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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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裏の人脈作りと学園の麗華たち

意外と早く書けたのでこのまま更新しました。

「飲みますか?」

 差し出された銅製のカップに入った果実水(エード)――ちなみに果実をそのまま絞ったものを『ジュース』といい、それを水で薄めるなどして加工したものを『エード』といって明確に区別される――をセラヴィは「ありがとう」と礼を言って受け取った。


 そのままでは酸っぱくてくどい柑橘類の果汁が、適度に薄められて口当たりが良くなっている。また氷か魔法ででも冷やしているのか、冷えた水分が心地よい。――と、一気にカップの半分ほどを飲んだその目の前に、無言のまま白い掌が差し出された。


「――?」

「銅貨5枚です。あと飲み終えたカップは洗って再使用するので返してください」


「そっちの奢りじゃないのか!?」


 顔をしかめたセラヴィに向かって、白猫の獣人らしい少女は臆面もなく、

「奢るなんて一言も言ってません。よろず商会(うち)の商品を見せて『飲みますか?』と確認しただけです」

 言い放って更に掌を鼻先へと突き出してくる。


「――ちっ」


 舌打ちしながらポケットから取り出した数枚の銅貨をその上に乗せた。


「どーも……今後ともご贔屓に」

 完璧なお義理でそう口に出して、彼がベンチ代わりに座っている噴水の縁の隣に腰を下ろす少女。


「……なんだ?」

「なんだと言われても――ああ、別に好意があるとかではないので悪しからず。何か話があるようなので相手をするようにと、ボスから言い付かっているだけです」


 ちらりと紙芝居の代わりに得体の知れない商品――「神童君が六歳の時の頭蓋骨」「とある高貴なお姫様の直筆サイン」「豚鬼(オーク)の肉で作ったチャーシュー(本物)」――などを売り捌いている商人に視線を投げると、すぐに気付いたのか商人は『任せる』という感じに軽く片手を振った。


「……俺はあんたのボスの方と交渉するつもりで来たんだけど」

「立場を理解していないようですね。取って付けられた名声以外、何の後ろ盾も財産もない青二才相手如きが、直接ボスと交渉できるわけないでしょう?

 最低限、枢機卿以上の高位神官か侯爵以上の貴族、もしくは即金で金貨の10万倍の価値のある虹貨(こうか)を準備できる財産家でなければ、本来は直接目通りできる相手ではないのですよ、うちのボスは」


 無表情ながらも、どうだと言わんばかりに堂々と胸を張って言い切る少女。

 普段のぞんざいな態度からは考えられない、外連味(けれんみ)たっぷりの彼女の言動に対して、この場にジルがいればツッコミのひとつふたつはあったところであろうが、そうした背景を知らないセラヴィは悔しげに喉の奥で呻り声をあげて、手にしたカップに入った果実水(エード)の残りを一気にあおった。


「……わかった、あんたで構わない」

 一見の客はお断りの格式の高いレストランか花街のような敷居の高さに内心辟易しながらも、この辺りが落としどころと理解したセラヴィは、相手の目を見てしぶしぶ頷いた。


「ご理解いただけたようで何よりです。それと私は“あんた”ではなく、シャトンですので称呼はシャトン様でもシャトン先生でもシャトン陛下でも構いませんので、遠慮なく敬意を込めて呼んで下さい」


 シャトンの世迷言を無視して、空になったカップを無造作に差し返すセラヴィ。

 無言で受け取ったシャトンは、ちらりと背後でセラヴィを警戒するように「ブーフーッ!」呻っていたメイド服姿の豚鬼(オーク)を見た。


「ミル、カップを洗っておいてください」


 指示された豚鬼(オーク)――身長120セルメルト程のまだ仔豚である――は、肩を怒らせ近づいて来ると「ウーッ!!」と歯を剥き出しにしてセラヴィに鼻息を吹き掛けながら、カップを受け取ってドスドス足音を荒げ立ち去って行った。


「……なあ、あの雌の豚鬼(オーク)ってもしかして――」

「もしかしなくても豚鬼姫(オーク・プリンセス)の成れの果てです。あなたに魔力の大半を削がれたので、あんな姿になりましたけど」


 うわぁやっぱりか、と収まりの悪い髪を片手で掻くセラヴィ。


「あの状態だと簡単に使役(ティム)できましたので、いまは私の使い魔として登録してあります。ついでに名前も『ミルフィーユ』に変更しました。ちなみに命名者は巨乳のお姫様です。私的には『エスカロップ』が、ボスは『ヘレカツ』を推していたのですが」

 いずれも胃袋に直結したヒドイ命名(ネーミング)であった。


「そういえば俺が最後の大技放った後、周りの有象無象を斃してくれたらしいな。感謝する」


 思い出して案外素直に頭を下げる少年司祭。

 その旋毛(つむじ)の辺りを無表情に眺めながらシャトンはゆっくりと瞬きをした。

 案外面食らっているのかも知れない。


「お礼を言うならあのお姫様の方へ言うべきですね。血塗れで倒れたあなたの姿に血相を変えた彼女が、自力で封魔具のロープほどいて――関節外してまた嵌めたらしいですけど、世の中のお姫様って皆あんな怪盗のようなスキルを持っているものなんですか?――勝手に現場に舞い戻った訳ですから」

 まあうちのボスも「統率個体(リーダー)を自力で斃した以上、仕事は終了だねー」と放置しましたわけですが、と続けるシャトン。

「一応私も同伴しましたが、『金貨20枚で雇うので協力して!』と言われたからですし」


「……そうか。まあ、経緯はともかく助かったのは確かだし、あれだけの怪我まで治してもらった恩もあるから、やはり感謝する。相当高価な霊薬(アムリタ)を使ったんだろう? まるで高位治癒術師が治療したみたいに全快してたからなぁ」

「それもお姫様がやったことです」


 ついでに言えば使ったのは霊薬(アムリタ)ではなくて、高位治癒術そのものですけどね――と、シャトンは心の中で付け加えた。


(本人からもボスからも黙っているように厳命されてるので教える義理はありませんが)


「そうか。機会を見てきちんと借りを返さないとマズイな。……だから、取り引きをしたい。世界の闇を支配するという『シルエット』と」

「――はっ! そんな御伽噺を本気にしてるんですか? 馬鹿馬鹿しい。それに仮にそんな人物が実在するとしても、最初に言った通りあなた如きに力を貸すメリットがないと思いますけど?」


 やれやれと肩をすくめるシャトンから、

「私のバナちゃん買いなはれ。色は少々黒いけど、一皮剥けば雪の肌。裏も表もキンキラキン。こういうバナちゃん買う兄ちゃん、末は博士か大臣か、青年団なら団長さん――」

 立て板に水でバナナの叩き売りをしている行商人へと視線を移したセラヴィは「………」何か根本的に勘違いしているのかも知れない、という顔で考え込んで眉根を寄せた。


 この大陸のあらゆる犯罪組織や秘密結社を統括しているという闇の王とも言える『シルエット』と、その直属の組織である『ゾンダーリングネスト』。

 ほとんど都市伝説とも言えるそれの起源は『神魔聖戦(フィーニス・ジハード)』にまで遡るという。一説には人ならざる魔神や魔族が中核をなす、神人や超越者によって構成される超帝国に唯一拮抗する存在だとか。


 その存在と力は確実に自分が思い描く野望に合致する。どんな小さな点であっても(よしみ)を築かねばならない。そう密かに思っていた矢先であった。


 先日の豚鬼姫(オーク・プリンセス)の襲撃の際にあの行商人を装った男が見せた力の片鱗は、確実にそれらに通じるものがあった。

 そう直感的に感じて悶々と過ごしていたところへ、この公園に彼等らしい紙芝居屋が出没すると聞いて足を運んでみたのだが……自分の覚悟はひょっとして間違いだったのではないだろうか?


 冷静になった頭を抱え込むセラヴィを醒めた目で見据えるシャトンと、その向こうで我関せずと胡散臭い商売を続ける行商人とがいた。


「~~~っ。……いや、どっちにしても俺にはこれしかないんだ。だったら自分の直観を信じる」

 開き直った彼は顔を上げ、真っ直ぐな目でジャトンを見据えた。

「俺はこれからの学園と皇都での生活を最大限に利用して聖女教団のトップを獲る。賭けるモノは俺の将来と、15年前に起きた“リビティウム皇家事件”の真相とその残党とのパイプだ」


 ぴくり、と口上の途中で行商人の目元が抜け目なく光った。続いて愉しげに口角が上がる。


「――さあ。()るか()るか?」

 覚悟を決めた少年を前に、シャトンは微かに戸惑った表情で頬の辺りに人差し指を当てた。




 ◆◇◆◇




「ルークのことですか? 好きですよ勿論」


 これから入学式で留学生代表の宣誓を行う役割を担うルークが打ち合わせに呼ばれた後の教室で、なんとなく手持ち無沙汰にしていたところへ、面白がるような顔つきでダニエルに尋ねられました。

「ところで、ジュリア嬢はルークのことをどう思っていますか?」

 これに対する私の忌憚のない返事です。


「……ふむ。そう来ましたか。それは単なる友人としてしてですか? それとも男女関係としてでしょうか?」


 首を捻るダニエルの追及に私も「ふむ」と首を捻りました。


「――微妙なところですね。私としては友情を優先したいところですし、ルークもそれ以上のものを求めないと思いますけど」

「「「「「いや、それはない!」」」」」


 何故か一斉に周囲からツッコミの声が挙がりました。

 見ればダニエルの他、随員として同行してきたカーティスさんやモニカ、エルフの友人であるプリュイと、そして相変わらず男装をしている冒険者のリーン君が「ないない」とばかり手を振ってます。


「あー……その、ジュリア嬢。仮にもしも、もしもですが、ルークの奴が貴女を異性として憎からず思っているとしたら、どう思われますか?」


 そんなあり得ない――そもそもルークには他に好きな女性がいるわけですし、私自身自分が女性なのか女の子の皮を被った男の子なのか非常に曖昧だと思っているわけですので――仮定の話は予想外もいいところでした。


「はあ、異性として……ですか?」

「………いや、すみません。余計なお世話でした。どうにもアイツは優秀なんですけど、こういうことに関しては晩生(おくて)なもので、つい」


 弟を心配する兄の顔でダニエルが頭を下げました。


「いえ、そんなに畏まらないでください。それに改めて考えてみれば、私の『好き』というのは……その、多分――」


 そこへ横合いから涼やかな声が割って入りました。

「まったく無粋なものですね。このような麗しいレディの柳眉を曇らせるなど、帝国貴族は女性に対する態度がなっていないと見える」


 見れば菫色の髪をしたとても綺麗な顔立ちの美少年が、咎めるような眼差しをダニエルに向けています。


(((……あら?)))

 どこか浮世離れしたその美貌とは別に、妙な違和感を覚えて……私とモニカとリーン君とが一斉に首を捻りました。


「――君は?」

 この教室にいる以上。そしてその身なりや物腰からも、貴族とわかりますが、帝国の侯爵子相手に臆する様子のない相手を、ダニエルが値踏みするかのように見返します。


「ヴィオラ・イグナシオ。東部サフィラス王国出身の田舎者さ」


 流れるような優雅な仕草で一礼をすると、様子を窺っていた教室内の女生徒が微かに黄色い嬌声を上げました。


「ヴィオラ・イグナシオ……サフィラスっ?! サフィラス王家の名花、紫陽花(あじさい)の王女か!?」


 唖然とするダニエル。

 その驚きを慣れた様子で軽く受け流す彼――ではなくて、男装の麗人たるヴィオラ。


「「「あ、やっぱり」」」


 私とモニカ、そしてリーン君が同時に納得の声をあげました。

 そんな私の方を向いて、ふわりと微笑みながらヴィオラは優雅に一礼をして――男性が女性に対するそれです――自然な動作で手を取り、軽く口付けをしました。


「初めましてレディ。宜しければお名前をお聞きしても?」

「――はあ。初めまして。私は帝国から参りましたジュリア・フォルトゥーナと申します」


 取りあえずスカートを抓んでお辞儀(カーテシー)をしたところへ、

「相変わらず手が早いわねヴィオラ。貴女…ジュリアさんと言ったかしら? 甘い言葉をかけられても無視することをお奨めするわ」

 ため息混じりにまた聞き覚えのない女の子の声が。


「おや、嫉妬かなフロイライン・リーゼロッテ? 僕は常に誠心誠意女性に尽くしているつもりなんだけれど」

「それが性質が悪いのよ」


 眉をひそめてそこに立っていたのは、漫画の中でしか見たことがない。灰色がかった金髪を見事な縦巻きロールにした女生徒でした。


「リーゼロッテ……? シレント央国の第三王女、アイリスの姫君か……」


 呻くようなダニエルの言葉に、場の緊張が一気に高まります。

 何しろここはシレントのお膝元であり、相手はこの国の王女なのですから、リビティウムの貴族は勿論のこと、高位貴族である留学生の面々も気圧された様子で、互いに顔を見合わせるばかりでした。


 紫陽花(あじさい)の花に例えられるサフィラス王家の王女と、アイリスの花と謳われるシレント央国の王女。この二人に挟まれる恰好になった私――ブタクサの花は、

(……なんだか、面倒なポジションですこと)

 どうにも場違いな面持ちで、密かにため息をついたのでした。

『エスカロップ』は北海道の、『ヘレカツ』は関西のとんかつ料理です( ´(00)`)

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