喪神の神剣と神子の再誕生(リボーン)
「バカなっ!?」
顔色を変えて立ち上がりかけたグロスですが、刹那、まるで地面に縫い留められたかのようにその場から一歩も動けず、それどころか敬虔な信徒が思いがけずに神に拝謁したかのように怖れ慄き、おこりのように震えながらセラヴィに対して両手両膝を地面につける形で跪拝しました。
「――くっ、体が震えて……この圧迫感は真龍様、いや聖地にあった龍王様の骸にご拝謁した時のような……いや、それすら遥かに生ぬるい……」
併せて愕然とした表情で、同じく椅子を倒して平伏するシア。
――竜人族が二名ログアウトしました。
作動不能になったふたりの姿に、なんとなく私の脳裏にそんな表示が浮かびます。
と――。
「身共への饗応の席で騒動を起こすとは! ――この慮外者がっ!!」
ガーデンパーティーどころではなくなった惨状を前にして、柳眉を逆立てたヘル公女が優雅に立ち上がると、岩盤の向こう側にいるセラヴィ目掛けて、軽やかに……舞うようにして躍りかかりました。
ひらりと白い繊手を翻すと、その手には愛用の大鎌が握られています。
コッペリアの鈍器を弾き返した岩壁ですが、巨神や古龍ですら一刀両断しそうな、見るからに禍々しい凶器を前にしては薄紙も同然でしょう。
「いえ、このような下郎相手に公女様のお手を煩わせる必要などございません。ここは私めの骨騎士にお任せあれ!」
と同時に付き人にして異母妹にあたる半吸血鬼のイレアナさんが、何らかの魔術を使った――と思った瞬間、状況の変化についていけずに、そのあたりを右往左往していた〈撒かれた者〉たちが、まるで磁石でくっ付くようにバラバラになって一カ所へと集まり、パズルのようにまったく違う形へと変貌するのでした。
「(~~♪)おーっ、合体だ!」
「見事なものだね」
その様子を見て口笛を吹いて歓声を上げるブルーノと、立ち上がって聖剣の柄に手をやりながら愉し気に同意するルーク。
男の子ってこの手のギミックが好きですわね。
あっという間に下半身が馬のようでいて、上半身が骨の鎧でかためられた重装備の半人半馬めいた骨騎士が組み合わされ、高らかに蹄(?)を鳴らして足踏みするや否や何の躊躇もなくセラヴィ目掛けて、骨でできた馬上槍――より正確には円錐形の“ヴァンプレイト”と呼ばれるもの――を構えて突進します。
〈人形遣い〉たるイレアナさんの本領発揮と言うところでしょう。
「無粋であるが……まあよかろう」
わざわざ自分が手を下すまでもないと判断したのか、小鼻を鳴らしたヘル公女は繰り出しかけた大鎌を止め、近くにあったテーブルの日よけ傘の先端に、まるでひとひらの羽毛か花びらのように音もなく舞い降り、鷹揚に静観の構えを見せつつこの期に及んで余裕の表れなのか、もう片方の手に握られたままの氷菓に舌を這わせるのでした。
「人のスパルトイを勝手に使うんじゃねーよ、この半腐れ!」
必殺の一撃をいなされたコッペリアが、自分の創造した〈撒かれた者〉たちのコントロールを奪われ(だいぶ前から制御不能になっていた気はしますけど)、いいように魔改造されたことに憤慨しながら、モーニングスターをエプロンドレスの亜空間ポケットにしまい、置き土産代わりに各種薬剤の入ったビーカーを岩壁目掛けて投擲しながら――当たったところから爆発したり、溶けたり、凍ったりしていますが決定的なダメージは与えられていないようです――私のいるところまで後退してきます。
「見ましたか、クララ様! やっぱりあの愚民は愚民の皮をかぶった偽者だったんですよ。ま、ワタシの慧眼と頭脳をもってすれば一目瞭然でしたが。凄いでしょう。流石でしょう。手放しで褒めてくれてもいいんですよ?」
ドヤ顔ウザい……。
同じ従者でも率先して主君の盾となろうというイレアナさんと、勝手に藪を突いていらぬ大蛇を出したコッペリア。
余計な事しやがってという周囲からの白い視線も何のその、まったく悪びれることなく自画自賛をしています。
そこへもって、
『WOUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!』
文字通り高みの見物をするヘル公女に応えるためか、野太い鬨の声を放ちつつ、重戦車並みの質量と勢いを持って、セラヴィとその前に立ち塞がる岩壁目掛けて突進する骨騎士。
重厚感たっぷりのヴァンプレイトは骨の集合体とは思えず、一突きで鋼鉄の壁でも粉砕しそうな凄味がありました。
コッペリアの薬剤による物理攻撃でダメージを受ける以上、強度はあるにしても金剛鉄並みとはいかないはず。魔術で付与・強化された骨騎士の一撃に耐えられるとは思えません。
骨騎士の突進が岩壁を粉砕する!
と、思えた刹那、岩壁の表面がハリネズミの棘のように盛り上がり、一角が五十セルメルトはありそうなスパイク状になった岩が爆発したかのように、正面から向かってきた骨騎士目掛けて放たれました。
その直撃を受けて、耐えたのも一瞬でたちまちズダボロとなり、一矢報いることもなく文字通り粉々になって崩れ落ちる骨騎士。
「『土槍』!? いえ、いまの反応はどちらかといえば《屍骸龍》の鱗が攻撃を受けて弾ける、天然の爆発反応装甲を彷彿とさせるような……?」
愕然と目を見開く私の前を、ひらひらと青い羽根が風に飛ばされて通り過ぎていきました。
あの妙に人間味のあった〈撒かれた者〉の青六も、いまのドサクサ紛れに骨騎士のパーツのひとつとして粉砕されてしまったのでしょう。
反射的に静粛な気持ちで〈撒かれた者〉たちの魂の安息を祈った私の傍で、
「安物ですにゃ~。どこの馬の骨混ぜて作ったんですかにゃ?」
「失礼な! 下級竜と中級竜のチャンポンとはいえ、ちゃんとした竜種の牙から作った〈竜牙兵〉ですよっ!」
「なんでチャンポンなんですかにゃ?」
「ドラゴンなんざ、〈真龍〉未満はどーせ一山いくらの雑魚なんで、適当にザルに入れてたからに決まってます」
「大雑把ですにゃ~」
何の感慨もなく与太話をしているのは、言うまでもなくシャトンとコッペリアのふたりでした。
とはいえ仮にも竜種の牙を材料として――竜牙の剣はそこいらの鋼を小枝のように削るほど強靭です――生まれた〈撒かれた者〉。
そのさらに強化・集合体である骨騎士を鎧袖一触するとは俄かには信じられないことです。
確かにセラヴィの魔術適性は〈地〉と〈雷〉ですので、大地に干渉をして魔術を――特に守備においては『城塞』。攻撃に際しては『土槍』を頻繁に――使用していましたので、戦闘パターンに変化はありませんが、その過程と結果が大違い……というか桁外れの進歩(進化?)と言えるでしょう。
そもそも一般的な魔術師や魔女、邪術師たちは、最低限呪文と魔術杖などの媒体。さらに強力な魔術を使う場合には魔方陣、地脈や星辰などを利用して、自分以外の魔素を利用できるようにする入念な下準備が必要になります。
なにも使わずに魔術を使える達人や天才もごくまれにいますけど、それでも人間である以上限界というものがあります(私が言うのもなんですが)。
『神童』の名をほしいままにしたセラヴィ――実際は血のにじむような努力の結果であることを、私をはじめ親しい者たちは知っていますが――ですが、彼の天賦の才は『当人曰く』秀才どまり。
そのため符術を補助に使って魔術を行使していたわけですが、それですら初級~中級魔術がせいぜいであり、見たところCランク上位か下手をすればBランクに届こうかという骨騎士を一撃で破壊するなど、通常なら考えられないことです。
「――くっ……」
渾身の傀儡術を破られたイレアナさんが、呪力のブーメラン効果でダメージを受けその場に膝を突くと、ぶすぶすと体のあちこちから焦げたような煙が上がります。
これ人の血が混じった半吸血鬼だからこそ助かったのであって、完全な吸血鬼であればイチコロだったかも知れません。
「不甲斐ない。この程度の相手に不覚を取るとは――!!」
従者にして異母妹の不覚を見て取って、空になったガラス製の器を放り棄てると、再びヘル公女が大鎌を横薙ぎに振るう形で構えながら、セラヴィの隠れる『城塞』目掛けて一足飛びに距離を縮めました。
そこへ再び放たれる山ほどの『土槍』。
「ふんっ、真祖たる身共相手にタネの分かった手妻を繰り出すとは、舐められたものよ」
その間断のない迫撃砲並みの連撃を、超至近距離で見切って、鼻歌混じりにすべて大鎌の柄で弾き返すヘル公女。
「貴様が何者かは知らぬが。先のカラクリ侍女の申す通り、この場で引導を渡して死後、身共の傀儡として洗いざらい金糸雀のように歌ってもらうぞ!」
口上とともに大鎌が翻って、『城塞』を豆腐のように切断した――と、同時に壁の向こうから鏡合わせのように、黄金色に輝く一閃が紙のように岩壁を両断しつつ、ヘル公女の大鎌と真正面から激突しようとしました。
「あれはまさか!?! いかんっ!」
「マズい!!」
その直前に状況を見て取ったバルトロメイとルークとが全力で飛び出し、ヘル公女を助勢すべく愛用の巨斧と聖剣メルギトゥルを抜き放ちます。
EXランクの魔物であるバルトロメイの踏み込みと、速度と瞬発力に関しては私も手に負えないルークの神速によって、間一髪二振りの刃がヘル公女の振り抜いた大鎌の刀身と、黄金色に輝くナニカの間に割って入りました。
形としてはルークとバルトロメイがヘル公女に加勢して、三対一でセラヴィの反撃を迎え撃つ体勢ですが――。
「――ぬっ!?」
「な、なんだこれは! 聖剣の光刃が斬……!?!」
「やはり……! まごうことなき《真神威剣》!! ふたりとも回避せよ! いかなる存在であろうともこの剣の前では無力。触れた瞬間、光だろうが時空連続体だろうが因果律だろうが斬られると心得よっ!」
ヘル公女とルークの表情が驚愕に染まり、心なしかバルトロメイが冷や汗を流しながら大音声で警告を放つのと同時に、抵抗も一瞬、凄惨な光を放つヘル公女の大鎌も、竜殺しの聖剣であるメルギトゥルの光の刃も、温めたナイフでバターを切るかのようにあっさりと切り飛ばされるのでした。
「――くっ……ぐうぅぅぅ……」
合わせて一刀両断されるかと思われた三人ですが、刹那の判断で霧化したヘル公女の体を黄金色の刀身が虚しく通り抜け、十分な距離を置いたところへ瞬時に移動して実体化した彼女ですが、苦し気に胴体部分を押さえながらガックリと膝を突いて、口からかなりの量の血を吐き出します。
「ナノ単位で自らを分解・再生できる身共に、日中とは言えただの一撃でこれほどの深手を負わせるとは……」
苦し気な表情を取り繕うこともできずに、吐血だか喀血だかするヘル公女。ほぼ不死身と言ってもいい真祖吸血鬼である彼女が、ここまで弱った姿をさらすのは初めてで、それだけでもいまの状態が危機的なものであるのを如実に示すのでした。
同時に横薙ぎの一閃を受けたかに見えたルークでしたが、そこは実力の差なのでしょうか、分厚い鉄板のような巨斧の半ばまで断ち切られながらも、どうにか太刀筋をいなしたバルトロメイが、咄嗟の判断でルークを突き飛ばし、間一髪で死線から逃れられた……といったところですが、あまりにも瞬時の事で当人も状況がつかめずに突き飛ばされた先の木の根元にうずくまって、「???」困惑しているだけのようです。
そのバルトロメイと言えば、ルークをかばったために回避が不十分になったのか、胴体部分の真ん中をほぼ真っ二つに切断されて、よろよろとよろめきながらも半ば断ち切られた巨斧を構えて、いまだ闘志衰えず……と言ったところですが、もはや気力だけで立っているのは明白でしょう。
つまりは、この一瞬の攻防でこの場に集った私とコッペリア(レジーナは我関せずで傍観に徹していますので、マーヤを含めて客員外)以外の主要な戦力の大半が壊滅したも同然ということです。
「公女様っ!!」
「ルーク……! “大いなる癒しの手により命の炎を燃やし給え”――“大快癒”」
「ルーカス、おい大丈夫か!?」
「ルーカス殿下!」
血相を変えたイレアナさんが、自分のダメージを忘れてヘル公女へと駆け寄りました。
それに合わせて私もルークに上位回復術を遠隔で施し、なお油断なくセラヴィの次の動きに備えます。
単純な外傷ならこれで全快したはずですが、慌ててブルーノとエレンがルークのもとへ駆けつけるのを横目で見ながら、私は愛用の光翼の神杖を取り出して、可能な限りの回復、強化、対抗魔術をこの場の全員へ――それこそ大根に至るまで――施しました。
と、こちらの準備が揃うのを待っていたかのように、中央から断ち切られボロボロになりながらも、なおも立ち塞がっていたセラヴィの『城塞』が砂でできた城のように崩れ、その向こう側から瓦礫を踏み潰しつつ、ニメルトほどもある黄金色に輝く刀身の超長剣を肩に担ぐ形で持ち運ぶ形で、同じく身長二メルトほどもある(手足が長いのであまり巨漢という感じはしませんが)長身の人物が姿を現しました。
「神すら両断するという《真神威剣》をもってしても全員致命傷を避けたか。――まったく。いかに強力な剣をもってしても、五大龍王の力を得ようとも素養のなさまではいかんともしがたいということか。笑えるな」
そう呟いてシニカルな笑みを浮かべるのは、まごうことなき――。
「〈神子〉ストラウス……?」
と、思わず疑問形で尋ねたのは、姿かたちこそ以前に『喪神の負の遺産』内部で出会ったそのままでありながら、受ける印象がまったく別物だったからです。
以前の彼がよくできたCGであったのに比べ、いまのストラウスには確実に実体としての存在感が感じられます。それも覚えのある……。
「実際不快だな。貴様たち天才はなんの悪意もなく、無邪気に凡人を踏みにじる。この剣の一撃にしてからがそうだ。お前らにとっては横薙ぎの一閃などできて当たり前のことであり、凡人が努力を積み重ねることでようやくできるということを……ま、頭では知ってはいても実感として理解することはできない」
苦々し気に言い放つこの斜に構えた言い方は、まさか――。
「セラヴィっ!?!」
「――けっ。亜茶子の口車に乗っかって、化け物と一体化したね。くだらない真似をしやがって」
私の叫びに合わせるようにして、レジーナが面白くもなさそうな口調で吐き捨てました。
「ともに利害関係が一致したと言っていただきたい」
それに対してセラヴィ=ストラウスがいっそ清々しい口調で言い切ります。
「ふん。ひねくれたモン同士が傷をなめ合ったってわけかい」
レジーナの舌鋒も留まるところを知りません。
「血筋、才能、運、人脈……いずれにも恵まれた貴女方は、生まれながらの成功者だ。そういう人物に彼女や私の屈辱は理解できませんよ」
「最初から成功している人間なんかいるかい! あたしにしろジルにしろ、どれだけの辛酸をなめ、どんだけきつい日々を送ってきたと思っているんだい!!」
言い争うふたりですが、所詮は焼け石に水。どこまで行っても平行線でしょう。
「問題は、どうやら一体化しているらしいセラヴィとストラウスをどうにか分離できるかどうか、なんですけど」
「いやぁ、無理でしょう」
私の独り言に応じて、コッペリアがあっけらかんと希望的観測を砕いてくれました。
「クララ様は料理したベーコンエッグを、もとの卵と生きた動物に戻せますか? 不可逆的変貌ってやつですよ。あれはもう愚民ではありませんし、元に戻すことは不可能ですよ」
錬金術に関してはおそらくは大陸中でもトップクラスであろうコッペリアの断言に、私も悄然と項垂れるしかありませんでした。
7/1 誤字訂正しました。
×跪拝しまりました→○跪拝しました




