囚われのお姫様と四面楚歌の神官
商人さん再登場ですけど、基本は裏方です。
それと作中の似非関西弁は、彼のキャラを胡散臭くさせるための小道具として敢えて無茶な方言としました(裏設定ですが、彼はそもそも標準語の人間です)。
これによりご不快になられた方がおられましたら謝罪いたします。
神官である少年と魔女の少女が背中合わせになって魔術を連射し、正確無比なその攻撃が襲い来る津波のような勢いの豚鬼の大軍を次々と屠る。
恐れを知らぬ魔物達は仲間の死体を踏み越え、或いは盾にして2人の元へとたどり着こうとする。その勢いに押されて、十重二十重にある2メルト以上もある魔術でできた空堀や土壁も、たちまち積み重なる死体や、仲間を足蹴に前進してくる後続で埋まりそうになる……が、そこへすかさず、牡牛程もある体躯の天狼が躍り掛かり、戦場を縦横無尽に走り回りながら、文字通り鎧袖一触でまだ息のある敵や、撃ち漏らした魔物を仕留める。
そのついでとばかりに、首の一振りで邪魔になりそうな死体の山を、かんだ後の鼻紙でも捨てるような気安さと力加減とで、森の遥か彼方へと放り投げるのだった。
さながら一連の流れ作業のような光景が、そこに繰り広げられていた。
「――あかん。完全に負けパターンに嵌った感じだわ。なんぼ数が多くても無限ってわけじゃないからなあ……。こりゃ遠からず豚鬼の方が弾切れになるな。まったく……こっちで指示してやらんと、ホントに本能でしか動かんなあ。指示待ち人間より使えんわ」
観客席でエール片手に、贔屓のカケットチームの不甲斐ない試合っぷりにヤジを飛ばすオヤジのような口調で、黒髪の商人風の男が豚鬼の群れに向かって、聞こえるわけのない檄を飛ばしていた。
見た感じどこにでもいそうな黒髪で年齢不詳の行商人風の男だが、街道から外れた森の一際太くて高い木の先端に近い枝に両足を付けて、危なげなく中腰になっているその姿は、断じてどこにでもある光景ではない。……とは言え、こんな場所を注目している者など、どこにもいなかったが。
他に居るものといえば、男の隣にいる13~14歳ほどの無表情な少女くらいなものである。
少女は顔一杯に『お義理』と書かれた気だるげな風情で、男と同じ方向を見詰めながら、所在無げに両足をブラブラさせていた。
そこそこ整った顔立ちの白髪ショートカットの少女だが、どこか達観したような感情の読めない表情のため、積極的に他者に訴える華やかさに欠けて見える。例えるなら主役の花を彩るカスミソウといったとこだろうか。
また、着ているものも飾り気のないブラウスにショートズボンというあっさりしたモノであり、愛嬌の類は皆無だが、ただ一つ当人の無表情さを補うかのように、頭の上に鎮座しているネコ耳が、ひょこひょこと盛んに動き回っていた。
「……確かに予想外でしたね。神童はともかく、あの魔女があれ程の使い手だとは思いませんでした。阿呆みたいな巨乳と天然っぽい見た目に騙されました」
動くたびにたわわに揺れる双丘を眺めながら、冷ややかに評価を下す猫の獣人らしい少女。ちなみに彼女の胸元は年相応で、いまだ未知の可能性を秘めたままである。
「いや、自分としては神童君の実力を過小評価してたわ。ジルちゃんの実力は疑いようもなかったんやけど、手加減しているとはいえあの子に並んで戦える程とは思わんかったわ」
秒速16連撃で【氷弾】を連射している美少女にも負けない勢いで、手にした御札を消費して、収まりの悪い髪をした平凡な容姿の少年が、【雷撃】の魔術を同時起動している。
「ジルちゃんに比べれば魔力量も密度も段違いに下だっていうのに、もともと符に仕込んでおいた魔力をバッチ処理で起動させることで補うとは、大した発想やわ。大方、ビンボーで高価な魔法杖や魔術具を買えんかったから、代用として符を使っているんだろうけど……ひょっとしたら、今後はこのやり方が主流になるかも知れんな」
しみじみ感心した口調で、恐れ気もなく豚鬼に立ち向かう少年の様子を眺めて口元をほころばせる男。
通常、符は魔術の補助具にしか過ぎず、威力は低い、応用は利かない、使い捨てで非効率的と欠点ばかりが論われるが、数があれば連射が利く、術の発動が早い、個人の技量に関わりなく常に一定の効果が表れると長所も多い。
偶然の産物か、もともと狙ってのものかはわからないが、今後は個人の技量に左右される魔術よりも、こうした道具を使った魔術の方が主流になるのは必然の流れではないか……と、黒髪の男は素早く算盤を弾いて苦笑いを浮かべた。
(お嬢…『紅』はそういう画一化とか無個性なのは嫌うだろうけどな。「一律になるなんて面白くないねぇ。いろいろあるから面白いものを」とか言って不機嫌になるのが目に見えるようやわ)
「どうしましたボス? 普段からしまりのない顔が10割増しで崩れてますよ」
「ふむ、魅力が半減か……なら絶世の美男子から世界一の美男子へとランクダウンってことかな」
「――はっ!」
表情を変えないまま、大仰に肩をすくめて辛辣に鼻で笑うネコ耳少女。
「……おまいね。仮にも世界の半分――闇の世界を支配する男に対して、その態度はないんじゃないの? 泣くぞ」
「いい年こいて泣かないでください。鬱陶しいので」
本気で嫌そうな顔で、しっしと手を振る少女。
「前から思っていたけど、シャトン……おまい、自分に対する尊敬や畏怖が足りんと違うか? 『シルエット』っていえば、どんな悪党でもその名前を聞いただけで震えあがる、闇の支配者なんだぞ、おい」
「そんなことないですよ、ボス。きちんと給料分の敬意と忠誠は誓っていますからご安心ください。それ以上は今後の給料次第ですけど。――それはともかく、今回の小細工は出張費用と残業代は出るんでしょうか?」
「あっさりスルーするな、おい。……そっちは、いつも通りの成功報酬やな。まあ、失敗したり裏切ったりした場合には“確実な死”をってことになるけど。――いかにも悪の組織っぽいねえ」
恫喝でもなんでもない、飄々とした口調で言い切る男の言葉に、軽く眉を寄せて考え込んだ『シャトン』と呼ばれた少女は、みるみる数を減らしていく豚鬼の群れに視線をやり、もう一度考え込んで視線を傍らの男に向けた。
片手を挙げ、
「参考までに聞きますが。辞表の提出はこの場でも可能でしょうか?」
「んにゃ。総務に提出して決裁が回ってからになるんで、半月くらいかかると思うわー……で、それが何か?」
「いえ、なんでもありません」
「ついでに言うと辞表を郵送した場合は、遡らずに受理日から処理になるんで、あんじょうよろしゅう」
「……イエス、ボス」
何かを吹っ切った顔で頷いたシャトンは、U字型の槍の先のような金属棒を取り出して、指先で軽く弾いた。
人の耳には捉えられない震動がそこから放たれ、その音にならない音を聞きつけた天狼が、怪訝な様子でその方向を伺い、同時に魔物たちの群れの後方に控えていた巨大な影が、ゆっくりと動き出したのだった。
◆◇◆◇
こんなやり方があったのね!
セラヴィの魔術スタイルを見て、私の目からウロコが落ちました。
前もって使い捨ての魔術回路を外部媒体――この場合は紙に魔石を砕いた粉を混ぜた墨で描いた魔法陣の類になります――に記録しておいて、最低限の起動用魔力で解放させる。解放された瞬間に御札は耐え切れずに破裂してしまいますが、魔力と魔術式が一瞬だけ空間に満ちた魔素を反応させ、魔術として効果を表します。
一瞬だけの発動ですから、威力は低いですし、方向性も固定されてしまいますので応用は利きませんが、その分は手数と速度で補う形となります。
「糞っ、四か月かけて作ったカードが半分も残ってない。魔法具店に持ち込めば1枚最低でも銀貨2枚になるってのに、もう三百枚は使ったから……金貨20枚ってところか。大赤字もいいところだ」
忌々しげに吐き捨てるセラヴィの苦言が後ろから聞こえます。
お互いに死角を補う形で背中合わせになった格好のまま、私は背中越しに提案しました。
「後でそのカードの作り方を教えてくれるのでしたら、お礼に帝国金貨で40枚差し上げますけど?」
確か皇国金貨よりも帝国金貨の方が若干、通貨価値が高い筈ですので(感覚的なものですが帝国金貨1枚=30,000円に対して、皇国金貨1枚=26,000円くらいです)、これからさらに倍のカードを使うことを含めて考えても、十分な穴埋めになる筈です。
なお、提示したお金はすべて私のポケットマネーになります。『ルタンドゥテ』で出しているお菓子のレシピ料やエルフの里からの葡萄酒、メープルシロップの儲けに対する手数料、肥料その他について研究したレポートの特許料などが元になっています。……あらっ、私ってひょっとして自力で働かなくても、一生暮らしていける身の上なのではないでしょうか?
……まあそういう怠惰な生活は性に合わないですのでやりませんけれど。
「……50枚」
「43枚ではいかがでしょうか?」
「間を取って47枚でどうだ?」
「微妙にそちらに有利な気もしますけれど、ならば45枚で手を打ちましょう」
「――貴族のお嬢様が随分と細かく交渉してくるなァ」
「――聖職者が金銭に拘るのも見苦しいと思いませんこと?」
「「………」」
結局、双方の歩み寄りで金貨46枚と、皇都に開店予定の喫茶店『ルタンドゥテ3号店』の食事券20枚綴りとの交換で落ち着きました。
「それでは、この騒ぎを無事に切り抜けましたら、カードの作り方と使い方を教えていただくということで、約束ですよ?」
ちなみに2号店は先ごろ帝国の首都コンワルリスに開店して、連日押すな押すなの盛況だそうです。
それはそれとしまして、
「流石にそろそろ勢いがなくなってきたかな?」
押し寄せる豚鬼達の圧力が減じてきたのを私同様に感じ取ったのでしょう、いくらかホッとした口調でセラヴィが軽く首を傾げました。
「そうですわね。これまでのところ出てきた魔物は、『犬精鬼』に『小鬼』、そして『豚鬼』のようですので、仮にこれらを率いている『統率個体』が居るとしても、この3種の上位個体でしょうね」
まあ、魔物ではなくて魔術師か魔物使いが使役しているという可能性もありますけれど、と念の為付け加えます。
世の中一番怖いのは人間ですからね。最終的に人間の一番の敵は、やはり人間なのではないでしょうか。
ですが、私のその懸念をセラヴィは即座に頭を振って否定しました。
「いや、人間が背後に控えている可能性は低いんじゃないかな。この力押しのやり方といい、損耗率を考えない遮二無二なだけの攻撃方法といい、仮に人間なら軍事のイロハも知らないド素人……というのは流石に考え難いので、連中の頭も魔物だろう」
と、その推測に応えるように、不意に魔物達の後方から、これまでの豚鬼達とは比較にならない、野太い咆哮が響き渡ってきました。
「噂をすれば――来るか!?」
「やっとボスのお出ましかしら?」
「真打登場。そういうことですなー」
揃って身構えたその瞬間――まったく気配を感じさせずに、第三者の声が自然な感じで相槌を打ち、
「「……え?」」
どこかで聞き覚えのあるその声の出所を確認するよりも早く、私の全身が見えない“何か”にグルグル巻きに縛られ一瞬で拘束されたのと同時に、何もない空中から湧き出すように一人の男性が現れました。
「斬るも縛るも自由自在、蜘蛛の糸より細くて鋼よりも丈夫な“バイパー・テイル”。余計な力を込めると体が輪切りになるんで、じっとしていた方が利口ってもんですよ、ジル嬢ちゃん」
「貴方は……?! ――いつかの行商人のおじさん!!」
いつの間にか私たちの傍らに立っていた、黒髪、細目で背中に唐草模様の袋に入った大荷物を背負った男性。その特徴のないのが特徴のような彼――ずいぶんと久しぶりですけれど、忘れるわけもないフィーアの卵を譲ってくださった怪しい商人さん――の姿に、唯一動く口から困惑と驚愕の混じった声が漏れます。
身をよじることも出来ず、力なく手からこぼれた魔法杖が足元に転がりました。
「そこは、“お兄さん”と言って欲しいところですなあ」
朗らかに笑う商人の自称お兄さん。
最後に別れた時と同じ、恰好だけを見れば行商の途中のようですが、こんな場所で商売も何もあったものではないでしょう。偶然通りかかったと言うのは説得力がありませんし、そもそも不意打ちで私を拘束した意味が不明です。
「何者だ、お前は?!」
弾かれたように距離を置いてカードを構えるセラヴィ。
それと入れ替わるようにして、
『悪い奴! ふぃーあ、マスターを助ける!』
フィーアが一声叫んで、躊躇なく彼に飛び掛かります。
「……飼い犬に噛まれるとはこういうことかいな? まあ、当時は卵だったし覚えてないか」
やれやれ……という感じで肩をすくめた彼の余裕に、反射的にフィーアに警戒を促す声を掛け――る間もなく、まるで彼と言う人間を中心にして“影”が生まれたかのように、一瞬にして視界が黒に塗りつぶされ、
「「???」」
セラヴィと二人、揃って狐に抓まれたかのような顔で瞬きをしたその時には、目の前まで迫っていたフィーアの姿がまるで煙のように消えていたのでした。
「そんな――っ!?」
「従魔はちょいと隔離させていただきました。終わったらきちんと戻しますので、安心してください」
「“影”の系統魔術か? 発動の瞬間も魔力も感じなかったが……」
険しい目で私を拘束したまま背後に立つ商人さんを、値踏みするかのように見据えるセラヴィ。
「まあ、そのあたりは年季の差と企業秘密というところで。――あと申し訳ありませんけど、ジル嬢ちゃんにはちょいと自分と一緒にこの場から離れてもらいます。ああ、別に嬢ちゃんが目的ではないので、大人しくしていれば何もしませんから」
誰にともなくそう言う商人さん。
「……つまり、俺が目的って訳か?」
唸るように確認するセラヴィに向かって、わざとらしく立てた人差し指を振って見せます。
「チッチッチッチッ、それは守秘義務があるので黙秘しますわ。――まあ、しばらく自分らは舞台から離れますんで、残り半分ちょいと気張って頑張ってや。お兄さん的には追い詰められた神童君が、内に秘めた中二病的な能力に覚醒して、無双する展開を期待したりするんでヨロシク!」
言いたいことだけ言った商人さんが、身動きの取れない――ちょっとでも動こうとするとたちまちスパスパ肌が切れます。密かに治癒術で治してはいますけれど、力加減を間違えると本気でロースハム状になりそうな気配が濃厚です――私の腰を片手で掴んで抱き寄せた瞬間、ビョ―――ンとバネ仕掛けのように二人揃って、魔物達の頭の上を飛び越え、何処とも知れない森の中へと運ばれて行くのでした。
魔物の群れの中で、一人取り残されるセラヴィの姿がたちまち小さくなっていきます。
「ちょっ――ちょっと!? 何をするんですか! はなして…はなしてくださいっ!!」
「むかしむかしあるところに……」
「そうじゃなくて!」
必死の叫びにもマイペースを崩すことなく、商人さんは私を抱えたまま、鬱蒼とした森の間をまるで風のように駆けて行くのでした。
ジルをツッコミ役にさせるだけでも、彼の凄さが垣間見えるというものです(`・д´・ ;)
明日は全体的な誤字・脱字の修正を行いますので(とってもたくさん♪)、次回の更新は21日(金)夜の予定です。