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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第二章 令嬢ジュリア[12歳]
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コンスルの喫茶店と公子様の訪問

 ようやく残暑が収まり、涼しい朝を迎えるようになった【神魚の月(10月)】の月初め、くすくす笑いながら私を起こすために、枕元やベッドの毛布の上を飛んだり走り回ったりしている精霊達に、「おはよう。陽が短くなってきたせいか光の精霊が少なくなってきたわね」と挨拶をして、軽く伸びをしながら上体を起こします。


 悪戯っ子そのものの動きで、小妖精(ピクシー)の姿をした精霊――見た目はどうであれ、プリュイ曰く、「ここまではっきり姿を保っているのは、割と上位の精霊だな」とのことです――たちが、私の身体と毛布とを滑り台にして床にこぼれ落ちました。


 その様子に微笑みながら、私は半年あまり前に起こった変化を思い出しました。


 半年ほど前の春――。

 甘味を探しに訪れた北の開拓村。もともとは単に手紙を届けるだけの簡単なお使いだった筈が、村人と近くに住むという杣人(エルフ)との対立を知ることになり、一触即発という事態でエルフの(実年齢はともかく)少女プリュイこと『雨の空(プリュイ・シエル)』を助けて、その後、エルフの隠れ里『千年樹の枝(ミレニアム・ラームス)』へと交渉の為に訪問することになりました。


 幸いにして私の実母の知り合いでもあった、里長で妖精王でもある『天空の雪(ウラノス・キオーン)』さんの御厚意もあって、無事に北方のエルフ族との和解と人間族との交易も成立しました。


 そして後日、正式な形でクリスティ女史とウラノスさんとの間で協定が結ばれ、熾天山脈(してんさんみゃく)付近の人間族による開拓の中止と、いまある開拓村の移動及び今回の騒ぎの首謀者である北の開拓村村長デメリオとダミアン父子の処分――全財産没収の上、現在の身分の剥奪、天上紅華教教会からの破門宣告――が下されました。


 ちなみにこの処分の中で最も罪が重いのが教会からの破門宣告です。


 なぜならそれはある意味、死の宣告よりもさらに厳しく、その者が持つ全ての地位も財産も名誉も……なにより人としての尊厳すら否定するという、恐るべき宣言に他なりませんから。

 これを前にしては、いかに富める者も、どれほど身分ある者……たとえ王侯貴族であっても、恐れおののき、恥も外聞もなく地面に額を擦り付けて平伏して、その言葉の取り消しを請うという最大の厳罰です。


 断罪された彼らの行く末については、詳しくは教えて貰えませんでした。

 消息は不明ですが人間として否定された以上、この国にはいられなくなったでしょう……というのが、この一件の関係者である執事(バトラー)のカーティスさんのご意見でした。

 北の開拓村自体がかなり離れた場所へ新たに移転させられ、林業に携わっていた大多数の村人はそちらに転居するか、または新天地を求めてまったく別な土地へと一家を連れて別れ、一部目端の利く商人やエルフとの交流を希望する村人だけが残る形で、この半年の間にほぼ村は四散したとのことです。その為、その後の彼らの足取りは(よう)として知れず。また気にかける者も居なかったとのことです……。


 正直、あの時は無我夢中で行動しただけですので、自分が正しいことをしたのかどうかは今になってもわかりません。

 あの元村長親子にしたところで、彼らなりに村の発展や村人の為を思っての行動であったのでしょうし、今回のような憂き目にあわなくても、時間をかけて説得すれば、或いは自分達の行いを恥じて、悔い改めたかも知れません。


「……いまとなっては、悔やんでも詮ないことですわね」


 ベッドから降りて軽くため息をつきながら、私は朝の日課の運動をするため着替えを始めました。


 思いがけない出来事に関わって、何人もの人間の運命を変えてしまったことが、意外と心の重荷になっているのかも知れません。

 また、それを見越して、クリスティ女史は私にあの元村長親子の末路を教えないよう、気を配っているのかも知れません……いえ、十中八九そうでしょう。


 着替え終えた私はカーテンを開けて、軽く部屋の中でストレッチをしながら、後ろ向きになりかけた気持ちを奮い立たせるために、今後の予定を考えるようにしました。


 いまは農繁期ですから、どこの開拓村も大忙しでしょう。

 まだまだ日中は暑い日が続きますので、熱中症の予防を周知しないといけません。

 夏場は暑さで食欲も落ち、身体が弱る時期ですから、滋養強壮に効く霊薬(アムリタ)や薬湯の類いを多めに作って置いたほうが良いでしょう。掃除がてら森の庵に里帰りして、3~4日泊り込みで調剤しようかしら。

 許可が出るのなら、西の開拓村で行われている肥料の実験成果を確認して、それに収穫が終わった畑には追肥をしないといけません。

 霊薬(アムリタ)等は村に配るのと、孤児院へと持っていく分とを確保しないと。


 そういえば孤児院の子供たちに簡単な計算と読み書きを教えるのに、蝋引きの書写板を用意しておいた方が良いでしょうね。いまは地面を黒板代わりに使っていますけれど、これから冬になれば外に出ることもできなくなるでしょうから。……ああ、薪も用意しておきましょう。

闇の森(テネブラエ・ネムス)』の木は全体的に火に耐性があるので薪には不適切ですから、エルフから分けてもらえればありがたいのですが……。


 そういえば、そろそろエルフの里から葡萄酒(ワイン)とメープルシロップの追加分を持って、アシミ――『銀の星(アシミ・アステリ)』が顔を出す頃です。

 なんだのかんだの毎回文句を言いながら、開拓村ではなくコンスルのこの屋敷まで、3巡週に1度は直接届けに来てくれるのですから、彼も律儀な性格をしています。まあ本人曰く「プリュイが泣き言を言って、里に帰りたがったらすぐに連れ戻せる様にだ」とのことですけど。

 ちなみにプリュイ本人は、すっかり町場の生活にも慣れた様子で、最近は「社会勉強」と言って、直営喫茶店(ルタンドゥテ)の楽師兼ウエイトレスまでやっている始末です。


 そんなことを考えながら、私は明るくなってきた東の空を眺め、目を細めました。

 朝になれば日が昇り、人々は慌しく今日を生きるために日常に向かい合わなければならないのです。

 過ぎ去ったことを悩んでいる暇などないでしょう。




 ◆◇◆◇




 帝国直轄テネブラエ・ネムス方面領中継都市コンスル。


 もともとが広大な辺境に位置する開拓村同士を繋ぐ交易の中継点として造られ、代官に当たるブラントミュラー女男爵(バロネス)の統治官公邸が置かれている。


 また、近年では最寄に帝都近郊へと一瞬で移動できる『転移門(テレポーター)』も築造されたことで、この地区における最重要都市となったのは記憶に新しいところである。

 けれど、最近のこの街についての話題にあがる中心は、何と言っても本通りに立地する瀟洒な喫茶店にあるだろう。


 まるで貴族の別邸のような手の込んだ造りの店――それもその筈、この地を治めるブラントミュラー家の直営店なのだから――には、ひっきりなしにお客が入っている。

 店内には紅茶や様々な種類の香茶(こうちゃ)の芳香が漂い、それに加えて甘く香ばしい菓子の匂いが充満していた。テーブルを見れば、美味しそうな名物の創作菓子が並び、壁を見れば見たことも聞いたこともないメニューと、簡単な説明が付け加えられている。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「ええ、そうです」

「それでは、こちらのお席へどうぞ」


 周りを見れば家族連れや女友達同士、明らかに恋人同士らしい仲睦まじい男女ばかりで、少年一人で入るのは場違いだったかも知れないと、内心ヒヤヒヤしていた僕だが、女給服を着た従業員らしい自分と余り年齢の変わらない(1、2歳上だろう)灰色の髪を肩位まで伸ばした少女に案内されて、幸い空いていたらしい小さなテーブル席へ案内された。


 きびきびとした動きはきちんと躾られたもので、流石は貴族の直営店というところだろう。

 とは言え室内の調度や雰囲気は非常に落ち着いた感じで、成り上がりの貴族や商人にありがちな押し付けがましさのない、非常に素朴で居心地の良い空間になっている。


 客層を見てみても、その敷居の低さからか中流階級どころか庶民階級の者たちが物怖じせずに店に入ってきては、気楽な態度で菓子や飲み物を注文している。看板に直営店と書かれていなければ、単なる町の喫茶店だと思ってしまうだろう。


「ご注文はお決まりになりましたか?」


 先ほどの女給がやってきて注文を聞いてきたので、僕は壁のメニューを見ながら首を捻った。

「クッキーやラスクはわかるんだけれど、ケーキの種類やパートシュクレとか、フォンドン・ショコラとか、ちょっと中身が想像つかないんだけれど、これっていうおススメがあれば教えてくれないかな?」


「うちのお菓子はどれも美味しいですけど……そうですね」

 顎の下に手を当てて考え込んだ彼女の視線が、一瞬、僕を見透かすように一瞥された。

「お客様は舌が肥えていらっしゃるようですので、他では食べられないメープルシロップを使ったマドレーヌなどはいかがでしょうか?」

「メープルシロップ?」

「はい。砂糖や蜂蜜にはない、すっきりとした甘さの甘味です」


 暗に『王侯貴族なのですから、砂糖や蜂蜜は食べ慣れているでしょう』と告げられた気がして、僕は一瞬狼狽えましたが、従業員の彼女はそんな態度を不審がることもなく、当然のような顔でその場に控えています。


「で、では、それをお願いします。飲み物は紅茶で」

「畏まりました」


 深々と一礼した彼女がその場で踵を返したところで、入り口を開けて店内にリュートを持った草色のワンピースを着た少女が入ってきた。

 流しの吟遊詩人かな……と思って何の気なしに見れば、その子は人間族ではなくエルフ族だった。


「あら、プリュイ。今日は里から友人が来る日じゃないの? 別に無理して顔を出さなくても良かったのに」


 注文を受けた女給が、親しげに話しかけると、エルフの少女が金糸のような髪を振って、ぶっきら棒な口調で返事をした。


「気にするな。日課をサボると気分が落ち着かないからな。ジルの体操みたいなものだ」


「ジル――?!」

 思いがけなく出た名前に軽く目を瞠ると、怪訝そうな女給とエルフの彼女の視線が僕の方を向いた。


「ジルを知っているのか?」

「ジル様をご存知なのですか、お客様?」


 戸惑いと納得が半分半分という口調での問い掛けに僕は正直に頷く。

「ええ、親しくさせていただいています」

「ふむ。恋人か?」


 リュートの弦を調整しながらさらりと言われた問い掛けに、危うく椅子から転げ落ちそうになる。

「えーと…………違います」


「結構、悩んだな」「まあ大体の事情はわかった気がするけど」

 断腸の思いで断言した僕を前に、なにやらヒソヒソ話をしている二人。


「で、今日はこの店(ルタンドゥテ)に軽食に来たのか? せっかくならジルを誘えば良かったものを」

 エルフの少女の言葉で仕事を思い出したらしい、女給の方が一礼して厨房の方へと戻って行った。


「……そもそも統治官のお屋敷の場所を知らなかったもので、ここなら知っている人がいるかと思って、冷やかしがてら入ってみたんですよ」

「なるほどな。なら、ついでだ。何曲か小品を歌った後で、私は屋敷に戻る予定だからな、一緒に来れば良い」


 渡りに船とばかりの申し出に、目の前が一瞬で明るくなる。

「本当ですか!? 助かります。あ、僕はルーカスといいます、ルークと呼んで下さい」


 改めて席を立って挨拶をすると、エルフの少女は面倒臭そうに頷いた。

「モノのついでだ。あと、一応名乗っておくが私はプリュイだ」


「珍しいわね。プリュイがこんなに他人の世話を焼くなんて」


 そこへ紅茶と“メープルシロップのマドレーヌ”とやらを持ってきた女給が、軽く茶化すようにプリュイに話しかけた。


「ジルの友人だそうだし、何より風の精霊が随分と気に入っているようだからな」


 軽く肩をすくめた彼女の言葉の後半に首を傾げながら、僕はいったん考えを中断して、備え付けのフォークでマドレーヌを一口大に切って頬張った。

「美味いっ。なんてしっとりと甘いんだろう! 口の中で蕩けるみたいだ……こんなお菓子は初めてですよ」


 目を丸くする僕の様子を見て、プリュイが満足そうな顔で胸を張った。

「そうだろう。私の里で作ったメープルシロップだからな」


 そして上機嫌なまま、リュートを演奏しつつ叙情的な歌声を響かせるのでした。

2/2 一部設定を変えました。

2/4 表現を訂正しました。

×重罪→○厳罰

3/22 誤字を修正しました。

×口が肥えていらっしゃるようですので→舌が肥えていらっしゃるようですので

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