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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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白亜のお屋敷とお姫様たちの男装

 まるで鏡のように磨かれた大理石の床に、くるぶしまで埋まりそうなフカフカの絨毯。異国の宮廷のような…というより、宮廷そのものを移築したような絢爛たる柱や天井、硝子製のシャンデリアを眺めながら、私はこの世界の格差というものについて改めて考えさせられました。

 

 ここはサフィラス王家が所有……いえ、正確にはヴィオラ個人が留学するためだけにあてがわれたお屋敷です。

 とても他国の中心部にあるとは思えない――とは言え流石にシレント央国の王族であるリーゼロッテの住まう離宮や、主要貴族であるオーランシュ辺境伯(わたくしの元実家)の屋敷などが集まっているリビティウム皇国の中枢からは離れているようですが――規模の高い塀に囲まれ広大な敷地。

 門をくぐって高い木立に囲まれた広い庭を馬車に乗ったまましばし行った先に、白い大理石と硝子でふんだんに飾られた壮麗な三階建てのお屋敷がありました。


 なお比較として参考までに付け加えますと、現在、私が暮しているのはクリスティ女史と私、そして帝国の篤志家である「とある貴婦人」……としか聞いておりませんが、クリスティ女史とエイルマー様が口を揃えて「信頼できる方だ」と太鼓判を押された謎の人物とで共同出資をする形で造られた、三階建ての瀟洒なシャトー風の『喫茶店ルタンドゥテ3号店』――正確には、その離れと3階部分が私の生活空間になっております。


 通りに面した建物一階部分は全面的に店舗として利用して、二階の半分もまた個室として開放されています。

 そして二階の残り半分は舞台裏(バックルーム)であり、従業員の控え室や食堂になります。

 私は三階部分を丸ごと使う形になっていますが、私個人が自由にできるのは実質、私室と離れの『魔法実験室』だけです。

 他は『貴族』としての体裁を整えるためのスペースですので、案外手狭なもの……せいぜいが闇の森(テネブラエ・ネムス)の庵に毛が生えた程度の空間しか占有しておりません。


 なお個人の空間としてはその程度ですが、『ルタンドゥテ』全体としましては、これに加えて中庭を挟んで倉庫や浴室などを完備する離れと、私付きではない住み込み従業員や護衛、庭師などの住まいや厩舎などもありますので、ちょっとした貴族のカントリー・ハウス程度の敷地があります。


 ちなみに学園に通う一般生徒の大多数は、料金が格安なことから学園が用意した寄宿舎に暮していますが、様々な理由から――単に央都内に自宅があるので乗合馬車で通学している。学生の傍ら冒険者等を兼任しているので、自由に行動できるよう街にある宿屋や下宿屋で暮している。或いは赤貧に喘いで寄宿舎で暮せるだけの余裕がないため住み込みで働きながら通っている等々――寄宿舎を利用しない生徒も4割程度はいるとのことです。

 ……まあ、この辺りはブルーノが街で聞いてきた噂話が元ですので、割合とかについては本当かどうかは不明ですけれど。


 そのような訳で、基本的に貴族――まして王族クラスになると、体裁と安全性の面から央都に別邸を構えるのが常であり、こうした部分がこの国の外貨獲得に一躍買っているそうですが、それはさておきまして私も一般レベルから見れば、充分に恵まれた生活を送っている立場になります(それでも利便性からいえば現代社会よりワンランク落ちます)。


 ですが、そんな私の目から見ても、ヴィオラのお屋敷は際立ったものであり、つくづく上には上がいると実感せずには居られない、しみじみと持つ者と持たざる者の格差を実感せずにはいられない現実でした。




 ◆◇◆◇




「凄いですね、これは」

 20代半ばと思える侍女風の女性に案内されて応接室へ辿り着くまで、出会った使用人と自動ドアや歩みに従って明かりが灯る自動照明、途中入ったトイレの流れる水の類いの魔術の仕掛けの数に、こうした豪奢なお屋敷には慣れている筈のルークも舌を巻いています。

「ええ、普通ここまで魔導具(マジック・アイテム)を満遍なく配置していれば、下手をすれば魔具が持つ魔力波動(バイブレーション)同士が干渉をして魔力暴走か魔力汚染が起こるところですけれど、ここは〈場〉が見事に調和していますわ。サフィラス王国にはよほど熟練の魔術建設家がいるのでしょうね」


 私も多少は慣れたとは言えこの建物の壮麗さと、ふんだんに使われている魔導技術の高さに目を瞠りました。普通に建ててもとんでもない建築費が見込まれるでしょうに、そこへ持ってきて設計の段階から綿密な計算がなされたであろう数々の魔導具です。おそらくは相場の5倍でも追いつかないのではないでしょうか?


 と――。

 私たちの会話を耳にした案内役の侍女の方が、

「屋敷自体はサフィラス風の建築様式ですが、使われている魔法技術は超帝国のものです。本国の国王陛下が懇意にされている学園の理事長の口利きで、超帝国一の建設棟梁を招聘したと聞き及んでおります」

 少々自慢げに補足を加えてくださいました。


「超帝国の建設棟梁? もしかしてドワーフの職人さんですか?」

 ふと、西の開拓村近郊に移築された【転移門(テレポーター)】の工事責任者だったドワーフの棟梁を思い出して尋ねてみました。


「……申し訳ございません。そうした事に関しましては担当者が別になりますので存じません。後ほど確認をしてご報告いたします」

 悄然と頭を下げる侍女さん。


「いえ、単なる興味本位の質問ですので忘れてください」

 なんとなく故郷――『ジル』としてのいまの私の感性では、闇の森(テネブラエ・ネムス)の庵とその周辺がそれにあたります――の気配を感じてそれと尋ねただけですので、正直そこまで本気で捉えられても困ります。


「宜しいのですか? さほどの労力でもないと思いますが」

「ええ、別に知ったからどうということはないですし、里心がつくほど長居をしている訳でもありませんから」


 ぶっちゃけあの時の棟梁と同一人物だと知れてもだからどうということもありません。ただ、そういえばあの時は、バルトロメイが無茶をしたわね、と思い出し笑いをした程度のことです。


 そういえば……。

「ジル殿っ。(それがし)は姫様よりこの地の守護を任ぜられた身。それ故、他国まで同行する訳には参らぬ!」

「あ、そうなんですか、残念ですわね。お仕事頑張ってくださいね」

「だがしかし! 一度はジル殿を守護すると定め憑依した身、安々とその誓いを破る訳には参らぬ。よって、甚だ遺憾ながら、妥協策としてこれを本国より賜り、使用する許可を得ております!」


 そういって目の前に差し出されたのは、バルトロメイを型どったような両手で抱えられるほどの箱でした。

 手に取ってみると微かに魔術の気配がします。おそらくは魔導具(マジック・アイテム)の類いでしょうが、どんな効果があるのかまでは読み切れませんでした。よほど使われている魔力が稚拙なのか、逆に私如きでは手に負えないほど高度なのか……十中八九後者でしょうね。


「……なんですの、これは?」

「これは我が祖国秘蔵の魔導具(マジック・アイテム)である! 某が不在の際にのっぴきならない事態があれば、この箱を開ければジル殿の助けになる者がたちまちその場に召喚されるという――」

「……一回きりの使い捨てですか?」

「? いや。なぜそのような制限を設けなければならぬのか?」

「…………。なるべく使わないよう努力いたしますわ」

「いやいや、“謙譲の美徳をもってすれば相手の尊大さに勝てると信じる者は、誤りを犯すはめに陥る”と申す。度の過ぎた謙虚さはかえって足元を掬われる要因となろう。遠慮せずに思うが侭に使用されることを推奨いたす」


 なぜか最初の言葉と相反する調子で、どうぞどうぞとばかり箱を押し付けてくるバルトロメイがいました。

 なんとなく使った場合の効果と結果とを予想できた私は、形の上では有り難く頂戴しながら、この箱――使ったが最後、最終兵器を召喚するであろう起爆装置――をなるべく使うまいと心の中で決意しながら、【収納(クローズ)】空間の最奥へと仕舞い込んだのでした。


 やがて私とルークとは屋敷の二階にある応接室に案内されました。


「あら、揃ってのお出まし? 仲がよろしい事」

「ようこそ、おいでくださいました。狭いところですが、歓迎いたしますよフロイライン……と、ルーカス公子、お会いできて光栄です。本日は急な招待に応じてくださったこと、感謝の念に堪えません。ゆっくりと寛いでいただければ幸いです」

「よう。来たな……」


 女主人(ホステス)であるヴィオラを上座に、テーブルを挟んで座っていたリーゼロッテ王女とダニエルとが、私とそれをエスコートして入ってきたルークとを見ました。

 なぜか、気のせいでしょうか? ダニエルの横顔に精彩がないように感じられます。


「――助かった。ここの屋敷って男の使用人が一人も居ないんで、居心地が悪いなんてもんじゃなくて」

 案内されて席に着いたところ、ダニエルがこっそりとルークの耳元に呟きました。


 なんとなく聞こえたそれ――謂われてみれば、案内役もここに来るまでにすれ違った使用人たちも全員がうら若い女性ばかりだったのを思い出しました。


「そういえば……でも、珍しいな。君なら女性ばかりの状況なら嬉々としそうなものだと思っていたけれど」


 忌憚のないルークの感想に、どうやらそういう種類の人間らしいダニエルは、何故か乾いた笑いを放ちました。


「これが普通のお嬢さん方なら俺も張り切るところだけれど、どう見ても全員ハーレム要員だろう。ヴィオラ王女の」


 はっとして見れば、お茶とお菓子を持ってきた侍女の髪を撫でて優しく労わるヴィオラと、完璧に恋する乙女の目で相好を崩す侍女とがいました。

 リーゼロッテ王女の方は慣れた様子で、紅茶の入ったカップを傾けながら完璧に無視しています。


(――こ。これは……)

 今日のお茶会への招待を了承したことは、私の一生の不覚だったかも知れないわ。

 と、背中を流れる脂汗の感覚を不快に感じながら、私はそう激しく後悔するのでした。 




 ◆◇◆◇




 久しぶり……ではなくて、もしかすると現世では初めてかも知れません。いえ、まず間違いなく初めてでしょう。


「ほう、なかなか動きやすくて良いではないか」

「ふふふっ、よくお似合いですよ、フロイライン・リーゼロッテ」


 さて、先ほど汗をかいたせいで着替えをすることになった私は――素早く不調を見抜いて、着替えを用意してくれたヴィオラの眼力と手際の良さに半ば感服しながら――別室へと案内され……。

 いえ、最初は遠慮したのですけれど「替えの下着と制服は大量にありますから」というヴィオラが、指を弾いただけでどこからともなく現れたメイド達に、

「目標、確保完了!」

「うわーっ、真っ白。綺麗、すべすべな肌」

「凄い、このスタイルは反則よ!」

「無駄毛の一本もないわ?! どうやって処理してるの!?」

 きゃーきゃー言われながら拉致され、状況について行けずに硬直したまま別室へと連れて行かれ、無理やりお色直しとなりました。


 されるがままになって連行される私を前にしても、流石にメイドさん相手に手荒なことをするわけにも行かず、呆然と見送るルークとダニエルの顔が印象的でした。


 そのような訳で着替えです。

 言葉通りなぜかヴィオラが大量に準備していた制服――学園の男子制服を借りて、何故か一緒に着替えを終えたリーゼロッテ王女が、貴賓室に戻ってくるやいなやその場でくるりと一回転しました。


 それを目の前にして口に出したヴィオラの感想はお世辞もあるでしょうが、この恰好が活発で気が強そうなリーゼロッテ王女に不思議と似合っているのも確かです。


 ですが――改めて客観的にそれを見ての私の感想は、男子ってこんなお尻の形が丸見えの恥ずかしい恰好してたの!? はしたないんじゃないの?! と言うちょっとしたカルチャーショックなものでした。


「うううっ……」


 思わず内股でスラックスのお尻の辺りに両手を回して隠しながら、ヴィオラ付きの侍女に半ば押し切られる形で衣裳部屋から出てきた私を、今日のお茶会の主催者であるヴィオラと招待客のリーゼロッテ王女、そしてなんとなく手持ち無沙汰で待っていたダニエルとルークの4人が一斉に注目して……おっ? んんん?! あれぇ!? という微妙な表情を浮かべたかと思うと、続いて全員が生温かい目付きへと変化しました。


「……なんと言うか微妙であるな」

「似合わないというか、そもそも男装になってないな、こりゃ」

「そんなことはないですよ、そんな姿もお似合いですよ、ジル」

「確かに可愛らしいですが、これはちょっと意図したところとは違いますね」


 各々微妙に苦笑しながら勝手なコメントを寄せます。


「着心地はいかがですか、フロイライン・ジュリア?」

「胸がきつくて、腰から下の密着感が変な感じですわ」


 ズボンってこんな窮屈だったかしら? と違和感満載で足を動かしながら思いました。


「下は兎も角として、その胸元は反則であるな。本当に(わらわ)と同い年なのか、お主?」

「……いちおう13歳ですわ」

「ぐぬぬっ。つくづくこの世の格差というものについて、忌まわしく考えずにはおられぬな」


 自分の年相応の胸元を見下ろしながら、忌々しげにリーゼロッテ王女が吐き捨てました。


「しかし、フロイライン・ジュリアは長身ですし、脚も長いので男装が似合うかとも思ったのですが……根本的に男性的な要素が欠片もないので、まったく意味がありませんでしたね」

 締め括りにヴィオラがそう総括して感想を述べたところ、部屋の中に居た全員(侍女も含めて)が、一斉にうんうん同意しました。


「そ、そんなことありませんわ。こう、なんとなく内から滲み出るような雄雄しさというか、男の子的な気配が――」

『まったくありません』

 言い終える前に全員が唱和しました。


「……ル、ルークはわかりますわよね? さっきも似合うと言ってくれたわけですから。どうですか、改めてのご感想は?」

 ボーイッシュだとか、せめて活動的に見えるとかでも構いません。この際妥協します。


「えっ……可憐?」

 思ったことをそのまま口に出したという風なルークの言葉に、思わずその場に突っ伏しそうになりました。


「まあ、いいのではないかの。この変態(ヴィオラ)と違って、貴女にはそっちの趣味はないとのことであるし、おなごとして別に困ることはないであろう」


 取り成すようなリーゼロッテ王女の言葉に、「エエ、ソウデスネ」と応えつつ、なんとなく喪失感を覚えずにはいられない私がいたのでした。

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