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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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春の街道と夏の思い出

昨日の更新内容と話の順番が前後します。

 街道沿いに半日ほど歩いて来ましたが、これといって異常はありませんでした。

 無論、街道だというのに半日も歩いて誰とも行き会わない、という異常はありましたけれど、これは当初からの想定の範囲内です。


 冒険者ギルドの説明では、確認されているだけで最初に行方不明になったと判明しているのは、1巡週ほど前に隣町を出発した3両編成の商人の獣車だそうです。

 せいぜい3日の道程のはずが、予定の日程を数日過ぎても到着しなかったことから、荷物を受け取る予定だった側の商人が、隣町まで連絡用のカエメ鳥(見た目は目付きの悪い九官鳥のような鳥ですが、伝書鳩のように場所を覚えさせて行き来させられる上に、簡単な言葉を吹き込むとオウム返しに繰り返してくれます)を飛ばして確認したところ、件の商人が1巡週前に出発していたことがわかりました。当然、大騒ぎです。


 運んでいた荷物は魔術で冷凍した生鮮食品でしたので、普通に考えれば1巡週もウロウロしている訳もありません(藁などで保冷しても3日程度しか保ちません)。故に途中で事故なり魔物なりに遭遇しているのではないか――ということで、急遽、ギルドに依頼を出して現地の確認をすることとなりました。


 この段階ではギルドもルーチンワークの範疇内でさほど事態を重視せずに、足の速い騎鳥(エミュー)に乗ったEクラスの冒険者2人組に現場の確認に行かせたそうです。


 ところが2~3日経過してもこの二人も戻らず、それどころか隣町に通じる街道から来る者も、こちらから出発した者も、まるで神隠しにあったかのように忽然と消息を絶ってしまいました。


 流石に焦燥に駆られたギルドと町の有力者が共同で捜索隊を編成して、何かあったら即座にカエメ鳥で連絡を寄越すか、仮に何も発見できなくても翌日までに町に引き返すことを厳命した上で、捜索隊を編成して出発させたのが一昨日の午前中だそうです。

 結果は大方の予想通り……これすら何の音沙汰もないまま、現在へ至るという訳です。


 ちょっとしたミステリーのようですが、こうして実際に現地を歩いて見たところでは、単なる長閑な田舎道にしか思えません。

 麗らかな春の日差しは暑過ぎず寒過ぎず、微風がそよそよと街道を通り過ぎ、耳を澄ませば小鳥が囀り、どこかで豚がブーッと鳴いている声が聞こえてきます。


「……?」

 最後、何か不自然な部分があったような気もしましたけれど、特に私の魔力探知(サーチ)に引っ掛かるような異常はありません。豚に似ていましたけれど、きっと他の生物の鳴き声なのでしょう。蛙とか、熊の鳴き声は案外豚に似ているとも言いますから……。


「どうかしたか?」

「いえ、気のせいですわ。……そういえばもうお昼は過ぎていますわね。歩き通しでお疲れでしょう。一休みをして昼食にしませんか?」


 フィーアもいますし、何かあった時の為に町に一頭でも馬や騎獣がいた方が良いのでは……という判断で、私たちは歩きで来ました――馬を操る訓練など受けたことがないので、預けられても困ります――が、いちいち周囲を警戒しながら歩いていたため、思ったよりも距離を延ばすことができませんでした。

 その為、後半はひたすら先へと進んだ結果、街道に点在する休憩所を素通りして、中途半端な地点でお昼を迎えることになりました。


 さすがに昼食抜きで歩き通すのはお勧めできませんし、焦っても碌な結果になるとも思えませんでしたので、そう提案したところセラヴィ司祭も同意してくれたので、街道の近くの見通しの良い草原で休憩をすることにしました。


 セラヴィ司祭が「焚火の準備をしておいてくれ。何か()ってくる」と短剣片手に森の中へと入って行ったので、私はフィーアに周囲の警戒をしてもらって、その間に薪を集めて地面に穴を掘って、適当な石で火を熾す為の基石を組みました。


 火を熾して、その上に【収納(クローズ)】で仕舞っておいた鍋を乗せ、同じく陶器製の壷から清水を注いで準備万端です。

 そこへセラヴィ司祭が一角兎(ホーンラビッド)を2羽仕留めて戻ってきました。


「何をするつもりなんだ?」

 耳を掴んで提げたまま怪訝な顔をするセラヴィ司祭。


「料理ですけど? セラヴィ司祭様こそどうやって食べるつもりでしたの?」

「セラヴィでいい。――普通に皮を剥いで焼いて食べるつもりだったんだけど……」


 男料理ですわね。そういうのも嫌いではありません。嫌いではありませんが、

「どうせ食べるのなら美味しい方が良いので、ちょっと手を加えても宜しいでしょうか?」

「……できるのか?」

「多少は。流石に厨房で料理をするようには行きませんけれど」


 半信半疑といった顔のセラヴィから一角兎(ホーンラビット)を受け取った私は、小ぶりの『竜牙の短剣』を取り出して素早く血抜きをして、皮を剥いで腹を開いて内臓(はらわた)を取ってから、バラしました。ちなみに内臓(はらわた)は、フィーアが一口で処分してくれます。


 手持ちの豆や香草、ここに来る前に南方の【転移門(テレポーター)】と【転移魔法陣(シフトポーター)】が設置してある港町で手に入れた乾燥させた海草、野菜を鍋に入れると、たちまち水を吸って元の形を取り戻しました。

 それから一角兎(ホーンラビット)の肉に塩、胡椒、生姜などをまぶして下拵えをして、鍋の中に放り込んで、適当な木の枝を削って作った即席の木杓子(オタマ)で念入りに灰汁取りをしながらかき混ぜます。


「驚いた。随分と手際が良いんだな」

 物珍しげに私の手元と鍋の中を覗き込んでいたセラヴィが感心した顔で、そんな感想を口に出しました。

「貴族のお嬢様なんて血を見ただけでも卒倒するような、やたら繊細な人種だと思ってたんだけど」


 まあ、実際のところ大仰ではなく貴族社会はそれが普通らしいです。聞いた話では、血どころか下品な言葉を聞いただけで卒倒する御令嬢も数多いとか。その為に普段から気付け薬を常備しているとかですので、煽り属性ゼロどころかマイナスですわね。


「まあ、私はいろいろと理由があって、か弱い乙女では居られない立場ですので……この程度はどうということはないですわ。――とはいえ流石に人間を殺すとかなれば、相手が悪人であっても躊躇するとは思いますし、人型の魔物相手でも二の足を踏む可能性が高いかと思いますので、偉そうには言えませんけれど」


 軽く肩をすくめての私の愚痴に対して、

「それは人間として当然のことだろう。平然と人間やそれに近いものを殺せるような奴はマトモじゃないさ」

 セラヴィに気負いのない様子で、諭すわけでもなく、日常会話の延長のような感じでそう言われて、なんとなく肩の力がすっと抜けていくような気がしました。


 程なく鍋から湯気と一緒に芳香が漂い出し、私はシチューの出来上がりに満足しながら、麵麭(パン)とチーズの塊を取り出して、適当な大きさに切って焚火の傍に置きました。


「凄い……ご馳走だな」


 ごくりと唾を飲み込んだセラヴィの年相応の表情に密かに微笑を送りながら、私はシチューを掻き回す手を止めて、改めて彼とフィーアとに向き直りました。


「さあ、できましたので温かい内に食べましょう」




 ◆◇◆◇




「――で、俺とその子は一緒に丘の上で魔術の練習をして、次の日も遊ぶ約束を指切りして別れたんだ。ただ、結局うちの親父かお袋が告げ口したせいで、来れなくなったみたいだけど……」


 フィーアにも負けない勢いで、シチューの一滴、麵麭(パン)の一欠けらすら残さず、無言でお腹の中に収めたセラヴィが、食後の香茶(こうちゃ)を飲みながら、『むかし一度だけあった貴族の女の子』の話をゆったりと話してくれました。

 ちなみにフィーアはまだ物足りなかったようで、さっさと追加の食料を調達に街道を外れた森の中へと消えていきました。時たま、ブーブーキーキーと屠殺場の豚のような悲鳴が、風に乗って聞こえてくる気もしますけれど、多分気のせいでしょう。


 それは兎も角として、セラヴィの話を客観的に判断して、結論を下しました。

 特徴から言っても、その女の子というのは、まず私で間違いないでしょう。

 問題は……と、顎の下に人差し指を当てて記憶を探ります。


「……すみません、覚えていませんわ」

「――まあ仕方ないさ。子供の頃のそれも半日だけの事だからな」


 どこか透徹した瞳でそう微笑む少年の姿に、この上ない罪悪感が湧き起ります。

 それは確かに、幼い時のほんのひと時の出来事らしいですから、覚えていないのが普通かも知れませんが、相手がそれをきっちり覚えているのに、こちらがすっきりと忘れているのは、どうにも薄情な気がして――まあ、実際“シルティアーナ”にとっては、本当にどうでもいい日常の一コマだったのでしょうね――いたたまれません。


(……なにやってたのよ、シルティアーナ(わたくし)は!)


 そういえば避暑地に来ても家族は誰もいない、一人で出歩くのも禁止されていたのですが、塀の隙間とか生垣の下とか通って――5歳くらいまでは比較的痩せていた記憶があります――外に遊びに行くような、結構アグレッシブな子供だった気もします(まあ現在の『私』という前世の記憶が含まれた意識が上書きされているので、あくまで情報として把握しているだけですが)。

 それに、まだあの当時は『ブタクサ姫』ではなくて、容姿に関しても天使だ妖精だと周囲からチヤホヤされていたような……。


「……ああ、そうだわ。母が亡くなったら、いきなり侍女や乳母たちが総入れ替えになって、食生活が高カロリーに一変して、なんか気が付いたら『ブタ』『ブタクサ』言われるようになったのよねえ」


 悄然と肩を落とす私を見て、忘れてしまったことで罪悪感を感じていると思ったのでしょう、セラヴィは「気にするな」と、ぶっきら棒に気遣ってくれました。


「とは言われましても、貴方の初恋の思い出を台無しにしてしまったようですので……」

 心苦しいですわ、と。ため息混じりに続けた途端、危うくセラヴィが、飲んでいたお茶を吹き出しかけます。


「げほげほっ! 初恋ぃ?! 何を言ってるんだお前は!?」

「――? 違いますか。お話を聞いた限りではそのように感じられたのですけど?」


 現在の私にとっては他人事も同じですので、割と客観的に判断できます。


「~~~っ。子供の頃の話だ。そんなこと意識したこともないぞ!」


 ですので物凄い勢いでテンパっているセラヴィの尖った態度も微笑ましく思えました。


「くすくす。案外自分では気が付かないものですよ。まあ私くらいになると人の機微や恋愛感情には敏感なので、すぐにわかりますけど」




 ◆◇◆◇




 帝国謹製魔導帆船『エロイカ号』の贅を凝らした貴賓室。

 一人だけでテーブルに座って、どこか気怠げな様子で新鮮な魚介類を使った昼食を食べていたルーカス公子は、その瞬間、突如脳裏に走った衝動に従って背筋を伸ばし、どことも知れぬ方角へ向けて、全力でツッコミの叫びを上げていた。


「――異議ありっ!!」




 ◆◇◆◇




 セラヴィが何かさらに言い返そうとしたその瞬間、森の中から何かを咥えたフィーアが戻ってきました。

 フィーアに噛まれ引っかかれたようで、結構な重傷を負いながらもジタバタ暴れるそれは――。


「……豚?」

豚鬼(オーク)だ、豚鬼(オーク)!」

 訂正するセラヴィに指摘されるまま見ると、確かに豚にはありえない五指の生えた手足が付いています。


「珍しいな。街道の辺りの小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)は定期的に駆除されているから、滅多に見ない筈だけど」


 と、森の奥から棍棒やら石器やらを持った豚鬼(オーク)が、10匹ばかりわらわらと湧いてきました。

「結構数がいるみたいですけど、この豚が事件の犯人じゃないかしら?」


「まさか。たかだか豚鬼(オーク)の10匹や20匹位で冒険者の集団がやられる訳が――」

 その言葉が終わらない内に、周囲を覆う森の木立のそこかしこから、猛烈な豚の遠吠えが響いてきました。


 同時に、森の精霊が私の周りにやって来て口々に危険を教えてくれます。

『ここ危ない』

『強い魔物が1匹』

『弱い魔物はたくさん』

『怖い怖い』

『ニンゲン食べられた』

『逃げる逃げる』


「どういうこと? 何がいるの?」

 精霊達に尋ねると、互いに顔を見合わせた彼らは、次の瞬間一斉に唱和し始めました。


『ブタ』

『ブタ』

『ブタ』

 ひくり……と、私のコメカミの辺りに青筋が浮かび、それを見て精霊達がなにげに面白がって、さらに囃し立てます。

『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』『ブタ』


「…………っ。誰が豚よっ!!!」

「なんだなんだ?!」


 いきなりリミッターが振り切れた私の絶叫を受けて、目を白黒させるセラヴィ。その声を聞きつけた訳ではないでしょうけれど、次の瞬間、森の中から豚鬼(オーク)が雪崩を打って飛び出してきました。



 ――そうして、現状へと至るのでした。

3/16 誤字の訂正をしました。

×ラビッド→○ラビット

指摘されて「ラビッド」で検索したらエライことになりました(;´Д`A

3/23 表現を変更いたしました。

×見通しの良い草原で野営をすることに→○見通しの良い草原で休憩をすることに

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