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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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幽霊の正体と放浪の画家

 結構支離滅裂なブルーノのお話を整理してみました。

「……つまり雉撃ちに行く途中で、廊下の隅から白いドレスを着た私そっくりの幽霊が現れて、笑いながらブルーノを追いかけてきた、という訳ですね」

 なにそれ怖い。

「ああ、うん。そっくりだけど、なんかこうぞくっと色気のある感じのジルだった」

 色気がなくてすみませんね。


「ど、どういうことでしょうか?」

 直接怪異を目撃するよりも伝聞で聞くほうが気持ちが悪いのでしょう。充分に暖かい部屋の中で、両腕を抱いて身震いするリーン君の問い掛けに、私とセラヴィは顔を合わせました。


「「…………」」

 彼も私同様にブルーノが幽霊に遭遇したという時間帯に、特に霊的な気配を感知していないのは確かなようです。となれば――


「可能性としては、①単なる見間違い」

「怖い怖いと思えばカーテンも幽霊に見えるからな」

「見間違いじゃねえーッ!!」


 そうは言っても人間の認識なんて結構あやふやですし、まして『幽霊屋敷ホーンテッド・マンション』という先入観のある場所では猶更ですわ。


「②としては、幽霊ではなく知人の姿を真似るという魔物(モンスター)が、化けていた」

 ドッペルゲンガーとかシェイプシフターとかの類でしょうか。

「それだ!」

 ユーレカ! と言う感じでブルーノがパチンと指を鳴らしました。


「「う~~~ん……」」

 だったら昼間の探索で痕跡とか気配位は掴めていると思うのですが。そもそも『私そっくり』の幽霊が出始めたのは数ヶ月前からですので、前後関係が逆で平仄(ひょうそく)が合いません。


「③、実は私は幽体離脱体質で知らず知らず生霊を飛ばしていた」

 途端、セラヴィも含めた三人が一斉に私から距離を取りました。

「……冗談ですわ。まともに考えるのが面倒になってきたので適当に口にしただけですので」

 本気に取られると流石に凹みます。


「いや、でもジルなら或いは」「何でもありだからな」「可能性がないわけでは……」

 ヒソヒソと何やら失礼な会話をする三人。セラヴィともそれなりに打ち解けてきたようで重畳ですけれど、あまり嬉しくありません。


「兎に角、その現場を見てみましょう! 実際に見ないことには判断がつきません!」

「確かに、それも道理だな」


 そのような訳で実際に見たブルーノを先頭に、私、セラヴィが幽霊がでたという場所へ行ってみることにしました。

 リーン君はいざという時の為に居残りです。


「ひ、一人で残るんですかァ……?」

 幽霊の出る屋敷で一人居残りをする少女。

 ……確かに、死亡フラグっぽいですわね。


「大丈夫ですわ。部屋の四隅には強力な魔除を設置しておきましたし、念の為にフィーアも置いていきますので、私たちに付いてくるよりも余程安心ですわ」

『フィーア、悪い奴が来たらやっつける!』

 元気に尻尾を振るフィーア(小犬サイズ)を、生温かい目で見詰めるリーン君。


「……わかりました。なるべく早く帰ってきてくださいね」

 涙目で縋りつくリーン君に何度も大丈夫を言い含めて、私たちは部屋を出ました。


     ◆◇◆


「“光芒(ライト)”」

 月が雲に隠れてしまったために足元も覚束ない真っ暗な廊下。

 流石に気味が悪い上に危ないので、即座に私は魔法の光を燈します。


「特に妖しい気配はないけど。……どのあたりにいたんだ、ジルの幽霊(ゴースト)は?」

「……あの。その言い方だと私が化けて出てるようなのでやめていただけませんか?」

「もう少し先だ。そっちの角の先の廊下の隅に立ってたんだ、ジルっぽいのが」

 わかっていて口裏合わせてませんか、この二人?


 さて、問題の場所まで歩く道すがら、私はふと重大な問題に思い当たりました。

 万一幽霊に遭遇した場合には、どういうリアクションをとれば宜しいのでしょう。やはり「きゃあ!」と悲鳴をあべるべきでしょうか? 女子っぽく。さきほどのリーン君の怯えようを見ても女子力を誇示するためには必須のような気がしますが、別段怖くも何とない身としては少々あざといように思えます。


「……なにをブツブツ言ってるんだ、お前は?」

「え? 幽霊(ゴースト)に出会った際の対処法についてですが……」

「そっちの方は俺が何とかする」

 ぶっきら棒に応えるセラヴィ。流石は男の子、立派な騎士(ナイト)ぶりですわね。


「俺だって、今度は本気を出す!」

 先頭に立って抜き身の剣を構えながら力説するブルーノ。まるでニートの言い訳のようですわね。


「――ふっ。小便漏らして帰ってきた奴が誰かさんの前だと意気軒昂なことだ」

「て、手前ッ! つーか、そもそも漏らしていねえ!」

「あー、もう。二人とも何でそういがみ合うんですか?! 同じチームなんですから仲良くしてください!」

 せっかく良い雰囲気になってきたかと思えばまたこれです。何が原因かはわかりませんけれど、なんでことあるごとに対抗意識を燃やすんでしょうか、この二人は?


 そんなことを言っているうちに問題の箇所へと辿り着きました。


「さっきはそこの処から幽霊が現れて、こっちに向かって音もなく宙を飛んできたんだ」

 そう言ってブルーノが指差す先には、特に変わったもののない廊下の端があるだけです。


「ここですの?」

 近づいて見てみますけど、何ということもない塵の積もった廊下です。

「そうそうそこから……」


 相槌を打ちかけたブルーノの言葉がなぜか尻つぼみになり、「――ひっ」というしゃっくりのような押し殺した悲鳴と、「なっ……!?」愕然としたセラヴィの呻き声が続きました。


「――?」

 怪訝に思って振り返って見れば、いつの間にか雲の間から顔を覗かせていた満月が放つ皓皓とした光の照り返し……よりもさらに蒼白な顔色の二人が、大きく目を見開いて揃って私の方を見ています。

 …………。

 なんとなく嫌な予感を覚えて、ゆっくりと背後を振り返った私の目前に、真っ白なドレスを着た桜色の髪の女性が立っていました。


     ◆◇◆


「――ッ?!」

 彼方から聞こえてきた――「ぎょええええええっ」という色気のない――悲鳴を耳にして、一瞬跳び上がったリーンは、ピンと耳をそばだてる天狼(シリウス)のフィーアの様子に、何かジルたちの方で異常事態に遭遇したのでは、と想像をしておろおろとその場を行ったり来たりした。


「よ、よし! 念のために確認にいってみます。フィ、フィーアちゃんも付いて来る……かな?」

 へっぴり腰で出口に向かうリーンの後に続いて、追いかけてこようとしたフィーア。だが、不意に立ち止まると、険しい表情で天井の一角を振り仰ぎ、うおん! と一声咆哮を発するのと同時に、一直線に燃え盛る暖炉の中へと飛び込んで行った。


「ああああっ。フィーアちゃんが昔話の悪い狼のように!」


 仰天するリーンを置いてけぼりにして、ズダダダダダーッと天井裏でフィーアが走り回る音と、

『――うわーっ。なんだこの犬は!? 痛っ痛っ! こ、こら、放さんかい!』

 しわがれた男性の声が盛んに響いてきて、さらにドタバタと人間が動き回る音が聞こえてきた。


「は……?」

 出口の処でリーンが唖然と天井を見上げているうちに、『あっ!』という間抜けな声と共に天井裏の一部を踏み抜いて、一塊になった小柄な人影とフィーアとがまるで落雷のような轟音とともに落ちてきた。

「きゃあああああっ!!」


 思わず目を閉じて悲鳴をあげるリーンの耳に、「おーい!」「どうした!?」「うう、可愛い悲鳴ですわ」廊下の向こうから駆けつけてくる三人の声と足音とが聞こえてくる。


     ◆◇◆


「「「「――この屋敷の持ち主の画家?!」」」」


 素っ頓狂な四人の当惑と懐疑の視線を受けて、どうみても浮浪者風の粗末な身なりをしたその洞矮(ドワーフ)族の男は、「その通りじゃわい!」と傲然と胸を逸らせた。

 多くのドワーフがそうであるように、長い髭と偏屈そうな顔つきをした、人間であれば五十代後半の黒と白が混じった灰色の髪と髭をしたドワーフである。


 自己紹介に寄れば名前はオットー・キートンさんとか。

「名前くらい聞いたことがあるじゃろう!」

 自信満々に言われましたけれど、ブルーノとリーン君は首を捻り、私は微かに聞き覚えがある気がして考え込み、セラヴィだけが唯一知っていたらしく、「ああ、あの人物画で有名な」と頷きました。

 頷いてから、眉をひそめます。

「――いや、だけどたしかオットー氏は二十年位前に失踪して行方知れずだった筈」


『なら、やっぱり騙りか偽者か……』

 周囲の冷ややかな視線を受けて、自称オットーさんはまるで子供のように地団太を踏みます。

「違うっつーの! 本物じゃ! 儂に描いてくれ描いてくれと、ぶっさいくな貴族や聖職者連中がわらわらと押しかけてくるようになったんで、面倒臭いからあちこち放浪していただけじゃわい!」


 ちなみにこの屋敷もその際の拠点のひとつで、人間族とは身体のサイズが違うので地下室と屋根裏部屋を主に使うように改造してあるとのこと。

 久々に帰ってみれば幽霊屋敷扱いされて辟易していたところ、私たちがやってきて何やら美味そうな食事と珈琲の香りをたてていたので、こっそりつまみ食いしようと天井裏を伝ってここまで様子を見に来たのだそうです。


「……まあ、嘘か本当かはわかりませんが、廊下のアレは確かに素人の作品ではありませんし、本当だとすると不法侵入で責められるべきはこちらですので、一度ご本人を伴って近隣のギルドに出頭して事情を説明するのが妥当だと思いますけれど」

「だなぁ」


 ところがこれに異を唱えたのが当の本人です。

「嫌じゃ、面倒臭い! それに儂がここにいることがバレたらまーた、身の程知らずの阿呆連中が押しかけて来るじゃろう」

 嫌じゃ嫌じゃとなんて物分りの悪い老人でしょうか。

 ドワーフの種族性なのか芸術家の我儘なのかは不明ですが、梃子でも動きそうにありません。

「儂はもう人物画は描かんぞ! お主を描いた(、、、、、、)ところで最高傑作を生み出せたんじゃ、後は静物画でも描いておるわい!」


 腕組みしてあっちを向くオットーさん。

「はあ? 私を描いたって、いつのことでしょう……?」

「何を言うとるか! ボケたか? あれだけ注文通り精密画を描いたし、それと廊下のアレも見たんじゃろう?」

「廊下のアレって……あれのことですの?」


「あのォ、『アレ』ってなんですか?」

 私達の謎掛けのような会話に、リーン君が恐る恐る挙手しました。そういえば彼女だけはまだ見てませんでしたわね、アレを。


「そうですわね。直接見たほうが早いかと思いますわ。幽霊の正体を」


     ◆◇◆


 月の光が屋敷の一角を射すと同時に、廊下の隅に真っ白いドレスを着た貴婦人の像が浮かび上がりました。

 ただし実体ではなく、生気も存在感もなく、幻のように半ば透き通ってあちら側が見えます。


「うわああーっ!? なん、なんですか、これは?!」


 目を剥くリーン君を安心させるように、私は手を伸ばして幽霊の胸の辺りを二~三度薙いでみせます。

 私の手は何の手応えも感じず、その空間を通り抜けました。


「幻影……というか、魔導具(マジック・アイテム)を使った立体映像のようなものでしょうか?」

「うむ。幻燈機といってな、月の光を受けて儂の最高傑作が浮かび上がるようになっておる。高かったぞ」

 胸を張るオットーさん。これって威張ることでしょうか?

「単なるストーカーじゃないのか、キモッ!」


 正直なブルーノの感想に、オットーさんが短い手足を振り回して怒鳴ります。

「なんでじゃい! 自分の作品を展示して何が悪い。そもそも当人の了解もとってあるわい! ――のう?」

『のう?』とか言われましても……。

「記憶にございませんわ。そもそもコレ、私ではないですし」


 よくよく比較してみれば私よりも幾らか年上で、眼の色も違って、胸の大きさも慎ましやかです。結論――私ではなくて、良く似た別人……というか、実母(クララ)でしょうね。


「ふむ……? 言われてみれば少し若返って、オッパイとケツの張りが増したような……。なんぞ新手の美容法でも実践したのか?」

 顎鬚を撫でながら惚けたことをいうオットーさん。呆けて頭が二十年前で止まってませんか、この方?


「もうこの際なんでもいいですけど。兎に角、私たちも仕事で来ている以上、嘘をつくわけにもいけませんのできちんと報告はさせていただきますわ!」

 断固とした私の言葉に渋い顔をするオットーさん。

 しばし呻吟していましたが、私の方も引く気がないのを見て取ったのでしょう。渋々首を縦に振りました。


「……仕方ないの。その代わり条件がある」

「条件?」

「うむ。儂の名前はなるべく出さないこと。それとこの一件が終わった後で、儂はまた旅に出たことにして屋敷はきちんと施錠すること」


 まあその程度ならお安いご用ですわ。


「それと、久々に人物画を描いてみたくなった。お主、しばらく見んうちに随分と表情も体つきもまろやかになったのォ。儂の創作意欲が沸々と滾ってきたわい! 今は何でも屋のようなことをしとるのか? なら金は出すので、また昔のようにモデルになれ!」

「はあっ――――?!」

 予想外の条件に思わず間の抜けた声が出てしまいました。

 と言うか、ボケてはいますけどこの方、もしかして師匠(レジーナ)の認識阻害を突破して私の素顔を見破ってませんか? これが一流芸術家の眼力というものでしょうか。


「じゃなければ協力なんぞせんぞ!」

 そう言ってその場に胡坐をかくオットーさん。これはまともな説得は無理っぽそうですわね。


「えーと、でも、私は普段は皇都に暮らしているので、ここまで通うのは少々……」

「なら実際にここは引き払って皇都のアトリエへ戻るわい!」

 打てば響く感じで即断されました。


「別に構わないだろう、肖像画くらい」

 事情を知らないセラヴィが無責任に肯定の意を示し、薄々私の事情を察しているブルーノとリーン君は何とも言えない表情で顔を見合わせています。


 まあここで承知しなくても、成功報酬の金貨八枚の損程度なので金額的にはさほど問題はないのですが、『依頼を失敗した』という実績が付いて回るのはできれば避けたいところですわね。


 私はため息をひとつついて決断しました。

「……わかりましたわ。ただし、描いた絵はあくまでプライベートなもととして、決して他に流出させたり公に発表しないこと。この条件を呑めるのでしたら承知いたします」

「おう、勿論じゃとも!」


 あっさり了承したオットーさんは、起き上がり小法師のようにピョンと立ち上がると、

「そうと決まれば早速夜逃げ……いや、引越しの支度をせにゃならん! 小僧ども手伝え! ――いや、その前に腹が減ったな。何か喰わせろ」

 ブルーノたちに指図をして、ドタバタと広間の方へと戻って行きました。


 一人、廊下に残されるようになった私。

 隣に立つのは白い幻像だけです。


 私はため息をついてほとんど身長が変わらない彼女の焦点の合っていない蒼氷色(アイスブルー)の瞳を覗き込みました。


「まったく……。こんな形でお目にかかれるとは思いませんでしたわ、お母様。なんとなく今後も、お母様関係の面倒事に巻き込まれそうな気が致しますけれど、半分は私自身が望んだことですので仕方がありませんわ。――とは言え半分はお母様のせいでもあるので、愚痴らせていただきたいところですわね」


 思わずそう不平をこぼしてしまいましたが、白々とした月の光の下、実母(クララ)の虚像は当然ながら無言で佇んでいるだけでした。

 再度ため息をついて踵を返したところで、

 ――くすっ。

 冷笑するようにも自嘲するようにも聞こえる含み笑いが聞こえた気がしたのは、おそらくはあまりにも綺麗な満月が魅せる幻覚幻聴だったのでしょう。

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