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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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お茶会の誘いと封蝋の手紙

話が動いていません(´・ω・`)

「女生徒が男子の制服を着るってアリなんですか?」

「問題ないさ。別に校則で禁止されているわけじゃないし、そもそも皇立学園(ここ)はそういう自由な校風だからね」


 私の問い掛けに、一見して中性的な美少年にしか見えない、西部連邦国家デア=アミティア連合王国主要国であるサフィラス王家のれっきとした王女だというヴィオラが、涼しい顔で肩をすくめました。

 なんというか……一挙手一投足がいちいち芝居がかって華があります。性分なのか王族としての後天的な教育によるものなのかは不明ですけれど、もはや無意識の領域で常に第三者の視線を意識しているのでしょうね。


 多分、同じ仕草をしても大部分の人間は“痛い”行為にしか見えないでしょうけれど、160セルメルトを越える私よりさらに10セルメルトくらい高い長身に、貴族の女性にあるまじき短く切った髪、スレンダーな体格、女性にしてはやや低い声など――それに見合う、数少ない絵になる人でしょう。


 とは言え中身が女性だとわかったいまは戸惑いしかありません。なんなんでしょうね……もしかして性同一障害というものでしょうか?

 概念こそわかってはいたものの、前世でも身近でお近づきになる機会はありませんでした。それがまさか、剣と魔法の世界である現世でクラスメートになるとは……。

 なにげに世間は広いというか貴族社会は奇怪というか。考えさせられますわね。


「それでも普通は男子の制服着たりはしないものよ。見なさい、その方だって面喰っているじゃない。淑女は淑女らしくしたらどうなの? 男装なんて異常だわっ!」

「うぐ――っ!」


 じっと見ていると回転する先端に穴を開けられそうな縦ロール(ドリル)――シレント央国のリーゼロッテ王女――様の辛辣な言葉に、ヴィオラ……ではなくてリーン君が地味にダメージを受けて、胸を押さえて呻きました。


「別にどうとも思わないさ。僕は僕らしく生きているだけなんだし、そもそも“男らしく・女らしく”なんていうものは既存の価値観に無理やり押し込まれて、自分と言う個人を歪める行為だと僕は思うよ。そちらの方が不健全だね」

 子供を相手にするような口調で飄々と自己主張するヴィオラ。


「「………」」

 なぜでしょう。言っていることはそれなりに筋は通っているのですが、なぜか気持ちがモヤッとします。

 見ればリーン君も同じような感想を抱いているようで、口をへの字に曲げて憮然とした顔をしていました。


「女装や男装が健全なわけないでしょう!?」

「見解の相違だね。そもそも僕は別に男装しているつもりはないさ。確かにこの身は女性のものだけれど、僕の魂は男のそれだからね。これは魂に応じた姿なのさ」


 余裕ぶって口に出す、そんな彼女だか彼だかの主義信条に、さらに私たちのモヤモヤが募ります。


 リーン君の場合はもともと荒くれ男に混じって仕事をする上で、やむなく男装して頑張っているわけですし、私だって現世婦女子なわけなので、それに見合うようにドレスを着てスカート穿いて、たぷたぷした脂肪の塊での肩こりやらを我慢して、『女の子らしい』礼儀作法やダンスなど習得して、毎日2時間かけて髪を洗うなど、必死に現状に折り合いをつけているわけです。


 それに対して、趣味の人間がしたり顔で『自分らしく生きるため』なんて、私たちの頭越しに自己主張しているのは、やはりどうにも釈然としない部分があります。

 言っては何ですけど『自分らしく』という言葉は耳通りは良いですけれど、結局はただの我儘であり、好き勝手したいという欲望ではないでしょうか? 自分を律せず『自分』にしか関心のない生き方は、見ていてあまり気持ちの良いものだとは思えません。


 ……この人(ヴィオラ王女)とはなんか馬が合わないかも知れません。


 そんな私の心情には当然ですけれど頓着することなく、ヴィオラは手馴れた仕草で私の手を両手で包んで、柔らかな微笑を浮かべました。

 性別を越えた蠱惑的な笑み、或いはアルカイックスマイルといったところですわね。


 何も思うところがなければ相手が女性だとわかっていても胸がざわめく処でしょう。――実際、教室内でこちらの様子を窺っていた生徒とその随員は男女の区別なく、皆一様に頬を赤く染めています。


「それでは、フロイライン・ジュリア。今日の入学式が終わりましたら、是非ご一緒にお茶などいかがでしょうか? 珍しい茶葉が手に入りましたので……ああ、そちらの方と先ほどまでご一緒されていた、帝国の皇族の方もご一緒でも構いませんよ」


 最後の方はいかにもお義理という感じで、横目にちらりとダニエルに一瞥をくれ、即座に視線を外しながら付け加えるヴィオラ。


「貴女も災難ね。この変態は綺麗な女の子には目がないから。……そうね。もしも茶会の誘いを受けるんでしたら、変な事されないように私もご一緒するわ。帝国の皇族の方ともお話してみたいし」


 やれやれとばかりリーゼロッテ王女が話に割って入りました。


 私はと言えば、咄嗟に『綺麗な女の子』を求めて背後を振り返ったところで、「貴女よ、貴女っ! カマトトぶってるわけ!?」と、詰め寄られました。


 どうやら困惑している私へ助け舟を出してくれたようですね。見た目は高飛車なお嬢様風ですが、意外なほど気配りの出来る方のようです。


 ……この王女(リーゼロッテ)とはお友達になれそうです。


 取りあえずこの方のことは、今後は『様』付けで呼ぶことにいたしましょう。


「ありがとうございます、ドリ――じゃなかったリーゼロッテ様」

「――貴女いま“ドリル”って言おうとしなかった?!」

「……いえ、滅相(めっそう)もない。気のせいですわ」


 コメカミの辺りに青筋を浮かべる縦ロール(ドリル)様に向かって、私は握られていた手を外して『ナイナイ』としらばっくれて答えました。

 危ない危ない。どうやら『ドリル』は禁句のようです。心の中でも他の呼び名で呼んだ方が良さそうですね。ロールパンとかクロワッサンとか。


「……なんか、妙なこと考えてない貴女? なぜかムカムカするんだけど」

「全然、まったくそんなこと考えてませんわ」


「そうとも、フロイライン・リーゼロッテ。『アイリスの君』ともあろう者が些細なことに目くじらを立てるなど、まして僕を巡って可憐な乙女同士が対立する姿など、想像するだけでもこの胸がはち切れんばかりだ」

 秀麗な眉をひそめるヴィオラ。


「「はあ? いつ貴女を巡って対立することになった(のよ)(んですの)?!」」

「おや、違ったかい? 話の発端が僕が主催する茶会の件だったので、てっきりそうかと思っていたんだけれど」

「「違 (うわよ)(います)っ!!」」


 息の合った私達の反駁に苦笑してみせるヴィオラ。と、こっそりと私の方を向いて片目を閉じました。

 どうやらリーゼロッテ様の機嫌を損ねかけていた私をフォローしてくれた、ということをアピールしているらしいですわね。


 何というか……女の子の扱いに慣れ切っています。

 初心(うぶ)なお嬢様方なら一発でころりと参りそうな感じです。まあ、私の場合は男が使うナンパの手管は見え見えなので効果はありませんけれど(相手は男でもないし、私もお嬢様というにはイロイロ微妙ですが)。


(……ルーク、早く戻ってこないかなあ)

 ぎこちないながらも真っ直ぐな好意を向けてくれるルークの気配を求めて、私は半ば反射的に彼が呼ばれて出て行った教室の後ろの扉を眺めました。


 そんな私の横顔を見て、ダニエルが「おやっ?」と小さく呟いて、それから何故か微笑ましいものを見るような、温かな笑みを浮かべたのが視界の端で見えた気がしました。


 なんでしょう?


 と、疑問に思った矢先にその扉が開いて、18~19歳と思えるメイド服を着た女性が入ってきました。

 深々と私たちに一礼をして、教室内を軽く見回し、後ろに並んでいる生徒の随員の一人に声を掛けます。


「――失礼します。私はオーランシュ家の者ですが、帝国貴族のルーカス・レオンハルト様はこちらにいらっしゃいませんか?」


 オーランシュ家?!


「ルーカス様なら代表者宣誓の為に打ち合わせに呼ばれて、現在は教室を離れておりますが」

 ルークの随員である初老の執事(バトラー)風の男性が一歩前に出てそう答えました。


「そうでしたか。それでは、宜しければこちらの招待状をお渡しいただけませんか? 婚約者であるシルティアーナ様からお預かりしています。

 本来ならば、今日の入学式にも出席する予定だったのですが、都合によりしばらく屋敷から離れられないため、失礼ながらルーカス様とお会いする機会を設けたいとシルティアーナ様からご伝言です」


 差し出された手紙を受け取り、裏返して蝋で封をされた上に印璽(いんじ)された家紋を確認して、執事さんは軽く頷きました。


「確かに……お預かりいたします。伝言も一言一句違えずにお伝えいたしましょう」

 好々爺然とした笑みを浮かべて慇懃に答える執事さん。

「ですが“婚約者”というのは少々誤解を招く表現ですな。お互いの立場もあることですし、今後は軽々に口に出さないでいただきとうございます」


「……失礼しました」


 無表情に一礼をして教室を出て行く彼女を見送った執事さんが、私たちの方を向いて「お騒がせいたしました」と頭を下げます。


「――オーランシュ家か。そういえばイロイロと話題のブタクサ…シルティアーナ姫も編入してくるって噂だったわね。てっきり今日から来るものかと思っていたけれど、しばらく屋敷から離れられないみたいね。何かあったのかしら?」

 首を捻るリーゼロッテ様。


「そういえば噂ばかりで実物を見たことはないけれど、フロイライン・リーゼロッテ、君はあるのかい? 一応は臣下の姫君だろう」

「「ううん、ない(わ)(ですわ)」」


 思わず反射的に答えた私を、リーゼロッテ様が胡乱な目で見ます。

「……なんで貴女が答えるわけよ?」

「え、えと、なんとなくです……」


「ふむ。それにしてもこのクラスはなかなか愉快になりそうだね。アイリスの王女に、紫陽花(あじさい)の君、そしてブタクサ姫も多分このクラスだろうし噂の名花が一躍揃い踏みじゃないか」


 ブタクサは名花じゃないっ!! と、この瞬間、教室にいた全員が一斉に心の中でツッコミを入れたのでした。


「おっと、フロイライン・ジュリア。貴女もおそらくは近いうちに花にまつわる二つ名で呼ばれると思いますよ。その髪の色からいってさしづめ『桜の姫君』とか…かな」

 そう独りごちてから、しっくりこない様子でヴィオラは視線を宙に投げ掛けます。

「う~~む。諸島連合の方では『桜は狂気にも通じる』といって美しさと怖さを併せ持つ存在だといいますから、ちょっと違う気がしますね。もっと柔らかな……そう神聖な桃の花のような」


「桃ねえ……ある意味ピッタリかも知れないけど」


 胸の辺りに視線を感じて私は反射的に両手で押さえました。


「あの、あまり真剣に考えないでください。そんなご大層な呼ばれ方をされるほどの者ではありませんので」

 第一『桃の姫』とか、大魔王に頻繁に拐われて、そのたびに髭の配管工に助けられそうで、断固拒否いたします。


「そうとも思えないけれど、だが、確かにこういうことは即興で決めることではないかな」

「確かにそうね」


 苦笑するヴィオラと肩をすくめるリーゼロッテ様の様子に、どうやら当面の危機は去ったと判断して私はほっと安堵の吐息を漏らしました。


 それにしても、早ければ今にも逢えるかと思っていた『噂のブタクサ姫』ですけれど、先ほどの手紙を持ってきた家人の話では、しばらくは学園に顔を見せないようです。

 できれば早めに接触したかったのですが、なかなかそうは問屋が卸してくれませんわね。


 ルークに招待状が来たようなので、無理を言って付いていくとか……いえ、流石に一面識もない、招待もされてない人間が、勝手に付いて行くのは無粋を通り越して非常識ですので無理でしょう。


 取りあえずルークが戻ってきてから、今後の方針を決めることにして、

(失礼と言えば、王族にお茶会に誘われてお断りするのも失礼よねえ。どうしたものかしら……)

 私は断る口実を思案しながら、爽やかな笑みを浮かべているヴィオラと「急な話なんだから制服のままでも大丈夫よ」こちらに気遣いしてくれるリーゼロッテ様とを見て、曖昧な笑みを浮かべました。

どうにか火曜日に更新できました(`・ω・´)


10/15 用語を一部訂正しました。

×東部連邦国家サフィラス王家→西部連邦国家デア=アミティア連合王国主要国であるサフィラス王家

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