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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第二章 令嬢ジュリア[12歳]
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甘味の発掘と北方の視察

 今日の朝食はパンケーキでした。ちなみに昨日の昼食もパンケーキでした。夕食は別にして、だいたい一日に一回はパンケーキを食べています。


 女主人であるクリスティ女史が好きなのか、はたまたこの国ではこれが一般的なのか……どちらかというと後者の気がしますね。基本は()いた小麦粉に牛乳と卵を混ぜて焼いただけのシンプルなものですが、たまに目先を変えて蕎麦(ソバ)粉を練った物が出てくることもあるので、ここの食文化もなかなか侮れません。


 それは兎も角、たっぷりのバターと蜂蜜が掛かったそれをナイフとフォークで、きっかり8等分して食べた私は、なにか物足りないような――量はいつも腹八分目を心がけています――心の奥に小骨が刺さったような気持ちで、食後のお茶を嗜んでいました。

 なお、貴族とは言っても質素倹約を美徳とするクリスティ女史らしく、普段飲んでいるのは高価な『紅茶』ではなくて、香草(ハーブ)を使った廉価な『香茶(こうちゃ)』です。


「ん? どうかしたかい、ジル。今朝の食事におかしなところでもあったのかい?」


 テーブルを挟んだ対面で同じくお茶を飲んでいたクリスティ女史が、そんな私の顔を見て軽く眉を寄せました。


「いえ、たいへん美味しくいただきました。ただ、ふと思ったのですが、喫茶店を開店して私のレシピでお菓子を作る場合、バターとお砂糖、それに蜂蜜とをかなり使用すると思うのですが、バターはまだしも甘味(かんみ)がかなり高額ではないかと思うのですが?」

「ま、スパイス程ではないけど、安いものじゃないね」

「そうなりますと、商品そのものの値段にもかなり反映されるかと……一般庶民の口には入らないのではないかと少々、懸念しております」

「それは仕方ないね。もともと菓子は貴族の食べ物だし、ましてや他にないような商品を商おうってわけだからね」


 どうやらクリスティ女史の腹案では、少なくともミドルクラスより上の富裕層を狙った店舗開店を目指しているようです。

 私としてはもうちょっと気軽に女の子や恋人同士などが入れるお店を想定していたのですが、原価率という壁がそれを阻んでいるようです。


「……一般的には甘味って何を使うのでしょうか?」


 ならば目先を変えて安価な甘味がないかと思って、私は壁際に佇む白髪で品の良い初老の女性――家政婦長のベアトリスさんに聞いてみました。

 ちなみに家政婦長というのは、実質的に女性使用人を統括する役職になりますので、使用人全体を管理する家令(スチュワード)のロイスさんに次ぐ、№2の立場になります。


「高級品としては南方で採れる砂糖、それと蜂蜜、それと果物でしょうね。農村部ではその他に糖菜(とうな)甘根(かんこん)という甘味を感じる植物を代用して食べるようですが、正直申し上げて独特のクセがある他、甘さとしましても到底砂糖や蜂蜜の代わりになるものではございません」


 私の思惑などお見通しなのでしょう。一言の元に切って捨てられました。

 甘菜と甘根というのは実物を見てないので何ともいえませんが、前世にあった甘草(かんぞう)甜菜(てんさい)を想像してみました。


「……う~ん」


 呻る私を見て口の端を持ち上げるクリスティ女史。


「面白いね。これまでにない甘味があるようなら、それはそれで大きなセールスアピールになるし、ひょっとすると新しい産業の育成になる可能性もあるからねえ。試したいことがあるんだったら協力は惜しまないから、やってみるといいさ!」


 いえ、やってみればいいって……そんな晴れやかな顔で言われても、グルメ漫画の主人公じゃないのですから、全ての問題を食で解決するような離れ業は使えませんよ、わたくしは?!


「ま、それは冗談だとしても」

 ここで真顔に戻ったクリスティ女史が話を変えました。でも、なにげに目が本気だったのですが……。

「どうも統計を取ってみると北の開拓村の納税率が悪いんだよね。他はバラつきはあるものの納得できる水準で推移してるんだけれど、ここだけが減免と補助の陳情書を上げてきてね」


「おかしいですわね。別に昨年は冷夏や旱魃(かんばつ)もなかった筈ですのに」


 首を捻る私同様、腑に落ちない顔で腕組みをするクリスティ女史。


「ま、北の村は林業が中心だからね。あちらの言い分では、材木や炭の価格が値下がりしたせいで、思ったほど現金収入が入らなかった為……ということらしいけど」

「そうなんですか?」

「あたしも林業は専門外だからねえ。だけど大まかに調べた限りでは、さほど木材や炭の小売り価格に変動はないようだけどね」


 むう。判断が難しいところですわね。こと林業に関しては、私もほぼ無知ですので、どちらの言い分が正しいのか即答ができないところです。

 眉根を寄せて考え込んだ私の顔を見て、クリスティ女史がふっと肩の力を抜きました。


「ま、取りあえず陳情については検討するとしても、詳細な理由もなしに唯々諾々(いいだくだく)と了承するわけにもいかないからね。下手すると着任早々舐めらてれる可能性も高いので、今のところはこの件は留保だね。それでジル、悪いんだけど――」

 あ、またこの流れですの。

「ちょっと私の名代で、北の開拓村まで返答の手紙を持って行ってくれないかい?」


 ほぼ予想通りの内容に、私の肩も下がりました……諦めによる脱力で。


「ま、今回は執事(バトラー)のカーティスも同行させるので、事務的なことはそっちに任せればいいさ。あんたは何か気づいたことがあれば助言するなり、帰ってきてから報告するなりすればいいから」


 執事(バトラー)のカーティスさんはここ本邸にいる執事(バトラー)の一人で、主に統治官としてのクリスティ女史の補佐をしている、年齢は30歳ちょっと手前の黒髪の男性です。


「……なるほど」

 婉曲に申請の不備を指摘して、今回は見送る訳ですが――女史としては、もっと詳細な資料が欲しいところなのでしょう――こちらも男爵家の人間が直接出向くことで誠意を示して、なおかつ子供と言うことで怒りの矛先を躱す狙いもあるのでしょう。要するに今回は本当に子供のお使いですね。


 ま、本当に相手が二進(にっち)三進(さっち)も行かないようなら、クリスティ女史ももっと早急な手を打っている事でしょうし、今回はさほど切羽詰った状況と言うわけでもないのでしょう。


「わかりました。では、北の開拓村への手紙をお届けする役目、謹んで拝命いたします」

「ああ、頼んだよ。まあ、あっちは秋の紅葉以外に何にも無いところだから、いまの時期に行っても楽しめる場所もないだろうけどね」


 カップをソーサーに戻しながら、クリスティ女史が鷹揚に頷きました。




 ◆◇◆◇




「甘い物ですか? お砂糖は高価なのでウチでもほとんど使いませんでしたね。だいたいは果物ジャムを作ったりして代用してました。あとはたまーにミツバチの巣を見つけた時に、蜂蜜が口に入るくらいでしょうか」


 あれからほぼ一巡週が経過した鏡の日(土曜日)の午後、北の開拓村へと向かう馬車の中で侍女のエレンが首を傾げます。

 ちなみに今回同行した侍女はエレンとラナの二人です。


 理由としては西の開拓村村長の娘であるエレンが、あちらの村長の顔を知っていたためと、奴隷になる前のラナがもともと山村出身と言うことで、何か私では気付かない事も気付くこともあるかも知れないから……というのが表向きの理由ですが、まあ、今回は居残りになったモニカ曰く「二人合わせてどうにか半人前ですからね」と言うことで、抱き合わせみたいな形で連れてこられたようです。

 

 そんな訳でこちらは同じ馬車の中に乗り。もう一台、先行する馬車の方へ執事(バトラー)のカーティスさんが乗っています。

 私の使い魔(ファミリア)天狼(シリウス)のフィーアが、この馬車のすぐ脇に併走している他は、10名ほどの護衛と案内役の冒険者が5名ほどがいますが、こちらは各々馬や騎鳥(エミュー)などを使って同行していました。


 そんな感じで馬車に揺られること半日余り。

 途中で昼食と休憩を挟んだ他は、さしてやる事のない車内です。いつの間にか、話は先日もクリスティ女史と話しました甘味(かんみ)の話へと戻っていました。

 で、エレンにもダメモトで聞いてみたのですが、その答えはベアトリスさんのものとほぼ同じです。


「……やっぱりそんなところよね」

「そうですね。他に甘い物と言えば……あ、そうそう。たまにやって来る行商人が、水飴を売ってましたけど、あれを楽しみにしてました」

「水飴ですか。どうやって作るのかしら……?」

「さあ? 粘々(ねばねば)していたし、ジャムみたいに作るんじゃないでしょうか?」

「「う~~ん」」


 水飴は結構使えそうな気もするのですけれど、作り方とか考えたこともなかったので、エレンと揃って呻き声をあげるしかなかったのでした。




 ◆◇◆◇




 その頃、どこかの街角で黒髪をしたどこか胡散臭い雰囲気のある行商人が、紙芝居の屋台を前に子供たちに駄菓子を売っていた。


「はいはい、ソースせんべいにはウスターソースが合うよ。水飴は水に砂糖をガンガンぶち込んだ塊だから、食べた後はちゃんと歯を磨かないと虫歯になるよ~。あと、そこ只見は駄目だよ、お菓子買わないと」


 子供たち相手に一通りアンズ飴とか水飴とかソースせんべいを売って、小銭を巻き上げた行商人は、意気揚々と紙芝居を始めた。


「さて、前回株のシストレで虎の子の貯金を8割方溶かした主人公は、ついに禁断のFXへとチェンジすることを決意した! 人間、負けが込むと目先を変えたくなるもんだね。皆も気をつけようねー。

 だがしかーし、ファンダメンタルズ、経済指標をチェックせずとも、知らない間に勝手に儲けてくれるシストレ生活に憧れる主人公に襲い掛かってきた罠が! レバ上げし過ぎていきなりの大ピンチ!!――相変わらず手に汗握る展開だねぇ」


「……何度聞いても、このおっちゃんの紙芝居はわけがわからんな」

「でもなんとなく、すげー人生で重要なこと聞かされて気もするんだ」

「大人はみんなこうなんじゃね?」


 ノリノリで「ぎゅおーん!」「がくがくがく!!」とエキサイトして紙芝居を続ける行商人とは対照的に、見物している子供たちは妙に達観した様子で、水飴とか舐めながら訳知り顔で頷き合うのだった。




 ◆◇◆◇




「あ」

 ふと、私たちが膝付き合わせて思案している脇で、窓硝子越しにどこか懐かしげに周囲の山々を眺めていたラナが、小さく声をあげました。


「「?」」

 怪訝な私たちの視線を受けて、何でもないというように顔を赤らめて、フルフルと首を左右に振るラナ。


「ラナ、何か気が付いたことがあるのなら、遠慮しないで言ってみて。どんな事でもいいから」


 私が水を向けても、しばし逡巡していたラナですが、やがて意を決した風に口を開きました。

「……甘い液。木から流れるのをよくお姉ちゃんと集めて、舐めていたのを思い出したの」


「木……樹液でしょうか? それほど甘いモノではないと思いますけれど……?」


 首を捻るエレンへ向かって、ラナが先ほどよりも明確に首を横に振りました。

「甘い液はもっともっと甘いの蜂蜜みたいに」


「そんなに甘い樹液なんてあるの?」

「ん!」


 半信半疑で尋ねるエレンに向かって力一杯頷くラナ。その様子を見ながら、ふと……私の頭の中で、抜けていた欠片(ピース)の一欠けらが、パチンと嵌った気がしました。


『パンケーキ』

『物足りないもの』

『木から出る甘い樹液』


「――ッ!!」

 それ(、、)が前世のモノと同じであるかどうかはわかりません。ですが、私は念の為にラナに向かって確認してみました。


「ねえ、ラナ。その甘い液を出す木の葉っぱって、もしかしてこういう形じゃない?」


 五指を目一杯広げた形で掌を向けたところ、ちょっと考えたラナがじっと遠い目をして考え込み……ちょっとだけ首を捻って気味に頷きました。


「もっと葉っぱはギザギザしてるし、もっと大きいけど……うん。そんな感じ。あと寒くなると葉っぱが赤くなる」


 ラナの答えを聞いて私の頬が緩みます。

 秋に紅葉するとなるとほぼ間違いないでしょう。


「どうかされたんですか、随分と嬉しそうですけれど?」

「ええ、それはもう! これでひょっとしたら甘味に関する難題が一度に片付くかも知れないのですからね」

「えっ、そうなんですか!? さすがはジルお嬢様……!」


 感服しているエレンですけど、こんなもの瓢箪から駒も良いところですよ。

 そもそもアレがこのあたりの山に生えていないと意味がないのですから。


「……ジル様、わたし役に立った?」

「勿論よ!」 

 おずおずと上目遣いで聞いてくるラナの頭を、私は優しく撫でました。


 ま、なければないで確か他の種類からも同じような樹液は採れるはずですので、その場合は代用することになるでしょうね。


「今回の視察の間に採取できればいいんだけれど……“メープルシロップ”を」

「はあ、“メープルシロップ”ですか?」


 要領を得ない顔で相槌を打つエレンに微笑み返した私の目に、進行方へ立ち並ぶ粗末な木造の集落が見えてきました。

 どうやらあれが目的の北の開拓村のようです。


(紅葉の郷、か……)


 メープルシロップの原料になる樹液を出すサトウカエデ。それが自生している事を願いながら、私は周囲の山々を見渡しました。

いろいろ甘味を考えたのですが、結局何番煎じかのメープルシロップに落ち着きました(´・ω・`)

なお沸騰させ濃縮させるほど煮込まないとさほど甘くはありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] つい繰り返し読んじゃう。 [気になる点] いわゆる紙芝居のおじさんが配ってたうすい茶色の水飴は、麦芽水飴じゃないですかね? (たしか、穀物や芋類のデンプンを麦芽で発酵させて煮詰めたりとか?…
[一言] この世の春じゃ
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