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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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別荘地の陥落と廃墟の屋敷

「うふふっ、なんだかんだ言っても、フィーアと一緒にいるのが一番落ち着くわね」

『うんっ、ふぃーあが一番速いもん! あんな奴に負けないよ!』


 途中で試しに手綱を握らせていただいた火蜥蜴(サラマンダー)ですが、騎獣としては圧倒的に速いとはいえ、天狼(シリウス)であるフィーアとは勿論比較になりません。ましてただ地面をドタバタと走るだけの動物である騎鳥(エミュー)であれば言わずもがなです。


 そのような訳で、圧倒的な機動力を駆使できる私たちは先行して一足先に目的の別荘地まで行き、特に途中に障害のないことを確認すると、追いかけてくるブルーノたちに伝えるべくすぐに取って返しました。


 それにしても……。

 今日は朝から天気もよいですし絶好の行楽日和です。

 仕事で来たとはいえこのあたりは緑豊かで清涼な避暑地ということで、なんとなくピクニックにでも来ているような、心浮き立つ気分になってしまいます。


 目を細めた私はフィーアの背中から澄み切った空を見上げました。


 ああ、今日は最高の一日になりそうな気がいたしますわ!


     ◆◇◆


「「「うわ――――っ! お、おばけ~~~~ッッッ!?!」」」


 私の顔を見た瞬間、三人の子供達が絶叫を上げて脱兎のように部屋の外に遁走しました。中にはその場で引っくり返って泡を吹いている子までいます。

 事件の詳細を聞こうと地元の冒険者ギルドを訪ねて、その場に事の発端となった少年達――肝試しで件の屋敷に入り込んだ彼らです――を呼んで、顔を合わせた途端のこの反応です。私は思わず呆然と座り込んでしまいました。


「おいっ、なんてこと言うんだこのガキどもッ!」

「ああああっ、いじけたジルさんが無言のまま這いずるように膝を抱えて部屋の隅に!!」

「――いや、なんかブツブツ呟いているな」


「……ええそうですよどうせわたくしは醜いブタクサ姫ですよ最近忘れかけていたうえに調子こいてひょっとしてそこそこ見られるんじゃないのかなぁなんて錯覚していたのが馬鹿みたいそうよねこれが本来あるべき世間の反応なのよねきっと周りの皆は気を使ってくれていただけで世界の半分は優しさでできているのに何を期待していたのかしら私ったらどう足掻いてもブタクサはブタクサで世間様に顔向けできるわけはないにああ今日は最悪の一日になるのに決まっているわ……」


「いかんッ、ドツボに嵌っているぞ。リーダーがこれでは作戦も何もない、誰か何とかしろ!」

「俺に命令すんな! ――え、えーと、ジル、気にすんなって、あのガキどもはちょっとおかしいんだ。ジルのことをお化けだなんて……いや、そりゃあ人間離れして綺麗だとは思うけど」

「……うふふ人間離れ……」

「ちょっ――駄目ですよ、先輩! ジルさんは心に大きな傷を負ってしまったんですから、言葉に気をつけないと」

「いや、ンなこと言われても、何が地雷なのかイマイチ理解できないって言うか――ああ、糞ッ。あのガキら見つけてとっちめてくる!!」


 いきり立ったブルーノがドタバタと部屋から外へ飛び出しました。


「……いったいどういう状況なんだ、これは?」

「ボ、ボクに聞かれても。ただ、たまーにジルさんは変なスイッチが入るというか妙に容姿に自信がないというか、何か勘違いしているというか……」

「??? さっぱりわからん」


 気絶している子供を介抱しながら(治癒術を施している魔力波動(バイブレーション)を背中で感じました)困惑した様子で話し合っているセラヴィとリーン君。

 ふっ――所詮、あなたたちにはブタクサに産まれた私の悲嘆と哀切は理解できないのよ……と、産まれの不幸を呪っていたところへ、両手で逃げた子供達を抱え込んだブルーノが戻ってきました。


「いいかっ、お前らちゃんとジルへ謝れよな!!」

「「うえん~~~ん!」」


     ◆◇◆


「――つまり、幽霊屋敷で逢った幽霊がジルそっくりだったから驚いて逃げたって訳か」

 全員落ち着くためにギルドの職員に淹れてもらった香茶(こうちゃ)を口にしながら、ひと通り子供達から事情を聞き終えたブルーノがため息をつきます。


「うん。すげー美人の幽霊で」「てっきりここまで追いかけて来たんだって思って」「思わず逃げたんだ」


「……ってことなんだけど、どうだジル?」

 こういう子供の相手は昔から手馴れているブルーノが、拳骨を落としながら「だからって『お化け』はないだろう!」と注意をしながらそう水を向けてきました。


「はああああっ……事情はわかりましたけれど、そんなにその“お化け”と私って似ていたのですか?」


 多少は持ち直して香茶を飲みながらの私の問い掛けに、顔を見合わせた子供達はしばし黙考した後、

「うううん。あっちの幽霊の方がずっと綺麗だった!」

「髪の色とか感じは似てるけど、よく見ると全然っ」

「比べたらおねーさんは普通の人だよ!」

 口々に否定しました。


「………」


「ああああっ、ジルさんがまた地味に凹んで部屋の隅に!」


「……へへへんどうせ私なんてこの世ならざる幽霊にも劣る雑草以下のゴミカス塵芥もいいところの存在なのよ生きる価値もない穢れた存在が調子こいて人間様の世界で溶け込めるなんて考えることがオコガマシイ人に姿を見せられぬ闇に隠れて生きる……」


     ◆◇◆


 案外、軽い手応えで正門と玄関の鍵が開いて屋敷の中に入ることができました。

「そ、それでは私はこれで……」

 ここまで案内してくれたギルドの職員が、早口でそう言うと一目散にこの場を後にしました。


「……取りあえず合鍵は明日、帰る時にでも返せばいいかしら?」

 あっという間に木立(というか手入れされていない雑木林)の間に消えていったその後姿を見送って、結わえられた鍵の束を手にしたまま誰に言うともなく確認すると、「いいんじゃないか」先に立って屋敷の中に足を踏み入れたセラヴィが、後ろ手に手を振って肯定します。


「何かありますの?」

 その後に続いてお屋敷の玄関をくぐりながら尋ねました。


「いや、案外綺麗なもんだ。霊的な気配も感じない」

「……確かにその通りですわね。妙な歪も自縛霊の類の霊気も感じませんわ」


 そんな私を感心半分疑問半分という顔でセラヴィが振り返って見ます。

「わかるのか? 魔術師でも霊的探知はよほどの専門家か、先天的な才能がないとわからないもんだけど」


「はン! お前、なんにも知らないんだな。ジルはそんじょそこらの神官なんかと及びもつかないぐらいの治――ぐほっ?!」

「あはははっ! 私って先天的に霊感が強いんですよ! ええ、それだけですの! それでなんとなくわかるだけですわ!!」

 慌ててその場を誤魔化すべく私は、セラヴィからは見えない角度ですかさずブルーノの鳩尾(みぞおち)に拳を突き立て――中指を尖らせた『鬼拳』という握り方で、場所と角度によっては内臓に致命的なダメージを与えて死に至らしめる技です――ちょっと強引に黙らせながら、かなりわざとらしいと自分でもわかる態度で早口に捲くし立てました。


「ふーん……」

 誤魔化しきれたのかどうかは不明ですけれど、土色の顔で膝から崩れ落ちかけるブルーノと、それを慌てて支えているリーン君とをちらり見て、「まいいか」と呟きながら、すぐに興味を失ったかのように視線を逸らせたセラヴィは、愛想笑いを浮かべている私の顔をまじまじと見て、感慨深く続く感想を口に出しました。

「――だったら、うちの教団に入って巫女の修行をすれば、良いところまで行けるかも知れないな」


 ですが次の瞬間、なぜか口の端を歪め、吐き捨てました。

「いや……止めておいたほうが良い。魔術も使える巫女……なんてなったら、いいように利用されるだけだ。あの馬鹿連中に――――みたいに」

「?」

「いや、悪い。なんでもないんだ。それにしても……妙だと思わないか?」


 玄関ホールから一望できる屋敷の内部に向かって顎をしゃくる彼の言葉に、私も同意して頷きます。


「確かに、綺麗過ぎますわ」

「いてて……綺麗か? 埃っぽいし天井には蜘蛛の巣が張ってるし、壁には亀裂が走ってるしで部屋には何もないし、完全に廃墟だと思うけど?」


 どうにか復活したブルーノがそう口を挟んできますが……。


「いえ、蜘蛛の巣が廊下全体ではなくて、天井だけにあるのは不自然です。それに埃も廊下の中央付近は少なくて、まるで誰かが定期的に歩いているように感じられます。それに……説明がし辛いのですが、この屋敷に足を踏み入れた瞬間に感じたのは、空気が完全に冷え切っていない、少しだけですが人の息吹のような奇妙な気配です」

「……誰かが住んでいるってことか?」

「もしくは『何か』だろうな」


 面白くもなさそうな顔でそう付け加えるセラヴィの言葉に、ブルーノとリーン君とが顔を見合わせました。


「兎に角、日が落ちる前に手分けをして屋敷の中を探索してみましょう。ただ、絶対に単独では行動しないこと。不審なモノがあったり異常を感知した場合には、即座にこの玄関まで撤退をするか……万一の場合は、町のギルドまで戻って助けを求めること、いいわね?」

「はい」

「わかった」

「了解した」


 各自が頷いたところで手分けして探索するペアを組むことになりました。

 話し合った結果――


 私&リーン君の魔法使い(兼巫女+精霊使い)&軽剣士(+レンジャー)ペア。

 ブルーノ&セラヴィの剣士&神官(兼神術師)ペア。


 互いに魔法と浄化を使える術者を配置したそこそこバランスのとれた構成です(まあ、私の能力に関してはセラヴィにバラすわけにはいきませんけれど)。

 問題があるとすれば、男の子二人の相性くらいなものでしょうね。


「……喧嘩はしないでくださいよ」

 玄関ホールで左右に分かれる際に一言注意しておきましたけれど、セラヴィは端から相手をするまでもない、という風に明後日の方を向いて。ブルーノは「俺の方からは、な」と消極的な同意を口に出しましたけれど……逆に言えば、相手の言が『喧嘩を売っている』と判断すれば行うということで、彼の沸点の確かさに期待するのは無茶というものでしょう。


「大丈夫だって」

 ブルーノの安請け合いにリーン君ともども大いに不安を覚えますが、こうしている間にも時間は刻々と過ぎて行きます。


 私たちは何かあったらすぐに大声をあげる。なくても一時間後に玄関に戻ることを確認して、左右に分かれました。

 そんな私の足元には小犬サイズに身体を小さくしたフィーアが、ちょこちょこと付いて歩いています。


「……それじゃあ、取りあえず」

「……ええ、まずはアレを確認しておきましょう」

 男子ペアが廊下の角を曲がって姿が見えなくなったのを確認した私とリーン君は、すかさず目配せをして目星をつけていたその施設を目指して、少しだけ早足で向かいました。


 本当なら仲の悪いあの二人から目を離すのは、できるだけ避けたい事体なのですが……どうしても私は、いえ私とリーン君はあの二人の目の届かない場所で行動する必要があったのです。


「使えるといいですねー」

「そうね、中庭の植え込みの中で……とかできれば避けたいですものね」


 頷き合いながら私たちは廊下の外れにあった小部屋のようなその場所――『化粧室』と書かれた扉を押し開けました。

まあ実際には20世紀に入るまでヨーロッパでは宮廷でもおまるが使われていたわけですけど。。。(参考文献「やんごとなき姫君たちのトイレ」)

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