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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第二章 令嬢ジュリア[12歳]
61/337

真実のお姫様と運命の錯綜

更新が予定よりも一日延びました。申し訳ありません。

 驚愕。混乱。疑惑。高揚。感嘆。気遣い。錯綜……もっと複雑でイロイロと混じり合って形容できないそれ。

『………』

 無言のまま向けられる、様々な感情を宿した視線を前に、私はそっと息を吐きました。


 幸い否定的なモノはありませんが、聞きたいことは山ほどあるでしょう。ですが言葉を選んで口篭る優しい彼ら――それを前にして、私は居た堪れない思いで、椅子に座ったまま半ば反射的に視線を逸らせます。

「………」


 困りました。

 なにげにピンチです。


 或いは、いままでナアナアでやってきたツケが、遂に巡ってきた自業自得と言えますけれど……それにしても、あまりにも突然の転機に判断が追いつきません。


(――神様ってどんだけひねくれているのよ!? 毎度毎度、私の人生、女ののど自慢状態じゃないの!)


 この世界には神様がいるか――という問い掛けに対しては、大部分の人が「もちろん」と答えるでしょう。何といっても魔物や妖精のいる世界ですから、所謂(いわゆる)概念上の神ではなく、血肉を備えた天上人である『神人』とか『仙人』等といった、人間を超越した能力を持つ種族の実在が確認されています。


 そんな存在が統治しているのが、大陸統一国家である『カーディナルローゼ超帝国』本国であり、基本的に高位の存在である彼らは「君臨すれども統治せず」を実践していますので、大国の貴族であっても普段から意識している者はほとんどいないでしょう。


 ましてや市井の民……前にリーン君あたりと雑談した時だと、

「超帝国神帝……? えっ、国の王様より偉い人がいるんですか?!」

 程度の認識でした。


 ですが兎に角、この世界に神様は存在しています(逆に絶対神や唯一神、無神論者という概念は存在しないようです)。

 そして、特に能力や名の通った神族を『神帝』とか『剣神』とか『炎女神』などと呼び習わし、信仰の対象としているようです……まあ祈ったからといって、安易に神託を下したり奇跡の安売りをしたりはしないそうですが。


 そんなわけで私としては、自分に直接係わり合いになる相手ではないので、特に信仰する神様はいませんけれど、この瞬間だけはこの世界の運命を司る神を恨まずにはいられませんでした。運命の神の名がわからないので、取りあえず一番偉い神帝相手に連帯責任で「箪笥の角に小指をぶつけますように」と呪いを掛けておきました。


(それはそれとして……うーん、どうやって誤魔化そうかしら)


 目の前に広げられた『リビティウム皇国のカトレア』こと、元聖女教団の往年の巫女姫クララ――そして私の現世での実母に当たる女性――の肖像画、いえ宗教的な“聖像イコン”というべきでしょうけれど、どちらかというと現代地球でいうところのブロマイドに見えますね。

『清廉潔白。純粋。慈愛と博愛に富んだ聖女様』という、少々ワザとらしい魂胆が透かし見える構図ですが、まあ私のおぼろげな記憶にある本人の姿形と比較して、さほど脚色はないので許容範囲でしょう。


 それにしても、B5版程度のサイズとは言え、これだけの精密な絵と仰々しい革張りの表紙を持った冊子ですので、相当に高価なモノではないでしょうか?――それこそ貴族か豪商でもなければ買えないような、馬鹿みたいな値段設定がされていたり、いまならプレミアが付いていたりするのかも知れません。


 さすがにこの絵を見ただけで即座に、私=クララの娘=本物のシルティアーナという構図が浮かぶとは思いませんけれど、何かしら関連があるのでは……?と疑われているのは、ひしひしと感じられます。


 いまのところお互いに牽制しあって、どなたも口を開いていませんけれど、誰かが不用意な一言を口に出した途端、堤防が決壊するかのように怒涛の質問攻めになりそうです。

 私としては現在の適度に肩の力の抜けた、張り合いのある日常を崩すつもりはないので、私が(悪い意味で)有名なブタクサのお姫様だとか、謀略で殺されそうになったとか、異世界人の転生だとか、死んだことになって偽物が幅を利かせているとか――あらっ、こうして挙げ連ねてみると電波ゆんゆんなバックボーンですわね。真面目に話したらこちらの正気が疑われるレベルではないでしょうか?――を現状、口に出して巻き込むつもりはないので、ある程度誤魔化して話すことにするしかないでしょう。


(さて、どう言うのが妥当なのかな……)


 眉根を寄せて、うんうん呻りながら頭の中で言い訳の台詞を推敲する私。

『事実は1つしかないけれど、真実は人の数だけある』という前世での聞きかじりの言葉にもある通り、都合の良い真実なんて幾らでも創作できますから。


「……なあ、イマイチ良くわからないんだけれど。この超美人って誰なんだ?」

 隣り合った席同士、ブルーノが小声でルークに聞いていました。

「元聖女教団の巫女姫にして、リビティウム皇国のオーランシュ辺境伯第四夫人のクララ様だよ。まあ『(クララ)』は洗礼名なので本名は別なんだけれど、巷間に流布されているのはこっちの方だからね」


「……有名人なのか?」

「有名も有名! “巫女姫クララ様”って言ったら、20年位前に聖女スノウ様の再来とまで言われたお方です!」

「なんでそんな一般常識を知らないのよ、あんたは?!」


 首を捻るブルーノに向かって、リーンとエレンの糾弾の声が飛びますが、母親(クララ)の名前が一般常識だとか、洗礼名だとか一応娘の私も初めて知った事実です。……もともとアーパーだったシルティアーナ(わたくし)ですが、幾らなんでも母親の本名すら知らないというのは阿呆過ぎるのではないでしょうか? 或いは故意に誰かが情報を遮っていたのかも知れません。


 それはそれとしまして、取りあえず「私は実はリビティウム皇国のユニス法国出身」「あちらの方では似たような特徴を持った人間は少なくない」「没落した貴族の末裔で、身寄りがなくなって偶然レジーナに拾われた」という落語の三題噺(さんだいばなし)ではありませんけれど、嘘と本当を取り混ぜたこの三点を骨子として作り話を創作することにしました。


 と――。

 いい加減温くなった香茶を口に含んで、落ち着いて話そうとした矢先、

「悪かったな。ギルドの訓練所でも習わなかったし……それで、この女性(ひと)がジルの母ちゃんなんだろう?」

 こちらの努力を覆すブルーノの言葉に、危うく飲んでいた香茶を「ぶっ――げほげほっ!」と噴出しそうになり、思いっきり()せました。


「――けほっ! な……ななななななにをいってるのか、わ、わからにゃいわね?!?」


 努めて冷静に対処する私をなぜか生温かい眼で見る一同。


「いや、だってどう見ても親子だろう? そっくりだし」

「そうですね。このままジル様が5~6年成長すれば、ほとんど見分けが付かなくなりそうです」

「あら。ジル様はもっと綺麗よ! これ見るからにネコ被ってるじゃない。あたしは嫌だなこのタイプ」

「まあ、流石にこれだけ似ているんだ。無関係というのは無理だろうな」


 ご丁寧に私の前に肖像画を並べて比較しながらそう言い切る友人達――ちなみにブルーノ、モニカ、エレン、プリュイの順番ですが――の発想は、斬新過ぎて私には思いつきもしませんでした。


「――え? え~~と???」

 と言うか、やたら「美人」を連呼されているこのカトレアにも例えられる麗華たる母、これに似ているということは……やたら飛躍した推測ですが、もしかして私も美人の範疇の入ったりするのでしょうか?


「……いやいや、流石にそれは自惚れが過ぎるわよね。こっちは言わずと知れたブタクサだし。いや、でももしかして……」

 周囲に聞こえないように、呻吟(しんぎん)しながら私は手にしたカップをソーサーに戻すのでした。




 ◆◇◆◇




 リビティウム皇国の南部山岳地帯に位置するユニス法国。


 皇国の首都があり、リビティウムの盟主国にあたるシレント央国が現在、文字通り皇国の中心部も位置するのに対して、かつてシレントが北部諸国の一小国でしかなかった往年の領土を、そのまま踏襲した『正統承継国』と自称する、ある意味皇国の第二の首都にあたる国である。


 領土面積や国力こそ一般的な中小国程度であるが、国民全てが『聖女教団』の教徒であり、国内の建物全てが宗教施設である文字通りの宗教国家という特異な立ち居地を占めるている。


 この大陸全てを掌握しているのは、人類・亜人・魔人らの上位種――超越者(オーバーロード)によって構成されるカーディナルローゼ超帝国であり、より明確には、神祖とも言われる神帝以下の“円卓会議”によって世界の運命が決められているといっても過言ではない。


 ただし上位種である彼らは、大陸に生きる生命のあり方についてのみ、大まかな方向性こそ決めるものの、個々の国家の運営や政治、ましてや個人に対してはほとんど無関心である。また信教の自由に対しても鷹揚に認めていることから、一歩間違えばカルトと化しかねないユニス法国のあり方についても、「それも人間のエゴである以上、認める」との消極的ながらお墨付きを与えていた。


 これを大義名分としてユニス法国は他国はおろか、盟主であるシレント央国からの干渉に対しても、断固たる中立(と言えば聞こえは良いが、実体は宗教・他国に対する政治力及びギルドの武力を背景にしたあからさまな造反である)を貫いているのであった。言うなれば皇国の内部に独立した国家が存在するようなものであるが、現在までのところ宗主国であるカーディナルローゼ超帝国は、リビティウム皇国内部の問題として沈黙を守っている。

 結果、後手に回ったリビティウム盟主国シレント央国はユニス法国の増長を許す形となり、いまや容易に手出しのできない不可侵領土と化していた。


 なお、聖女教団はその名の通り、150年も前に存在したという(名目上はいまだ存命という形になっている)伝説上の『聖女スノウ』を教義上の絶対者とし、同様に『聖女』に至る尊者である『巫女』を尊び、具体的な形での偶像(アイドル)を生み出すことで、信徒以外の一般人にも目に見えた形での教団の威光を示すとともに、より俗な部分では薬師では対処できないような、重篤な病気及び怪我人に対して、唯一有効な手段を持つ治癒魔術の使い手を養成・独占することで、他国に対する優位性を築き上げているのであった。


 ちなみに巫女たる治癒魔術の使い手は、一般的な教職者の位階や役職の枠外に存在することになっている(つまり名目だけで実権はない)。


 なお位階に沿って言えば『教皇』が最高権力者となり、その下に『総主教』『枢機卿』『大司教』『司教』『神祇官』『司祭』『助祭』『伝教者』『侍者』などが据え置かれ(実際には更に細かく分かれている)、国内や神殿にあっては法衣の形や色で、教団員であれば一目でわかるように区別されていた。


 そんなユニス法国の首都にして、聖女教団の総本山である人口15,000人あまりの都市『サンタンジェロ』。

 中心の大聖堂はもとより民家や街路に至るまで、白の大理石を基調として作られたこの町の住人は、基本全員が敬虔な教団員である。

 宗教国家であるためやや独特な雰囲気があるものの、表立っては他の宗教や国家及び民族と対立することなく、広く門戸を開いていることを標榜しているため、都市の出入りは簡単な審査と通行料を払うだけで、特に市内には意外なほど多くの他国人――多くが聖地巡礼の老若男女や宗教学者、そして治癒術師を求める富裕層や各国の冒険者ギルド関係者である――が行き来していて、それを目当てに客引きや露天商が陽気な声を張り上げている。どこにでもある街の光景があった。




 ◆◇◆◇




 この日、最後の案件を片付ける為に執務室で、ローレンス枢機卿は右手にペンを、左手に夜食の林檎ジャムが塗られた麵麭(パン)を片手に書類の決裁をするという、器用なのか無作法なのかなんとも判断の付かないスタイルで職務を行っていた。


「ふむ。皇都の首都大司教からの要請か。クララの娘の移送が完了したので、高位の治癒術師を定期的に派遣……か。巫女の資格もない娘にそれほど手間をかける必要があるのか?」

 以前、直接本人の素養を計った神祇官から送られてきた報告書の惨憺たる内容を思い出して、ローレンスは眉をひそめた。

「流石に辺境伯だけあって寄進額は莫大だが、しかし、あたら優秀な巫女を出来損ないの専用にするのも惜しいな。来年は帝国からの帝族を含めた交換留学生も多数皇都へ来都する予定であるし、そちらに回す方が先々を考えれば有益であるかも知れん」


 せめてクララの娘に多少なりとも巫女の素養があれば……。と、浮かんだタラレバの言葉はさすがに飲み込んだ。

 巫女姫クララ。

 彼の世代であらば誰しもが憧れ恋焦がれた美姫。その彼女を還俗させて一子まで儲けたオーランシュ辺境伯に対して、個人的に含むものがあるのは確かだが、だからといって公私を混同して邪険にしているつもりはない。『天上紅華教』が国教であるグラウィオール帝国に対して、この機に乗じてある程度の足固めをするのが重要課題だと思えばこその措置である。


「――猊下。シルティアーナ姫に関しましては、オーランシュ領の冒険者ギルド長エグモント・バイアー殿からも、協力の要請が来ておりますが?」


 室内に控えていた秘書官――巫女の資格を持つ女性であり、ローレンス枢機卿の愛人であることは公然の秘密である黒髪のクール美人と言って良い女性が、やや躊躇(ためら)いがちに口を挟んだ。


「エグモント? …………ああ、あれか」


 何度か顔を合わせたことのある、片眼鏡(モノクル)を掛けた冒険者というよりも、辣腕(らつわん)の商人を思わせる男の抜け目のない顔を思い出して、ローレンス枢機卿は軽く目を細める。


 ちなみに一部宮殿衛兵やお飾りの儀仗兵を除いて、軍事力というものを持たないこの国(ユニス法国)では、警察力として他国からの傭兵に頼らざるを得ない状況である。その為、各国の傭兵ギルド及び冒険者ギルドとは、密接な繋がりを常に保っていたのだった。


「あの男がわざわざ言ってくるとはな。業腹だがこちらの手の内を読まれたか……」

(そして、そうするだけの価値が出来損ないのクララの娘にあるという事なのか?)

 

 後半は口に出さずに胸の内だけで呟いた。


「そういえば我が国からも件の皇立学園へ留学生を派遣する手筈になっていたな?」


 ふと思い出しての言葉に、秘書官が頷いて補足を付け加える。


「はい、巫女と助祭級の者達が数人と、それと本人のたっての希望でセラヴィ司祭が高等部への編入を希望しています」


「9歳で神学校を飛び級したあの『神童』か? 確かいまは12歳で早くも司祭であったか。大人しく神殿に留まれば、それなりの地位は約束されているとは思うが、わざわざ横道に逸れるなど、いかに賢しげであっても所詮は子供ということか……?」

「どうでしょうか? 彼はもともと辺境の助祭の子供ですし、教団に後ろ盾は一切ありませんので、いかに個人の資質が優れていても、出世したところでせいぜいが地方の神殿長程度で終わるのは火を見るよりも明らかです。或いはここで人脈を形成することで、今後教団に対する影響力をつけようと考えているのかも知れません」

「ふむ。ありそうなことだな。ならば静観するとしよう」

「宜しいのですか?」

「構わんよ。成功しても失敗しても個人の責任だからな。せいぜい奨学金の申請でも来たら応えてやれば良いさ」


 気負いのない動作で軽く肩をすくめるローレンス枢機卿。

 実際、彼にとっては年若い司祭の一人がどうしようと、瑣末な問題なのだろう。

 言いながら最後の書類にサインを入れたところでペンを置いた。


「さて、これで今日の仕事は終わったわけだが」

「お疲れ様でした、猊下」

「まったくだ。毎度これでは自分が聖職者なのか、役人なのかわからなくなるな」


 自嘲するローレンス枢機卿に向かって、秘書官がクールな美貌を崩して女の顔を向けた。

「それでは気晴らしを兼ねて、たまには飲みに行きませんか?」


 普通、誘うのは男の方ではないかな、と苦笑しながらローレンスは席を立って彼女の腰を片手で引き寄せる。

「構わんよ。流石に外に飲みに行くわけには行かんので、私の部屋と言うことになるが」

 事務仕事で凝った肩を軽く揉み解しながら、二人連れ立って部屋を後にする。


 執務室の明かりを消す頃には、先ほどまで話題に上がっていた問題についての内容は、ローレンス枢機卿の脳裏からほぼ消え去っていたのであった。

ついにラスボスのセラヴィ司祭の名前が出ました。彼がジルにとっての最後の重要人物となります。

とはいえ登場はまだ先ですけど。


3/22 脱字の修正をしました。

×カトレアにも例えらる麗華→○カトレアにも例えられる麗華

×多少なりと巫女の素養→○多少なりとも巫女の素養


2/25 誤字訂正しました。

×神殿長程度で終わるのは日を見るよりも明らかです。→○神殿長程度で終わるのは火を見るよりも明らかです。

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