五大龍王の壊滅と再生の儀式
「ま、いつまでも故人を偲んでいても意味がないので、過去のニンゲンの事はすっぱり忘れて建設的な話に戻しましょう。はっはっはっ!」
甲斐甲斐しくお茶のサーブや皿を取り替えたりしながら――気が付いたエレンも立ち上がって手伝います――コッペリアが自分で脱線させた話を、さも正論を語るかのように平常運転に戻しました。
しんみりとした雰囲気が一発で霧散するような、それはもう見事なまでの切り替えの良さです。
「……あの。この場合の“故人”ってヴィクター博士とセラヴィのどちらを指すのかしら?」
椅子に座っている私の膝の上で、ごろんと仰向けになっているフィーアのお腹を撫でながら、空いている方の手を軽く上げて聞いた私の他愛ない疑問に、
「はっはっはっはっ、ニンゲン行きつく先は誰しもが死の別れです。誰がどうだろうとンなもん誤差の範囲内ですよ、クララ様。――つーか、誰ですかソレ?」
達観した風情で明確な回答を避け、煙に巻くコッペリア。即断即決ですでにふたりの存在は流した後の水洗トイレのように、彼女の中ではきれいさっぱりなかったことになっているようです。
「ふむ……。諸行無常、諸法無我であるな」
そう呟いて〈撒かれた者〉謹製の“プルケ”を試しに蒸留したお酒を口に運ぶバルトロメイ。
理論的には“テキーラ”に近い、酒精の強い蒸留酒のはずですが、そこは素人の手探り……。
「……習作といったところである。各々精進せよ」
厳しい評価に気落ちした〈撒かれた者〉たちの何人かが、その場にバラバラに崩れ落ちて、慌てた仲間たちによって組み立て直されるのでした。
「股間に足をもう一本付けるとアバンギャルドで格好いいと思うのですが」
さらに勝手に(余計な)手を加えようとする創造主を、寄ってたかって押さえつける〈撒かれた者〉たち。
と――。
「――“死”、そして“不死”か」
ジャスミン茶を口に運びながら、『龍神官』メレアグロスが意味ありげに独り言ち、それを受けて『龍巫女』テオドシアがハッとした表情で、私とグロスの顔を見比べます。
「……? そういえばおふたり――というか、竜人族――が、ロスマリー湖にある聖地を離れられるなんて珍しいですわね?」
基本的に竜人族は妖精族などよりよほど閉鎖的で、広大なロスマリー湖(ちなみに地球のカスピ海よりも遥かに大きいですが、淡水湖なため塩水湖であるカスピ海のように『海』にカウントはされていません)に点在していて、ほとんど外へ出るということがありません。
「狩りっすよ、狩り。色気づいて狩りに出ることを覚えたんですよ、クララ様のお陰で」
すかさずコッペリアが私に耳打ちしますが、地声が大きいので周りに筒抜けです。
「狩り?」
「ぶっちゃければ、『適齢期の娘が狭いコミュニティで花を散らすのはどーなのかしら、世間にはもっといい男がいるかも知れないのよ』というクララ様の思想と実践された生き方に啓蒙され、コイツ等もまた男をとっかえひっかえ遊び歩くため、外に狩りに出る事を覚えたってことですよ」
こいつ等のところで、プリュイやノワさん、シア、イレアナさんを指さします。
「「「「「違う(います)っ!!!」」」」」
槍玉に挙げられた四人の乙女に合わせて、私もまた声高にいわれなき汚名を払拭するのでした。
「冗談はさておき、単に旧交を温めに来た――というわけでは、無論の事ありませんよね?」
「…………」
「身共は前国王の息のかかった眷属連中をあらかた潰し終えたので、暇つぶ……無聊を託つために、ルーカス殿下のご機嫌うかがいに参ったのであるが?」
推し量るようなルークの問いかけにグロスは押し黙り、シアは気まずい表情でそっと目を逸らし、ついでに先ほどコッペリアに指摘されなかった、天然肉食系女子であるヘル公女が堂々と胸を張ってルーク狙いでこの場にいることを公言しました。
身も蓋もない物見遊山宣言にルークの顔に微苦笑が刻まれます。
「一応、帝国も含めた周辺諸国共同で、ユース大公国国境沿いに吸血鬼を寄せ付けない『浄化結界』、並びに三万人規模の駐留軍による、水も漏らさぬ包囲網を敷いているはずなんですけど……」
ぶらりお散歩感覚で誰にも見留められることなく、グラウィオール帝国を縦断して飄々と【闇の森】でお茶をしているのですから、笑うしかないのも当然でしょう。
「ああ、あのザルのような結界と貧相な武器防具を着込んだ有象無象どもか。下級の者どもであればまだしも、ある程度齢を重ねた吸血鬼相手には気休めにしかならぬぞ。悪いことは言わん、さっさと公式にユース大公国を認めて、無駄な軍備から人員やらを撤収させたほうがお互いの為であると思うのじゃが」
軽く肩をすくめて忠告するヘル公女の言葉に、
「そうしたいのは山々なのですが……」
吸血鬼の国であるユース大公国を潜在的な敵国と認定しているからこそ、ある意味軍事的にバランスがとられている中原情勢や、ガス抜きの役割を果たしている帝国内の武闘派の存在を念頭に置いてでしょう。
ルークは煮え切らない態度で言葉を濁しました。
「ふん、面倒なもんだね。あっちこっちに媚びを売らないとやっていけない。何のための皇帝なんだか!」
聞こえよがしに悪態をつくレジーナに対して、
((独断専行が過ぎて、安全装置として元老院に権力を移譲する原因になった、太祖女帝にだけは言われたくありません!!!))
すかさず私とルークの声にならないツッコミが、お互いの胸中で木霊します。
「――それはともかく、竜人族がこの時期にロスマリー湖を出て、こんな北の僻地までやってきた理由が気になりますにゃ」
我関せずで黙々とアップルクランブルとミルクファッジを交互に頬張っていたシャトンが、口の周りを舌で舐めとりながら、再び押し黙ってしまったグロスとシアへ質問をぶつけました。
社交性に乏しい竜人族は積極的に会話に参加するという意欲に乏しいようですので、こちらから先んじて質問を投げかけるのが一番の近道――とわかっているのか、本能なのか、興味津々と尋ねるシャトンに対して、グロスが朴訥とした喋りで端的に答えます。
「五大龍王が討たれた」
「「「「「「「「「はっ!?!?」」」」」」」」」
あっさり告げられたとんでもない爆弾発言に、思わず私たちは聞き間違いかとふたりの竜人族を見据え、シアが悲痛な表情で頷いたのを確認して、それが冗談や比喩の類でないのを理解して、
「「「「「「「「「はあああああああああああっ!?!?!?」」」」」」」」」
信じがたい思いで声を張り上げてしまいました。
動じていない――少なくとも目に見えて動揺していないのはレジーナとバルトロメイ、ついでにマーヤとフィーア、大根くらいなものです。
「五大龍王って、《水鎗龍王》は別にしても、《地鎚龍王》や《炎剱龍王》、《風錫龍王》、それに何より【闇の森】の主である《黄金龍王》様に比肩するとまで言われる、大陸最強の《空真龍王》まで斃されたってことですの!?」
思わず素っ頓狂な声を張り上げて椅子から立ち上がった拍子に、膝の上にいたフィーアがすってんころりんと転げ落ちそうになったのを、半ば無意識に掴んで抱き上げます。
「うむ、信じがたいが事実だ。その確認のために我らは聖地を離れ、各地の聖域を巡って確認をしたのだが……」
沈痛な表情でグロスが頷きました。
「龍王って〈真龍〉の親玉ですよね。半腐れの《水鎗龍王》相手でもクララ様の他ルーカス殿下、黒妖精族、洞矮族が総がかりでどーにか斃せたレベルの相手――いや、もっとピチピチした全盛期の龍王を、どこのどいつが斃したってんですか?」
コッペリアの当然とも言える疑問に、
「わからん。だが、痕跡をたどっていくうちにこの地にたどり着いたのだ」
かぶりを振るグロス。
「尋常な勝負で勝てる相手となれば《黄金龍王》様でしょうけれど、基本的に緋雪お姉様以外は鼻も引っかけないあの方が、そんな無駄なことをするとは思えませんし」
私の忌憚のない意見に、グロスが眉間に皺を寄せて考え込みます。
全員が思い思いに考えを巡らせるその時、珍しくシアが私の目を真っ直ぐに見詰めて、問いかけをしてきました。
「聖女様、小耳に挟んだのですが死んだ人間を自在に蘇生させる『龍神教団』というものをご存じでしょうか?」
「――は? 龍神教団???」




