迷宮の宝と仲間の絆
最初の分岐を左に曲がり、二つ目の分岐路に差し掛かったところで、仲間の意見が真っ二つに分かれた。
いや、正確には反対しているのは自分ひとりで、残り5名のうちこのまま進行方向、左手側に進むべきだと主張しているのが4名で、どっちつかずで中立なのが1名という圧倒的に不利な状況だった。
「迷宮ではまず『左手法』に従って壁沿いに進むのがセオリーだろう? そりゃ逆の右手側に進むやり方や、ゴールに近いと思われる区画に向かって進む『求心法』もあるだろうけれど、この試験はあくまで基本を見るものだ。余計な真似はしないで基本に忠実に従うべきじゃないのか?」
今回、試験に参加した研修生の中では最年長で、実際に冒険者パーティの荷物運びとか、見習いみたいな立場だったというビョルンが、聞き分けのない子供に言って聞かせるような口調で、面倒臭そうに自分の意見を振り翳す。
残り3名もその言葉を受けて、うんうん頷くが、この研修生の中でただ一人俺より年下のリーンだけが、おろおろと俺とビョルンの顔とを見比べていた。
「基本を見るというなら猶更じゃないんですか。出来うる限り全ての地形をマッピングして、不測の事態に備えてリスクを軽減するのが、冒険者のやり方だと思いますけど」
一応相手は年上だということで、俺としても言葉遣いに気をつけて喋っているけれど、それが逆にビョルンに舐められる結果になったらしい。
「糞真面目だねえ、僕ちゃんは。いいかい、この『ハンネスの地下迷宮』は、50年も前に全区画が調査し尽された出涸らしなんだよ。当然、マップも出回っているし、俺も頭に入っている」
自慢たらしく自分の軽そうな頭を指差すが、そんなことは事前の下調べで俺だって頭に入れてある。
ところが他の連中は、『お~~っ!!』と尊敬するような目でビョルンの顔を見たのだった。
(……こいつ等、場所を聞いて下調べもしないで来たのか?!)
唖然とする俺の顔を見て何を勘違いしたのか、ビョルンは「ふふん」と蔑むような目で見て続けた。
「そして、ここ地下1階で出てくる魔物は『狩人鼠』に『跳胞子茸』『擬態スライム』のいずれもFマイナスランクの3種類だけ。つまり素人でも倒せるような雑魚ばかりだ。なら無駄な労力を費やすより、より早くゴールを目指すべきだと思わないかね」
その決め付けるような言葉に、なるほどと言う顔でリーンまで頷いた。これで5対1だ。
「……3種類って。さっき木で出来た案山子みたいな人形がいたじゃないか?」
たいして強くはなかったけれど、こちらを見て襲ってきたアレも魔物にカウントするんじゃないかと思って、反論してみたが、
「ああ、魔導人形か。おそらく元々いた魔物じゃなくて、教官が訓練用に放したんだろうね。安物だったし」
あっさりと一蹴された。
「兎に角、俺達はここから戻ってチンタラとマッピングする必要を認めない。どうしてもやりたかったら、お前ひとりで戻ることだな」
言うだけ言うと、ビョルンは傲然と肩をそびやかして、左手通路に向かって歩いて行った。その後に続いて他の研修生が、こちらに向かって冷笑を浮かべて通路に消える。
最後に残ったリーンがあっちとこっちを気にしながら、その場でオロオロしているのを見て、半ば諦観混じりに言い放った。
「どうした? さっさと付いて行かないと置いていかれるぞ」
「あの……ブルーノ先輩は、どうするんですか?」
こいつはなぜか知らないけど俺のことを『先輩』と呼ぶ。理由を聞いても「なんとなく」だそうだ。
「――決まっているだろう。マッピングを続けるさ」
気持ちを切り替えて俺は洋燈を掲げた姿勢で踵を返して、最初の分岐路に戻るべく慎重に通路を戻り始めた。
しばらくその場に立っていたリーンだけれど、程なく……俺の後を追って追いかけてくる足音が聞こえてきた。
◆◇◆◇
「――で、結局、先に進んだ連中は教官たちが仕掛け直した罠や、新たに増築された迷路、擬態スライムが化けた宝箱に喰われかけたりして、全員軽い怪我をして脱落した訳なんだけど……」
「あらら」
訪ねてきたブルーノと、一緒に連れて来られた研修生仲間であるリーン君を前にして、私は苦笑しました。
ま、普通に考えれば『教官が放った魔導人形がいる』時点で、もともとの迷宮を訓練生用に改造してあるって気が付きそうなものですけれどね。
なんで既存の知識で大丈夫と判断するんでしょうね。浅はかと言うか、考えなしというか……。
「ホント脳筋ばかりなのねえ……確かに研修が必要だわ」
私の素直な感想に、しみじみ頷いて同意するブルーノ。その背中に向かって、壁際に立っていたエレンが「あんたもその同類じゃない」と毒づきました。
「俺はちゃんと回避したし、リーンと協力して全部のマッピングも終えて、隠し扉を見つけてゴールできたぞ」
客室のソファーに座ったまま振り返って憮然と答えるブルーノ。
「ふーん。まあ多少はマトモな判断力が備わったってところかしら。それとも、そっちのリーン君のお陰で罠を回避できたんじゃないの?」
「と、とんでもないです! 僕はブルーノ先輩のお陰で、オコボレで合格できたようなものですから……」
多分ブルーノの事ですから「知り合いに逢いに行く」程度のノリでこの男爵邸まで連れて来たのでしょう。
入って来た時からしゃちほこばって、出されたお茶に手もつけず、ピンと背筋を伸ばしている草色の髪をした、なかなか可愛らしい顔つきの(自己紹介によれば)12歳のリーン君が、顔を赤らめて反論しました。
「謙遜するなよ。お前がマッピングを見て、最後の隠し扉を指摘してくれたから、出口を見つけられたんだし、お陰で俺も無事に合格できたんだからな。なにより一人じゃないって思えたから、ずっと心強かった。助かったよ」
素直に頭を下げるブルーノと、それをリーン君が受けて「いえ…そんな…」と恐縮しています。
「でも、まさか隠し扉を開けるスイッチがあんな高い処にあるなんてなぁ。ホント、あれは俺一人じゃ届かなかったよな。お前を肩車してやっとだったし……」
「も、もうっ。それは忘れてよ!」
さらに顔を赤らめて、ぽかぽかとブルーノを叩くリーン君。
そんな微笑ましい光景を、なんとなく手のかかる子供か弟が成長した姿を見るような、母性愛に溢れる生温かい視線で見守る私とエレンがいました。
「で、結局のところ今日は研修の合格をしたって報告に来たわけ?」
軽く肩をすくめてのエレンの問い掛けに、「ああ、そうだった」と本題を思い出したらしいブルーノは屈み込んで、足元に置いてあった頭陀袋に向かって、身体を逆さにして中身を漁り始めました。
「――とと。これだ」
そう言って出したのは、一抱え程もある木製の木箱でした。
だいぶ表面の仮漆が剥げて木目もささくれ立っていますが、重厚そうな造りと何よりも目に付くのは、丈夫そうな鍵穴の着いた金具です。
一見して――。
「「宝箱……?」」
そうとしか思えない箱でした。
「そ。最後の扉を開けた処に置いてあったんだ。最初は何かのトラップかと思ったんだけれど、調べてもそれっぽい仕掛けがなかったら持ってきたんだけど、教官曰く『無事に試験を合格できたお祝い』らしいんだ」
「へえ、なかなか洒落た演出をするわね」
なんとなくエラルド支部長の顔が浮かびました。こういう外連味溢れるやり口は、なんとなくあの支部長の差し金のような気がするのですよね。
「……ところが、それって鍵が掛かっていて俺達の力じゃ開けられなくてさ」
一転苦々しい顔で宝箱を見据えるブルーノ。
「こういうの開けるのは、ビョルンが得意だったんだけど」
「まあ、話を聞いた限りでは、協力してくれそうな人格者には思えないわね」
「そーいうこと。だから、魔法で開けられないかと思って、相談に来たんだ」
「なるほどそういう訳ね」
ここに来て話の筋道が見えて納得いたしました。
ですが。
「生憎と魔法はそこまで万能ではないわ。単純に壊すだけならできるけど……」
もともと魔術でロックを掛けてある物でしたら、強制的に魔術を解除して開ける事もできるでしょうけれど、見たところこれはオーソドックスな鍵穴に鍵を差し込んで開ける方式の鍵です。魔術で開けるとなれば、鍵穴を破壊することになるでしょう。
そう言うとブルーノは難しい顔で考え込みました。
「それって、中身も壊す可能性もあるよな?」
「まあ確かに、中身が硝子とか壊れ物とかだと危ないかもしれないわね」
「う~~ん。できれば手順を踏んで開けたいんだけど」
残念そうに呟きながら、未練がましくテーブルの上に置いた宝箱を、矯めつ眇めつ確認するブルーノ。初めて潜った地下迷宮で、初めて自力で手に入れられた宝箱ということで、思い入れがあるのでしょう。
私としてもできれば手荒な真似をしないで、鍵を開けたいところですが、生憎とそういう技術は……と思ったところで、ふと心当たりがあるのを思い出しました。
「あ。エレン、悪いけれどエミリアさんを呼んできてきてくれない。多分、この時間はモニカの元で行儀作法を習っていると思うから」
「は、はい。エミリアさんですね?」
「ええ、鍵開けのことでお願いしたいので、必要な道具とかあれば用意するので、そっちの方も確認してみて」
「わかりました!」
◆◇◆◇
こういうのも“餅は餅屋”というのでしょうか。
必要な道具を準備して、わずか20分程でエミリアさんは宝箱の鍵を開けてしまいました。
ピン、と音がして鍵が開いたのが誰の目にも明らかになった瞬間、
「「「「おおおおおおっ!!」」」」
期せずして感嘆の声が挙がりました。
「ふう。罠は付いていないし、オーソドックスなシリンダー形式だし、基本的な鍵ですね」
あっさり仕事を終えたエミリアさんが、若干照れながら説明してくれます。
「凄え。お姉さん、俺と組んで冒険者になりませんか?」
宝箱を手に取って、なにやら本気でナンパしているブルーノ。
「冒険者ねえ……それもいいかも知れないけど、生憎とあたしには待ってる家族が居るから、遠慮しておくわ」
満更でもない顔をしたエミリアさんですが、軽く肩をすくめてその申し出を断りました。
「ねえねえ、それよりも中身はなにかな?」
「おっ。そうだそうだ。開けてみようぜ!」
ワクワクしながらブルーノとリーン君とが宝箱を開けました。
私たちも野次馬根性でその頭越しに中身を注目してみます。
「……サークレット?」
「……だね」
どこの通販だと言いたくなる様な感じで、箱の大きさに反して中に入っていたのは、乳白色の石で出来たサークレットが一個だけでした。
「錬光石のサークレットですね」
同じく覗き込んでいたエミリアさんが説明してくれます。
「なかなか割れたり変質したりしないので『変わらない絆』を意味する石として、友人や恋人に贈る石です。まあ、さほど値打ちモノではないですけど」
「『変わらない絆』ですの」
「そういえば、最後の扉は協力しないと開けられない位置にあったって言ってたわよね」
ここまで来れば今回の試験で、教官たちが何を言いたかったのかは自明の理というものでしょう。
「……仲間と協力して事に当たれってことだよな。だとすれば一人で行動しようとした俺も、失格になるところだったんだな」
「ブルーノ先輩……」
箱から取り出したサークレットを手に、自分に言い聞かせるように独りごちたブルーノは、私の方を向いて深々と頭を下げました。
「ごめん。やっぱりこれを渡す相手は一人だけだと思うんだ。だから、今回はごめんっ!」
「はあ?」
こちらの困惑を無視して、ブルーノは手にした錬光石のサークレットを、傍らで成り行きを見ていたリーン君に手渡しました。
「ありがとう。リーンが居てくれたから、俺はまた間違わずに済んだんだと思う。だから、これはリーンに受け取って欲しいんだ」
「え……ええええっ!?」
唖然とした後、大慌てするリーン君に無理やりサークレットを握らせるブルーノ。
しばらく押し問答が続きましたが、最終的に「本当にいいの?」照れた顔で上目遣いに訊き返すリーン君に向かって、ブルーノが力一杯頷いたところで決着が付きました。
「ありがとう! 大事にするよ!!」
最初に来た時のおどおどした態度が消えて、満面の笑みを浮かべたリーン君が、上気した顔で心からのお礼を言って、ブルーノもそれに笑顔で応え返したのでした。
◆◇◆◇
「それにしても……」
ブルーノとリーン君が帰った後の客室で、淹れ直してもらった香茶を飲みながら、私は首を傾げました。
「ブルーノわかってたのかしら?」
「わかってないんじゃないですか、あれは」
ポットを手にエレンが難しい顔で断定します。
「確かにわかってないみたいでしたね~」
お茶に付き合って貰っているエミリアさんも苦笑しました。
「「「リーン君が女の子だって」」」
……なんとなく三人揃ってため息が出てしまいました。
「女の子に錬光石贈るなんてねえ」
「意味は『変わらない絆』だったわね」
「リーン君は喜んでましたよね~」
「「「う~~~む」」」
期せずして呻り声が揃います。
「それにしても不思議なのは、ブルーノが最初に私に謝ったことよね。あれってどういう意味なのかしら?」
「それはまあ……」
「男の子ですからねえ」
「?」
なぜか曖昧に言葉を濁す二人。
「まあ、最終的にリーン君の手に渡ったんだから、結果オーライだけど」
「今後大変でしょうね」
「あの馬鹿のどこがいいんだか」
「……本当にね。気の毒としか言えないわ。好きな相手があそこまで鈍感だと」
「「………」」
しみじみとした私の慨嘆に対して、なぜか二人とも白けた顔で視線を外したのでした。なんででしょうか、この話題に関しては、私の扱いがおざなりな気がするのですが、気のせいでしょうか?
1/16 誤字脱字の訂正をしました。
×半ば諦観混じるに言い放った→○半ば諦観混じりに言い放った
×「ああ、そうだった」本題を思い出したらしい→○「ああ、そうだった」と本題を思い出したらしい