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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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竜騎士の目覚めと孵化の条件

 夕闇が落ちた皇都シレントの通りには、月明かりと家々の窓からこぼれる角燈(ランタン)の明かり、そして街角にところどころ並ぶ街灯が放つ、ほのかな魔法の明かりが灯るだけ――それも、あくまで貴族街から市民街へと続く表通りだけで、一歩脇道へ入ると鼻を抓まれてもわからないような分厚い闇の(とばり)が落ちているのでした。


 ですので陽が落ちると同時に、皇都であっても人々は早々と家路につき、星が瞬く時刻にもなれば街の大部分が眠りへと就き、一部の酒場や宿屋、それと歓楽街を除いて商店はお店を畳むのが通例となります。

 深夜営業なんてものはありません……と言うことで、当然『ルタンドゥテⅢ号店』も扉を閉め、窓という窓には丈夫な鎧戸が締められます。とは言えそれで終わらないのがサービス業の辛いところ。閉店後の店内であっても竈の火は赤々と燈され、煌々と輝く魔法の明かりの下、多くの男女が忙しく動き回っていました。


 店内の清掃を終え、明日の仕込をしている従業員の皆さん……それと今日は、私の関係者が閉店後の店内の一角を占めているのでした。


「――なんなんだアイツは! お偉い司教様だか、天才だか知らないけど、絶対友達とかいないぞ、アレは!」


 感情に任せて喚き散らすブルーノの怒号を伴奏に、カウンターまで料理を受け取りに来たリーン君が「すみません、お騒がせして」と、恐縮した風情で小さくなって頭を下げます。


「いいのよ、あの馬鹿が騒ぐのは昔からの習性みたいなもんだし、リーンが謝ることじゃないわ。――って、ウルサイわよ! 男の癖に終わった事をグダグダ言わないのッ!」

 やれやれと首を振ってリーン君を労わったエレンが、一転してテーブルに座ったまま管を巻いているブルーノを怒鳴りつけます。

「それといつまで座っているわけ? あんた王様? ジルに料理をさせて、あたしが補佐して、リーン君、プリュイやアシミまで手伝ってるっていうのに、飲み物ぐらい取りに来たらどうなの?!」


 馴れた口調と態度とで頭ごなしに言い放つエレンの言葉に、ぐうの音も出ないブルーノ。そんな阿吽の呼吸で完璧に相手を翻弄しているエレンの態度を、いたく感心したようにも、羨ましげにも見える微妙な表情で眺めるリーン君がいました。


「自分のことは自分でするのは当然だからな。口だけ達者な人間(ビーン)の小僧とは違う」

 そう言いながら、案外馴れた手つきで自分の分の皿を運ぶアシミの憎まれ口と、

「ふむ、それにその司教とやら、思ったことを口に出しただけだろう? 正直なのは美徳だと思うのだが」

 プリュイの空気を読まないフォローに、傷口を抉られたようなような顔で呻きながら、ブルーノは椅子から立ち上がってカウンターの方へと重い足を引き摺ってきました。


「はい、トマトのジェノベーゼとキノコカルボナーラができました。ブルーノはこっちのマリナーラピッツァを運んでいただけますか? 熱いので気をつけてくださいね」


 エルフの二人に配慮した肉類を使わない料理を並べる私の指示に従って、各自が大皿や飲み物を空いているテーブルに運んでいきます。

 終業後に「腹が立ったし、腹減った! ジル、なんか食わせてくれ!」と転がり込んできたブルーノたちと、成り行きでしばらく泊り込むことになったルークの親睦を兼ねてのお食事会ですが、肝心のゲストの一人は、いまだ難しい顔で抱えたマーブルの卵を凝視しています。


「……そんなに根を詰めてもすぐには孵らないと思いますわよ。フィーアの時でも一巡週くらいかかりましたし、本来なら十日から二巡週くらい時間がかかるものだと、渡してくれた商人さんも言ってましたから」


 そんな周囲の遣り取りも耳に入らない様子で、抱きかかえた謎の卵を抱えたルークに声を掛けました。


「……わかってはいるんですけど、魔力を注ぎ込むって感覚がどうにも理解できなくて、どうにももどかしいもので」

「あせっても仕方がありませんわ。それに、シャトンのお話では基本的に相性の問題だそうですので、それほど意気込むこともないと思いますけれど?」

「だから猶更なのかも知れません。この卵から生まれるのが飛竜(ワイバーン)だと聞いて、居ても立ってもいられない気分なもので」


 興奮と期待がない交ぜになった顔で、抱え込んだ卵の表面を大事そうに撫でているルークですけれど、周りの反応は冷ややか……というか、なんだかなぁ、本当にソレって飛竜(ワイバーン)の卵ぉ? 騙されてるんじゃないの? という懐疑的なものです。


「……それはともかく、お食事にしませんか? 準備も整いましたので」

 そう言いながら、運ばれた料理をテーブルの上に手早く配置しながら、各自の前に小皿を並べます。今回はイタリアンにまとめてみたので、パスタは三種類のジェノベーゼとカルボナーラ、ぺペロンチーノ、サラダが三種類のポテトとカボチャ、シーフード、ピッツァはマリナーラ(ハーブとニンニクだけのシンプルなピッツァ)、それと豆腐とトマトソースで作ったラザニアというメニューです。


「そう――ですね。やあ、美味しそうですね!」

 ことさら明るい顔でそう言ったルークは、立ち上がって皆が待つテーブルへとつきました。


「「「「「「いただきま~す」」」」」」

 行儀よく礼を済ませた一同は、和気藹々と夕食に取り掛かりました。



     ◆◇◆



「……なんか、あっちの方はすごく楽しそうですね」

「そうかもね」


 厨房の片隅で立ったまま夕食を摂っていたシャトンが、楽しげに今日一日の出来事とか世間話、愚痴をこぼしながら夕食を食べているジルたち一同を見た。

 隣で皿を洗っていたエミリアが気のない素振りで同意する。


 ちなみにシャトンの服装は飾り気のないワンピースで、もともとの服がドブ川で再起不能になったために貸し与えたものである。現在はその上にエプロンをしている。


「……それと、同じ客でも随分と待遇に差があるような気がするのですが?」


 幾種類もの山盛りの料理を小皿に取り分け、ワインやジュースを片手に歓談している彼らと、厨房の片隅でカレーに使うような深皿に盛られた炒められたご飯と、上にかけられたそぼろを混ぜて食べている自分の姿を比較して、ただでさえ変化の少ない表情を更に無表情にするシャトン。


 一方のエミリアも、負けず劣らず愛想の欠片もない顔と口調とで、

「うちの賄いの『ペペロンチーノそぼろ炒めライス』だけど、結構いけるでしょう? あとあちらはお嬢様のお客様で、あんたは招かざる客。ついでに言えば働いて借りを返すことに同意してる以上、特別扱いする気は一切ないので、さっさと食事を済ませて手伝ってよね」

 そう言って山積みになっている洗い物を指差した。


「……目の前に恋しい王子様がいるっていうのに、残酷な現実」


 悄然と肩を落として、取りあえず目前の食事に専念するシャトン。

 そんな彼女を横目に見ながら、『いちおうはお嬢様の恋敵になるのか』と思ったエミリアは、何げない素振りで探りを入れてみた。


「――あんたね。恋しいっていうけど今日、初めて逢ったルーカス様のどこに惹かれたわけ?」

「え? 決まってるじゃないですか金と……あとは顔。他になにが?」

「……確かにそうかも」

 欲望に直結した答えに、なんとなく納得するエミリアであった。



     ◆◇◆



飛竜(ワイバーン)と言ってはいましたけれど、多分これって『従魔』の卵だと思うのですが」

「確かに普通の卵とは違うな」

 夕食を終えて寛いでいる時間帯、いまだ卵を撫で回しているルークを前に感想を口に出した私に応えて、プリュイが訳知り顔で同意いたしました。

「「いや、そんなの一目瞭然だと思う」」

 アシミとブルーノの感想は脇に置いておきます。


「孵化させる為には基本、主人になる人間の魔力を四六時中当てる必要があるのですが……」

 ここで私は思わず言葉を詰まらせましたけれど、続きを促すルークをはじめ周囲の視線を受けてやむなくソレを口に出しました。

「問題は二点。ひとつはルークに魔術師となれるほどの魔力量が存在しないこと」

 まったくゼロではありませんが、あくまで一般人レベルでしか魔力も素養もありません。


 そう口に出して補足しましたところ、目に見えてルークの意気が下がりました。

 ああ、なんていうか物凄い罪悪感がヒシヒシと感じられますわ。


「もうひとつの問題は、この卵自体が魔力に対して無反応なことです」

 試しにこのパープルの卵に向かって魔力波動(バイブレーション)を放ってみましたけれど、底の抜けた桶に水を注ぐ感じで、スカスカ素通りしてしまいました。


 それでは――と思い立って、

「ほう……?」

「ふン?!」

 精霊力に切り替えたところ、何かが内部で身動ぎするような気配を感じました。


 そのあたりは本職のエルフの二人であるプリュイとアシミの方がより精密に掴んだようで、

「魔獣というより精霊獣に近いか?」

「風の精霊の息吹を感じるな。飛竜(ワイバーン)というのもあながち的外れではないか……いや、どこか妙に――」

 微妙な表情で顔を見合わせて頷きあいます。


「……つまり、魔力ではなくて精霊力――いえ、竜騎士がまとうという『風使い』の力が必要ということではないのでしょうか?」


 以前、ルークの父君に当たるエイルマー氏が片鱗を見せてくれたその力を思い出して、私はそう推測を口に出しました。


「風使い? それは風の精霊使いということか?」

「似ているとは思うのですが、もっと自然体で……まるで自分の手足を自然に使うように、風を使っていましたわ」

 プリュイの問い掛けに私も自信無げに首を捻るしかありません。

 あの当時は精霊に対する理解がまったくありませんでしたので。

 ただ今となって思い返してみれば、精霊使いの技とは微妙に違っていたような気もします(根本は同じとしても)。


「つまり、この卵を孵す為には、僕が『風使い』とならないと駄目と言うことですか?」

「……少なくとも風の精霊と心を通わせないと難しいと思います」


 私の返答にまたまた難しい顔で考え込むルーク。


「ふん。なんだったら俺がその卵を預かっていいぞ? 苦労知らずの人間(ビーン)には手に余るだろう」


 嘲笑を込めたアシミの言葉に、流石にムッとしてルークは大切そうに卵を抱かかえました。

「いいえ。これは僕が預かったものです。竜騎士の血に連なるものとして、僕が責任を持って孵化させてみせます」


「ふふん。意気込みは立派だが、せいぜい腐らせないことだな。……ああ、まあ気休めだがお前、多少は風の精霊に認められているらしい。もう少し周りを見ることだ」

 フンと鼻息混じりに言い放ったアシミの言葉に、「えっ?!」という顔で反射的に周囲を見渡すルーク。


「ああ、それはなんとなく私も感じていた。まるで風の精霊にずっと真摯に語りかけていた後のような、精霊達の親しげな気配を。――何か覚えがあるか? 風の精霊に祈っていたような?」


 続けてのプリュイの言葉にしばし考え込んだルークでしたが、

「風……ずっと話しかけ……えっ?! まさか本当にあの海の風が聞き届けて――!?」

 いきなり息を飲んでなぜか私の顔を凝視しました。


「……はい?」

「ふむ。やはり何か身に覚えがあるようだな」


 首を傾げる私と合点がいった顔で頷くプリュイ。

 ですが、当事者のルークは首を激しく横に振って、きっぱりと言い切りました。


「知りません! 何かの間違いです!!」

まさかあれが伏線だとは思うまい、というかアレで覚醒する能力者というのも他にはいないと思われます(´・ω・`)


6/17 誤字修正しました。

×思い足を引き摺って→○重い足を引き摺って

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