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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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入学式の出会いと裏方達の密談

なろうコンの最終選考進出作品に、『吸血姫は薔薇色の夢をみる』が選ばれました。聞きまして? 書籍化ですってよ、奥さん。

 リビティウム皇国の盟主国シレント央国の皇都シレントは、およそ三十年ほど前の皇国建国と共に造られた歴史の浅い新興の街です。


 ちなみにしばらく私も暮していたグラウィオール帝国の首都コンワルリスですが、こちらはかの有名な太祖帝様――レジーナ曰く、「皇族というよりも政治屋に近かったかね。多少は有能だったかも知れないけど、あたし個人としてはそこまで評価されるほどご立派な人間だとは思えないし」とのいつもながらの辛口のご意見でした――の帝位襲名に併せて遷都され百二十年ほどの案外近年に造られた街だそうです。


 なので両者ともさほど違いがないように感じられますが、『帝都』そのものはそれ以前にも何度か遷都が繰り返され、帝国暦千年の間に文化と格式を洗練させていったのに対して、この国の場合は成り立ちがそもそも二百年程度であり、三十年前に『リビティウム皇国』というものが作られてから泥縄で『皇都(央都)』を定めたそうですので、全体的な規模と活気はともかくとして、歴史と伝統の積み重ねに伴う重厚さと多彩さでは、遥かに見劣りすると言えるでしょう(歴史が長ければ良いとか偉いとかいうものでもないと思いますけれど)。


 どこぞ新興国の路地裏のような猥雑さと、無国籍風の建造物が無計画に入り組む町並み。

 行き交う人々の服装も垢抜けない、帝国で言えばふた昔前の野暮ったいデザインを崩した意匠であり、また、もともと人間種以外の亜人を差別していた土地柄のせいか、人間種の割合が圧倒的に多くて、さらに大陸南部では完全に廃止され、東部と西部でも名目上存在しないことになっている“奴隷制度”そのものが、堂々とまかり通っているため、ちょっと身なりの良い御大尽の後には必ずと言ってよいほど、ぞろぞろと薄汚れた衣装に奴隷帯(ステイグマ)を付けた奴隷が荷物を持って、牛馬代わりに歩かされています。

 皇都とは名ばかりで、私の目から見てやたらしょっぱいと言うか……「混沌と無秩序に支配された街」というのが正直な印象でした。


 同時に、随分と利己的で打算的な考えですけれど、ここに来る前にラナの奴隷(正確には「自由労働者」)契約を解除しておいて本当に良かったと安堵いたしました。


 さて、そんな都市を一望の下に見渡せる高台の上に存在する、場違いなほど壮麗で典雅な白亜の宮殿風の建物。これが、大陸四大強国のひとつに数え上げられる(その中でも最弱ですけれど)、リビティウム皇国が誇る大陸最大最高学府である『リビティウム皇立学園』になります。


 基本的に入学は6歳からで学年制ではなく単位制です。

 最初の5年間が初等教育にあたり、その後中等教育へと移行します。落第や飛び級(スキップ)なしに順当に単位を修得すれば、11歳から13歳までの2年間が中等教育前期コースとなり、この期間に能力と適性に応じて3年間の中等教育後期コースになるか、各種専門的な高等教育に振り分けられます。


 ちなみに私たちは高等教育の総合学科、それも貴族クラスと呼ばれる施設や教授、資材も最高のクラスへ振り分けられました。


 なお高等教育に進んだ者は希望に応じて学士、修士、博士コースと更に上の教育を受けられますが、私たち交換留学生は3年間の期間留学という括りがあるので、いまのところそうした進路は対象外となっていますが、残留を希望すればどうにかなるとのことですので、おそらく何人かはこのまま学園に残ることになるのではないでしょうか。


 イロイロと問題はありそうですけれど、そもそもこの学園の設立・出資は100パーセント、カーディナルローゼ超帝国によるものです。なので、敷地内は皇国はもとより他国であろうと一切関与できない一種の治外法権ですので、学園上層部の意向があれば他国に対してある程度の我儘も通るそうです。


 とは言え、その成り立ちや立ち居地とは裏腹に、非常に自由かつ奔放な校風の学園で、校則は『他人に迷惑をかけない』『何があっても自己責任』の2つを基本理念として、その他細々とした決まりはほぼ形式的なモノとして、公私共に独立独歩の気概の元に運営されています。




 ◆◇◆◇




「ほう――」

 現在、私は非常に居心地の悪い思いで教室の後ろに立っていました。

「これはこれは……」


 教室は大学の講義室かオペラハウスを髣髴とさせる造りで、後ろに行くに従って階段状に席が高くなり、真正面の教卓を見下ろす形になっています。


「なるほどなるほど」


 最後尾の列の後ろはちょっとした踊り場のようになっており、そこには各貴族の付き人が待機するようになっています。今回は初日と言うことでモニカとカーティスさんが壁際に待機して、ヤキモキした顔でこちらを見ていますが、流石に相手が相手だということで口出しすることができずにいます。


「……ダニエル。いくらなんでも不躾だろう。ジル、いや、淑女(レディ)に対する態度とは思えないところだ」


 眉根を寄せたルークに窘められて、ダニエルと呼ばれた帝国貴族――侯爵家の嫡男だそうです――が、わざとらしく身を離して謝罪の言葉を口に出しました。


「おおぅ。これは誠に申し訳ありません。噂のルークの彼女がどんな女性か、興味があったもので、つい失礼な態度を取ってしまいました。謝罪いたします、レディ」

 恭しく胸に手を当て、床に片膝をつけるダニエル。


「……カノジョ?」

「なんでもありません、ジル! こいつは昔から冗談が好きな奴でして、人を見ると必ず色恋沙汰に結び付けないといられない、難儀な性癖を持っているだけです!」

「冗談じゃないだろう。お前、どんだけ毎日『ジルっ、僕の心は君のことだけで一杯です!』と海に向かって叫んでいたことか。航海の間中聞かされた俺の身にもなってみろって……」

「――ダニエル、ちょっと体育館裏で話をしようか!」


 言いたい事は山ほどあるけれど敢えて口にしない……と言うような、そんな神妙な表情のルークが、妙な威圧感とともにダニエルの両肩を無造作に鷲掴みにしました。

 うわぁ……制服に思いっきり爪が食い込んで皺になっている気がしますけれど、大丈夫なのでしょうか?


 ちなみにこの学園の制服はデザインは基本変わりませんが、学科や専門に応じてネクタイやリボンの色が変わる他、貴族クラスの場合はそもそも素材そのものが違うので、これ一着で一級品の軍馬が丸ごと買える値段だそうです――なので、替えの制服や細々とした小物を含めると、それだけでちょっとした屋敷の一軒が立つ勘定になります。


「いててててっ、まてまて、俺はお前が執着するあの見事なおっぱい…もとい、純愛を応援しようと――」

「余計な心配はしなくていい! あと僕の想いに胸は関係ないっ!!」


 小声でなにやら言い争っている二人。いいですわね、男の子同士の和気藹々としたコミュニケーションは。私も混ぜていただきたいところですけれど、ちょっと難しいかも知れません。


 なら、せめて女の子の友人でもできないかしら。と思って教室の席を振り向くと、固まってこちらを凝視していた帝国からの留学生らしい女子生徒達が、やたら敵愾心に燃えた目で私を睨み付けていました。


 はて? なにか私が彼女達を怒らせるような事をしたのでしょうか???


 全員初対面ですし。思い当たることと言えば……ありがちですけれど、流石に皇族扱いの現在の身分を吹聴するわけにはいかないので、私はいままで通りブラントミュラー子爵令嬢で通しています。なので、新興の貴族の何処の馬の骨とも知れない養女という触れ込みですから、それが選民思想に染まった中央貴族の皆様には目障りに思われるのかも知れませんわね。

 身分制度って面倒ですわ。


「……そ、そういえばジュリア嬢は、ルーク同様に帝国の皇族位を賜っているのでしたね?」

 そこへ、まるで周知の事実という風な何気ない口調で、ダニエルが話を振ってきました。


 多分、ルークにギリギリと音がするほど肩を掴まれて、さらに無言の抗議を受けてその圧力を逃すための方便として、私の方へ話を振ってきたのでしょうが、あけすけなその物言いに私――と、ルークの気勢が逸れて、両手の力が抜けたようでした。


「「なっ……なんでそれを?!」」


 思わず問い返す私とルーク。視界の隅で、カーティスさんが眉を顰めるのを見て、自分の失言――暗に彼の言葉を肯定したようなもの――に気が付きましたけれど後の祭りという奴です。


 私たちが揃って呆然としている隙にルークの束縛を逃れたダニエルが、『何を言ってるんだ?』という顔で首を捻りました。


「その筋では有名だぞ。で、情報が少ないものだから妙な噂ばかり先行してる感じかな。こちらの姫は実は前皇帝の隠し子だとか、隠された皇族の血筋だとか、それと……」

 ちらりとルークの方を見ます。

「――ルーカス公子が将来を誓い合った相手で、その為に皇族位を特別に賜ったとか」


 その途端、息を殺してこちらの会話に耳をそばだてていた女生徒達(なぜか一部男子生徒の姿もあり)から、まるで格闘漫画のように膨大な“気”が溢れ出て、ちょっとした劇場ほどもある教室一杯に膨れ上がり、そのまま一気に臨界点に達しました。


「にょわ――っ?!?」


 ほとんど物理的パワーとなってなぜか私のところに押し寄せてくる“気”の塊に翻弄されかけたところで、

「それは違う!」

 きっぱりとルークが否定の言葉を口にしたことで、『おや?』という具合に気勢が削がれて、鉄火場になりかけていた場の緊張が緩みました。


「……違うんですか?」


 まあ、将来を誓い合ったとか、明らかにデマですけれど。だからといって取り付く島もなく否定されると、それはそれで若干淋しいものがありますわね。


 そんなに私との事が噂になるのが嫌なのかしら? と、私はなんとなく上目遣いに小首を傾げてルークの顔を見ました。


「ち、違う! いや、そうじゃなくて、違うのが違うというか――」


 更に首を捻ったところでワタワタとこちらに向き直ったルークは、まるで壊れ物でも扱うように私の両肩をつかんで、言いたい事は山ほどあるけれど上手く言葉にできない……と言うような、そんな珍妙な表情で何か言いかけ、深呼吸を繰り返しては「うううう……」と続く言葉に詰まってます。


「……把握した。取りあえずお前(ルーク)とジュリア嬢との関係は」

 阿呆の子を見る目で、歯噛みするルークを眺め、そこでひとつ頷くダニエル。


「海の上だとネジが緩んで、当人を前にすると土台ごとカラ周りするわけか。難儀な関係なのはわかるが、そんな風に後手に回ってると、噂の神童に()(さら)われるぞ。しっかりしろよ」


『神童』というのは勿論、私と旅の途中で一緒になったセラヴィ司祭のことです。

 なぜここで彼が引き合いに出されるのかは不明ですが、街道が使えなかった原因を付きとめ、元凶である豚鬼(オーク)を排除し、なおかつ他国の貴族のお姫様――どうやら私の事らしいです。別行動後なかなか合流地点に現れなかったことで、カーティスさん達が捜索隊を結成したりして、なにげに大事になっていたのが原因らしいですけれど――を助けたということで、現在彼は皇都でちょっとした時の人となっています。


「……助けられたお姫様と恋仲になったとか、キスしたとか噂になっているのを聞いたけど」

「本当なんですか、ジルっ?!」

「根も葉もない無責任な噂ですわっ!!」


 誰ですの、そんな脚色しまくって原型を留めていない作り話を流しているのは!?




 ◆◇◆◇




「『司祭様、逃げて! わたしはどうなっても構いません。どうか、逃げてください!』――涙ながらに懇願する麗しい姫。

『そんなことはできない。僕は聖職者であり、そしてなにより一人の男として、君を見捨てるようなことは絶対にできない!』――決意を込めてそう言い切る少年司祭。

『司祭様……』『姫様……』互いの瞳が交差した瞬間、身分と立場を越え、二人の間に愛の炎が燃え広がったのでした!」

 白猫の獣人らしい少女の弾くアコーディオンを伴奏に、黒髪細目で特徴のない行商人風の青年が、街の中心部に程近い公園で情感たっぷりに紙芝居の上映をしていた。


 普段であれば子供が見るものとして、大人が興味を抱くようなものではないが、題材がいま話題の『豚鬼王(オークキング)殺しの神童と異国の美姫』である。

 大人も子供も興味津々と言う顔で、十重二十重に半円状に紙芝居屋を囲んで、上演されている内容に聞き入っていた。


「危機に陥った神童と呼ばれる少年司祭と姫様。だが、彼には一発逆転の秘策があったのでした。それは――ささ、続きが聞きたい方はこちらの箱にオヒネリをお願いいたします」


 良い所で話を切られて聴衆からため息と不満の声が漏れるが、青年は気にした風もなく一礼して背後に合図を送った。


「プピーッ!」


 それを受けて、『よろず商会リビティウム支店』と屋号が書かれた箱を持った仔豚――いや、なぜかメイド服を着た豚鬼(オーク)が、一声啼いて聴衆の間を巡る。

 使い魔の印である赤い首輪を締めているのを確認して、これも何かの演出かと勝手に納得したお客達は、面白半分に箱の中に銅貨や銀貨を投げ入れるのだった。


 その様子をにこにこしながら眺めていた紙芝居屋だが、ふと群集の背後に隠れるようにして、ボサボサの黒髪をした見覚えのある少年が立っているのに気付いて、細い目を軽く開いて……意味ありげな笑みを浮かべた。


(なんぞ用かいな?)

(ちょっと話がある)

(商売中だ。終わってからにしろや)

(……わかった。待っている)


 目線と顔の表情とで互いに無言のまま遣り取りをしたところで、一杯になった箱を抱えてメイド豚鬼(オーク)が戻ってきたので、

「ご苦労さん。ティア……いや、ミルフィーユ」

「ブーフー」

 そう労ってから、再び紙芝居の続きを始めるのだった。


「さあ、聖職者と異国の姫との間に芽生えた小さな恋の芽は、果たしていかようになることか! そして、彼の命を賭けた逆転の秘策とは――?」


 息を飲む聴衆の背後に佇む少年は、身の置き所がないような顔で、丘の上に建つ一際壮麗な建造物である学園を仰ぎ見てため息をついた。

ちなみに制服は一般生徒は吊るしの衣装か古着で、貴族クラスは当然仕立屋がフルオーダーで製作します。

イメージ的には女子はフレアスカートに腰に謎素材リボンを巻いた現実にはあり得ないデザインで、さらにアクセントとして上にボレロを羽織る感じですね。

男子はパワーショルダーで、ネクタイの幅が広めで、下は当然スラックスです。

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