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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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疾走のサラマンダーと幽霊屋敷の探索

キタワァ*・゜゜・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*!!!!

 騎馬に限らず騎獣は基本的に長距離を移動する場合には、並足と速歩を併用して歩きます。

 馬の場合は、基本的に並足で二十~三十分歩かせたところで、速歩で十分といったペースを繰り返す感じでしょうか。並足が子供が走ったくらいの速度で、速歩になると自転車を漕いだくらい……と言えばだいたいの感じが掴めると思いますが、素人が想像していたよりも案外とゆったりしているものです。


 もちろん本気で走れば自動車並みの速度を出すことも可能ですが(これを襲歩と言いますが)、トップスピードでほんの二~三キルメルト走っただけで、馬がバテバテになってしまいますので、普段に騎乗する際には滅多にそこまでの速度を出すことはありません。まあ、街道を飛ばして宿場で次々に馬を替える“早馬”というのもありますが……。


 そのような訳で替えの騎獣がない場合は、荷物や道の条件もありますけれど、平均して日中に動ける距離は百キルメルト前後――これ以上の無理は、騎獣そのものより乗り手の負担になるので難しい――ですので、基本的に手綱を握るのが騎馬であれ、騎鳥(エミュー)であれ、走騎竜(ランドドラグ)であれたいして変わりません(流石に足の遅い牛車や平甲獣(ウィルダーシェル)は別ですけれど)。


 とは言え――。

 ちょっとした丘の手前、傾斜に沿ってボコボコと不規則な岩が乱立しているその場所を、翼を広げた火蜥蜴(サラマンダー)が一気に駆け上ります。


「うわーっ、火蜥蜴(サラマンダー)ってやっぱり早いのね!」


 頂上部分にあった大杉を目印にターンをして今度は一気に駆け下り……というか、滑空して数百メルトを一跨ぎしました。


「気持ちいーい! フィーアの飛行とはまた違うわね、風に乗る感覚が心地良いわ!」


 そんな風に強靭な足腰で悪路を走破し、邪魔な岩を広げた翼で軽々と飛び越える火蜥蜴(サラマンダー)。その手綱を握りながら(・・・・・・・・)喝采を上げる私の様子を、少し離れた場所からセラヴィたちが呆然とした顔で眺めていました。


「気に入りましたわ。セラヴィ、この子わたくしにくださいな」

 出発地点に戻ってきた私が、乱れた髪を整えながらそう性急にお願いすると、

「冗談じゃないッ! まったく……勝手に人の火蜥蜴(サラマンダー)を乗り回しやがって」

「あら。ですが私が「乗せてください」とお願いして、それに「……しかたない、勝手に乗れ」と、承知されたのは貴方ではありませんか?」

「てっきり同乗することかと思ったんだ! 普通はそうだろう!?」

 ガシガシと収まりの悪い黒髪を掻き毟りながら喚くセラヴィ。


 そんな彼を、一緒についてきたブルーノとリーン君とが驚いた顔で見詰めています。

 そういえば二人の話の印象からですけど、セラヴィのことを随分と寡黙で自信家なように捉えている節がありましたけれど、それからすると珍しく思えるのかも知れませんわね。


 ――実際はただ好き嫌いが激しくて、面倒臭がり屋なだけなのに。


(その割に一本気で不器用で、寂しがり屋なのよね)

 私はくすくすと笑いながら鞍から落ちて、手綱を彼に返しました。


「――ったく。変わらないな、ホント」

 手綱を受け取ったセラヴィは、もう一度、髪を掻きながら妙にしみじみとした口調で呟きます。

 顔はあちらの方を向いているので、良くは見えませんでしたけれど怒っているという感じではなく、どことなく親しみが篭っているように感じられたのは私の気のせいでしょうか?


 あと、なんとなくブルーノの機嫌がますます悪くなったようにも感じられましたけれど、これは完璧に気の回しすぎでしょう。


     ◆◇◆


 さて、二ヶ月ぶりで逢った瞬間、彼が披露してくれた百面相はなかなか見ものでした。


 ブルーノの挨拶に素っ気無く頷きながら横目でこちらを見て。

 弾かれたように身体ごと振り返って。

 スツールから半分腰を浮かせて、こぼれんばかりに普段は眠たげな目を大きく見開き。

 何度か瞬きを繰り返して、ようやく私の顔に焦点を当て。

 パクパクと酸欠のフナのように口を開けたり閉じたりを連続して。

 震える指先で私を指して、周囲の怪訝な視線もなんのその。

 ようやく搾り出すようにして「な、なんでここに……?」と口にしたところで――、


「お久しぶりですこと。わたくしを覚えていてくださったようで安心いたしました。お元気そうで何よりですわ、セラヴィ司祭様(・・・・・・・)

 唖然とした顔のセラヴィ司祭に向かって、私は折り目よく一礼(カーテシー)いたしました。


「……知り合いなのか?」

 胡乱な表情で私と彼とを見比べるブルーノに首肯いたします。


「簡単に説明いたしますと……そうですわね、いまこの都で話題の『豚鬼王(オークキング)殺しの神童と異国の美姫』の粗筋はご存知でしょうか?」


 私の問い掛けに、これだけで気が付いたらしいリーン君が「あッ!」と小さく声をあげ、セラヴィは改めて腰を下ろして渋い顔でソッポを向き、ブルーノは怪訝な面持ちで頷きました。

「ああ、あれってジルのことだろう?」

「ええ、まあ……私が美姫というのはおこがましいのですけれど、物語に誇張や創作が加わるのは常ですのでさておきまして、問題は主役の『神童』様役なのですけれど」

「……おい、まさか」


 流石に気が付いたようで、眉を寄せて、ギルドの待合室にあるスツールの上で身体を左右に振るセラヴィの顔を横目で睨みます。


「――言っとくけど、サインならしないぞ。面倒臭い」

「いるか! ンなもん」

 ソッポを向いたままのセラヴィの軽口(?)に、すかさずブルーノが噛み付きますが、涼しい顔で受け流されています。


 ……なるほど、確かにお互いに自己主張が激しくてソリが合わなそうですわね。まあブルーノの場合はルークやアシミともなぜか反目している部分がありますけれど(あら? ひょっとしてブルーノって同性の友人がいないのでは……? うぅ、いままさに気が付かなくても良いことに気が付いてしまった心境ですわ)それは単に生まれや価値観の違いによるもので、その他の部分ではそれなりに上手くいっているのですが、こうして見るとセラヴィが相手だと本当にことごとく反目しているって感じですもの。


(なんとなく二人ともタイプが似ているので、同族嫌悪の部分もあるような気もしますけど……)

 こういうのはお互いに時間を置いて理解するか、真正面からぶつからないと解決しないでしょうね。夕日の河原で殴り合うとかして。


「つまり、例の一件で二人とも知り合ったってわけか?」

 私の方を向いて確認しながら、セラヴィに向かい合う形でブルーノがスツールに腰を下ろし、その隣にちょこんとリーン君が陣取ります。なかなか積極的ですけど、どうにも鈍いブルーノはまったく気が付いていないところが歯がゆいばかりですわ。


 そんなわけで、自然と私はセラヴィの隣に座ることになりました。

 座りながらなんとなくセラヴィと視線を合わせます。


「……そう、とも言えますわね?」

「……まあそうなる、か?」


 実際ははるかな昔に知り合っていたらしいのですけど、わざわざ口に出すほどのことではありませんわよね。


 そんなお互いに煮え切らない私たちの反応に、目くじらを立てるブルーノ。

「なんだよ?! 他にも何かあるのか!?」

「いえ、そういうわけでは」

「………」

 曖昧に弁解する私と、視線を外して耳の穴を小指でホジホジするセラヴィがいました。


「――揃っているみたいね」


 そこへギルドの受付嬢の恰好をした犬の獣人族らしい、私たちより四~五歳年上の女性がやってきました。髪の色はブルネットで瞳の色はブラウン。中肉中背で靴はローヒール。お化粧はしていますが控え目で、容姿も――積極的に訴えるような派手さはありませんが、かといって埋もれるほど地味でもなく、嫌味のない笑顔と頭の上のブラント・ティップ・イヤーが似合う愛嬌美人といったところでしょう。


「当ギルド職員のエステラ・バジョナです。今回の依頼の概要を説明させていただきますが、よろしいでしょうか?」

「はじめまして、Cランクの冒険者のジュリア・フォルトゥーナと申します。今日はよろしくお願いいたします」


 私以外は顔馴染みのようで、簡単な挨拶だけで済ませた後、空いているスツールと、かなり年季の入った小さめのテーブルを隅から引っ張ってきました。

 エステラさんを頂点になんとなく車座になる形で私たちはテーブルを囲みます。


「さて――」

 前置きとともに、テーブルをややはみ出す程の大きさの紙片――いえ、地図ですわね――が広げられました。

「単刀直入に言います。今回の依頼は幽霊屋敷の調査になります」


「「「「幽霊屋敷ホーンテッド・マンション?!」」」」


     ◆◇◆


 事の起こりは数ヶ月前に遡ります。

 いまは使われることのなくなった郊外の別荘地にある、とある屋敷のひとつにいずれも七歳になる三人の少年が入り込んだそうです。理由は――ありがちですが肝試し(イニシエーション)だそうです。

 そしてこちらもありがちですが、荒廃した屋敷の廊下で、満月の月明かりに照らされて影もなく、その場に幻のように浮き上がって現れたのは、この世の者とも思えないほど綺麗な女性――。


 肝を潰した彼らが悲鳴を上げて逃げるその後を、音もなく追いかけてきた幽霊は、やがて廊下の突き当たりに煙のように吸い込まれて消えた……というのは、泣きべそをかきながら逃げ帰ってきた彼らの証言なので本当かどうかは真偽不明ですが。


 その後、噂を聞きつけた怖いもの知らずが何人かその屋敷に忍び込み――登記上は他人の不動産なのでれっきとした犯罪行為なのですけど――いずれも満月の晩に、似たような体験をしたそうです。

 ただそれ以外の日には、薄い影を見たとか、人の気配を感じたとかいう程度とのこと。


 寂れた別荘地とはいえ首都の傍で悪い評判が立つと問題だということで、行政も所有者に連絡をとろうとしたのですが、持ち主であるとある著名な画家は十年ほど前から消息不明。

 ――と言うことで、原因究明の為に冒険者ギルドにお鉢が回ってきた、ということらしいです。


     ◆◇◆


「気が乗らないようでしたら、他の方に依頼を回しますが……あの、幽霊(ゴースト)とかは平気ですか?」

 エステラさんの質問に、

「最初からゴーストの類だとわかっていれば、どうということはありませんわ」

「またゴーストかよ。直接剣が効かないから面倒なんだよなぁ」

「幽霊が怖くて神官(ぼうず)がやってられるか」

「……えーと、ボクはちょっと苦手かも知れませんけれど、頑張ります」

 各自気負いのない態度で答えました。


「大丈夫なようですね。では今回の依頼を皆さんのパーティーに請け負って戴くことにします。期限は来週の月眼の日まで……祈念の日がちょうど満月に当たりますから」


 出発は明日の朝として、土日に当たる鏡の日と祈念の日を挟めるのは、学生である私たちにとっては有り難い話ですわね。逆に言えばこのチャンスを逃せば次の満月まで待たないといけないので、確実に今回で解決しないといけないということです。


「報酬は成功報酬で金貨八枚……別荘の管理組合から出るんだけど、問題はない?」


 これが高いのか安いのかは不明ですが、ブルーノとリーン君は満足そうに頷いて、セラヴィは軽く肩をすくめました。……取りあえずは了承したという意味でしょう。


「わかりました。現地までの地図と資料等はいただけるのですか?」

「ええ、契約書と一緒に用意してあります。ただ、場所がいまは辺鄙な所ですから、現地までの足はご自分で用意していただくことになりますが……」

「別荘地ということですから、仕方がありませんわ。――他に何か問題などございますか?」

「そうですね――」


 しばし考え込んだエステラさんですけれど、不意にポンと両手を叩きました。

「そうそう。仮にとはいえパーティーを組むのですから、何かあった際のリーダーを決めておいていただけますか? 契約にも必要ですし」

「リーダーですか……?」


 自然な流れとしてブルーノとセラヴィに視線を向けましたけれど、お互いにソッポを向いて端から拒絶していました。


(……どうしたものかしら)

 どちらかをリーダーに立てたところで、お互いに相手の指示に従うとはとても思えません。かと言って多数決で決めてもシコリが残りそうですし。


「あのォ~」

 ここでリーン君が小さく手を挙げました。

「リーダーですけど、ジルさんがなれば良いんじゃないかと思うんですけど」


「……へっ?!」

 思いがけない提案に目を白黒させる私。


「――ふーん。まあ、いいんじゃないか。妥当だろう」

「まあジルは俺らの中で一番ランクが上だし頼りになるからな」

「では、ジュリアさんをリーダーということで登録しますね」


 私の当惑は遥か彼方に置きっぱなしのまま、なぜかトントン拍子に話が進んでいます。


「まっ、待ってください! 私は今日、勝手に依頼に参加させていただいただけの部外者ですよ! よろしいのですか、それをリーダーだなんて?!」


「「「「いいんじゃない」」」」

 あっさりと満場一致で決められました。

と、言うことで「サラマンダー早いね~」というジルでした。

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