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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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交易路の姫君たちと街道の姫君たち

 ヨークスの町はオーランシュ辺境伯領に隣接する、ビートン伯爵領の中心都市である。中心といいながらもかなり西部寄りにある理由は、その場所に皇都シレントに程近い(と言っても馬車で約5日の距離だが)エト・ケテラ子爵領への『転移門(テレポーター)』が設置されているからに他ならない。


 逆に言えば他にめぼしい産業も名所も存在しない鄙びた田舎街であり、近隣に山岳地帯があるため必然的にこじんまりとした構造となった城塞都市である。要するに“転移門(テレポーター)がある”というアドバンテージのみで辛うじて成り立つだけの、皇国にあっては星の数ほどもある、吹けば飛ぶような中小貴族が治める特徴のない街にしか過ぎなかった。


 そのためか代々の領主は、昔から隣接するオーランシュ辺境伯との関係を密にすることに腐心しており、現在の領主コルラードに対しても、嫡出子である長女のパッツィーを側室の一人として嫁がせたりしている。


 そうした関係もあって、ビートン伯爵領とオーランシュ辺境伯領とを結ぶ街道の関所は有名無実のザルもよいところであり、道行くものはほぼフリーパスで互いの領内を行き来可能であり、実質的に辺境伯領の傘下に収まっていると言っても過言ではなかった。


 そんな街の中心部。

 特に見るべき場所も名物もない場所だけに、その分、『転移門(テレポーター)』を中心としたこの辺りの発展と賑わいは一際で、ちょっとした中小国の繁華街もかくや……という数の旅行者や獣車、商人たちが行き来している。


『交易所』と書かれた看板があり、ちょっとした競技場並みの広さの場所が、石畳できちんと整備された広場の脇には厩舎があり、馬や牛はもとより、騎鳥(エミュー)走騎竜(ランドドラグ)平甲獣(ウィルダーシェル)等がひしめき、さらに馬車や馬具を扱う商業ギルドの看板が下げられた業者の店や倉庫が軒を連ねている。


 そんな倉庫のひとつの前で、帝国風の明らかに貴族のものと思しい馬車の足回りの点検をしている職人達を横目に見ながら、数人の男女が難しい顔で話し込んでいた。


「やはりジュリア様はこの町に到着していないようですね」

 見た感じ30歳そこそこの、いかにも切れ者といった男性が口火を切った。

 黒のタキシードに袖口の銀ボタン、白い手袋、皺一つない白のワイシャツに黒の蝶ネクタイ。どこからどう見ても執事(バトラー)だろう。他の職業が想像できない完璧な衣装であり、物腰であった。


「みたいだな。この街の衛兵はボンクラ揃いだが、流石に天狼(シリウス)を連れた貴族のお嬢様を忘れるほど莫迦ではないだろう。街でちょっと聞いた限りでも、それらしい娘を見かけたって話はないしな」

 それよりやや年長で風格のある冒険者風の男性が、男臭い顔をしかめて首を縦に振る。

 それからちらりと背後を振り返った。

「そっちはどうだ? あの嬢ちゃんが立ち寄りそうな場所に手掛かりはなかったのか?」


 訊かれた二人のこちらも冒険者風の少年たちは、暗い顔で同時に首を横に振る。

「市場でも雑貨屋でも、ジルのことは見てないって言ってた」

「お菓子屋や食堂でも手掛かりはありませんでした」


「……ふむ」

 えらく庶民的なお姫様だな。と思いながらリーダーらしい冒険者風の男が首を捻った。そのまま視線を、執事(バトラー)の背後に控えている三人の少女に向ける。

 いずれも硬い表情で話を聞いているのは、濃紺のワンピースに、フリルの付いた白いエプロンドレス、白のヘッドドレスという、こちらも典型的なメイドの恰好をした少女達であった。


 その視線に促されるようにして、少女達の中で一番年長の17~18歳と思える赤毛で特に特徴のない少女が、男の目を見た。


「確かにジュリアお嬢様はこの街で落ち合う約束をされて別れました。――まあ、わたしの与り知らぬところで、勝手に伝言を残して別行動とられたわけですけれど」

 後半部分はあてつけっぽく口に出しながら、じろりと横目で自分の隣で首をすくめる年下の少女達を睨み付ける。


「……申し訳ありません、モニカさん」

「……ごめんなさい」


 栗色の髪をした12~13歳の少女と、狐の獣人らしい10歳くらいの少女が、揃って頭を下げた。責任を感じている、というより行方不明の主を心配して顔色が悪い。

 俯く年下の少女二人の態度に、まずい失敗した、と思いながら態度と口調を和らげ、付け加える。


「まあフィーアもいることですので、ジュリアお嬢様の身の安全は、余程のことがない限り大丈夫だとは思いますけど」


 そこへふらりと一組のエルフの男女が戻ってきた。


「この街にジルが立ち寄った形跡はない。周囲の森や草原の精霊、家つき妖精にも尋ねたが……あれだけ目立つ人間(ビーン)だ。間違えようがないな」


 怜悧な容姿をした青年エルフの言葉に、負けず劣らず秀麗な少女エルフも憮然とした表情で頷く。

 この場合の『目立つ』というのは、探し人本来の儚げで典雅な美貌を指してのものではない(多少はあるが)、精霊に愛され、妖精の友という人間にしては珍しい、その存在のあり方に由来してのものである。


 彼らの言葉に一縷の望みを託していた一同の間に落胆の沈黙が落ちる。


 逸早く気を取り直した執事(バトラー)が、ここに集まった一同をぐるり見渡して、

「不測の事態で連絡が取れない状況なのかも知れません。まずは周辺の状況をもう一度確認して、念の為、本国(ステーツ)の指示を仰ぎましょう。そちらは私が手配しますので、情報収集は引き続きノーマン氏にお願いできますか?」

「ああ、任せておけ。さっきはギルドで簡単に聞き込みをする程度だったが、こうした街には確実に情報屋がいるだろうからな。これからそっちに当たってみるつもりだ」

「助かります。他の者は引き続き周辺での聞き込みなどをお願いします」


 張り詰めた表情で頷く一同。気もそぞろに即座に散会しようとしたところへ、ヒールの足音も高く通り過ぎる一組の男女の姿があった。


「ああん。もう最悪! なんでユニス方面の街道が塞がってるわけ?! お陰で余分な遠回りをしなきゃならなかったわよ」

 苛立たしげな様子で声を張り上げているのは、灰色がかった金髪を縦巻きロールにした貴族らしい少女だった。

 くるくる巻きのドリルを前に2つ、横に2つ、後ろに4つ装備した13~14歳程の少女である。

 背中の渦巻は腰の辺りまで伸び、歩く度にジャラジャラと音がするような錯覚に陥る見事なドリルであった。


「現在ギルドと街の衛兵が確認中らしいが……まあそう顔をしかめるものではないよ、フロイライン・リーゼロッテ。アイリスの姫君とも謳われる花の(かんばせ)が台無しだ」


 そんな歯の浮くような台詞をのたまっているのは、ヒールを履いた少女よりも目線ひとつ高い、170セルメルトほどの菫色の髪をした、同年輩の中性的な美少年であった。


「お陰で学園に到着するまでもなく、この場で貴女と巡り会うことができた。その幸運に感謝すべきじゃないかな」

「……あなたも相変わらずね。紫陽花(あじさい)の君。いい加減その趣味は卒業したかと思ってたんだけど、学園でもそれで通すつもりなの?」

「無論さ。私は私の魂に従って、自分を通すだけだからね」


 快活に笑う少年と、なぜか複雑な表情で頭を押さえてため息をつく少女。

 やたら目立つ二人組みが通り過ぎるのを、なぜか息を止めて見守っていた一同は、彼らが通り過ぎて厩舎の角を曲がっていたのを確認して、はああああっと息を吐いた。


 それから、ふと思い立ってノーマンと呼ばれた冒険者のリーダー風の男が首を捻った。

「いま、聞き捨てならない話がなかったか?」

「ええ。ユニス方面の街道が通れなくなり調査中だとか」

 ちらりと彼らが消えた方向に視線をやって、執事(バトラー)の男性も頷く。


「どうにもキナ臭いな。調べて、それが確実なようなら俺のチームから、何人か偵察に出しておく」

「ええ。お願いします。必要であればここのギルドで冒険者を雇っても構いません」

 決然とした顔で言い切る執事(バトラー)に向かって、そうさせてもらう、と厳しい顔で頷くノーマン。


「ノーマン隊長っ。ジルを探しに行くなら、俺もそっちへ付いていきます!」

 意気込んで身を乗り出す少年を、

「半人前は邪魔だ」

 にべもなく拒否するノーマン。


「だいたいお嬢ちゃんが戻ってきた時に、お前が逆に行方不明になっていたら洒落にならん。大人しく街中で聞き込みをしていろ」


 面倒臭そうに命令されて歯噛みする少年の隣で、額のところにサークレットを付けた小柄で細身の少年(?)が、どうにも腑に落ちない顔で先ほど通り過ぎた貴族らしい男女が曲がった角を見ながら、誰にも聞こえないような小声で呟いた。


「あっちの男の子って、男物の貴族服を着てたけど、もしかして僕と同じ……?」


 次々に飛ばされる指示に従って、今度こそ各自が持ち場に急ぐ。少年達も再び街中へと早足で急ぎ戻った。

 そうしながら、サークレットの少年にはなぜか先ほどの貴族達の姿が、妙に印象に残ったのだった。




 ◆◇◆◇




 表面上は平然としながらも、密かにセラヴィは焦りを覚えていた。


(――マズイな。群れの圧力が増した)


 群れの大半が全滅したことと、大半の発情した魔物の目当てだった魅力的な人間の少女が、この場から連れ去られたことで、確実に勢いが減じ……なぜか一部熱い視線を送ってくるオスを除いて――連中のことを考えると自然に尻の辺りがキュッと緊張する――投げ遣りになりかけていた豚鬼(オーク)をはじめとする魔物達の士気が、この自称『豚鬼姫(オーク・プリンセス)ティアナ』の登場で一気に盛り返された。


「ブフォーッ!!」

「グッグッグッ」

「グロワグロワ!」

「オインク、オインクッ!」


 一斉に咆哮を放つ豚鬼(オーク)達のただ中で、心地よさ気に胸を張って、片手を挙げてそれに応える豚鬼姫(オーク・プリンセス)


『ブヒイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!』


 凄まじい咆え声……おそらくは彼女(?)を讃える歓声なのだろう。


「ブㇷブㇷブㇷ。ソウ…私ハ美シイ。コノヨウナ呪ワレタ姿デアッテモ、スベテノ雄ガ私ヲ崇メル程二。ナラバ魔法ガ解ケタ時ニハ、世界中ノドンナ美姫ヨリ美シイ私ガ甦ルノヨ! 天ヨリモ星ヨリモ……噂ノ薔薇ノ姫ヤラ蘭花(カトレア)ノ姫ダッテ、色褪セテ萎レル事デショウ!」


 傲然と言い切る豚鬼姫(オーク・プリンセス)の大胆不敵な言葉を受けて、魔物の群れが一斉に追従の叫びをあげる。


 あまりにも身のほど知らずの大言壮語に、流石にマイペースなセラヴィの眉でさえ顰められた。

 蘭花(カトレア)の姫といえば、聖女教団――否、リビティウムの代表する美姫であり、さらに薔薇の姫といえば、畏れ多くも伝説の聖女様の別称でもある。断じて豚鬼(オーク)如きに引き合いに出される名前ではない。




 ◆◇◆◇




 自分の顔が憮然と強張るのが自覚できました。

 覚えのない母親とは言え母親は母親。豚の頭領なんかに馬鹿にされるいわれはありません。

「……商人さん。この縄解いていただけませんか? ちょっとあの豚に世間を教えてあげたいので」


 押し殺した声での私の懇願に、黒髪の商人さんが背負っていた荷物を、足場にしている枝にぶら下げると、これまでにないほどにこやかな――本当に一点の曇りもない笑みを浮かべて、明るい声で答えました。


「あっはっはっはっはっ。いやいや、それには及びませんわ。ジル嬢ちゃんが手を下すまでもない相手ですので、一区切りついたら確実に始末しておきますわ。――存在の痕跡も残さずに。ははははははっ」


 何が楽しいのか快活に笑いながら、自由になった両肩を揉みほぐして、さらに軽く屈伸を始める商人さん。

 ふと気が付くと、その様子を見ていたシャトンの血の気が引いて、強張った顔でえっちらおっちら運動している商人さんから距離を置こうとしていました。


 私にだけ聞こえるくらいの声で、誰に言うともなく独りごちます。

「……初めてです」

「?」

「ボスに拾われて6年経ちますが、これほど問答無用で怒り狂っているボスを見るのは初めてです」

「――え……っ?」


 反射的に180度首を巡らせ、再度商人さんの顔を見ました。

 相変わらずのほほーんと笑っているようにしか見えませんが……あ、おでこに青筋が浮いていますね。何が逆鱗か、つくづくわかりにくい人です。


「ホントはあの神童君を適当にボコったところで、掻っ攫って豚の女将(おかみ)は放置する予定だったんですけどねー。銭にもならんし」

 独りごちながらその場でシャドーボクシングを始める商人さん。なんちゃってかと思いきや、やたらと本格的なシャドーです。

「しかしアレは言ってはならんことを口に出しましたんで。……吐いた唾は呑めんってとこですなあ」


「できれば私の手で思い知らせてやりたいのですけど……」


「こればっかりは駄目ですなあ」

 朗らかに笑いながらも断固として拒絶する商人さん。それから、シャドーの手を休めないまま、何気ない様子で付け加えました。

「それにジル嬢ちゃん。口では強がってますけど、さっきの戦いで結構、気持ちが落ち込んでるんじゃないですか? なら悪いことは言いません。ちょいと休んでいたほうがいいですよ。そんな覚悟で望んだら、早晩命を落としますから」


「――――っ!?!」

 考えてもいなかった……いえ、戦っている最中は無我夢中で、考えないようにしていたそのことを、あっさり指摘されて私の呼吸が一瞬止まりました。


「別に珍しいこっちゃないですよ。こんな世界っていったところで、そうそう敵意や殺意を向けられることはないでしょうからな。落ち着いたらビビるのが当然ですわ」

「…………」


 先ほどの群れを成して襲い掛かってきた豚鬼(オーク)達の姿を思い出しました。豚鬼(オーク)はほぼ人間の成人男性程度、犬精鬼(コボルト)は幼稚園児程度、小鬼(ゴブリン)は小学高学年ほどの体格と体重でしょうか。いずれも手足が発達していて石斧や、青銅製の剣を握って襲い掛かってきました。

 動きは直線的で、あくまで我武者羅(がむしゃら)に武器を振るうだけの、前世の道場で稽古をつけてくれた師匠や師範、先輩たちに比べればお話にならない見え見えの攻撃でした。ですが、いまこうして私の心に重く圧し掛かり、ともすればへし折ろうとしているのは、そこに込められていた殺意であり、紛う方なき彼らの悪意です。


 先ほどまでの戦闘。あれが魔術による距離をおいての攻撃ではなく、互いに剣を持っての斬り合いであったのなら、私はおそらく途中で死んで――殺されていたことでしょう。確実に。


 こうして安全地帯に連れてこられて落ち着いたところで、私は卒然と理解しました。この世界は優しいだけではない。常に殺意が向けられる場所であり、それを理解し甘受せねば生き残れない場所なのだと。


 だらりとロープで吊り下げられながら、私は少し前にセラヴィに向かって言った言葉を思い出しました。


 ――流石に人間を殺すとかなれば、相手が悪人であっても躊躇するとは思いますし、人型の魔物相手でも二の足を踏む可能性が高いかと思いますので、偉そうには言えませんけれど。


 それに対する、セラヴィの返答は確か、

 ――それは人間として当然のことだろう。平然と人間やそれに近いものを殺せるような奴はマトモじゃないさ。

 という至極真っ当なものだったと思います。


 実際には躊躇したのは最初だけで、後はいつの間にか慣れたように感じていました。それに、小鬼(ゴブリン)程度なら闇の森(テネブラエ・ネムス)でも相手をしていましたし、いまさら恐怖や罪悪感を感じることはないと思っていたのですけれど……なぜ、いまになってこうまで腰が引けているのか自分でも不思議です。


 そんな私の顔を見て、シャドーを止めた商人さんが訳知り顔で、頬の辺りを掻きながら付け加えました。

「世間は不条理で世界は残酷なんですけど、いっぺんに理解するには嬢ちゃんはちょっと優しすぎて強すぎますからなあ」


 私を通して誰か別な人を見ているような、不思議な口調でのその言葉に、私は「……よくわかりません」と首を傾げました。

ここまでほぼ下書きなしで一気に書きましたので、後から大幅に修正するかもです。


3/26 脱字修正しました。

×だいたいお嬢ちゃん戻ってきた時に→○だいたいお嬢ちゃんが戻ってきた時に

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