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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
319/337

龍神の盗賊傭兵とセラヴィの生還

「“龍神(ドラッヘン)教団(・グラウベ)”? そう名乗っているのですか?」

 ちなみに『グラウベ』というのは、カルト的な新興宗教の集団を指す言葉です。


「配下を自称する狼藉者(ろうぜきもの)たちが、そう口にしていただけですので……。詳細についてはなんとも――」

「いずれにせよ龍……まして龍神を標榜(ひょうぼう)するとは、不敬な者たちである」

 シアが曖昧に言葉を濁して首を振り、グロスが不快感もあらわに吐き捨てました。


「「「「う~~~~ん……」」」」

「偉そうな態度の割に使えねー連中で――ぐはっ!!」

 あまりにも断片的な情報に、思わず私とルークとエレン、シャトンが互いに背後関係について思いを交差させ、同時に失礼なことを口走りかけたコッペリアを、椅子に座ったまま私は秒速十七連撃の鉄拳で物理的に黙らせます。


 とはいえ排他的で他種族とのコミュニケーション能力が欠片もない――ロスマリー湖に()まう水棲人たち(ラミアやギルマンや河童など)との交流はあるようですが、「おい」「こら」「貴様」な完全な上下関係ですし――竜人族(ドラゴニュート)としては、私たちですら掴んでいない『龍神(ドラッヘン)教団(・グラウベ)』とやらの情報を先んじて掌握したという偉業は、大金星と言っても過言ではないでしょう(ビギナーズラックっぽいですが)。


 ◇


 なお、私たちが知らないちょっと前のお話――。

 リビティウム皇国北部の間道を這うようにして進んでいた中規模隊商(キャラバン)が、間もなく隊商宿(キャラバンサライ)にたどり着こうという場所で……ホッと安堵し、ほんのわずかに気を緩めたその心の間隙を突くようにして、横合いから徒歩(かち)の一団が襲い掛かってきた。

 矛や槍を振り回して向かってくるのは、やたら派手な原色の服を着た、いかにも人相の悪い連中ばかりである。


 持っている武器はまちまちだが、腰に()いている特徴的な剣だけは統一されている。

 単なる野盗とは思えない統制の取れた動きで、たちまち護衛の冒険者たちを殲滅(せんめつ)し、逃げようとする馬車の前に先んじて矢を射かけて身動きを止める手際の良さ。


「――ひぃぃぃぃ。盗賊傭兵(ランツクネヒト)だ!」

 足が止まった隊商(キャラバン)を囲む野盗たち――抜身の特徴的な両手剣(ツヴァイヘンダー)――を目にした商人が悲鳴を張り上げた。


盗賊傭兵(ランツクネヒト)』というのは、傭兵ギルドに属さずに銭に応じてフリーの傭兵稼業をする傍ら、仕事がない時には盗賊にもなるという質の悪い連中の総称である。

 通常であれば討伐の対象となる連中だが、その創設に傭兵ギルドと対立する――もとより傭兵は組織に属することを嫌う外集団(アウトサイダー)が一定数いる――組織や国の思惑があったことと、何より目先の欲望に忠実で、実戦経験も豊富な手練れが揃っていることから、いつの間にやら必要悪として周囲に認知される存在となっていた。


 もっとも正規の傭兵ギルドに所属する傭兵との仲は最悪で、ひとたび戦場で相まみえると互いが互いをすり潰す勢いで死闘を繰り広げる事でも有名である。


 そんな盗賊傭兵(ランツクネヒト)に狙われた商人にとってはたまったものではない。

 北部の動乱に乗じて一儲けしようと危ない橋を渡ってきた彼らだが、同時に名にし()う凄腕の傭兵にして盗賊である連中の恐ろしさは骨身にしみている。


「に、荷物も売り上げも、す、すべて差し上げます……ですから、どうか命ばかりは、おた、おた、お助けください!」

 すべてを投げ打って、馬車から飛び降りて地面に平伏する隊商(キャラバン)の長。それに続いて手代(てだい)や見習いもわらわらと馬車から転がるように落ちてきて、声にならない悲痛な叫びとともに両掌を組んで命乞いをするのだった。


「荷物は馬車を含めてすべていただく。貴様らの命は――」

 ガタガタと震える中年男を筆頭とした五人ほどの商人たちを一瞥した盗賊傭兵(ランツクネヒト)の頭目らしく髭面で、ひときわ派手な左右色違いの衣装を纏った傭兵が、護衛の冒険者たちの血で汚れた抜身の両手剣(ツヴァイヘンダー)を手に、どこか芝居がかった口調で、

「貴様、隊商の長なら部下の名前や性格などは把握しているな?」

「……は? ――は、はい、それは……もう。どいつもこいつも手塩にかけた奉公人ですので、家族も同然! 全員、実の親よりも素行や性格を存じ上げております」

 そう藪から棒に尋ねられた商人は、戸惑いも一瞬で揉み手しながら、立て板に水でアットホームな職場を強調するのだった。


「「「「…………」」」」

 中年男の調子の良い言葉に、固唾をのんで交渉の行方に耳をそばだてていた使用人たちの間から、一瞬『もにょり』とした何か言いたげな気配が立ち上る。


 とはいえ些細な問題なので、気にした風もなく上の者同士の交渉は続く。

「ふーん、ま、なんかは何かの役に立つかも知れねえからな。とりあえずお前らは俺たちの本隊。“龍神(ドラッヘン)教団(・グラウベ)”の本部に連れて行ってやる。安心しろ、命の危険はない。――いや、仮に死んだとしても教主様によって蘇らせていただけるから、何も問題はない」


 意味不明な頭目の言葉に内心首をひねりながらも、当面命の危機はなさそうだと判断した隊商(キャラバン)の長が、顔を上げておずおずと立ち上がってもいいか確認しようとしたところへ、鉄のこすれ合うような錆びた声が、思いがけなく頭上から降り注いできた。


「“龍神(ドラッヘン)教団(・グラウベ)”だと? たかだか人族ごときが不快なことだ」

 予想外の闖入者に、盗賊傭兵(ランツクネヒト)たちも意表を突かれた表情で、咄嗟に頭上を仰ぎ見て――そしてそのまま絶句した。


 その目に映ったのは、翼を広げた人ともドラゴンとも知れぬ異形の男女の姿である。

「……ド、竜人族(ドラゴニュート)!? な、なんでこんなところに??」

 各地を転戦している頭目の他、何人かは知識として知ってはいたのだろう。

 信じられん……とばかりの口調でふたりの正体を看破した。


「ふん。同族を殺して金品を強奪することを生計(たつき)とする下賎な者たち。貴様らになど興味もないが、『龍神』を名乗るのであれば別だ。耳が汚れる。真龍様の名のもとに即座に鉄槌を食らわせてやろう」

 盗賊傭兵(ランツクネヒト)たちを上空から俯瞰しながら、竜人族(ドラゴニュート)の男――『龍神官』(ドラゴン・プリースト)メレアグロスが冷酷に言い切り、その言葉に気色ばんだ彼らが武器を向けるのを面白くもなさそうに見下ろしながら、もうひとりの女性――『龍巫女』(ドラゴン・メディウム)テオドシアがまた、状況を顧みずに淡々と口を開いた。


「メレアグロス、まずは五大龍王の行方を捜すのが我らの使命でしょう。――あなた方に尋ねます。“龍神(ドラッヘン)教団(・グラウベ)”とやらは、五大龍王の失踪に関与しているのですか?」


 タイミングとしては最悪の質問に、ただでさえ低い盗賊傭兵(ランツクネヒト)たちの沸点があっさりと超える。

「知るか、化け物ども! 死ねっっっ!!!」

 同時につがえられた矢や(いしゆみ)、マスケット銃などが一斉にふたりに向かって放たれた。


「――笑止」

 魔術師はいないのだろう。人としては精一杯の遠距離攻撃――ほとんどが届かずに途中で失速して落下する――を前にして、メレアグロスが顔色一つ変えずに無造作に、竜魔術を放つべく右手を下に向け、軽く手加減した一撃を放った。

「“竜咆(ドラゴン・ハウリング)”」

「「「「「「「「「「うぎゃあああああああああああああああああああああああ」」」」」」」」」」


 メレアグロスとしては十分に手加減した術であったが、魔術に耐性のない者たちには軽い余波でも致命傷を負いかねない一撃を受けて、盗賊傭兵(ランツクネヒト)の者たちはもとより、この隙にこっそりと逃げ出そうとしていた商人たちも、まとめて吹き飛ばされたのだった。


 ◇


「大体の状況はわかりましたけど、聖女教団が浸透しているリビティウム皇国内で、そんなぽっと出の怪しげな宗教が幅を利かせられるものなんですか……?」

 腑に落ちないという顔で半ば独り言ちるエレンですが、もともと小国や豪族集団の寄せ集めであるリビティウム皇国では、当然のことながらその土地土地(とちどち)に根付いた土着の信仰や風習が残っていて――よい例が三十年前に私たちがたどり着いたシェルパの村で、山脈一つ隔てて聖都という聖女教団の文字通りお膝元であったにも拘らず、山岳信仰が根強く残っていたものです――折に触れて頼りにされていたのですから、権威と浄財(お金)ばかり求めて、リターンのない聖女教団よりも地域に根付いた宗教が、いざという場合に頼りにされるのも珍しい例ではないでしょう。


「……とはいえ、死んだ人間をホイホイ生き返らせるとかは、俄かには信じられませんわね」

 私でさえ全身全霊をかけて一日にひとりを蘇生させるだけで精一杯なのですから。

「そーっすね、な~~んか、胡散臭いというか引っかかる話ですね」

 立ち直ったコッペリアも私に同意します。

「つーか、教団が唯一無二の秘技として大金と引き換えに勿体ぶっている聖女様の奇跡を、そんなホイホイとバーゲンセールにされては、たまったもんじゃないかにゃ?」

 鶏(と言っても地球のヒクイドリより一回り大きくて、なお凶暴な魔鳥)一羽を塩包み焼きアン・クルート・ド・セルにしたものを、素手で引きちぎってかぶり付きながら、シャトンがお気楽に教団側の懸念を口に出します。


 なんとなく続く私の発言に注目が集まったような気がしますけど、

「別にいいのではありませんか? 本当なら何らかの異能なのかも知れませんけれど、別に私だけとか出し惜しむようなことではありませんし、それで世の中から少しでも哀しみが減るのでしたら、諸手を挙げて賛美すべきかと思いますわ」

 そう私が口に出すと、緊迫した空気が急にだれて、周囲に脱力したような弛緩した雰囲気が漂います。


「ジルらしいですね」

 そうにこやかに真っ先に同意してくれたのはルークで、それに合わせて各々が頷いたり苦笑いを浮かべたりし始めました。


 と、その刹那――。

「……相も変わらずお気楽極楽なことだ」

 聞き慣れた……そして想像だにしないシニカルな声が、この場に響いたかと思うと、

「「「「「「セラヴィ(司教)(愚民)っ!?!」」」」」」

 あの日と変わらぬ姿のまま、セラヴィが悠然と【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の中から姿を現したのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます! 今は最終章の途中まで読んでいるので、楽しみにしていました^^
[良い点] 今のところ謎だらけな『龍神教団』ですが、うさん臭さは半端ないですね。はてさて、本当に死人を軽々と蘇生しているのか!? 裏がありそうな感じが濃厚ですが……。 そしてうさん臭いと言えば、失踪し…
[一言] あらあらセラヴィ君ご帰還ですか!
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