三人の青少年とジルの恋愛事情
育ちの良さそうな少年――ルークは、密かにため息をついた。
(なんか、どっちもあからさまに態度が悪いな。片方は露骨に見下しているし、もう片方は初めから喧嘩腰だし……)
エルフの青年――アシミは、憮然と唇の端を歪めた。
(まったく、礼儀を知らん連中だ。所詮は野蛮人。無駄に馴れ合うつもりはないが、それにしても最低限の倫理観もないのか……)
快活そうな少年――ブルーノが、憤然と視線を外した。
(なんなんだこいつら。取り澄ませた面しやがって。俺みたいな庶民の餓鬼なんて、最初から眼中にないような態度じゃないか……)
そして、三人同時に同じ結論に達した。
(((どう考えても、ジルの友人として、こいつらは相応しくないな)))
麗らかな日差しが窓から差し込む、賑やかで安穏とした喫茶店の中で、唯一険悪な雰囲気を漂わせている一角。これを前にして、間近に控える灰色の髪をした従業員の少女が、普段は感情を表に出さない顔に、珍しく厄介そうな表情を浮かべて頭を押さえていた……。
こうして、期せずして果たされた、ジルの共通の知人である三人の青少年達――ルーク、アシミ、ブルーノ――の初顔合わせは、限りなく最悪に近いシロモノとなったのである。
ここコンスルの町にある男爵家直営喫茶店『ルタンドゥテ』。
開店してまだ数ヶ月と間もない店だが、代官にあたる統治官直営の店という話題性と、他に類を見ない美味なる創作菓子の噂は、もともとが辺境区の交易路であり、また帝都への【転移門】も傍にあるということで、たちまち帝国中に口コミで広まり、上は貴族の関係者から下は小遣いを貯めた子供まで、連日入れ替わり立ち替わりの大賑わいを見せていた。
そんな……見渡せば女性同士、子供連れ、恋人同士が目に付く店内の片隅で、小さなテーブルを挟んで三人の青少年が向かい合って、おのおの好きな飲み物を飲んで菓子を摘まんでいる光景があった。
いや、それ自体はさほど珍しくもない。話題を聞いてやって来る新し物好きの農夫や遍歴学生もいるので、男三人と言う取り合わせでも特に目を引くというわけでもないが、そのうち一人がエルフで、一人が貴族風、一人が冒険者風という取り合わせは流石に目立つ。
何かしら共通点でもあれば別だが、見た目18~19歳程に見える長い白金色の髪をしたエルフの青年は優雅な仕草でマテ茶を秀麗な口元に運び、その右隣に座った12~13歳程の明らかに上流階級出身と思われる淡い金色の髪をした、貴族風の見目麗しい少年は慣れた手つきで紅茶を飲み、彼と同い年位の冒険者風の活発そうな少年は、ぞんざいな態度で香茶を啜り、お茶菓子は、同じ順番で『薯蕷饅頭』『マドレーヌ』『パンナコッタ』と、三者三様、見事にバラバラであった。
「「「………」」」
もともと知り合いという訳ではなく、単に空いた席がなかった為に相席となっただけの関係であるのだから、当然と言えば当然ではあるが……なぜかお互いに意識してない風を装いながら、テリトリーが重複した猫のように、無言のまま相手の反応を伺って威嚇しているその様子は、丸っきりの無関係とも思えない。
しかも三人が三人ともタイプは違えど、目立つ容姿とあって、店内に居合わせた他の客達は、密かに想像を派手にしながら、横目で彼らの一挙手一投足に注意を払っていたりする……のだが、そうした周囲の好奇の目など気にした風もなく……と言うか、周囲に目を配る余裕もないらしく、お互いにワザとらしく視線を合わせないようにしていた。
そんな妙な緊張感に耐え兼ねたのか、弾き終えたリュートを傍らに置いたまま、カウンター席に座っていたエルフの娘――この店の専属楽師のような立場を享受している――プリュイが、誰に言うともなく口を開いた。
「……聞いたところでは、お前達全員ジルの知り合いなんだろう? 自己紹介くらいしたらどうだ」
アップルティーとアップルパイを口に運びながら、面倒臭そうに振り返って促す。
その言葉に、お互いに無視を決め込んでいた三人が、持っていたカップをソーサーに置いて、それでもう用は済んだとばかりに、木のフォークでアップルパイを切り分けている彼女の澄まし顔を軽く睨んだ。
「……ひゃう」
カウンター席のその隣に座っている少年……の恰好をした男装の少女が、無言の圧力の余波を受けて、背中を向けたまま軽く息を飲んで冷や汗をかく。
新たな展開を期待する客達が、固唾を呑んでそのテーブル席に注意を払う中、嫌そうな顔で渋々と青少年達は視線を交わした。
◆◇◆◇
少しだけ時計の針を戻してみよう――。
リクエストに応える形で、『白銀の聖騎士』と『姫神の戦歌』という英雄詩の一節を演奏したプリュイだが、拍手喝采のうちに終えて、オヒネリとして投げられた銀貨を、知り合いらしい灰色の髪の女給――エミリアと呼んでいた――に頼んで(エルフは純金や純銀以外は触れないため)拾ってもらうのもそこそこに、カウンター席へとついて、飲み物と今週のおススメと言う創作菓子を注文して座り込んだ。
そこへ、たまたま店の前を通りかかった同じ里の仲間だという青年・アシミが、聞き覚えのある演奏の調べと歌とを耳にして顔を出し、
『プリュイ、何をしているんだこんなところで?!』
とエルフ語で問い詰めところ、
『仕事だ。それと喉が渇いたので休憩をしているところなので邪魔をするな。それとここは金を払う客の為の店だ。用があるなら注文をして客になるか、でなければさっさと出て行け』
という素気無い返事が返ってきたのだった。
『人間族の食い物など食べられるか!』
憮然と言い返すアシミの方を見ないまま、投げ遣りに壁のボードに掛かれたメニューを指差すプリュイ。
『安心しろ。この店には我々でも食べられる、卵も獣脂も使ってない菓子が結構あるぞ。……まあ、お前の好きなジルの作るトーフだのショージン料理だのはないが』
『だ、誰があんな小娘を好きだと!?』
『ふふん。私は料理の方を主体で言ったつもりなのだが……?』
『な――っ!』
などという遣り取りがあり、結局そのまま店に居座ることになり、空いている席がないということで、三人掛けのテーブルを占拠していたルークのテーブルへと相席になった。
「――あの、ちょっとお聞きしたいのですが」
「……なんだ?」
素っ気無い……と言うよりも、あからさまに不機嫌そうなエルフ青年の態度にも、物怖じした様子もなく、ルークは丁寧な口調で尋ねた。
「僕のエルフ語はまだまだ未熟で半分以上は聞き取れなかったのですが、もしやジル……ブラントミュラー男爵令嬢ジュリアのお知り合いですか?」
その途端、アシミの目付きが鋭くなった。
「お前……」
言い掛けた彼の言葉を遮って、二人連れの冒険者風の装備をした少年達――いや、一人は男の恰好をしているが少女であることを、二人のエルフは霊気の波動で感知した――が、ドアを開けて慌しく店に入ってきた。
「うわ~っ、混んでますね先輩。話には聞いていたけど、そんなに美味しいんですか?」
「ああ、まだ今日は行列がなかっただけラッキーだな。あいつの料理はなんでも旨いからなあ」
「うううっ、僕はあんまし料理得意じゃないんですけど、やっぱり、料理を覚えたほうがいいですか?」
「あー? 別に下手じゃないだろう。ちゃんと狩りに出れば獲ってきた獲物を捌いてるじゃないか?」
「……それって料理とは微妙に違うと思うんですけど」
微笑ましい遣り取りに笑みを浮かべるルークとは対照的に、エルフのアシミは憮然とした口調で吐き捨てた。
「――生き物を殺して食べるなど、野蛮なことだ」
まあ、そのあたりの価値観はエルフと人間では違うので一概にどうとは言えないと思うけれど、でもわざわざ人語で口に出しているあたり、このエルフの男性は人間にあまり良い印象を持っていないのかも知れないな……と判断して、ルークは密かに首を捻った。
実は先ほどのエルフ語の会話で「ジルが好きだ」というようなニュアンスの話をしていた気がして、思わず喋りかけたのだけれど、何か聞き違いをしていたかも知れない。だったら下手な問い掛けをしては逆効果になるかも知れない。
「……それで、ジルがどうかしたのか?」
そう思ったところへ、不機嫌そうにエルフの青年が逆に聞き返してきた。
「ジルだって?」
だが、その言葉に先に反応したのは、ルークではなくいま店に入ってきたばかりの快活そうな少年であった。
「……なんだお前は?」
「ジルの知り合いなんですか?」
「ああ……ン?」
怪訝な顔で口を揃えて問い質すエルフ青年と少年貴族とを、「あの、先輩? ちょっと!?」目を白黒させる傍らの仲間を無視して、冒険者風の少年は見詰め返し、そのまま一直線にその席へ近寄きながら、品定めするように彼らを見て眉をしかめた。
「……なんでそんなこと、いきなり答えなきゃならないんだ」
憮然と言い放つ少年。それからまるで挑戦するかのように、空いていた椅子のひとつに腰を下ろして足を組む。
連れのそんな態度にオロオロしている男装の少女を、カウンターに座ったまま、プリュイが手招きをした。
「この隣が空いているぞ。座ったらどうだ?」
そこへ、どことなく億劫そうな顔で、
「傍から修羅場を見てる分には面白いんだけどねえ……」
不穏な呟きを漏らしながら、エミリアがテーブル席に向かって注文を取りに近寄っていく。
そして、冒頭へと話は戻るのであった――。
◆◇◆◇
「ジュリアお嬢様は婚約やご結婚とか考えていらっしゃらないのでしょうか?」
「ぶっ!」
いきなりのモニカの問い掛けに、私は危うく飲んでいた香茶を噴出しそうになりました。
「――けほっ、けほっ! なん……なんなんですの、藪から棒に?」
午後のティータイム。秋に入ったとは言え日差しはまだまだ強いため、日に焼けても黒くならず、肌が赤く炎症する体質の私としては、日焼け止めもないこの世界で快適に過ごすため、室内で自習をしながらお茶を楽しんでいたのですが、控えていた専属メイド長のモニカが、表情を変えずにいきなりとんでもない質問をしてきました。
「いえ、実は最近ブラントミュラー家が帝都でも話題に上るようになり、その関係で他家から嫁や婚約者にどうかという問い合わせが、何件かあると小耳に挟んだものですので」
「……初耳ですわ」
「ええ、いまのところあくまで非公式にほのめかせられている程度らしいので、ただ、もしお嬢様にその気があるのでしたら、奥様も前向きに対処したいので、さり気なくお嬢様の気持ちを確認するよう仰せつかりました」
さり気ないどころか、思いっきり直球で聞いてきたような気がいたしますが……と言うか、結婚とか婚約とか、人生の一大事なのですから、もうちょっと雰囲気を出して尋ねて欲しいものですわね。
「取りあえず、いまのところ考えてもいませんわ……」
と言うか結婚とかなると、当然私が嫁に行くわけですよねえ。う~~ん……殿方と結婚ですか。どうにも実感が湧きませんわ。
「そもそも、そういった話はブラントミュラー家の今後の発展を見越しての、先行投資的な話ですからね。駒のひとつにされるのは、正直あまり気が進みません」
ちなみにエルフとの交易で定期的にもたらされる葡萄酒は、いまや帝都でも評判になり、価格も鰻登りで、大金貨(金貨の30倍の価値があるので、日本円でおおよそ100万円くらい)や旧帝国金貨(現行金貨の10倍の価値がある)での支払いが普通だそうです。
そこへ持ってきて直営喫茶店『ルタンドゥテ』の成功と、肥料の使用による農作物の増益増収もあるのですから、いまのうちにこちらと誼を通じておこう、手っ取り早く婚姻で……と言う下心は理解できますが、だからと言ってこの私が見た事も聞いた事もない貴族のドラ息子と結婚など、その気は毛頭ありません。
本気でそんな話が出たらとっとと逃げます。
「そうですよね。ハア、まったく……ルーカス様がモタモタしてるから」
なんとなく納得した顔で、そんなことを言ってモニカが頷きました。
「なぜここでルークの名前が出てくるのでしょう?」
唐突なセンテンスの飛躍に首を傾げる私を、若干非難するような目で見るモニカ。
それから噛んで含めるように言いました。
「……お嬢様が男心に鈍感なのは重々承知しておりますが、流石にそろそろルーカス様がお気の毒なのではないでしょうか」
なんですか、それは?! 前世、男子な私に対する侮辱ですわ! 男子なんて基本、ロボットとカブトムシの話をしていれば、どうにでもなるものです!
いきり立った私が反論しようとしたところへ、ノックの音がしてエレンが顔を覗かせました。
「失礼します。――ジル様、お客様がお見えですが」
『お客様』――と言われて即座に頭に浮かんだのは、いつも斜に構えたエルフの青年です。
「ああ、アシミね。そろそろ来る頃だと思っていたわ」
そう言うと、なぜかエレンが困ったような顔で、私の顔を見返しました。
「アシミさんもですが、他にも何人かいらっしゃるのですが、お通ししても宜しいでしょうか?」
「? 他ってエルフが他にもいるってこと?」
「いえ、そうではなく……」
困惑顔のエレンが続けてあげた名前を耳にして、「……は?」と反射的に自分の口から呆けた声が漏れていました。
見ればモニカも唖然とした顔で目を見開いています。
「どうして、アシミとルークとブルーノが揃って来るわけ……?」
あり得ない取り合わせに、思わず確認しましたが、エレンもわからないという風に首を横に振るだけでした。
2/4 表現を訂正しました。
×立場に甘んじている→○立場を享受している
×日に焼けない体質→○日に焼けても黒くならず、肌が赤く炎症する体質




