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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第三章 学園生ジュリア[13歳]
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豚鬼の狂騒とブタクサ姫の狂乱

 じゃらり、と重い音がして衝立(ついたて)の向こう側から膨らんだ皮袋が、小窓を通してこちら側へと押し込められてきた。


 飾り気のない机の上で皮袋を無造作に引っ繰り返した男は、角燈(ランタン)の明かりに眩く輝く中身を確認して、軽く口笛を吹きながら【鑑定】を行い、間違いなく皇国金貨であるのを確認して満足げに頷いた。

「これはこれは……たかだか子供一人に対して、随分と気張りましたなあ」


「……我らが救い手である聖女様は寛容で寛大だ。その使徒が吝嗇(りんしょく)な訳があるまい。出し惜しみはせんよ」


 衝立の向こう側から、中年助祭の傲然とした声がそれに応じる。顔は見えないが偉そうに反り返っている様子が、ありありと想像できる口調であった。


(自分の金でもないくせに良く言う……)

 そう思ったが、勿論口には出さない。


 こうして直接の窓口に立っているのは聖女教団の助祭を名乗るこの男だが、実際にその背後に立っているのは更に上の立場の人間であるのは容易に想像が付く(と言うか事前に確認している)。

 つまりはこの男は単なる仲介役に過ぎず、さらに元をただせば、この金は信者からの寄進やお布施、或いは賄賂の類いが、教団の上層部へ上納される途中で個人の懐へと、いつの間にか転がり込んだものだろう。


(浄財の筈がこうして表に出せない使われ方をされ、なおかつ罪を懺悔、告解する場所である懺悔室が、密談の場になっているのを知れば、聖女様もさぞかし苦い顔をするだろうが……まあ金に綺麗も汚いもないのでどうでもいいことか)


 そんな考えはおくびにも出さないようにして、男は従容(しょうよう)とした態度を崩さずに、金貨を袋に詰め直して自分の懐へと収めた。


「確かに受け取りました。それで依頼の方は、噂の『神童』を始末すれば良いんですか?」


 昼日向の教会、それも懺悔室で、しかも聖職者相手にその同類をあっさりと“殺すのか?”と確認する男と、その言葉に対して、一切動じることなく「そうだな」と頷く依頼主。


 頷く途中で、ふと思い直して(かぶり)を振る気配がした。

「……いや、それは最終手段にした方が良いだろう。お坊ちゃま……いや、その、私の目的は奴の吠え面を拝むことらしい……いや、拝むことだ。簡単に始末しては面白みに欠ける。聖職者として、人間として失格だと烙印を押されるようなやり方はないか?」


 どっちが聖職者失格なのか……と思いつつ、男は「そういうことでしたら」と考え込む素振りをした。

「確か資料だと件の『神童』は一旦故郷に里帰りしてから、その足で皇都へ向かうようですけど、あそこの街道は一本しかないので、そこに網を張って反応を見るようにしますわ」

「……どうするつもりだ?」

「あの近辺にいるのは下級の魔物ばかりですけど、最近になって『統率個体(リーダー)』が発生したようですので、こいつを上手いこと焚きつけて騒ぎを起こそうかと」

「『統率個体(リーダー)』だと?! まさか『王種(キング)』ではないだろうな?」


 中年助祭の口調が酢を飲んだようになる。

 通常の魔物はせいぜいが5~6匹、多くても50匹程度の群れを作るのが通例だが、稀に『王種(キング)』という極めて強力な個体が現れる場合がある。そうなると『王種(キング)』は周辺の同族の群れのみならず、他の魔物すらを併呑して組織立った行動を起こす――文字通り『王』を中心とした魔物の国を作るわけだ。

 そうなれば、もはや個別の冒険者程度では太刀打ちできなくなる。人間側も集団を組むか、軍隊を派遣しないと追い付かない。謂わばいきなり国内で戦争が起こるのと同義なのである。


「『王種(キング)』までは行かないと思いますが……まあ、近いのは生まれている気配はしますな。街道を通りかかる人間やら騎獣やら、見つからんよう手当たり次第に襲ってるようで、下級とはいえなかなか抜け目がない個体ですわ」

「大問題ではないか……!」


 顔は見えないが苦々しげな助祭に対して、男はあくまで気楽な態度と口調とで返す。

「まあ、所詮は下級の魔物なんで、せいぜいが個体としてB級程度ですから、冒険者でも徒党を組めばどうにかなるレベルでしょう。それに『進化』してからまださほど時間も経ってませんからね、邪魔なようなら別料金で潰しておきますけど?」

「………」


 それを判断して対価を支払う権限は助祭にはないのだろう。黙り込んだ彼に対して、軽い口調で男は続ける。

「何にせよその『神童』君の地元で、そうした騒ぎが起きて、そのタイミングで本人がいるとなれば、何もしなければ責任放棄でしょうし、何かするにしても流石に田舎街でどうにかできる話じゃないでしょうからね。どちらにせよ不備を突くには適当な口実なんじゃないですか? 万が一にも英雄気取りで飛び出してくるようなら、ちょいと痛めつけて……まあ、死なない程度のところで助けて、恩を売っても良いでしょうな」

「――ほぉ。ふ……ぅむ」


 衝立の向こう側で助祭が狡猾に目を光らせ、身を乗り出す気配がした。


「確認するが、その『統率個体(リーダー)』はお前なら何とかできるのだな?」

「訳ありませんな」

「……わかった。後の処置はこちらで再度協議するとして、まずはあの餓鬼を上手くそいつと噛み合わせるよう段取りをつけろ」

「へいへい……ただ、万が一にもその『神童』が、『統率個体(リーダー)』を斃す様な事があればどうします?」

「馬鹿馬鹿しい! それこそ御伽噺の勇者英雄でもあるまし、ちょいと小利口な程度の小僧一人でなにが出来るっ!」


 一笑に付す助祭の男に対して、懺悔室にいた黒髪の特徴のない商人風の青年は、へらへら笑いながら無言のまま軽く肩をすくめるだけだった。




 ◆◇◆◇




「にゃわああああああああああっ!!! 豚が、豚臭い、最低っ! 体臭が――体臭は豚よ!! 悪臭が染みるし、むせるし最悪っ! 消臭消臭っ! 熱湯消毒……じゃ足りないわ、滅菌よ! 汚物は消毒―っ!!」

「……なんだそれは?」


 鼻が曲がって目が痛くなるほどの悪臭の源、見るもオゾマシイ化物が、見渡す限り足の踏み場もない程辺り一杯を埋め尽くしています。


 どこにこれだけ隠れていたの?! 近くに養豚場でもあるわけ!? と絶叫したくなる程の数で迫り来る半人半獣の豚人間――いわゆる『豚鬼(オーク)』を前に、私はマッハの速度で取り出した(『収納(クローズ)』してあった私物です)洗濯バサミと香水瓶とで、鼻を抓んだり周囲に振り撒いたりしましたが、はっきり言って焼け石に水です。

 自分でも何を言っているのかわからねーと思うが……な意味不明の叫びをあげて、ほぼ狂騒状態となっていました。


「フヒーッ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒ」

 気が付けば、手にした魔法杖(スタッフ)の先端から、火炎放射器のような炎の柱が十数メルトに渡って轟々と噴出しています。


「……すごいな、これだけの魔術をこれだけ維持するなんて」

 感心した様子で目を凝らしつつ、懐から何枚かの紙の御札を取り出して構えるセラヴィ司祭。どうやら彼の魔術媒体はありがちな杖や杯などではなく、カードを使った符術がメインのようです。


 まあ、私はそれどころではなく、白銀の魔法杖(スタッフ)を縦横に振り回して、豚鬼(オーク)を殲滅することだけに意識を向けていたわけですが……。

 そんなわけで、じっとしているだけでも肌を焼く熱気と、眩いほどの炎の照り返しが、辺り一帯を炎天下のような陽気に変えていました。


 炎というわかりやすい脅威を目にして、豚鬼(オーク)の群れも流石に警戒しているようで、手前に踏み止まって様子を窺っています。――ですが、甘い。甘いですわ! 私が本気になればさらに温度、有効射程ともまだまだ倍増いたします。

魔力探知(サーチ)』で確認した限り、半径100メルト周囲は豚ばかり。こちらは2人だけと逃げ場がない状況ですが、逆に言えば手加減抜きで周囲全てを焼き払えば良いだけのこと。無論、強がりではございません。私が本気になれば醜い豚など、一匹残らず欠片も残さず蒸発させる自信があります!!


「……くくくくくっ、豚め、醜い贅肉の塊め。悪夢の化身、おぞましい脂肪の化け物めが。消えろ、消え去るがいいわ、豚はこの世に生きていてはいけない生き物なのよ……必ず殺すと書いて必殺! 残らず駆逐してやるわ!」


 半分正気を失ってひゃっはー言っている私の背後で、片手で顔面を押さえてため息をついたセラヴィ司祭が、何やら呪文を唱えていました。


「聖女よ。大いなる慈愛の心もて震える子羊に救いの手を差し伸べよ、その心に平穏を――“異常回復(コモンキュア)”」


 途端、私の全身が涼風のような青い燐光に包まれ、混乱していた私の心に冷水が浴びせられたかのように、急速に理性の光が戻りました。


「……あら?」

 同時に全開で炎を噴き上げていたその勢いが、消火ホースからの放水のような凄まじさから、私のテンションに合わせて見る見る、ご家庭用のホース程度に落ちます。


「落ち着いたか? ここが何処で俺が誰でどんな状況かわかるか?」

 

 ひらひらと目の前で掌を振る、気だるげな少年司祭の顔を見て私は素直に頷いて答えます。


「ええ、貴方は初対面で女の子をナンパする不真面目な聖職者で、ここはあなたに連れ込まれた森の中で、いままさに私はピンチの状況ですわ」


 言葉の文面だけを見ると、まるで生臭坊主が世間知らずの女の子を騙して、人気のない場所に連れ込んで、いままさに不埒な真似をして花が散る寸前といったところですが――まあ、わざと私も誤解を招く言い方をしましたけど――現状はほぼ口に出したそのままの事実です。


 なにしろセラヴィ司祭と昼食を摂っていた途中で、いきなり10匹余りの豚鬼(オーク)に襲われ、場所を変えようとしたところで、どうやら罠に嵌められたらしく、とんでもない数の豚鬼(オーク)の集団に囲まれ、いままさに蹂躙されようとしているところですから。


 ええ……若干、異論はあるとは思いますが。どうしてでしょうか、自分でも不思議ですがセラヴィ司祭(この方)の一見無防備そうで、その実、どこか他人を拒絶している態度を見ていると、無性に歯がゆいというかお節介を焼きたい気持ちが湧いてきて、結果こうしてイジって構う形になってしまうのですよね。


「……うん、まあ、ツッコミと反論したいところは山々だけど、取りあえずは炎を消せ。山火事を起こす気か?」

「むぅ――ですが、消したら豚が襲ってきますわよ? さっきから豚鬼(オーク)たちが、やたら好色な目で私の胸とか、貴方のお尻とか狙ってますから」

 あの目つきは食欲ではなくて、どう見ても性欲の方です。見た感じ100匹の内95匹は私を狙って涎を垂らしていますが――女に生まれて人生初のモテ期ですけれど、オゾマシイ事この上ありません――5匹位は、セラヴィ司祭を見て興奮しているのが、微妙に怖いところです。


 ちなみに豚鬼(オーク)は基本オスしかいないので、他種族のメスを襲って子供を産ませるのがデフォです。生まれてくるのは100%豚鬼(オーク)ですから、ひょっとしてメスの子宮を使ってクローンに似た単為生殖をしているのかも知れません(実験する気はさらさら起きませんけれど)。


「取りあえず逃げ場を作るので、そのまま周囲の警戒だけ頼む」


 指摘された貞操の危機に盛大に顔を歪め、ガリガリと収まりの悪い髪を掻きながらも、この期に及んでまだどこか余裕を残した彼の態度に、半ば「お手並み拝見」という気持ちで、私は頷いて傍らで周囲を睥睨して呻り声を上げているフィーアを見ました。


「フィーア、飛び出して来るような豚が居たら即座に挽肉にして構わないわ。豚に生まれたことを後悔する前に引導を渡してやりましょう!」

「わううううっ!!」


 気炎をあげる私達を横目に、僅かに引いた様子でセラヴィ司祭が尋ねてきました。

「そ、そんなに豚鬼(オーク)が嫌いって、何か嫌な記憶(トラウマ)でもあるのか?」

「……聞きたいですか?」


 自分でもどこから響いてるんだろう?と思うようなオドロオドロしい問い掛けの声が漏れ、それを聞いたセラヴィ司祭は、数瞬考え込んでから、何事もなかったかのように手にした御札を構えます。


「“土”魔術で周囲に堀と障壁を作る、越えてくる奴の始末を頼む。――任せられるか?」

「勿論よ。でもそうなるとこの場で持久戦となるわね。味方の増援がない状況での持久戦は厳しいんじゃないかしら?」

「かといって町までこいつらを引っ張って戻るわけにはいかないだろう。ここで順次削れるだけ削って、こいつらを指揮している奴が出てくるまで持ちこたえるのがベターだろう。痺れを切らして親玉が出てくれば、俺の“雷”魔術なり、そっちの“火”魔術なりで遠距離から狙い撃てば、残りは瓦解する……のを期待だな。駄目なようならトンズラする」


 戦術ともいえないような戦術――前にレジーナの書架で見せて貰った太古の兵法書に書かれていた“ナゴヤ・アタック”という謎の戦法に近いでしょうか?――ですが、サバサバした彼の物言いに興味を引かれ、私もそれに乗ってみることにしました。


「わかったわ。私としてはあまり手加減する気にはならないけれど……流石に山火事にする訳にはいかないものね」


 即座に炎を水流に変えて、向かってきた豚鬼(オーク)を、ウォータージェットの要領で切断しました。私が2系統の魔術を実戦レベルで使えるとは思っていなかったようで、

「……なにが『神童』なんだか。つくづく世間は広いな」

 軽く目を丸くしたセラヴィ司祭が、何か自嘲気味に呟きながらも、すぐに気を取り直したようで、手にした御札を周囲の地面目掛けて、紙吹雪のように投擲しました。


「母なる大地よ、その懐を開き我が願いに従いて姿を変えよ――“城塞ストーン・カスバ”」


 同時に地面に両手を押し当てた彼の手から魔力波動(バイブレーション)が、放射状に周囲へと拡がり、御札と反応して、そこかしこに2メルト程の側溝や、その分押し遣られた地面が固まって出来た土の壁が、私達の周りへ十重二十重に生まれたのでした。


 土の壁とは言え強度は充分にあるようで、豚鬼(オーク)が殴ったり体当たりをしてもびくともしません。


 埒が明かないと判断したのでしょう。豚鬼(オーク)達は「ピーピー」「ブヒブヒ」鳴きながら、壁に手を掛けて登ってきたり、無理やり隙間に身体を押し込んだりして、こちら側へと進入を試みます。


 そこを私の【氷弾(アイス・バレット)】やセラヴィの【雷撃(ライオット)】が狙い撃ちです。

 バタバタと倒れる豚鬼(オーク)

 ほとんど七面鳥撃ちですので、これは当初の想定どおり何とかなるかも……と、この時点では楽観視したのでした。

通貨は各国で別に使用しているので、帝国と皇国では若干レートが違いますが、大きな街では帝国通貨もそのまま使えます。

なお、「懺悔」は一般人が行うもので、「告解」は信者が行うものですので、基本は同じです。


3/22 誤字の訂正をしました。

×そこかしこに→○そこかしこに

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