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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第二章 令嬢ジュリア[12歳]
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竜牙の剣と辺境への帰還

 2メルトほどの傾斜に生えていた薄紫のハート型をした薬草を見つけ、「よいしょ」と、背伸びをして葉っぱの部分だけを摘み取ります。


「それは何に使うものなのでしょうか?」

 興味津々という目付きで私の手の中の薬草を見詰めるルーク。


「これはクーラトという薬草です。基本的には乾燥させてから煎じて、病気の時に飲むのですが、このまま生で揉み解して患部に貼れば、簡単な切り傷や打ち身に効く湿布になります。それと栄養価が高いので、生で食べても滋養強壮に役立ちますけれど、少々癖があるのであまりお奨めはしませんわ。ですが、大抵の病気や怪我に効くので、覚えておくと便利ですよ」

「へえ。一種の万能薬ですか。確かに将来役立ちそうですね、よく覚えておくことにします」


 しげしげと顔を寄せ、臭いを嗅いで「独特の臭いですね」おどけたように軽く眉をしかめるルーク。その腰には儀礼用ではない、使い込まれた中剣(ミドルソード)が下げられています。


 なんでもこの間の騒ぎの後、帰宅してから一部始終を話したところ、父親であるエイルマー氏から、「よくやった!」というお褒めの言葉と「レディを守れなくてどうする!」という苦言をいただいたそうで、その結果、父親が若い頃使っていたという、この中剣(ミドルソード)を渡されたとか。……なにげに武闘派ですこと。


 そして、手渡された時に一言――。


「だが、これを使うのは一番最後、どうしても使わざるを得ない時だけにしないといけない。そもそも先の状況でも、お前がジル殿の為にやらなければならないことは二つあった筈だ」

「えっ。それは?」

「ひとつは、女性連れで治安のよくない裏道に近寄らない事。ひとつは、危なくなったら即座に護衛に助けを求める事――当たり前の事だと思うだろうが、普段から注意すべき手を打たないで、危なくなってから、その場を切り抜ける良い手がないかと模索するなど、虫の良い事を考えるべきではないな」


 そう諭されたそうで、なるほど道理ですね、と私も反省させられました。


 ちなみにルークはあれから何度か、ラナの様子を確認に顔を出しています。

 そんな暇な身ではない筈ですのに――或いは暇なんでしょうか?――本当に義理堅いことですね。

「まあ、父上も『そうかジル殿がいるのか。ならば仕方ないな。お前の好きにすればいい』と許可してくれてますから」

 とはルークの言ですが、その信頼感がどこから来るのか微妙に謎です。

 それと、現在ルークの縁談話は帝国貴族全体が喪中ということで、頓挫して先方も納得済みだとか。


 そんなわけで、今日は私たちの護衛役を自ら買って出て、こうして郊外の草原まで付いてきているのでした。……まあ、実は他にも魔術師の護衛が密かに周囲に潜んでいるらしくて(多分、ルークの家の護衛でしょうね)、さっきから魔力探知(サーチ)魔力波動(バイブレーション)が結構ウザイです。


 とは言えさほど大規模なものではなく、おそらくは数人の術者で断続的に、距離を伸ばす形で魔力探知(サーチ)を行っているのでしょう、魔力波動(バイブレーション)の強度自体はかなり薄めで、ちょっと気になる程度ですけれど……感覚的にはあれですね、夏場に蚊を寄せ付けない高周波音、あれを鳴らされている感じで、微妙に気になるというか、神経に障るというか……。


(でも、面白いやり方よね、三点測量みたいに多人数で魔力探知(サーチ)することで、距離を稼ぐことができるんですもの)


 個人で同じ真似は出来そうにありませんが、なにかに応用できそうですね。


 一方、ルークの真似をしてクーラトの葉っぱの臭いを嗅いだラナは、その独特の――ドクダミとペッパーを混ぜたような強烈な――臭いに、鼻の頭を押さえて涙目で仰け反りました。


「ほらほら、ちゃんとお鼻をかまないと駄目よ」

 ルークと二人で微苦笑しながら、私は屈み込んで、あうあう言っているラナの顔をハンカチで拭いてあげます。

「はい、綺麗になりました」


 すると、ちょっと困ったような顔で、されるがままにされていたラナが、ペコリと頭を下げました。

「ありがとうございます、ジュリアお嬢様」


「……それは、やめてね」

 高揚していた気分が一気に冷めます。

「ラナは私の妹みたいなものなんだから、“ジュリア”とか“お嬢様”とかはいらないわ。普通に“ジル”か“お姉ちゃん”でいいわ。別に誰が見ているわけでもないんだから」


 そう言っても、ラナは困惑した顔でもじもじと下を向くばかりです。


「まあまあ。ジル、あまり困らせないで。主従のけじめをつけるよう彼女は戒められているわけですし、まだまだ勝手がわからない子供です。『ここだけ』のつもりが、どこでボロが出るか……そうなった場合、叱られるのはラナの方ですよ」


 優しく窘めるルークの言葉に、私は深いため息をつきました。


「窮屈なものですわね、貴族というものは。常に周りの目を気にしないと生きて行けないんですから」

「しかたありませんよ。上に立つ者が率先して規範とならないと示しがつきませんから」


 それが当然という価値観で生きているルークと違って、私の場合前世の影響か、もしくは、現世での『シルティアーナ』の人を人とも思わなかった傲慢さへの反駁(はんばく)からでしょうか、身分の違いや立場というものにどうにも馴染めないと感じて、窮屈に思えてしかたがありません。


 とは言え、その窮屈な貴族生活……いえ、帝都暮らしも間もなく終わりです。


 静天使の月(5月)に入る来週には、クリスティ女史と私、ラナ、家令(スチュワード)のロイスさん、侍女のモニカを含めたメイド数名が、帝都コンワルリスを離れて女史の赴任先であるコンスルの館へと引っ越すことになっています。


 ちなみにコックのローランドさん他数名は、帝都の屋敷に残って維持を行うそうで、あの味気ない料理とさよならできるのは、正直かなりありがたい知らせでした。

 まあ、実はこうしてラナの生活費を稼ぐ、という名目での薬草摘みを始めた理由の半分は、お昼に外で買い食いをするのが目的だったりするのですが。


「わうっ」

 そこへ狩りに出ていた使い魔(ファミリア)のフィーアが、口に大きなハナアルキを咥えて戻ってきました。ちなみにハナアルキというのは象のような二本~六本の鼻を持っていて、逆立ちして歩く哺乳類です。魔物ではなく鼻行類(ナゾベーム)という真っ当な(?)動物で、お肉が美味なので商業ギルドで、そこそこ良い値段で売れます。


「あら、フィーアご苦労様。ありがとう」

『褒めて褒めて!』と言わんばかりのフィーアの首を抱いて頬摺りします。

 すると、ラナも真似をして抱き付きます。それを微妙に鬱陶しげに見るフィーアですが、あえて避けることはしないで我慢しているところは、ある程度気を使ってはいるのでしょう。

 それとラナは屋敷内の他の使用人相手には、いまひとつ打ち解けないようですが、天狼(シリウス)であるフィーアには、人見知りしないで尻尾とかにじゃれまくっています。


「それじゃあ戻って、商業ギルドで換金と行きましょう。引越しするんだから、着替えも何枚か必要でしょうから」


 一応、周り(の護衛)にも聞こえるように呼びかけて、私はラナと手を繋いで帝都へと戻る道を歩き始めました。

 それからふと首を巡らし、微笑ましげに私たちの様子を見ているルークと、その腰に下げた剣に視線をやって、再会してから気になっていたことを聞いてみました。


「そういえば、剣での再戦はしないのですか? もっとも、いまのルーク相手だと私も勝てる自信はありませんけれど」


 一瞬、虚を突かれた顔で瞬きを繰り返したルークですが、腰に佩いている剣にポンと片手を当てると、照れたような……それでいてどこか誇らしげな表情で、首を横に振りました。


「いえ、もう僕の中では結論は出てますから。僕の負けです。ジル、貴女には絶対に勝てません。認めます」

「はあ……?」


 やってみないとわからないと思うけど、なぜかサバサバした様子で両手を“降参”という風に上げるルーク。


「ところで、ジルはもう来週にはコンスルの街へ移動するんですよね?」

「ええ、転移門(テレポーター)を使うので、1泊2日程度で着けるとは思いますけど」

「そうですか。できればジルにはもっと……いえ、この街で一緒に過ごしたかったのですが、その程度の距離ならまたすぐに逢えますね」

「そうですね、暇が出来たら是非遊びに来てください。紹介したい友人もいますので」


 西の開拓村にいるエレンやブルーノ、バルトロメイ……は、迂闊に紹介して良いものかどうか微妙ですけど、彼らの顔が浮かびました。


「そうですか、楽しみです」

 にっこりと邪気のない笑顔で微笑むルーク。その『王子様スマイル』をみて、そういえば以前、ルークのことをエレンやブルーノに教えた時の反応が、なぜかぎこちなかったのを思い出しましたけれど……ま、三人とも悪い子ではないので別に問題はないでしょう。


 その後、軽く雑談をしながら私たちは帝都へ戻って、商業ギルドで薬草類を換金して、古着屋でラナの着替えを何着か購入しました。


「――真っ直ぐ戻らないのですか、ジル?」


 帰り道で首を傾げるルークの疑問にあえて惚けたまま、私たちはその足で『工匠ギルド』へと足を運びました。

 工匠ギルドは他のギルドと違って、もろに『作業場』という感じで、広い工房内を全員が忙しそうに跳ね回っています。


 そのうちの一人。先日も顔を合わせた、店番らしい若いドワーフに声を掛けました。

「こんにちは、先日お願いした短剣を受け取りに来たんですけれど、できていますか?」

 私の顔を見て少し考え込んでから、ジロジロと着ている物を眺め、「ああ」と合点がいった様子で、返事もしないで奥へと引っ込んでいきます。


 程なく戻ってきた彼の手には、柄を含めて長さ30と25セルメルトほどの短剣が2本握られていました。

「ほらよ。大した細工じゃなかったから、手間賃と鞘代は、手付けに貰ったもう一本の牙と差し引いてただでかまわねえ」


 無造作に差し出された、驚くほど軽い短剣を私は革製の鞘から引き抜き確認します。

 剣は金属ではなくて、象牙のような色と質感の物質でできています。軽く振ると、空気を切り裂くような感触が手に残り、これが見た目だけの装飾品ではない実用品であることをまざまざと教えてくれました。


「ありがとう。素敵な剣に仕上げてくれて」

「それが仕事だからな」


 素っ気無いドワーフにお礼を言って私たちは商業ギルドを後にしました。


「短剣の製作を依頼していたのですか? ちょっと変わった剣ですね」

「旅の間に襲ってきた風竜をレジーナたちと斃した時に、剥ぎ取った牙を材料に作ってもらったものです」


「“竜牙の短剣”ですか!」


 軽く目を剥くルークに向かって、私は長い方の短剣を差し出しました。

「はい。私からの指輪のお返しです。風竜の牙なので、風の精霊力を強く持っていますから、きっと竜騎士になってから役に立つと思います。もともと持っていた材料を使ったものですから、元手はかかっていませんので、遠慮しないでください」


 唖然としてたルークは、苦笑しながら『竜牙の短剣』を両手で押し抱くように受け取ってくれました。

「まいったな。そう言われちゃ受け取らないわけにはいけないじゃないですか。――ありがとうございます。一生大切にします」


「別に道具は道具なんですから、壊れたり邪魔になれば捨てても構いませんよ」

 神妙にお礼を言うルークに向かって、私は肩をすくめて見せます。


「ジルらしいですね」

 にこにこ笑いながら、ルークは短剣を腰の剣帯へ挟み込みました。

「約束します。きっとこの剣に恥じない竜騎士になって、約束を守ることを」



 結局、この日がルークと帝都で言葉を交わした最後となり、慌しく帝都で過ごす残りの日常は過ぎて、あっと言う間に出発の日はやって来ました。




 ◆◇◆◇




 今回の旅に用意されたのは、私とクリスティ女史、そして家令(スチュワード)のロイスさんが乗り込む貴族用の箱馬車1台と、使用人たちや荷物が詰め込まれた幌馬車が7台となります。

 幌馬車の数が結構多いのは、私たちの一団に便乗して、冒険者ギルドのコンスル支部の増設増員に伴って、ギルド職員等が異動するためだそうです。挨拶に来たメンバーを見たところ、私が最初に冒険者ギルドに間違えて行った際に受付をしてくれた、生真面目そうな小柄な女性職員カルディナさんも同行していました。


「なんで私が、都落ちの左遷……」

 がっくり落ち込んでいましたけれど、まさか私に関わったせい……だったりはしませんよね? まさかねえ。なぜか反射的にクリスティ女史とロイスさんの二人揃って、さりげなく視線を逸らせましたけれど、きっと偶然の一致でしょう。うん。


 まあ実際のところ、コンスルの街は『闇の森(テネブラエ・ネムス)』も近くにあることですし、もともと潜在的な需要は大きく、今後人口が増えればギルドの必要性が増す筈……という皮算用があっての判断らしいです。

 今回は結構な数の冒険者が護衛として同行していますが、そのうちの何組かのグループが、本腰を入れてコンスルを拠点にするらしいですし。

 

 ちなみにお別れの挨拶に行ったジェシーたち冒険者三人組は、

闇の森(あっち)は鬼門なので、近寄らないようにしている」

 とのことで、ちょっと残念でした。


「さて、出発のようだね」

 クリスティ女史の声を合図に、やがて朝靄の中、馬車が一列になって動き始めました。

 中ほどを走る私たちの馬車に併走して、フィーアが軽い早足程度の足運びで付いてきています。その背中には、エプロンドレスを着てすっかり元気になったラナが楽しげに跨っています。

 いつの間にか仲良くなったようでなによりです。


 走り出して2時間ほどで馬車は小高い丘に差し掛かる、後続との距離の調整のために丘の上で停まった馬車から降りた私は、隣に座り込んだフィーアとラナと一緒に、眼下に望む光景――広大な平原と雄大な大河、そして巨大な帝都の町並みの全貌を視界に納めました。


「うわあ、あそこに私たちはいたのね」

 いまさら感慨に耽っていると、一緒にぼーっと見ていたラナが、帝都の上空を指で示しました。

「おっきい鳥……?」


 目を凝らして見れば、帝都上空を何頭かの飛竜(ワイバーン)が飛んでいるのが見えます。

 軍の訓練でしょうか?


 と、そのうちの一頭――特徴的な真っ白い飛竜(ワイバーン)が、ぐんぐんとこちらに近づいて来ます。

「な――っ。吹雪(フブキ)?! エイルマー様?」


 歓声をあげる私たち馬車隊の頭上を2~3周旋回する飛竜(ワイバーン)

 手綱を握る竜騎士が軽く手を振り、その後ろの鞍に同乗していた小柄な人影が、目敏く私を見つけて、手にした短剣を振り、なにか別れの挨拶を口にしたのが見えました。


 やがて飛竜(ワイバーン)は仲間達のところへと戻り、止まって見物していた馬車隊も、興奮冷めやらぬ様子で三々五々集合してきました。



 こうして、私たちは帝都を後にして、私にとっては帰還である、辺境の地コンスルの街への旅に出たのでした。

次回からコンスル編です、エレンと彼の復活です。


1/6 脱字訂正しました。

×虫の良い事を考べきではないな→○虫の良い事を考るべきではないな

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