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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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強さの意義と少年の涙

 無事に(?)に幽霊屋敷の騒動にもけりをつけて、シレントへ戻ったのは結局のところ翌々日の昼前になってしまいました。

 オットーさんの証言と当人を証明する書類の添付。屋敷の後始末を手配して、ついでにオットーさんのシレントでの住所やこちらの連絡先の交換などをした結果ですが、聞いた話では皇都では前日に郊外にあるスラム街で大規模な火事があったとのこと。

 その関係で随分と街の出入りが制限され、混雑していたそうですので、結果論ですが、一日置いたのは正解だったかもしれません。


 さて、三日ぶりに戻ったルタンドゥテⅢ号店(我が家)ですけれど、いつもの賑わいとは別に、中にいるルークとアシミ、男子二人の表情が妙に冴えません。

 じっと見ていると、

「……アシミさん。今日は行かないんですか……?」

「……行ってどうなる」

「……そう……ですね」

 と、こんなダウナーな会話が繰り広げられていました。


「……あれって、どうかしたのでしょうか?」

 なので、こっそりプリュイやエレンにも聞いてみましたけれど、これといって気になるような出来事はなかったと口を揃えて言われました。


「ただ、昨日珍しく二人揃って出かけて、夕方戻ってきたんですけど。その時には二人とも立てないほど消耗していました。ああ、あとは全身が焦げ臭かったので、すぐにお風呂に入ってもらいましたけど」

「うむ。そういえば戻ってからあんな風だったな。アシミはルークに課外活動で風の精霊術を教えると意気込んで出て行ったのだが……確かに、戻ったルークは別人のように風の精霊と親しくしていた。あれはたいしたものだ」


 プリュイの相槌には珍しく、ルークとアシミ双方を讃えるような響きが感じられます。

 それにしても焦げ臭かったということは、昨日の火事場見学にでもいって来たのでしょうか? でも、アシミは風の精霊術の課外授業だと言っていたそうですし、事実、ルークの技量が飛躍的――と言うか爆発的――に高まっているのは確かです。

 それがなぜか戻ってみれば揃って暗い顔をしているのは解せません。術をしくじって災害でも起こした……ということでも……ない……限り……。


「「「――まさかッ!!?」」」

 嫌な符号がピタリと合って、私とプリュイとエレンは引き攣った顔を見合わせ――続いて、またもや揃って嘆息しました。

「「「……それこそ“まさか”よね(だな)」」」

 あの二人に限ってそんな馬鹿なことを――アシミはちょっと心配ですけど――する訳ありませんものね。

 だったら何があったのでしょうか?

「「「う~~む……」」」

 謎は深まるばかりです。


     ◆◇◆


 昼食を兼ねて散歩にでも行きませんか? と誘ったものの珍しく渋るルークを半ば強引に屋敷から連れ出して、私とルークはフィーアをお供に徒歩で街の目抜き通りにでました。


「あまり、散歩という気分でもないのですけど……」

 この期に及んでなお歯切れの悪いルーク。

 これだけでも充分に異常事態です。普段であれば先を歩くフィーアのように、尻尾を振って付いて来る(かなり失礼な表現ですけれど。イメージ的に)彼が、ここまで浮かない顔でため息をついているなんて。


 ちなみにアシミの方もプリュイが理由をつけて外に連れ出している筈です。あちらはあちらで同郷のエルフ同士、思うところがあるのでしょう。


「まあそう言わずに。昨日一昨日と幽霊騒動で夜間に活動をしたせいでしょうか、明るい太陽の下を歩くのが気持ちがいいんです。……それとも、ルークは私とご一緒するのはご迷惑でしたか?」

 心持ち上目遣いで訴えかけるのが効果的。――と侍女頭のモニカのアドバイスです。


 果たしてルークは焦った様子で盛んに首を横に振りました。

「そ、そんなことはありません! ただちょっと一人で考えたいことがあったので……」

「なにかお悩みのことでもございますの? 私でよければお話をお伺いいたしますけれど?」

「……。――いえ。これは僕個人の問題ですので」


 むう。なかなかガードが固いですわね。

「そうですか。ただ私はルークの力になりたいと思っています。私が頼りないと思われるのでしたら仕方がありませんが、自分だけの心にしまって自問するよりも、誰かに話した方が解決方法が見つかることもあるかと思います。ですから、少しでもルークの心の負担が取り除けるのでしたら、遠慮なく私に……私では駄目なら他の者……もっと経験豊富なカーティスさんやノーマンにでも話されても良いかと思いますわよ」


「ジル……」

 ルークが迷子の子供のような、どこか途方に暮れた目で私を見詰めて……くしゃりと前髪に手を当て俯きました。

「――駄目ですね。僕は。ジルにまでこんなに心配をかけて」


 そのまま無言で考え込む彼の様子に、流石にそれ以上踏み込むことができずに、私も無言のまましばらく歩みを進めました。

 ふと気が付くといつの間にか、前日に火事があったというスラム街の方向へと足が向かっていたようです。


「ああ、ジル。そちらは治安が良くない上に昨日……災難があって、いまはゴタゴタしているので危険です。行かない方が良いですよ」

「まあ、そうなのですか? 災難というと噂になっている火事のことですの?」

「……ええ。もうジルの耳にも届いているんですね」

 物憂げにため息をつくルーク。

 相変わらず美少年は絵になります。オットーさんが見たら嬉々として絵の題材にしそうですわね。

「ひどいものでした。僕はあんな暮らしをしている人たちがいることも、あんな街があることも知らなかったんです。その上……何もできなかった」


 自責するルークの様子に、流石に好奇心だけでこれ以上踏み込むのは失礼と思い直して、私はその場から離れようとしました。そこへ――


「あら? 歌でしょうか。誰が歌っているのかは知りませんけれど、綺麗な歌声ですわね」

 何処からか微かに聞こえてきた歌声に、思わず足をとめて耳を澄ませます。

 女の子の声のようですが、たどたどしいなりに場慣れした雰囲気を感じさせる歌い手のように感じられました。


「……ああ、今日もいるのか」

 一方、ルークの方はその相手に覚えがあるようで、少しだけ躊躇してから声のする方へと、先に立って歩き始めました。


 入り組んだ路地を入って市内と市外を塞ぐ壁のあたりに来たところでルークが足を止めました。

 その視線の先を見れば、十歳ほどの随分と汚れた――襤褸切れのような貫頭衣(かんとうい)風の衣服をまとい、裸足の――浮浪児風の少女が、道端で歌を歌って物乞いをしています。


「……まあ」

 顔立ちは悪くはないのですけれど、なにしろ垢と汚れとが酷くて見るも無残な状態です。思わず眉をひそめたところで、私たちに気が付いたらしい少女が歌を止めて、にぱっと向日葵のような笑顔を浮かべました。


「こんにちは、若様! 今日はエルフの兄さんは一緒じゃないんですか? ――どうもはじめまして、貴族のお嬢様」

「はあ……はじめまして、ジュリア・フォルトゥーナです。気軽に『ジル』と呼んでください。――えーと、貴女はルークとアシミのお知り合いですか?」

 人懐っこい問い掛けに応えて、目線を合わせるために中腰になったてそう話しかけたところ、軽く目を瞠った少女が心なしかより一層笑みを深くして答えました。


「はいっ! わたしの名前はアニスです。あと若様とエルフのお兄さんは私達の恩人です!」


 朗らかなアニスの返事とは対照的に、ルークの表情は晴れないものです。どうやらこのあたりが彼とアシミの心労の原因らしいですわね。


「そうなの。きちんとご挨拶ができるなんて偉いわね。ルークの知り合いなら私ともお友達ですから、よろしくお願いいたしますわ」

 そう言うと微かに狼狽した表情で私とルークの顔を見比べました。


「え……あの……わたしのような者がお嬢様や若様と友人というのは……」

「あらっ。ルークやアシミったらそんな狭量なことを口にしたのですか!?」


 ちょっと大げさに目を大きく剥くと、アニスは慌てて首を横に振りました。

「いえ! ……でも昨日のはてっきり冗談かお情けかと……」

 後半は消え入りそうな小声になってしまいます。


「「そんなことはない!(あり得ませんわ)」」

 私とルークの否定の声がユニゾンとなりました。


     ◆◇◆


「……なるほど。それで火を消すために風の精霊に願って、精霊もそれに応えたというわけですか」


 復興中のスラム街を眼下に一望の下見渡せる小高い丘にあった、ちょうど良い枝振りの大樹の木陰で私とルークは腰を下ろすシートと、バスケットに入れて持ってきたランチを広げて、四方山話をしていた私たちですが会話の内容が、自然と先ほどの物乞いの少女アニスから転がって、ルークたちが関わった放火事件へと波及しました。


(そういうことですの。でもルークはともかく、アシミがハーフエルフの女の子やドワーフ族の養い親のためにそこまでとことん頑張るなんて、正直意外ですわね)


「――? どうしましたジル。ずいぶんと上機嫌のようですが?」

 眩しいものでも目にしたかのように、顔を赤らめ目を細めてニコニコ笑う私から視線を外すルーク。


「それは勿論、嬉しいからですわ。良い事をしたのですね二人とも」

 だから自分のことのように嬉しいのです。


 そんな私とは対照的に浮かない顔のルーク。

「……そうでしょうか。僕がもっと力があれば、もっともっと少ない被害で済んだのではないか。そう思えて、自分自身の無力が恨めしい気もしますけれど」


 全焼した建物を壊したり、その下から運び出される(むしろ)に包まれた遺体の行き先――墓地などという洒落たものはないので、適当に掘られたらしい大穴にまとめて放り込まれている――を遠目に見やって、物憂げなため息をつきます。

 ランチに用意したベーグルサンドにも一口二口口をつけただけで、すぐに置いてしまいましたし。


「美味しくありませんでしたか?」

 せっかくですので……と、多目に作ってきた分は全てアニスに差し上げたところ、「美味しい美味しい!」を連発してたちまち全部その場で食べきってしまいましたが、ルークの口には合わなかったのかも知れません。


「いいえっ。そんなことはありません、ただ胸が一杯で……」

「…………」


 う~~む。美味しいものを食べても駄目ということは、かなり根が深いですわね。

 私はルークが自分で卑下するほど無力だとは思えないのですけれど。


「私は先ほどアニスちゃんにお弁当を渡しました。――ルークはそんな私を軽蔑しますか?」

「???」

「例えば手元に持っている食料全部を他の飢えた子供達に分け与える。それとルタンドゥテ総出で炊き出しを行う――どうやら行政で救済措置など行わないようですから。いっそ財産を全て放出してスラムの人たち全員に食料を配布する。……そうしなかった私を薄情だと思いませんか?」

「――ッ。それは……全部は無理としても、ランチや炊き出しくらいは……」

「でも、いまあるランチでは他の子供達に配るだけの量がない。少なくともアニスちゃんがお腹一杯食べる分はなくなる。炊き出しを行っても、一日二日ならともかく毎日行えば早晩破産します。――ならば自己満足かも知れませんが、ルーク(あなた)の友人であり私とも知人となったアニスちゃんを私は優先させますけれど、それを非道と罵りますか?」

「それは……」


 それはわかる。けれどもっと多くの人たちを救える手段がある筈だ。

 そんな『たった一つの冴えたやり方』を模索する少年の苦悩が透かし見えます。


「勿論、私もこの現状を知った以上、できうる限りの支援を行うつもりですし、カーティスさんや、場合によってはリーゼロッテ王女にもご相談をして、行政にもお骨折りをいただく所存ですわ」

「そう……そうですよね! 微力ながら僕もお手伝いします!」


 たちまち生気を取り戻すルーク。

 そんな彼の顔を覗き込むようにして、私は目と目を合わせました。


「ええ、力を合わせて頑張りましょう。ですからルークも自分ひとりを責めないでください。貴方は万能ではないかも知れませんけれど、それでも多くの人たちを救ったのです。――それだけのことを成したことを私は友人として誇りに思いますわ」

「ジル――っ。ありがとう……ございます。でも、それでも僕は自分の無力さが……悔しいのです!」


 そう呻きながらむせび泣くルークを、私はそっと抱き締めていました。

「大丈夫。貴方は貴方のできることをしてのけたのです。それは完璧ではなかったかも知れません……ですが決して無力だなんて思わないでください。貴方が助けた人たちがいる。助けた街が残っている。それは揺るぎない事実なのですから。どうか忘れないで」

「――っっっ」


 ぎゅっと幼子のようにしがみ付くルークの耳元で囁き、熱い涙が滴っているのを感じながら、私は彼の心の重荷がどうか少しでも軽くなるようにと、そう願わずにはいられませんでした。 

一方その頃、アシミはプリュイと口喧嘩しながらいつもの調子を取り戻していたのでした。

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