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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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少年少女の憂鬱と鬼ごっこの決着

たいへん遅くなりました。

 昼食もそこそこに気分転換に甲板に出てきたルークだが、雲ひとつない青空や紺碧の水平線を眺めてもモヤモヤとした気分は晴れず、自由そうな海鳥の姿を見ては気ぜわしげにため息をつくばかりであった。


 そんな物憂げな美少年の有様を物陰から盗み見ていた、今回の船旅の同行者である帝国貴族の御令嬢方及びそのお付の侍女達(多くが行儀見習いや玉の輿狙いの小貴族や地方郷士の三女、四女といった、それなりに良い出自の者ばかりである)が、ルークの一挙手一投足に密かに黄色い嬌声を挙げる。


「ああっ、僕はなぜこんな処にいるんだろう(反対を押し切ってでも、ジルと一緒の旅程を組めば良かった)……」


 と、ルークが潤んだ瞳で身を震わせ、この世の終わりのような嘆声を漏らしたところで、遂に魂が抜かれたかのように、一斉にバタバタと鼻血を吹いて倒れてしまった。


 やたら良い笑顔で失神している淑女達。

 割と大惨事な現場とその顔を見ないように気配りしながら、待機していた船員や侍従たちが慣れた手つきで汚れた甲板をデッキブラシで拭き、ご婦人方を担架に載せて船室へと運び込む。


 血の匂いに誘われて鮫の群れが船の周囲に集まって来るが、当然これも無視――

 これが魔導帆船『エロイカ号』における、ここ1巡週ほどの日常光景であった。


 一方、事を起こした当事者の方はまったく周囲の光景は目に入っていないようで、観客が目減りした甲板上で一人、

「この胸を騒がせるのは果たして君に対する思慕の想いだけだろうか?! ならば風よっ! どうか愛しいあの女性(ひと)に届けてくれ! いつ何時どのような場所にあろうとも、君を忘れる瞬間すらないこの僕のこの心を! 人の魂は鳥となって風とともに数千里を走り抜けるという。ならば風よ、せめてこの身ならざる魂を、彼女の傍らへと寄り添わせ給えっ!」

 まるで歌劇(オペラ)の登場人物のような外連味(けれんみ)たっぷりの仕草と声とで、虚空に向かって訴えかけるばかりであった。


 そんな少年の様子を腕組みして眺めていた、1歳年上で古くからの友人であるラーティネン侯爵家の嫡男ダニエルは、端正ではあるが軽薄そのモノの顔の上に同情と諦観とを大いに広げて、

「……いろいろと重症だな、こりゃ。免疫のない奴はこれだから性質が悪い」

 率直な感想を口にした。


 船旅が始まってから1月余り、ここ1巡週ばかりの間に目立つようになった友人の奇行。

 おそらくはいままでは自制していたのだろうが――或いは本人も無自覚だったのかも知れないが、閉鎖空間でどう足掻いても旅程が変更できない状況で運ばれること1月余り。いつの間にか溜まっていた鬱憤が遂に爆発したというところか……。

 発作的に愛を叫ぶ貴公子の頓狂な様子は、貴婦人方には色鮮やかな浪漫を掻き立てる素材として、他の貴族の子弟達には皇族の意外な側面として親愛の情を抱かせる形となり、いまのところ好意的に捉えられていた。


 ……古くからの知り合いや従者としては、単なる錯乱か乱心にしか思えなかったけれど。

 なにはともあれ堅物の優等生をこんな愉快な兄ちゃんに変えた春の陽気と、噂の『ジル嬢』について思いを馳せながら、ダニエルは空を飛んでいる海鳥を見上げた。


「本人には悲劇かも知れないが、見た目には浮かれて色ボケしているようにしか見えないな」

 だが、そんな美少年の悩ましげな様子を見て、周囲の御令嬢方の好感度はぐんぐん上昇する。解せん。


「――ああ、良くない胸騒ぎがする! こうしている間にも、ジルの身に危険が迫っているような、事件に巻き込まれているような、変な男に引っ掛かっているような、そんな嫌な予感が! どうか杞憂であってくれれば!!」


 勝手に想像を派手にして煩悶するルーク。


 ちなみに同時刻、別行動をとってシレントへ向かっている筈だったジルは、途中で行方不明となり、自称幼馴染に手料理を振舞ったり、一緒に豚鬼(オーク)の群れに襲われた上で、悪の行商人に拉致され、大木に簀巻きにされて吊るされているという、ある意味、想像の斜め上の方向で全ての懸念が当たっていたりするのだが……知らないでいるルークは、ある意味平和であった。


「……色々と芽生えてくる年頃だからなあ」


 凪いだ海と雲ひとつない空を見上げなら、再びため息をつくダニエル。

 同じ交換留学生としてリビティウムの皇都シレントにある皇立学園に、件のジル嬢――ルーク曰く「微風に揺れる長い髪、夢見るような瞳、透き通るような白い肌と、芳しい花のような香りをした、まるで一夜の夢か幻のような」お姫様――が入学すると聞いていたので、今回の船旅にも同行するのかと実は密かに期待をしていたのだが、生憎と別行動ということで、正直肩透かしを食った感があったが、どうやら友人の禁断症状の方はその比ではないらしい。


 この調子では残りの日程を消化する頃には、香ばしさを通り越して完全に壊れるんじゃなかろうかと頭を押さえるのだった。




 ◆◇◆◇




「『統率個体(リーダー)』といっても実際はピンからキリまでありまして」


 魔法の鏡の中で気炎をあげている自称『豚鬼姫(オーク・プリンセス)』と、悲壮な面持ちでそれと対峙している少年司祭。

 両者の差は身長で50~60セルメルト。目方に至っては痩せぎすの少年は4分の1程度しかないでしょう。ボクシングのミニマム級とヘビー級の差がだいたい倍ってところですから、さしずめこれだと幼稚園児が相撲取りと戦うようなものですので、いっそ反則と言っていいレベルです。


 ましてや連戦で見るからに消耗した彼と、じっと後方で待機していて元気溌剌な魔物では、通常であれば勝負にすらならないでしょう。普通に考えれば、これから始まるのは戦いではなくて単なる嬲り殺しです。


 そうした展開を予想してか、流石に痛ましげな顔つきになるシャトン。対照的に商人さんは喜怒哀楽、どれともつかないニュートラルな表情を崩さないまま――目の前に映し出される凄惨な光景すら、まるで何百回何万回と繰り返し見てきた焼き直し、と言わんばかりの――飄々とした態度で顎をしゃくりながら薀蓄を語りだします。


「『王種(キング)』と呼ばれる連中は、元は稀に生まれるレア個体が進化したモノです。まあ『猪豚鬼(ハイ・オーク)』と似たり寄ったりですな。こいつらは単純に腕力や魔力が通常個体より強いので、他の雑魚より上に立っているだけですが、それが更に進化して『猪鬼将(オーク・ジェネラル)』辺りになると、恣意的に自分より下位の同属を使役するようになります。『豚鬼(オーク)』も唯々諾々とそれに従うんですが、このあたりの理屈は一般的には(・・・・・)解明されてません。――相手の優位性を本能的に理解して、恭順しているというのが通説ですけれど」


 なんとなくレジーナやクリスティ女史の講義を聴いているような気がしてきました。


「こうした上位種で指揮能力のある個体を指して、『統率個体(リーダー)』と呼び習わすわけですな。正真正銘の豚鬼王(オーク・キング)猪鬼将(オーク・ジェネラル)も、人間から見れば一緒くたなわけですから、ピンキリというのはそういうわけです」


 それから、「ぶっちゃけ本当の本物の『王種(キング)』なんざ、地下迷宮(ダンジョン)の奥深くとか、超帝国本国にでも行かないとお目にかかれませんな」と苦笑しながら付け加えます。


「では、あの豚鬼姫(オーク・プリンセス)も?」

「単なる自称ですわ。勝手に『姫』を名乗ってますけど、能力的には王種(キング)どころか猪豚鬼(ハイ・オーク)猪鬼将(オーク・ジェネラル)程度のもんじゃないですかねー。さしずめタコの入っていないタコ焼き、河童の入っていない河童巻き、ビッチが歩くヴァージンロードみたいなもんで、看板に偽りあり、金返せと言いたいところですな」


 最初のたこ焼きはともかく、かっぱ巻きに河童が実際に入っていたら大惨事だと思います。それとヴァージンロードの件は真剣に恋愛した結果なのかも知れないですので、変なツッコミはやめたげてよお! と思うのですが……と言うか、この世界にもタコ焼きとか河童巻きがあることをいま知りました。食文化の多様性と類似性にビックリです。


「まあ、他と違うのは発情期の猫が雌に逆らえないのと同じで、雄の豚鬼(オーク)に雌は逆らえないところですな。万歳(マンセー)してるのは一種の魅了の魔力によるものですわ」


「つまり単体としてはさほど脅威ではないので、1対1の現状ならば、まだしも勝機はある…ということでしょうか?」

「……まあ王種(キング)を相手にする絶望感に比べれば、まだしも可能性はあるって程度ですが」

 首を捻る商人さん。


 そんな話をしている間にも、戦いは佳境を迎えようとしていました。




 ◆◇◆◇




 相手の攻撃――と言うか両腕を広げての抱擁やら牙を尖らせての口付け――をギリギリのところでいなしながら、すかさずカウンターで攻撃を加える。

 動脈に達するような傷は簡単な治癒術で塞いではいるものの、初級の治癒術しか使えない彼の腕では即座に全快とはいかず、動いているうちに繋がっていた傷が開いて、顎の線に沿って伝う汗の感触とは違う、生温い滴りが地面に浅黒い線を描いていた。


 あらかじめ定められていた手順に従って、地面にばらまいた(カード)を起動させる。

「“地槍(アース・ジャベリン)”」


 黒曜石のように鋭く尖った岩の槍が、地面からいくつも飛ぶ。

 鉄の鎧でさえも貫通する勢いの槍衾(やりぶすま)に対して、「フンヌッ!」と豚鬼姫(ティアナ)は鼻息荒く、片手を無造作に一薙ぎして一撃で全て弾き飛ばした。


 その余波の風圧と瓦礫とを躱すために、地面を転がるようにして距離を置くセラヴィだが、立ち上がる暇もなく追いすがる豚鬼姫(ティアナ)に、

「ダーリン、アタシヲ抱キトメテ~」

 圧し掛かられそうになって、慌てて“地槍(アース・ジャベリン)”の連射で相手の軌道を変えながら、こちらも必死に回避する。


 さらに駄目押しで地槍(アース・ジャベリン)を連射。

 広範囲に(カード)を投げて、全方位からの地槍(アース・ジャベリン)の斉射。


「……案外頑張ルワネ」

 地響きとともに地面にクレーターを開けて腹這いに落下した豚鬼姫(ティアナ)が、腹の辺りをポリポリ掻きながら、ヨッコイショと立ち上がった。

「デモ、ソノ(カード)モ無クナッタミタイダシ、ソロソロオ楽シミノ時間カシラ?」


 右手に持っていた最後の(カード)を使い切り、両手で白銀の魔法杖(スタッフ)を握っている少年司祭を見て相好を崩す。


「“雷光をたばねる大いなる天龍よ、偉大なる雷帝の御名において――」

 残った魔力を全て掻き集めて大技を繰り出そうとしているセラヴィだが。


「ソノ技ハサッキ見タケド、アタシニハ効カナイワヨ? チョットハ痛イダロウケド、セメテ3倍ノ威力ガナケレバ無理ネ」

 真正面から受けて立つという余裕の表情で、腰を落としてぴたり合わせた両腕を、肉のカーテン――もとい盾のようにして上半身を守る体勢になった豚鬼姫(ティアナ)


 構わず詠唱を続ける。

「――眼前の敵を薙ぎ払いたまえ”」


 グンと魔法杖(スタッフ)に向かって収束される魔力の程度を肌で感じて、豚鬼姫(ティアナ)はせせら笑った。

 先ほどの一撃よりは多少は威力がありそうだが、「必死の努力が窺える」程度の違いである。

 この程度ならほとんど問題にならない。


 そう思った瞬間、突如として莫大な魔力が少年に向かって流れ込むのを感じた。

「ナ……ッ?!」


 慌てて周囲を見渡せばこの周囲に偏在する魔力が全て、まるで吸い寄せられるようにセラヴィに向かっている。

「ド、ドウイウコト!?」


 到底無視し得ない相手の魔力量に戦慄する豚鬼姫(ティアナ)に向かって魔法杖(スタッフ)の先端を向け、莫大な電撃を必死にコントロールしながらセラヴィが種明かしをする。


「別に難しい理屈じゃない。もともと俺の符術は既存の魔力を利用するものだからな。でかいキャンパスと魔力の篭った媒体があれば、威力を底上げすることも可能ってものだ」


 一瞬、どこかに文字通りの『切り札』である(カード)を隠しているのかと思った豚鬼姫(ティアナ)だが、セラヴィの視線の先を見てはっと気が付いた。


「マサカ、サッキノ術デ地面ニ!?」


 効かないとわかっているのに執拗に繰り出された地槍(アース・ジャベリン)。魔法といっても無から有を作り出しているわけではないので、それが放たれた場所の地面はへこんで溝となっている。

 一見乱雑な穴にしか思えなかったそれだが、よくよく見ればある一定の法則に沿って描かれた図形になっていた。そして、その溝の底に黒々と流れるインクのような塗料は――


「血デ魔法陣ヲ描イタノ!? ダーリン貴方絶対オカシイワヨ!!」

「お前にそう言われるとはなぁ」


 苦笑するセラヴィの全身の毛細血管が、余りの魔力の高まりに耐え切れずに破断して血の汗が流れるが、それも杖の先端に灯った雷撃の余波でその場で蒸発する。


「喰らえ、【爆雷(ライトニング)】っ!!」


 裂帛の気合とともに、文字通り疾風迅雷の勢いで放たれた極太の雷撃が、避ける隙もなく豚鬼姫(ティアナ)の全身を打ち、眩い光が周囲を白に染め上げた。

リアの都合で更新が非常に遅くなっております。

申し訳ございません。

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