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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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幼馴染の火蜥蜴と王子様の飛竜

「はあはあ……なるほど、知性のある魔物は要するに武器を持った人間と同じだな」

「ふふっ、そうですわね。両手を振り回す、二足歩行をする、考えて行動する、つまりはナイフや剣の代わりに爪と牙を使う“人間”と変わりません。素人ならともかく戦闘訓練を受けた者なら、ある程度動きを予測できますし……そういう意味では、完全に本能任せの魔獣相手だと、常に気を張って観察する必要がありますから、気疲れしそうですわね」

「――なら、“人間”相手のいまはまだマシな状況ってところか」


 軽い口調で嘯くが、もしここに『聖女教団』の関係者がいれば不敬だと目を剥くだろう。或いは教義に対する背信だと糾弾するか。なにしろ魔物を不浄な闇の存在と看做す聖職者にあるまじき発言であるのだから。


 しかし二人とも気にした風もなく、お互いに死角を補う形で背中合わせで、襲い掛かる魔物たちを薙ぎ払いながら、日常会話のような口調でその後も軽口を叩き合っていた。


 無論、命懸けの戦いの最中に無駄口を叩いているわけではない。

 こうした会話をすることで、ともすれば焦りから暴走しそうになる感情を抑え、同時にお互いの気持ちを合わせてテンションを保つ意味合いがあるのだ。


 ――いや。そんなものは適当な言い訳だな……。


 思い出してセラヴィはため息をついた。


 心細いから傍にいて欲しかった。彼女の温もりを感じて、甘い体臭に包まれ、柔らかな輪郭に触れていれば、それだけで何時間でも戦えるような、そんな理屈を越えた気力が湧いてきていた。だから背中合わせになっていた。ただ、それだけだ……。


 今更ながらそのことを自覚して、セラヴィは引き結んだ口元を自嘲の形に歪めた。


 この気持ちが恋なのか、それともただ極限状態に置かれた男女が陥るという錯覚なのかはわからない。それでもその後、彼女が居なくなった後の背中の心細さは筆舌に尽くし難かった。

 あの豚鬼姫(オーク・プリンセス)に命を張った博打に出たのも、正直言えばその喪失感を埋めるための八つ当たりに近かったのかも知れない……。


 だから最後の最後に豚鬼姫(オーク・プリンセス)を斃した直後に気を失い、ぽかぽかと温かい春の陽だまりか高位治癒術の霊光に包まれているような心地よさの中、ふと気が付いた時、微笑む彼女に膝枕をされていた――その向こう側で、白猫の獣人が有象無象の豚鬼(オーク)の屍骸を始末しているのが目に入った気もしたが――その時に感じたのは、気恥ずかしさよりも、ずっと昔になくした宝物を見つけたような、泣きたくなるような郷愁と満足感であった。


 まさに『優曇華(うどんげ)の花待ち得たる心地』の瞬間であった。いっそこのまま時間(とき)が止まれば良い……そんな風に思いながら、再び意識を失い、次に気が付いた時には、ギルドが手配した宿のベッドで横になっていた。


 丸3日寝ていたということで、既に彼女は迎えに来た捜索隊に連れられて行った後であり、別れの挨拶も出来なかった。

 なので結局、あの光景が本当にあったことなのか、それとも夢だったのか……正直自信がないし、当人に尋ねるのも気恥ずかしいので確認する気もないが。それでも自分にとっては、幼い日の約束と同様、今後もきっと忘れられない情景になるだろうと確信が持てた。


 その事に充足感を覚えると共に、同時にちくりと胸を刺す痛みを感じずにはいられないかった。

 あの幼い日の出来事同様に、所詮は手の届かない相手である。どんなに望んでも、再び挫折を味わうだけだろう。


 ちなみに聖女教団の聖職者は恋愛や結婚に対して特に禁忌はない。

 唯一の例外は巫女であるが(流石に巫女は穢れない乙女と決まっている)、それでさえも、かの有名な『リビティウム皇国のカトレア』ことクララの例がある通り、還俗して子供をもうけるのは可能である。


 還俗や結婚は自己判断であるので、教義によって妨げられるものではなかった。

 むしろ一般の聖職者に関しては推奨されている節がある。


 この辺りの経緯は、一説によれば教団が崇める聖女スノウが、血の繋がらない子を我が子として大切に育てていた――教団では公式には「聖女様の愛は博愛であり、特定の個人を偏重するなどしない」と否定的であるが――という故事に因んでの事で、家族や子供をもうけることに寛容だからであった。


 とは言え普通は教団員同士、選ばれた血族同士が婚姻を結ぶのが常であり、先に挙げたクララのように一般信徒(と言うには微妙な大貴族であったが)と結ばれる例は稀であった。

 それがましてや他国の異教徒相手となれば猶更である。


「……そういえば今日は入学式か。高等教育部は全員大講堂に集まるように言われていたから、貴族クラスも来ていた筈だな」


 サボらず顔を出していればひょっとして逢えたかも知れないな、と思った後で、未練だな、とセラヴィは呟いた。


 その瞬間、隙を見せたと判断したのか正面に蹲っていた火蜥蜴(サラマンダー)が、爆発的な勢いで一抱え程もある丸太のような尻尾を地面に叩き付け、大きく開いた口から炎を吐きながら、一気に距離を詰めてきた。


 半端な者なら一噛みで絶命するか少なくとも致命傷を負わせられる一撃を危なげなく捌いて、カウンターで【雷撃(ライオット)】をその胴体に食らわせる。


「ヴガガ――ッ!」

 赤黒い鱗の何枚かが砕けた程度でさほどダメージを与えた手応えはなかったが、それでも警戒してか火蜥蜴(サラマンダー)は地面に落ちると同時に距離を置いて、ウロウロと少年の周囲を彷徨(うろつ)き出した。


 何を考えているのかわからない、視線もあちこち動いて一定しない相手の挙動に、セラヴィは先日の少女との会話を思い出して苦笑いする。


「あれがなければ油断したところを食われていたかも知れないな」


 そこへ【結界】の外から声が掛かった。

「――むう。この状況で笑うなんて余裕ですか? 火蜥蜴(サラマンダー)は一応C級……そこそこ実力のある冒険者がチームを組まないと斃せない魔獣なんですけどねえ」


 僅かに不機嫌そうな顔をしているのは白猫の獣人――自称『よろず商会』従業員で、魔物使い(ティマー)だという少女シャトンである。


「言っておきますが、この火蜥蜴(サラマンダー)は野良の状態のままですから、手加減とかコントロールは効きませんよ。助かるためには走って【結界】の外に逃げ出すか――その時は即座に見切りをつけますけど――斃して使い魔(ファミリア)契約を結ぶしかありません。ああ、斃せば自動で契約が結ばれるように【結界】の魔法陣を調整してます。特別サービスで」

「わかってるよ。このくらいの力量がなければ交渉の相手とすら看做してくれないんだろう?」

「そういうことです。あなたの場合は、金はない、権力はない、身分はないのナイナイ尽くしですから、『体が資本』ってところをアピールしてください」

「了解。きっちり片を付けて、火蜥蜴(こいつ)を手懐けてみせるさ」

「ええ。取りあえず期待している――とのボスの伝言です」


 返事の代わりに抑えていた闘気を解放するセラヴィ。

 その闘気に応える形で、火蜥蜴(サラマンダー)が口から散発的に炎の塊を吐いたが、予備動作を読んでいた彼は素早く回避して危なげなく距離を保った。

 火球の全てが地面や【結界】の目に見えない障壁に触れて四散するのを横目に見ながら、セラヴィは手にした(カード)を素早く切るのだった。




 ◆◇◆◇




 太陽が天頂を通り過ぎた頃、ヴィオラ王女の屋敷へ向かう一台の箱馬車と、その前後を護衛して走る騎馬の集団があった。

 たっぷりと贅沢な造りをした馬車に乗っているのは、制服姿のジルとルークの二人である。


 向かう場所は同じと言うことで、ルタンドゥテから直接相乗りしてきたのだが(ルークらの思惑としては、こうすることでヴィオラ王女に二人の関係をアピールする意味合いもあるが、勿論ジルはまったく気付かずに「その方が合理的ですね」と無邪気に感心していたが)、並んで座るルークは気もそぞろに、どことなく精彩のないジルの整った顔を横目に窺った。


「はあ……。まさか、ここで逢うなんて思わなかったわ。それに『お姉様』なんて、いまさらよね……」


 おそらく意識して口に出しているわけではないのだろう。

 聞こえてきた独り言から彼女の不調の原因に見当をつけたルークは、難しい顔で眉をひそめた。


(……エウフェーミア姫。オーランシュ辺境伯の末姫で、シルティアーナ姫の異母姉妹、か)


 美人ではないが可愛らしく快活そうな彼女を思い出して、ルークは複雑な心境のまま、憂い顔のジルの横顔を盗み見ながら、その面影を重ねてみた。


 ちなみに現在、エウフェーミア本人は、ルタンドゥテで色とりどりのスイーツの山に囲まれ、至福の時を過ごしている筈である。


(あまり似てないな……)


 常時、認識阻害の魔術が掛けられているジルだが、その魔術の特性上、素顔を知っているルークには効果がない。


 ――いや、たとえどんなに姿が変わろうとも彼女を見間違えるはずがないけれど。


 と、自分に言い聞かせながらルークは、まさしく“絶世の”とか”傾国の”とかの形容詞が似合う、少女の(恐ろしいことにいまだ未完成な)芳容と、どちらかといえば凡庸な造作のエウフェーミアとを比べてそう思った。見た感じでは、共通するパーツは皆無である。


 かといって以前逢ったオーランシュ辺境伯と、エウフェーミアとが似ているかといわれれば、そちらも首を傾げずにはいられない。

 おそらくどちらも母親似なのだろう……と、兄弟といえば再来月生まれる予定の弟か妹がいるだけで、異母兄弟を持たないルークは思って、そしていつか見た巫女姫クララの肖像画を思い出した。

 ジルとクララ。こちらはまるで絵の中から抜け出てきたように瓜二つである。


(他人の空似、単なる偶然……か)


 いつか聞いたジルの言い訳を思い出して、小窓の外を眺めるフリをしながらルークは苦笑した。

 どう考えても怪しい、ハッキリいっても異様に苦しい言い訳である。あの場では納得したフリをしたが、少なくともルークは信じていない。それでも深く追求しないのは本当のことをいつか教えてくれると信じているからだ。


 ――ジルは……ジルは……もしかして本当は……?


 この場で問い詰めたくなる気持ちを抑えて、窓の外に視線を投げ掛けたルークの憂いの眼差しの中、珍しいものが通り過ぎていった。


火蜥蜴(サラマンダー)……? 珍しい…しかも手綱を握っているのは学園生? 騎獣にしているのか、凄いな」


 品種改良された通常の走騎竜(ランドドラグ)と違って、野生種である火蜥蜴(サラマンダー)を使役するのは並大抵のことではない。

 帝国の正騎士でも野生種の竜を騎獣にしているのは、先天的な獣使い(ビースト・ティマー)か、これを倒して主人と認められるような剛の者ばかりである。それを自分達と変わらぬ年頃の、あまり裕福とも思えないボサボサ頭の少年が自在に操っているのを見て、心底感心した口調でルークは呟いた。


「――あら? あれって、もしかしてセラヴィじゃないかしら……?」

 その声につられて窓の外を見たジルが、怪訝な様子で首を捻った。


「セラヴィ?」

 その名前。最近、どこかで聞いた気がして、ルークは振り返る。


「ええ、私が皇都(ここ)へ来る途中で出会った聖女教団の司祭です。学園に編入するとか言ったので、入学式の会場でも探していたのですけれど、見当たらないと思ったらサボっていたみたいですね」


 仕方のない人だこと……と、弟を心配する姉のような口調で言ってため息をつくジル。

 妙に親しげなその様子に何となくイラつきながら、再度窓の外を見るルークであったが、すでに目当ての相手は通り過ぎて行った後だった。


「こんな時でなければ引き返して、じっくりお話しする処だったのですけれど……仕方がありません。――まあ、制服を着ているところを見ると、学園には通うみたいですので、機会を見て逢いに行くことにします」


 符術を教えて貰わないといけませんので……ルークの耳には届かないくらいの小声で付け加えてから、細いおとがいに人差し指を当てて、楽しげに微笑を浮かべた。


「それにしてもいつの間に火蜥蜴(サラマンダー)なんて騎獣にしたのでしょう。興味ありますわ、それに格好も良かったですし、もしセラヴィが個人で飼っているようでしたら、頼めば乗せてもらえないかしら」


 他意のない一言に、ルークが「うっ……」と呻く。


「ワ、飛竜(ワイバーン)の方が恰好いいですよ、絶対!」

「――? ええ、そうですわね。エイルマー様が駆る吹雪(フブキ)はとても綺麗で優美でしたわ」


『――で、お前が自分の飛竜(ワイバーン)を持てるようになるのは、何年先の話なんだ? そもそも竜騎士になれる保証はあるのか? 自分の竜で迎えに行く……なんて啖呵を切ってからもう2年だろう? いい加減、横から掻っ攫われるんじゃないのか』


 続いて内なる声が脳裏を木霊する。ルークは思わず頭を抱えて身悶えした。


「ど、どうされたんですの、ルーク? どこか具合が悪いようでしたらすぐに治療いたしますけど?」


 揺れる馬車の中で中腰になり、心配そうに覗き込むジルに向かって「だ、大丈夫です。平気です」強がって威儀を正すルーク。

 なおも心配そうに見詰めるジルに向かって、深呼吸をして気持ちを落ち着けながらルークはぎこちない笑みを向けた。


(……何やってるんだろう。僕の大事なジルに心配をかけて。そもそもいまのぬるま湯の関係に安穏として、肝心の約束を忘れかけていたなんて)


 とは言え異国の地で帝国の飛竜(ワイバーン)の訓練をするわけには行かない。そもそも各国の飛竜(ワイバーン)は虎の子も良いところなので、国外に持ち出せるものではないのだ。


(可能性としては野良の飛竜(ワイバーン)を捕まえるなり、卵を手に入れて孵化させるなりするしかないけど……)

 はっきりいって無謀も良いところである。まだしも『飛竜(ワイバーン)を倒せ』と言う方が現実味がある。

(――不甲斐ないな、僕は)


 ジルとルーク。悩み多き少年少女を乗せた馬車は、程なくサフィラス王家の別邸へと到着するのだった。




 ◆◇◆◇




「くっくっくっく、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ……王子を射んと欲すれば先ず玉子を用いよ! と言うことで、これで王子様のハートをがっちりキープして、玉の輿へと一気に駆け上がって見せるわ!!」


 無表情な顔に闘志を燃やし、ぐっと両手を握り締めたシャトンが、現在ルークの仮宿となっているグラウィオール帝国の大使館前で雄叫び(雌叫び)を上げた。

 その足元にはワインの瓶でも入っていそうな木箱が置かれている。


「“公平を期すため”とかいうボスの思惑は良くわからないけど、竜好きの王子様ならこの飛竜の卵でイチコロの筈。寿退社も目前ってもの。ボスにしては珍しく気の利いたミッションね」

 無表情ながらもドヤ顔で肩を振るわせるシャトン。


 この辺りは貴族街、しかも大陸最大国家グラウィオール帝国の大使館前で奇行を行っているのだ。当然目立たない訳がないが、周囲の目を気にすることなく(と言うか目に入っていない)、シャトンはやにわに木箱を掴むと踊る足取りで、正門へと向かって行った。


 その時には玄関脇の詰め所からの連絡を受けて、完全武装の衛兵が10人ほど待ち構えていたのだが、勿論そんな余分なシロモノは彼女の目には映らない。


「待っててね。王子様っ!」


 スキップする少女に向かって、厳つい衛兵達が一斉に飛び掛った。

某胡散臭い商店にて。

「いいんですか王子様に飛竜の卵なんて渡して?」

「いいのいいの。幼馴染にはサラマンダー、本命のハンサム様には飛竜ってのが様

式美だし」

「そうなんですか?」

「そうそう。そしてお姫様は乗り比べて無邪気な感想を口にするんよ。あのジル嬢ちゃんなら、嬢ちゃんなら言ってくれる筈!」

「……はあ?」


 ◆◇◆◇


某薔薇のお姫様曰く。

「うちの子が一番可愛いに決まってるじゃない! 博愛? なにそれ美味しいの?」


というような遣り取りが、裏であったりします。


 ◆◇◆◇


5/6 誤字訂正しました。

×抑えていた闘気を開放する→○抑えていた闘気を解放する

×竜騎士になれる保障はあるのか→○竜騎士になれる保証はあるのか


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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] ???「サラマンダーより、ずっとはやい!」 ジルにはあんな悪女になってほしく無いなー…
[気になる点] やめろ…やめろ!!(トラウマ)
[一言] おとなになるってかなしいことなの
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