょうか?」
「………。――悪かった」
「はい、わかりました。では、私も盗み聞きした形になりますので、お互い様ということで気にしないことにいたしましょう。――こちらの方もそれで宜しいでしょうか?」
話題の人物がひょいと腰を屈めて、僕の目を真正面から見て小造りの顔を傾げた。
「はっ、 はいっ! ――し、失礼しましたピーチ……いえ、ジュリア様!」
反射的にその場に立ち上がって直立不動の姿勢から、九十度腰を折って僕は深々と頭を下げる。
「あ、いえいえ。男子の会話って感じで懐かし……こほん、気にしていませんので。敬語など使わないで普通に話してください」
地面を向いているので顔は見えないけれど、恐縮した口調でそう言ってくれた。
噂通りいい子だ。今年度入学三大美少女の中ではちょっと地味だという声もあるけど、それは癖の強いあとふたりに比べてだし、僕としては控え目で性格のいい子の方が好みだし、やっぱり一押しだね。ただ、小声で「やはりピーチの姫になってたのね」とゲンナリ呟いていたので、本心から気にしていないのかは微妙なところだと思って気になったけど。
◆◇◆
「――アーレア地方、ユニス法国東部域に存在する温暖な平野で、現在は国の直轄地である。主な産業は観光と牧畜、一部湖での水産業」
「要するに何もないド田舎ってことだな」
ジュリア嬢が綺麗なソプラノで読み上げるレポートの内容に、セラヴィが容赦のないツッコミを入れる。
このレポートはさっきから彼が熱心に読んでいた帳面の中身で、わざわざ図書館で調べて要点をまとめたものらしい。「調査学習の下調べですか。意外とマメですわね」というジュリア嬢の感想にはまったくもって僕も同意だった。
「特に湖は景勝地の他、海のないユニス法国随一のリゾート地としても有名で、大小二十あまりの湖には様々な由来や伝説がある」
「特定の夜に現れ、変な仮面をかぶって巨大な農業用鎌を振り回す不死身の大鬼の伝説とかが有名なところだ」
「山間部では牧畜が盛んで、黒羊の羊毛は高品質で他国でも評価が高い」
「たまに肉食の偽黒羊が混じっていて、人間を襲って喰うらしい」
「また聖女教団巫女の修行地としても名高く、過去には巫女姫クララが修行に訪れ、言い伝えによれば聖女スノウと出会い神託を受けたとも言われる」
「実際には当人だと気付かずにいて、後で大騒ぎになったとか記録にあって……まあ、教団では偽典扱いされているけど」
「それと温泉が有名で、巫女姫クララも好んで浸かったことから、“美人の湯”としても名高く多くの女性客で賑わっている」
「噂では案外、クララ様は太りやすい体質だったらしくて、それで温泉だのサウナだの利用してたって言うけど、これはさすがにデマだろうな」
「――いえ、多分それ本当かと……」
「「???」」
「いえいえ、単なる推測ですのでお気になさらずに。それにしても、なかなか面白そうな場所ですわね、俄然興味が湧いてきました」
この発言にはびっくりした。あれだけロクでもない注釈を聞かされてメゲないどころか、逆に乗り気になっているなんて、聖女かこの子は!?
「正直、あまり気が進まなかったんですけど、お聞きした限り長閑な観光地のようですし、それに、は――クララ様所縁の場所も多いようですから、私はあまり彼女の事を知りませんし、良い機会なのでそうした場所を巡るのもなにかの縁ですわ」
気負いなく淡々とそう口に出すジュリア嬢と、そんな彼女をどこか値踏みするような目で見るセラヴィ。なんてことない雑談の延長のようだけれど、なぜかふたりの周りの空気が変わった気がして、僕は内心で首を捻っていた。
「なら、そっちの班もアーレア地方に調査学習に行くってことか?」
「ええ、たぶん他の皆様の同意は得られると思いますわ」
この返事に僕は密かにガッツポーズを取った。なんとなく前回のミーティングで、彼女たちの班の反応が悪かったから、バリー会長の機嫌が悪かったんだけれど、これでどうにかなりそうだ。それに、個人的にも三大美少女と同行できるのは望外の喜びってものだし。ひょっとして、何かの奇跡が起きて親密になれるかも知れない。
――あれ? でも彼女が最終判断を下すってわけで、そうすると、もしかして彼女たちの中心人物って、ルーカス公子でもリーゼロッテ王女でもない、この一見お淑やかで優しげなジュリア嬢ってことなんじゃ……?
「そうか。……まあ、何もないことを祈っとく」
「そうですわね。本当に」
なにがあっても僕が守りますよ! ――と言えたらいいんだろうなー。いや、逆に引かれるか?
そんな夢想をしながら、僕は残ったパンを口の中に放り込んだ。
今回は、ジルの学園での立ち居地を第三者から見た視点で書きました。
次回は調査学習――の前に、キャラクターが多くてわかり難いというご指摘がありましたので、少し早めですけど第三章の人物紹介を入れたいと思います。