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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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月下の佳人と屋根裏の徘徊者

 さて、結果的に男女二組に分かれて荒廃した元別荘だという屋敷内を探索してみましたが、特に怪しげなものも目的の幽霊(ゴースト)に関する痕跡らしきものも見付けることができずに、私たちは約束の時刻にエントランスで合流しました。


「幽霊屋敷で分散しての探索……普通こういうパターンでしたら、誰かが突然消えたり、謎の痕跡があるのが常道だと思うのですが、盛り上がりも何もありませんわね」

「何を言っているんだお前は?」

 私の素直な感想に、セラヴィが冷たく返します。


 それはそれとしまして、互いの偵察結果をすり合わせることに致しました。

「どこも人の気配はなし。何箇所か破れた窓から入ったような足跡はあったけど、大きさからいって男のものだから、多分幽霊の噂を聞いて来た野次馬連中のだろうな」

「残留思念の類もない。少なくともここ二十~三十年以内に屋敷内で誰かが死んだような気配はないな」


「こちらも同じですわ。持ち運びできない棚とか、固定式の魔道具(マジック・アイテム)以外は綺麗になくなっています」

 台所にある竈やオーブン、氷室にある保冷用の簡単な魔道具(マジック・アイテム)こそ残っていましたが、本体である魔石は外されていました――が、流石にトイレの洗浄・排出用の魔石には手出しをする気になれなかったようで、普通に使えたのは僥倖でした。

「それと、少し離れた倉庫の方も確認いたしましたが、幾つか使えない道具と掃除用具が転がっているだけでしたわ」


「……それでその恰好か」

 腕まくりして髪をリボンで縛って動きやすいようにした上で、口にスカーフでマスクをして、ホウキとハタキを持ったままの私とリーン君の姿を上から下まで眺めて、セラヴィが納得と呆れが混じった調子で軽く頭を抱えました。


「だってどうせ今晩はこのお屋敷に泊まって幽霊(ゴースト)を待つのですもの。どうせなら綺麗な場所で寝泊りしたいじゃないですか?」

「そういうものか? 別に一夜限りの宿なんだから、余計な手間を掛けなくてもいいと思うんだが」

「……だなぁ」

 変なところで意気投合するセラヴィとブルーノ。

 う~~ん、これが男の子の感性なのでしょうか? 少なくとも寝起きして食事をする場所程度は綺麗でないと気持ちが悪いので、リーン君ともども、先ほどまで比較的破損の少ない食堂をせっせと掃除して、使えるようにしたのですけど、こんな風に汚れた場所が気持ち悪いと感じてしまうのは、もしかして女性的心理なのかも知れませんわね。


 そういえば動物でも巣に篭って出産や育児をするのは基本雌ですから、自然と巣の中や周辺を綺麗にしようと本能が働くとも言いますし……私としては結構乱雑に散らかしているつもりの私室に招いた時、ルークがやたら「綺麗に整理整頓されていますね」と褒めていたのを、単なる社交辞令と聞き流していましたが、ひょっとすると本気でそう思っていたのかも知れません。


     ◆◇◆


 パチパチと揺らめく珊瑚のように火が燃えています。

 幸い煙突は詰まっていなかったようで、倉庫に残っていた薪と雑木林に落ちていた下枝を軽く掃除をした煉瓦造の暖炉にくべると、生き返ったように温かな空気と仄かなオレンジ色の光が食堂を兼ねた広間全体を満たしました。


 思いがけず日が傾いていたようです。私は広間の天井へ“光芒(ライト)”の明かりを浮かべて、ついでに『収納(クローズ)』しておいた、鍋と水筒を取り出して軽くゆすいだ後、水を張って事前に調理済みのお肉や野菜を入れて、目分量で調味料を加えてシチューの準備をします。


「相変わらず手際がいいな」

 シチューの匂いに口元を綻ばせながら、セラヴィが懐かしげに感想を口に出しました。

 まあ人間、暗くて寒くてお腹が空いていると気が滅入るものですので、こうして明るいところで暖炉の火に当たって、ご飯の匂いを嗅いでいれば気持ちもおおらかになるというものですわね。


 私がパンやチーズ入りのパイを軽く炙ったり、腸詰め(ソーセージ)を戻したりしている間に、ブルーノとセラヴィとが、どこからか使わなくなったテーブルや椅子を人数分運んできて、リーン君が雑巾で汚れを落として使えるようにしたところで、ちょうど晩御飯ができあがりました。


 できた料理をテーブルに並べると、誰が音頭をとったということもなく、自然と全員が席についていただきますをして(聖職者のセラヴィは一応お祈りをしていましたが、かなり大雑把というかおざなりに感じました)全員食事を開始しました。


 私も自分の分を口に運びながら、周囲の反応を窺います。

「いかがですか? 間に合わせのものですし、一日動いた後なのでちょっと塩分を大目にしているのですけれど、塩っぱ過ぎるようでしたらこちらのサラダか、レーズンが入った方のパンを食べてみてくださいね」

「いや、旨いよ! さすがはジルだな!」

「間に合わせでこれですか、ボクはぜんぜん料理が上達しないんで肩身が狭いです……」

「――普通の冒険者なら出先で食うものといえば堅いパンなら上等。干し肉でもご馳走なんだ。こんな旨い物と比較しても仕方ないだろう」

「「………」」


 何気なくリーン君をフォローしつつ私の料理を褒めてくれたセラヴィの顔を、目を丸くしたブルーノとリーン君とがまじまじと見詰めます。

 不器用なりに優しい彼のことをこれで少しは見直してくれれば良いのですけれど。


 食後の珈琲――この間、学園の理事長と懇談した際に饗されたもので、いちおうルタンドゥテ(うち)でもメニューのひとつにしてはいますが、南方でしか採れない珈琲の実はかなり割高で、基本海路か転移門(テレポーター)を使っての輸送になりますので供給も安定しておらず、いわば“時価”で対応せざるを得ない状況のために、下手をすれば最高級の紅茶に並ぶお値段となっています。


 できればもう少しお手軽になんとかしたいと常々そう思っていたのですが、雑談のついでにお話したところ、理事長のツテで格安で安定したルートをご紹介していただくことに成功――ついでに大量供給を当て込んで、コーヒーの抽出方法を現在のネルドリップ方式(布製フィルターにコーヒーを入れお湯を注いで()すやり方)から、試行錯誤の末ペーパーフィルターを使うペーパードリップ方式へと変えたことで、こうして旅先でも気軽に珈琲が飲めるようになったわけです。


 ちなみにこのペーパードリップ方式は、いつの間にか執事(バトラー)のカーティスさんにより私名義で特許申請が成されていて、以後各国に爆発的に広まったのですが……もともと私の手柄というわけではないので、非常に心苦しくいところでしたが、少しずつでも珈琲が一般家庭に浸透して行く一助になればと、お店での珈琲のお値段を格安にすることで、還元させていただくことにいたしました。


 そのような訳で、今回持参したのは手軽なペーパードリップ方式の試作品ということになります。

 リーン君にも手伝ってもらって淹れた珈琲の芳醇な香りは、食後のゆったりとした時間を彩る伴奏曲となり、しばし和やかな時間が流れました。


 面倒臭げでしたけれどセラヴィも歓談の輪に混じって、四方山話をしていたところで、なぜかそわそわし出したブルーノが不意に立ち上がりました。

「あー、悪いちょっと……行ってくる」

 ここで用件を聞くほど野暮ではありませんが、窓の外を見てみれば日がとっぷり暮れて、木立の間から丸い満月が顔を覗かせています。今日は雲があるのか、時々隠れてしまいますが、それでも時たま見える満月は明るく、白々とした青白い光を放って闇夜を照らしていました。


「大丈夫ですの? 念の為について行きましょうか?」

「あのなァ。そんなガキじゃないんだし、すぐそこだから大丈夫だって」


 辟易した顔でブルーノがそう言い切って、明かりも持たずにそそくさと出口を開けて、薄暗い廊下へ溶けるように消えていきます。


 やっぱり付いていった方が良いような気もするのですが、夜トイレに行くのに女の子に一緒についてきて貰う……というのも男子の矜持に関わるでしょうから、これ以上は無理強いできないのが歯がゆいとこです。

 リーン君も同様らしく、お互いに目を合わせてため息をつきました。


 できれば個人行動は――ましてや、夜の行動は慎んでいただきたいところですけれど、生理現象を規制する訳には参りませんものね。

 まあ男子同士でセラヴィに同行してもらえれば問題はないのですが、水と油のこの二人がキャッキャウフフと連れ立つ訳もありませんものね……。そもそもブルーノが断固拒絶するでしょうから。


 と、思ってセラヴィの方を横目で窺ったところ、珈琲のカップを抱えたまま、なぜか天井のあたりに厳しい視線を投げていました。


「――? どうかされましたか?」

「いや……。いま、天井裏から何か物音のようなものが聞こえた気がしたんだけど、多分気のせいだろう」

「……む?」


 その割には真剣な表情に、私も確認の為、天井を含めた周囲一杯に魔力探知(サーチ)の腕を伸ばしてみましたが……特に変わった反応はありませんでした。と言うか、実のところここに限らず、貴族級のお金持ちのお屋敷って、防犯の為にあちこちに魔力探知(サーチ)を阻害する結界が張られていまして、全体的に曇りガラス越しに確認するような不明瞭さと空白があるのですよね。

 なので昼間のリーン君との探索では、基本的に魔力探知(サーチ)で探り、確認しきれない場所を目視で見て回った訳です。


「ネズミかそれとも廃屋なのでガタが来てるんじゃないですか?」


 恐る恐る口に出したリーン君の意見に、私とセラヴィは揃って首を傾げました。

「――そうかも知れませんわね。部屋を温めた関係で乾燥した材木に罅が入ったのかも」

「……だなぁ」

 とは言え、どことなく腑に落ちないものを感じていたのも確かです。


 無言で耳を澄ませれば、ぎしぎし、と気のせいか誰かが天井裏を移動しているような微かな物音が聞こえたような気がしました。


     ◆◇◆


「まったく、ジルも少しは俺を信用しろって……」

 ぶつぶつ言いながら廊下の角を曲がったところで、思いがけず雲の切れ間から満月が顔を覗かせ、煌々としつつも冷たいその光が長い廊下を照らし出した。


「明るいな」

 足元の影さえくっきりと見える程の明瞭さに、足を止めて吹き曝しの窓越しに光源を仰ぎ見るブルーノ。

「……満月の晩の幽霊か」


 自分の呟きにブルリと反射的に大きく背筋を振るわせたブルーノは、さっさと済ませてしまおうと足早に歩みを進めた。

 廊下の中ほどまで来たところで、ふと前方の廊下の影になった部分にひっそりと佇む白いドレス姿の細い人影に気付いて首を傾げる。


 金糸に桜を溶かしたような見事な髪が腰まで伸び、白いドレスにはところどころ紫色のレースが覗き見えている。レースの手袋とエナメルのハイヒールがやけにくっきりと目に映る。

「ジル?」

 月光がそのまま人の姿を形作ったようなその美貌を前にして、なぜだかブルーノの胸が妖しくざわめき、

 ――なんだよ、結局ついてきたのか? 止めてくれよ、ガキ扱いは!

 そう文句を言いかけた口と足とが、まるで凍りついたかのように止まった。


「ジル……だよな?」

 急に自信がなくなって確認するように小さく呟いたその声が聞こえたのか、それともただの偶然か。真正面からこちらを向いたジルの蒼氷色(アイスブルー)の瞳が、ひたとブルーノを捉えた。


 普段のジルよりもどこか大人びて、妖艶な……恐ろしいほど美しくも作り物めいたその姿に、続く言葉が浮かばずに、常にない緊張を感じて唾を呑み込んだブルーノ。

 そんな彼の戸惑いには頓着せずに、ゆっくり、ゆっくりとジルが音もなく近づいて来た。


「どうしたんだ、いったい……?」

 ようやく口に出した疑問に応えることなく、近づいて来るジルの姿に無意識のうちに半歩後退していたブルーノの脳裏に、天啓のように疑問が浮かぶ。


(変だ。なんで部屋に居たジルが俺より先に来てたんだ?! なんで着替えてるんだ!?)


 もう三~四歩で手を伸ばせば触れられる、という距離まで迫ってきたジルを再度仔細に観察したブルーノは、あっと息を呑んだ。

 冴え冴えと光る月光の下、本来あるはずの影が彼女の足元に落ちていない――どころか、そのエナメルの靴先が廊下の床にさえ触れていないことに気が付いたのだ。


 その時、ふっと月が雲に隠れ、周囲に暗黒の帳が落ちるのと同時に、ジルの姿がまるで幻のように目前から消えてしまい。後に残されたブルーノは、ひっと息を吸い込むのと同時に、

「で、で、でたああああああああああああっっっ!!!」

 即座にその場で回れ右をして、脱兎の如く猛然と全力で来た道を駆け戻った。


 廊下を走って走って、角を曲がって、ようやく温かな光が漏れている部屋の扉を押し開けると、テーブルについていたジルとリーン、暖炉に追加の薪をくべていたセラヴィが驚いて一斉に出入り口を向いた。

 見慣れた黒のドレスを着ているジルは、珈琲の入ったカップを両手で抱えた姿勢のまま、ぽかんとした顔で、蒼白なまま荒い息をついているブルーノの怖いほど真剣な顔を眺め、翡翠色(グリーン・ジェイド)の瞳でもってしきりに瞬きを繰り返す。


「で、出た! 幽霊だっ! ジルの幽霊が出たんだ!!」


 開口一番、顔一杯を口にするような調子で叫ぶ、泡を喰ったブルーノの取り乱しように対して、その場にいた全員が、

「「「――はあ???」」」

 盛大に頭の上に疑問符を浮かべ、アホの子を見る目で彼の顔を凝視するのだった。

次回のブルーノ。

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

「俺はジルと別かれて手洗いにいこうと思ったら

 いつのまにかジルが先に手洗いの前に来ていた」

な…何を言っているのかわからねーと思うが 

おれも何を見たのかわからなかった…

頭がどうにかなりそうだった…

幻覚だとか妄想だとか

そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…


6/28 誤字訂正しました。

×恐ろしいほど美しいも作り物めいた→○恐ろしいほど美しくも作り物めいた

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