ギルドの出会いと何かの卵
今回は『冒険者ギルド』の説明回のようになってしまいました。
『冒険者ギルド』――それが何なのかいまさら言うまでもない。この大陸にいるほぼ全ての冒険者が所属する、冒険者による冒険者の為の機関である。
その活動範囲は、上は天災級の魔物の討伐から下は下水道の清掃までと多岐に渡り、また大抵の国の首都に巨大な本部があり、主要な街に行けばそれなりの規模の支部が存在し、冒険者が足を運ぶ《ダンジョン》と呼ばれる古代遺跡や魔物が棲む秘境の近くも、必ずと言っていいほど出張所がある……そのせいで人々の生活に密着した世界規模での巨大組織、と錯覚している一般人はもとより、所属している当の冒険者まで勘違いしている者は多い。
だが、実際のところはその名を冠したひとつの明確な組織があるわけでも、ごく一部(もともとの権力者が組織したり、有力貴族がパトロンになったりした場合)を除いて、法治国家においては超法規的な特権があるわけでもない。
そもそもが、もともとが自警団や自治組織だったものを、税や身分の優遇措置及び国内における武器の所持の許可を与える対価として、国内の治安の維持や雑役の下請け……さらに言い方は悪いが、いざと言う場合に使い捨てに出来る消耗品の駒として――正式な軍や兵士というものは平時に置いては金喰い虫なのが常である――使えるようにと、いわば飴と鞭を与える代わりに民間に組織させたのが『冒険者ギルド』の成り立ちなのである。
要するにもともと互助会のような集まりが個々に存在し、それらが国の第三者機関のような役割を与えられ、その関係で辛うじて横の繋がりを持つようになったというだけで、「冒険者ギルドは独立独歩。自由な人間の集まりである」という名目上とは裏腹に、さほど発言力があるわけでも権限があるわけでもない、烏合の衆が集まってできた零細組織なのが実状であった。
とは言え。現在は大陸は統一国家『カーディナルローゼ超帝国』によって平定され、地域の紛争や魔物との諍いはともかくとして、ここ百年程度は大規模な戦争がなくなったことから、民兵及び予備兵力としての側面は名目上のものとなり、現在は民間機関として整理・強化され、それなりの体裁を保つようになっていた。
そのようなわけで、「裏山に住み着いたタヌキの化物を駆除して欲しい」「三年前に鉱山に出稼ぎに行った亭主に、今年生まれた赤ん坊のことで手紙を渡して欲しい」などといった、役所に依頼したり苦情を申し込むには微妙な案件などが常時持ち込まれ、足を運ぶ依頼人や仕事を求める冒険者達によって、各地のギルドは一日中活気に包まれているのが常であった。
それはここ――リビティウム皇国の盟主国シレント央国の皇都シレントでも勿論同じことである。
皇都ということで、ここには冒険者ギルド・シレント本部の他、そこかしこに支部が存在しているが、すべて同一組織というわけではなく、基本的に独立採算で運営している幾つかのギルドを統括しているのが『本部』であり、個々の支部は『支部』の看板を得る代わりに上納金を支払う形で運営されている。そのため中には『支部』の看板を掲げない完全別組織や、ものによっては正式な冒険者ギルドではない、犯罪者や逃げた奴隷(自由労働者)でさえ加入できるモグリのギルドなども存在しているほどであった。
この日の夕方、混み始める時間帯の少し前に、そんなギルド支部のひとつであり、きちんと国に認可され公認されたダンジョン《姫君の輪舞台》への優先権を持つことで知られた『冒険者ギルド・シレント南第二支部』へ、まだ成人したてと思える二人の少年(?)冒険者が、今日の成果を持って訪れていた。
◆◇◆
「――確認しました。『ポレポレ茸』が二十三個に『ダバダバ杉』が五株、『ポレポレ茸』は一個あたり半銀貨一枚。『ダバダバ杉』が一株銀貨三枚と半銀貨一枚なので、合わせて銀貨二十二枚となります」
犬の獣人らしいショートカットの茶髪の間から犬耳が覗く十七歳位のお姉さんが、にこやかに業務用スマイルを浮かべながら、カウンター越しに銀貨の乗った釣銭受け皿を差し出してきた。
銀貨三枚もあればひと家族が一日食い繋げるので、これだけでも食べるだけなら一巡週は持つ計算で、この年頃の少年の一日の稼ぎとしては上々だが、二人掛りである程度危険と隣り合わせ、備消耗品の補充や点検の必要を考えると、非常に微妙な稼ぎであった。
「やっぱり、常時依頼の採集だとこんなもんか。回復薬を二個買ったら一発で吹っ飛ぶな」
そこそこ鍛えられた体つきをした剣士らしい装備と中剣を佩いた黒茶髪の少年が、どことなく不満げな態度で渡された報酬を半分に分けて、傍らに寄り添う華奢な体つきをした草色の髪の中性的な容姿の少年へと手渡した。
「仕方がないですよ、ブルーノ先輩。本格的に稼ごうと思ったら、ある程度等級の高い魔物を狩るか、ダンジョンに潜る必要がありますけど、E級冒険者二人組みじゃあリスクが高すぎますから、こうして地道に稼がないと」
恐縮した様子で自分の取り分を受け取った少年――いや、声からして男装をした少女なのだろう――は、ふと怪訝な表情で首を傾げた。
「でも、考えてみればいまは週に三日とはいえ、ノーマン隊長の下でジル様の警護隊にも所属して、お給料も貰っているんですよね? 専属になればもっと給料もあがるって隊長も言ってますし、そのつもりはないんですか?」
「……まあ、俺らみたいなルーキーに破格の条件なのはわかるんだけど、隊長のように老後の生活を考える年ならともかく、まだまだ冒険者として上に登りたいからな、俺は」
ノーマンは年齢的にはまだ四十にもなっていない先輩冒険者だが、まだ十三歳の彼らにしてみればロートルも良いところである――事実、冒険者のピークは三十歳前後と言われている――堅実な人生設計を考えるのはまだまだ先の話であった。
「せめてパーティーを組んで実戦経験を積みたいところだけど、さすがにそこまで隊長達に甘えるわけにはいかないし、できればダンジョンへも挑戦してみたいところだから、警備の仕事と二足の草鞋ってのは無理だろう?」
「そうですねぇ。講習でもダンジョンへ一日潜ったら、最低でも二~三日は休めっていわれましたし」
ダンジョンに潜ると心身ともに消耗するのが常である。その為ガッツリ休養をとる意味合いと、同じく消耗した装備を修繕したり補充する期間をもうける必要がある。それゆえダンジョンを専属としている冒険者はほとんど他の仕事をするような余裕はない。
「せっかくこんな大きな街に出てきたんだ、いつまでも金魚のフンじゃなくて実力を磨いてジルやエレンに……あ、いや、ノーマンさんとかも見返したいし、リーン…お前だってそうだろう?」
「……まあ、お世話になりっぱなしですからねえ」
どこか寂しげに苦笑して、リーンと呼ばれた男装の少女は頷いた。
そんな遣り取りをカウンター越しに微笑ましげに眺めていた受付の女性だが、ふと思い立って――気紛れと珍しく続く冒険者がいなくて暇だったせいでもある――二つほど離れたカウンターで、男性職員と難しい顔で話し合いをしていた、彼らと変わらない年頃の黒髪の少年へと視線を巡らせた。
「そういえば、ロウ司祭。貴方も迷宮に潜る相方を探していたんですよね? それなら彼らと組んでみてはいかがですか? 魔術――失礼、法術を使える貴方と、盾も使える剣士であるこのブルーノ君、それと軽戦士ながら確かレンジャーのスキルも持っているリーン君となら、ちょうど良い組み合わせだと思うんですけど」
いきなりの提案にギョッとした様子で、ブルーノとリーンはまずは受付のお姉さんを見て――任せておきなさい、とばかりウインクされた――次に、離れたカウンターにいた古着らしい皇立学園の制服を着た、ボサボサの黒髪に寝起きのような気だるげな目付きの少年を見た。
「………」
名指しで呼ばれた彼――『ロウ司祭』とやらは、無言のままジロジロと無遠慮にブルーノとその傍らに立つリーンとを値踏みした後、面倒臭そうな口調で一言――
「子供のお守りをする余裕はない」
「ンだと、こらっ!?」
「ちょっ、ちょっと先輩。ギルド内での喧嘩はご法度ですよ!」
激高するブルーノと袖を引っ張るリーン。そしてもう興味はないとばかりに、視線を外すロウ司祭。
このちょっとした騒ぎにも馴れた様子で、にやにやと笑いながら受付の女性が、
「まあまあ、せめて話くらいは聞いてみたらどうでしょう」
両手を上げて執り成しをするのだった。
◆◇◆
胸の前で広げた両手を『ポンッ!』と打ち合わせる。
「「「「「「………」」」」」」
ひとしきり言いたい事を言っていた全員が、その音で我に返って私の方を向きました。
「それでは、まずは落ち着いてお話をいたしましょう。――あッ。エミリアさん、お手伝いありがとうございました。もうお店の方へ戻っても大丈夫ですわ」
私は華やかなメイド服を着た灰色の髪の女性――エミリアさんに、取りあえず目礼をして退室を促しました。
エレン、ラナ、そしてモニカさん。私付きの専用メイドであるこの三人は、お仕着せですが実務的なロングスカートのランチェスターメイド服を着用していますが、やや浮いているのは、一人だけパティシエ風メイド服を着ているエミリアさんです。
これは『ルタンドゥテⅢ号店』の制服で、支度金代わりに女性従業員に渡されるものです。私としてはこういうのは風俗のようであまり気乗りはしなかったのですけれど、警備主任のノーマン隊長以下男性陣……は元より、実際に着用する女性従業員の皆様にも意外と好評で、現在はメニューの他に制服目当てにくるお客さんや就職希望者が後を絶たない状況だったりします。
ちなみにエミリアさんは『ルタンドゥテ本店』で働いていたこともあり、ノウハウもわかるというのでチーフのような立場にいます。これは本人の希望によるもので、最初は孤児院のある故郷のコンスルの街を遠く離れることに私としては難色を示したのですが、
「広い世間を見せてあげてください。若い頃訪れたことがありますが、シレントは良い街ですよ。それに機会があれば教団の本山を巡礼してみるのも良いものです。……ずいぶんと変わってしまったと風の噂に聞きますが」
そう元聖女教団の修道女だという孤児院の院長にも口添えをされ、結局はるばると大陸の果てまで同行してきていただいた次第なのでした。
ですので彼女は、名目上はエレン達のような『グラウィス家』付きの使用人ではなくて、下の喫茶店『ルタンドゥテⅢ号店』に雇われた女給です。本来はこのような私事に付き合わせるのは公私混同の誹りを受けるものでしょう。
ただ今回は特例――と言うか、モニカさんがシャトンを一目見て、
「あの娘はただ者ではありません。屋敷に入った途端に金目の物や出入り口、窓の位置を真っ先に確認しました」
と眉を顰め、急遽「わたしだけでは手に余る気がします。他の者では駄目です」と招聘した結果です。
幸いにして二つ返事で了承してくださったエミリアさんも、「ああ、ありゃ裏社会の人間ですね」と、あっさり彼女の正体を看破して警戒したようです。
確かに基本的に悪い人ですけれど、腐っているわけではないのでそこまで警戒する必要はない……と思うのですけれど、「「甘いです!」」と揃って一蹴されてしまいました。
「……いえ、あたしもしばらくここにいます。幸いお店の方も品切れで、表の業務は終了しましたので」
「あらっ、もう閉店ですの? ここのところ少し早いですわね」
「飲み物はともかくとして、毎日このくらいの時間になるとデザートもランチも品切れ状態ですから」
まあ、後片付けや明日の営業に備えた準備もありますので、従業員はまだ働いていますけど、今日はお嬢様の用事があるとの事で、その辺りのシフトは融通していただいていますので大丈夫です、とエミリアさんは付け加えました。
「それにしても、あまり早く営業を終了するのも問題ですわね。せっかく来ていただいたお客様に対しても申し訳ありませんし」
「そうそう、そうなんですよお姉様。場合によってはお昼過ぎにはデザートが無くなって、折角やってきたのに何度悔し涙を流したことか……」
眉をひそめた私の言葉に、フィーアの下敷きになったまま、エウフェーミアが心底悔しそうに唇を尖らせ追従します。
「………」
そういえば忘れかけていましたけれど、この子の問題も先送りしてたのですよね……。
取りあえず私はフィーアにエウフェーミアを離すように指示しました。
「偉いわねフィーア、ちゃんと怪我をさせないように配慮できたんだから」
『この子、マスターと同じようなニオイがするから、フィーア遊んでたの!』
フィーアからの心話を受け取って、私は複雑な心境で、エレンやラナの手を借りてドレスの皺やら付いた毛屑を直しているエウフェーミアを改めて見詰めました。
(……異母妹か)
考えるとドツボに嵌りそうな気がしましたので、気分転換に今後のお店の経営について、適当に思いついたことを整理します。
何はともあれ、やはり現在の回転率に対して商品の供給が追いついていないようですので、早めに対策を講じないといけないところです。
単純に従業員と調理場を増やして賄うのはリスクが高そうですし、早急にどうこうできることではありません。或いは商品の値段を上げて客層を絞るとか、現在行っているサービスの削減……いえランチサービスのパンとスープのお代わり自由を中止するのは論外ですわね。また、従業員の方々に無理なオペレーションを強要するわけにも参りません。
「……即効性のある妙案はありませんわね。取りあえずは作り置きのできるアイスクリームやゼリーの類いを充実させることで凌ぐことにいたしましょう」
「そうですね。季節柄その方が受けるかと思います」
頷いたエミリアさんとモニカが納得したところで、いい加減辟易しているルークを救助することにして、私はべたべたと縋り付いているシャトンの手を取って関節を極めつつ、間に割って入る形で物理的に二人の距離を離しました。
「何をするんですか、お嬢様」
「それってルークが五十回くらい繰り返した台詞ですわよ。貴女こそ何をしてるんですか? 用がないならそろそろお引取りを願いたいのですけれど?」
ようやく自由になり、ほっと胸を撫で下ろしたルークも、同意を示して何度も頷きます。
「………」無表情ながらも、どこか挑戦的な目で私を見ていたシャトンですが、「――ああ。そういえば本題を忘れていました」
両手を打ち合わせて……開いた瞬間、どこからともなく一抱え程もあるマーブル模様の巨大な卵を取り出しました。
「「何です(の)(か)、この妙な卵は?」」
サイズもそうですけれど見るからに毒々しい――口を利けるなら「イヒヒ、あっしは毒ですぜ」と自己紹介しそうな――色合いの卵を前に、私とルークとは首を捻ります。
他の面々も興味深げに注目する中、ちらりと流し目でルークの方を見たシャトンが、いつもの底の知れない表情のまま、わざとらしく身をくねらせ、
「王子様、あなたとの愛の結晶です。認知していただくために今日は伺いました」
言い切って、ぽっと頬を赤らめました。
『え~~~~~~~~~~っ?!』
途端、全員の驚愕の声が唱和しましたが、インパクトの度合いとしては「あなたの子」云々は、ほとんど全員がスルーして、
『卵生なの!?』
という続く言葉にこそ表れていたのでした。
ギルドには他に『商業ギルド』『工業ギルド』『貿易ギルド』『盗賊ギルド』など多数の種類があります。
6/8 誤字脱字修正しました。
×きちん国に認可され公認された→○きちんと国に認可され公認された
×あっさり彼女の正体を看過して→○あっさり彼女の正体を看破して