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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
81/337

貴公子の口付けとペテン師の口付け

本当にお待たせしました。続きです。

なお今回から場面転化を表す

三行開けて「◆◇◆◇」三行開けて開始を

一行開けて「◆◇◆」一行開けて開始へと変更しました。

順次、以前の部分も訂正予定です

 生活魔法を併用したということで、思ったよりも早くのりづけまでされて戻ってきた元の女子用制服に着替えた私は、やっと落ち着いた気分でバルコニーに設置されたお茶会用のチェアーに腰を下ろしました。

 生活魔法というのは主に日常生活に役立つ、掃除・洗濯・料理などに特化した魔術で、基本的に初級の魔術に当たるものです。当然、魔術師や魔女なら大抵は使えるものですし、呪文と簡単な魔法陣を丸暗記すれば良いので、多少なりと素養のある一般人でも使える人はいるのですが、一般人の場合はもともとの魔力量や知識不足により、そして専門職になれば逆に、あくまで『ちょっと便利』な魔術の為、本格的にこれを極めようとか言う酔狂な人間はまずいません。


 はっきりいってそんなことに労力を使うのなら、ファイアーボールの一発でも覚えたほうが、よほど世間では通用しますし、高給取りになれる可能性が高いですので(このあたりはかつて国同士が頻繁に戦争をしていた当時、魔術が軍事技術として秘匿されてきた過去や、偏屈な魔術師が見栄えの良い強力な魔術を奥義扱いして開陳しなかった歴史に絡みます)。


 とは言え魔法ならではの利便性は高く、こうしたちょっとした部分でその効果が実感されます。なので特別に専門職としてそうした人員を積極的に雇用する層も、最近はちらほらみられるようになってきました。このあたりは大陸が統一国家に統治されている故のゆとりというものでしょう。とは言えさすがに雇用できるのは、よほど富裕な層か特殊な専門職くらいになりますが。

 当然、王族たるヴィオラの場合は前者と言うことになるでしょう。


 そんなわけで――。


「……はあ。やっぱりスカート(こっち)の方がしっくりきますわ」

 前世とかいろいろシガラミを考えると問題あるような気も致しますが、いまさら自分を取り繕ってもしかたがないので、私は諦観漂う面持ちで正直な感想を口に出しました。


「まあ、それが正常な反応なんだろうね」

 こちらは相変わらず男装したままのヴィオラが苦笑しながら同意します。


「………」

 そんな予想外のまともな反応に、私は思わずまじまじと彼女の顔を凝視していました。


「おや、そんなにおかしいですか? 一般的な感性は理解しているつもりですけれど。その上で、僕は自分の在り様をこう決めて実践しているのですが」


 飄々としたヴィオラの言葉に、こちらも女子の制服に着替え直したリーゼロッテ王女が、紅茶のカップを口から離して眉を顰めます。


「それがおかしいってのよ! 貴女、仮にも王女でしょう!? 王女たるものが男装をして、女を口説くのを趣味にしてるなんて異常よ。変態じゃないの!」

「そうは言っても心は男だからね」

「そんなものは勝手な思い込みじゃないッ!」


 毛を逆立てた子猫(血統書付き)という風情で怒鳴るリーゼロッテ王女に対して、こちらは大型犬(血統書付き)を彷彿とさせる悠然とした態度で、砂糖菓子を紅茶で流し込みながらヴィオラは首を捻りました。

 ルークとダニエルの方は、さすがにこの話題に関しては想定外だったようで、困惑した顔を見合わせています。


「性差問題をそのように一般論や感情論で決め付けるのはどうかと思うんだけれどね、フロイライン・リーゼロッテ」

「性差もなにも、女は生まれながらに女で、男は男に生まれたから男なわけで――それがすべてじゃない! どこに疑問の余地があるっての?!」

「そこにズレがあるんだよ。想像できないかな? 自分が望む姿を自分の体が否定するこの感覚を」

 哀しげに睫を伏せるヴィオラ。


「――うっ!」

 と、その言葉に大いに心当たりのあった私は、思わず立ち上がって彼女の手を握っていました。

「わかりますわ! 私には痛いほどわかります。自分の理想とはかけ離れた身体に押し込まれ、それゆえに不本意な蔑視と奇異の視線を向けられる……その苦しみ、心の痛みが!」


 脳裏に過ぎるのは、醜い姿に生まれ『ブタクサ姫』と呼ばれ、一度は殺された私自身の苦悩と絶望です。

 幸い私の場合は後天的な努力でダイエットを敢行し、師匠(レジーナ)の認識阻害の魔法もあって、女の子として一般人に混じっても、さほど目立たない程度の平凡さを身に着けることができました……けれど、もともとの体が『女性』である、『心は男性』のヴィオラではどうしても乗り越えられない壁が確固たる姿で控えているのです。

 なんという浅慮でしょう。その思いを私は理解しようともしないで、恵まれた環境にいる人間の悪趣味であり、自分勝手な思い込みだと決め付けてしまっていた――これを無知無神経と言わずしてなんと言うべきでしょう。私だからこそ共感できることだというのに!


「わかっていただけるのですか、フロイライン・ジュリア?」

「勿論ですわ。心より応援いたしますわ、ヴィオラ様。見た目を変えるだけの幻影ならともかく、残念ながら性転換の魔法薬など聞いたこともありませんが、これから先努力して必ずや私が見つけ、ヴィオラ様へお届けいたします!」

 まあ、仮に本当に見つけたとしても、けっこう現在の自分に満足している私とかは使おうとは思いませけれど、ヴィオラの他にも同じような悩みを抱えている方もきっといらっしゃる筈です。そうした方々の福音になればなによりですわ。


「ありがとう! その言葉だけでもこのリビティウムに来た甲斐があったというものです。君に出会えてよかった。――フロイライン・ジュリア、どうか僕のことは気軽に「ヴィオラ」と呼んで下さい」

「それでは私のことも「ジル」とお呼びください。親しい方々にはそうお願いしていますので」

「なるほど。……「ジル」。可愛らしくて貴女にぴったりの呼び名ですね」


 そんな風に屈託なく笑うヴィオラの、少年とも少女ともつかない中性的な美貌には世俗の汚れというモノがまったくなく、まるで昔の少女漫画に出てくる完璧な美少年のようです。

 儚さと妖艶さが渾然一体となった笑みを向けられ、図らずも頬が熱くなるのを自覚した私は、思わず目を逸らせました。


 刹那――。

「……本当に、可愛らしい方ですね。ジルは」

 くすり、という微笑と共にふとヴィオラが近づいて来る気配を感じたのと同時に、

「――ちゅっ」

 右頬の辺りに柔らかな感触を覚えました。


「あああああああああああああああっっっっ――――――!!!???」

 思わず目を丸くする私と、にこにこ笑いながら唇を離したヴィオラとを指差して、ルークがまるでこの世の終わりを目撃した預言者のような顔で、顔のデッサンを崩して絶叫しています。


「……まあ、落ち着け。気持ちはわかるが、いちおうは女同士だし、頬になんだから挨拶のようなモノで、ノーカンだと思えば……って、完全に死んでるな……」


 傍らで必死にフォローしていたダニエルですが、完全に魂が口から抜けているルークの様子に、痛ましげな態度で頭を振りました。


     ◆◇◆


「――ふっ。完全に死んでいるな……」


 満足げな呟きと共に、ザブンッ!! と汚れた下町から貧民街へと流れる下水道へと、簀巻きにされた少女の遺体が遺棄された。

 完全に白目を剥いてズタボロの白猫の獣人族らしい少女が、ゆらゆらとゴミと一緒に流れて行く。

 その様子を見送った完全武装の衛兵たちは、やり遂げた男の笑みを浮かべながら、満足げにゾロゾロと連れ立って来た道を戻っていくのだった。


 誰も居なくなった裏道とその脇を流れる下水道の水利。

 大小様々なゴミが流れる水面をプカプカ浮かんでいた簀巻きだが、なぜか微妙に流れから逸れる形で、手近な岸辺を目指してゆっくりと汚れた水面を進んで行った。


     ◆◇◆


「えーと。……なにか怒ってますか?」

 帰りの馬車の中、じっと窓の外を流れる景色を眺めて、一言も口を利かないルークの態度に、居心地の悪さ――なぜか。旦那様に浮気がばれた妻のような、妙な後ろめたさ――を覚えながら、恐る恐る尋ねてみました。


「……いえ。自分の不甲斐なさにつくづく自己嫌悪を抱いていただけです」

「はあ……?」

 深い深ぁーいため息混じりの返答に、思わず首を傾げます。


「思うに攻めの姿勢が大事だったのですよね。このままだと“角を()めて牛を殺す”事体にもなりかねない、ということが良くわかりました」


 妙に悟った……というか開き直った風情のルークに、なぜか気圧されるものを感じて、私は「そうなのですか?」と意味不明ながら曖昧に頷きました。


「ええ、そうなんです。ですから、ジル――ちょっとこの場で目を閉じていただけませんか?」

「?」

「お願いします。今日と言う日、入学式と言う新たな門出に相応しい思い出を作りたいのです!」

「はあ? よくわかりませんけれど、目を閉じれば良いのですか?」

「ええ、できればこちらを向いて、少しだけ上向きで、口を閉じる形で」


 結構注文が細かいですわね、と思いながら言われた通りに目を閉じました。


 ……ごくっ。


 目を閉じている分、聴覚が敏感になっているのでしょうか? ルークが大きく喉を鳴らした音が聞こえました。

 なにかななにかな~? と思っていると、両肩にルークの手が置かれ、続いて彼の体温が身近に迫ってくる気配を感じました。はて? なにやら既視感(デジャヴ)


 と思ったところで、馬車が急停車して、

「きゃっ――!?」

「うわ――っ!!」

 体が座席から投げ出される寸前に、ルークが身を挺して庇ってくれたお陰で、幸い驚いた程度で済みましたけれど、ルークの方は座席の角などでほうぼうをぶつけたようで、座席に倒れた姿勢で「いたたたっ」と呻いています。


「だ、大丈夫ですか、ルーク?! ごめんなさい、私の為に。――すぐに治します!」

 即座に私は自分の出来る最大威力の治癒術を施しました。

「“大いなる癒しの手により命の炎を燃やし給え”」

 以前は一日に一度使えるかどうかで、なおかつ成功率も半々だったこの術ですあ、現在は成功率九割にまで達しています。

「“大快癒(リジェネレート)”」

 大半の体力と精神力とを消費する代わりに、瀕死の重傷でも即座に治癒する光がルークの身体を包んで、一瞬ですべての怪我と痛みが消え去りました。


「――ふう。すっかり楽になりました。相変わらず凄いですねジル」

「どういたしまして。こちらこそ助けていただいてありがとうございます。それにしても、こうなるのがわかって、私に目を閉じるように言われたのですか……?」

 ひょっとして予知能力にでも目覚めたのでしょうか、ルークは。


「……いえ、単なる偶然、というか……なんでこのタイミングで邪魔が……」

 なぜかどんよりとした目で視線を外したルークは、軽く止まったままの馬車のドアを開けて、御者に声をかけました。

「――なにかあったんですか? 僕はともかく、ジルが怪我をするところでしたよ!」


「も、申し訳ございません。突然、下水道から得体の知れないモノが這い上がってきて、行く手を遮ったもので、馬達が怯えてしまいました。いま、警備のものが確認しています」


 恐縮した御者の声に、思わず顔を見合わせました。

「下水から這い上がってきた……? 魔物(モンスター)でしょうか? こんな街の真ん中で」

 基本的に街を囲む城壁には、魔物(モンスター)の進入を防ぐ結界が張られていますが、さすがに空中や地中、深い水中までは完全に防ぎきれませんので、ごくたまに下町や貧民街に現れることなどあるそうですが、二重三重の障壁で守られた街の中心近くに現れるなど、まず考えられないことでした。

「どうでしょう? 魔物の感覚は感じられな――って、あら?! この魔力波動(バイブレーション)はもしかして……?」


 普段は街中ではあえて範囲を抑制している(ごちゃごちゃいる人間や亜人、魔道具(マジック・アイテム)とかの影響が多くて、魔力酔いのような症状を起こすためです)魔力探知(サーチ)の範囲を広げた私の感覚に、最近知り合った知人が放つ特有の魔力波動(バイブレーション)を感じて、ルークが止める間もなく馬車の外に出ていました。


 見れば道路脇に落ちている粗大ごみ――よく見れば荒縄で簀巻きにされている少女を囲んで、警備の方々が困惑した顔を見合わせています。


 彼らの脇を素通りして――「いけませんお嬢様、そのような下賎なモノを見ては!」「こちらで処分いたします!」「お下がりください!!」と口々に制止するのを無視して――屈みこんだ私は、特徴的な白い髪(いまは汚れ切っていますけど)とペタリと張り付いた猫耳を見て、やっぱりと得心しました。


「シャトン! シャトンじゃないですか! どうしたんですか、こんなところで、こんな姿で?」

「………。……ん? お……おお、お貴族様のお嬢様じゃないですか! まさに天の配剤、地獄に仏ってものですね」


 ちらりと薄目を開けたシャトンは、次の瞬間大きく目を開けると、普段、無表情な彼女にしては珍しく、大きく安堵の声をあげました。


「いやぁ~~っ。せっかく王子様の為に飛び切りの商品を持ち込んだんですけど。説明もしないうちに叩き出されたもんで、こっそり裏口から入ろうとしたら見つかって、こんな可憐な少女を寄ってたかって簀巻きにしてフルボッコですよ。……最後はうちのボス直伝、天下一品の『死んだフリ』でどうにか逃れられたところです」


「はあ……」

 よくわかりませんが、商売って大変なのですね。


「それはともかく――すいません、この縄解いてくれませんか?」

「……ああ、そうですわね」

 一瞬考え、濡れた荒縄を手で解くのは無理だと判断して、私は【収納(クローズ)】空間から竜牙の短剣を取り出して、縄を切り解きました。


 怪しさがメーターを振り切った彼女ですが、どうやら私の知人らしい相手ということで、武器を構えた警備の方々も判断に迷う仕草で顔を見合わせています。

 そこへ――


「お知り合いですか、ジル?」

 相手の見た目や身なりで人を差別しない――よく言えば鷹揚で、悪く言えば鈍感な――ルークが、少し遅れてひょっこり顔を覗かせました。


「あ……」

 目を瞠ったシャトンは――私やルークが反応する暇がないほど素早く立ち上がると、ルークにしがみつき。

「王子様――ッッッ!!!」

 語尾に思いっきりハートマークをつけながら、呆然とするルークの左頬へ情熱的なキスをしたのでした。


 同時に、

「あ――――――――っ!?」

 という女の子の叫び声が周囲にこだまします。

 よくよく聞いてみれば、この光景を指差した姿勢のまま、いつの間にか私自身の口から漏れていた叫びでした。


「ちょっ、ちょっと……君、離してくれないか?!」

「ん~~~、ぶちゅ! そんな殺生な。これは運命の出会いなんだから、たとえ何があっても離れないわ――ちゅーっ!!」

 さらにしつこく口付けと抱擁をしたままのルークとシャトンとの間を刹那、スパン!――と空気を切り裂いて竜牙の短剣が飛び、

「うわっ!?」

「にゃわ――っ!!」

 ギリギリ身を離した二人の間を通り過ぎた剣が、止まったままの馬車に根元まで突き刺さりました。


 この間、わずかコンマ1秒。

 私の意志を無視した脊髄反射の行動です。


「びっくりした、びっくりしたっ! なにすんですか、お嬢!?」

「それはこっちの台詞よ! 白昼堂々、往来の真ん中でなんて破廉恥な!!」


 お互いに興奮して肩で息をしながら、私とシャトンとは角を付き合わせます。

「こんなものは挨拶です。第一、恋愛の自由は守られるべきものだと超帝国の法でも――」


 抗議しかけたシャトンが、はっと何かに気付いた目で私を見ました。

「お嬢様……もしかして」

 探るような目が私を見据えます。

 あと、なぜかルークも何かを期待するような目になっているような……ついでに、警備の人たちも面白い見世物でも見ているような目で、こちらを遠巻きに眺めています。……いいから仕事してください。


「……嫉妬ですか?」

「違いますっ! ――そういう汚れた恰好で触ったり、粘液接触をすると病気になる可能性があるので、それを憂慮しただけですわ!」


 私の反論を受けて、シャトンは「へー、ほぉー」と半眼で生返事を返し、なぜかルークはがっくりと肩を落とし、

「公子、ドンマイです」

「大丈夫、あれは脈はあります」

「あれですよ、流行のトンデレですよ」

 周囲の護衛の人たちにやたら温かい声援を掛けられていたのが印象的でした。


 あと、取りあえず私は、「それを言うならツンデレです!」とツッコミ入れそうになったのを必死に我慢するのでした。――ち、違うんだからね!

プロットの3分の2しか書けませんでした(´・ω・`)


5/27 脱字を訂正しました。

×彼らを脇を素通りして→○彼らの脇を素通りして

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