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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
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イライザの計画とストラウスの襲来

「まあ、当時はすでに前のご主人(ヴィクター)様は往生していて、研究所(ラボ)錬金術工房(アトリエ)を維持していたのは、助手兼掃除番として造られたワタシと複製(コピー)された前のご主人(ヴィクター)様の記憶と人格……はて? あれってどこに保存してあって、どこに消えたんでしたっけ?」

 そこまで口にしたところで、腑に落ちない表情で首を捻るコッペリア。


「……あ~……」

 事実を知るエレンが小さく口を開きかけ、同じく事情を知っている私とルークは思わず無言で視線を交差させましたが、小さくかぶりを振ったルークの意図を察して、私もそ知らぬふりを続けることにして、エレンに目配せしました。


 他ならぬコッペリアの『賢者の石(笑)』を原料にした人工頭脳に、ヴィクター博士のコピー人格は保存されていて、表層人格であるコッペリア本人すら与り知らぬレイヤーの奥に潜んでいたものが、例の〈不死の王(イゴーロナク)〉との戦いで主導権を握り、そして戦いを終えて未練がなくなり、きれいさっぱり消去されて、もはやどこにもいない……。

 ある意味、解離性同一性障害(二重人格)に等しい処置をされていたコッペリアの中では、ヴィクター博士のコピー人格は別個に存在して活動をしていた――ある意味正しい認識ですが――となっているようですが、いまさらながら細かな矛盾や意識の空白に齟齬(そご)を覚えて混乱しているようですが、わざわざ制作者であるヴィクター博士が、何の痕跡も残さずにコッペリアのメモリから消えている。

 それが遺された被造物への親心か、稀代の錬金術師としての美学かはわかりませんが、その遺志を尊重して余計なことは喋らないことを、暗黙の了解としたのです。


 ともあれ、ヴィクター博士が表に出ていた記憶も自覚もないコッペリアは、自己認識の矛盾にしばし首を捻っていましたが、

「――ま、細かいことはいまさらどーでもいいですが」

「「「「「「「「「いいんか(のですか)(にょあ)!?!」」」」」」」」」

 人造人間(オートマトン)とは思えない雑で軽すぎるその割り切りに、思わず私、ルーク、エレン、ブルーノ、シャトン、プリュイ、アシミ、ノワさん、イレアナさんのツッコミが殺到します。


「はっはっはっ。この世の中、わけわかんねーことはいっぱいありますからね。終わり良ければ総て良し。過程よりも結果ですよ」


 気にした風もなく問題を棚上げして(なおこの棚はゴミ箱に直結しているらしく、まず今後棚卸されることはありません)当時の記憶を検索するコッペリア。


「ローマは一日に――いえ“広大な帝都も一日にしてならず”とも言います。何事もコツコツと継続して積み上げる過程が足元の地盤を作るものですから、そういう刹那的な成果主義や、勲功第一主義というのもどうかとは思うのですが……」

 そんな私の苦言を聞いているのかいないのか、

「――で、どこで聞きつけたのか、前のご主人(ヴィクター)様の研究テーマである『不死人計画プロジェクト・イモータル』を嗅ぎつけて、接触を図ってきたのが当時――いま思えば全盛期、本家クララ様のドーピングが切れて見る影もなく――燃え尽きる前の蝋燭か、三番出汁(フォン)を取った後の出し殻か、夏の終わりの蝉みたいになっていたイライザと、パトロンになっていたシモン卿でした」

 いま思えば、なんであんなのを『クララ様』なんて呼んでたんでしょうね~、と人の母親をディスりまくるコッペリア。


「『不死人計画プロジェクト・イモータル』だと? バカバカしい。人族(ビーン)というのはつくづく愚かで世俗の垢に塗れ、なおかつ世の理を乱す不要な存在だな」

 と、猛然と蒸かした甘芋(クマラ)(いわゆるサツマイモ(スイートポテト)です)に塩をまぶした素朴な甘味を頬張りながら、自然とともに生きることを信条としている妖精族(エルフ)であることに誇りを持つアシミが、喉につかえかけた芋を木製の器に入った珈琲(コーヒー)で一気に流し込みつつ、ほう……と息を整え、忌々し気に吐き捨てました。


 とても健全な考え方ですが、北に住む妖精族(エルフ)が南方から取り寄せた甘芋(クマラ)に岩塩ではなく藻塩を振りかけ、同じく輸入品の珈琲に砂糖を入れて飲んでいるのも、十分に不自然で世俗に塗れているような気がしますが……?


「同感である。吸血鬼(ヴァンパイア)である身共(みども)が口出しするのもはばかれるが、ヒトが“永遠の生”を得るなど夢物語であろう。仮に存在したとしても、そんなものはもはや人間ではあるまい。なぜそんなものに躍起(やっき)になるのか、理解しがたいのであるな」

 こちらは蜂蜜水(ハニーウォーター)で喉を湿らせながら、ヘル公女が自嘲気味に皮肉ります。

 まあ実際、治癒術や錬金術の行きついた先が、高位聖職者の成れの果てである〈屍王(リッチ)〉であり、さらには〈不死者の王(ノーライフキング)〉であると思えば、アイロニカルになるのも当然と言えば当然でしょう。


 その点、同じ肉体を捨て精神体に昇華するにしても、自然に調和した妖精族(エルフ)洞矮族(ドワーフ)は、死後より純粋な精霊などに転生する例も多く、さらには妖精王(オベロン)様クラスであれば一気に〈天使(アイオーン)〉や〈星霊(ダイモン)〉へと進化することも珍しくない――。


「その点、人間は欲の重さに引っ張られて魂が輪廻の流れから抜け出せずに、この世界の中をグルグル回って停滞しているだけだからねぇ」


 そう私に説明してくださった緋雪お姉様の苦笑いが、ふと思い出されました。

 それを思えば、やはり人間というものは業が深いのですわね(ごくまれに仙人に昇華する有徳の人物もいるそうですが)。


 アシミとヘル公女という長命種、不死者による生命に対する冒涜(ぼうとく)とも言える、『不死人計画プロジェクト・イモータル』に対する口を揃えての非難を受けて、当事者ではないものの半分以上は関係する私としては、殊勝な態度で肩をすくめるしかありませんでした。


「反論の言葉もありませんわね。(ギルガメシュ王、秦の始皇帝、前漢の武帝、垂仁天皇)古今東西、権力者が最終的に切望するのは不老不死と相場が決まっていますから」


 生きたいと思うのは生物の本能ですので馬鹿馬鹿しいとは思いませんけれど、だからといって不老不死を望むのは極端ですし、そもそも正気の沙汰とは思えません。

 私の知っているイライザさんは、才能はあっても確固たる目標を持たず――才能、美貌、地位、名声といった生まれ持っての恵まれた環境に胡坐(あぐら)をかいて――自分自身の望みというものが希薄で、未来を知っている身としては、内心もどかしく切歯扼腕(せっしやくわん)していたものですが、案の定、変な方向に弾けてしまったようです。


「――とはいえ〈初源的人間(ドリーカドモン)〉の寿命は三十代半ば。当時のイライザさんが二十代半ば過ぎだったことを考えると、焦る気持ちもわからなくはないですけれど、ヴィクター博士(仮想人格)も、よく協力する気になりましたわね?」

 生きた〈初源的人間(ドリーカドモン)〉が実験に協力してくれる利点もあるでしょうけれど、そもそもヴィクター博士自らが教団の研究費を横領着服し、逐電(ちくでん)した過去があるので聖女教団の巫女姫と接触を図るなど自殺行為――まあすでに当人は歿後(ぼつご)ですが――しか思えませんわ。


 偏屈極まりなかったヴィクター博士のコピー人格を思い起こしながら私が首を捻ると、「ああ」と頷いたコッペリアが、渋い表情で吐き捨てるのでした。


「色仕掛けですよ、色仕掛け。生涯童貞だった前のご主人(ヴィクター)様の弱みに付け込んで、巧妙に手練(てれん)手管(てくだ)(ろう)して、(から)め手から篭絡(ろうらく)したんですよ。あの悪役令嬢物語なら確実に負けヒロインの淫乱ピンクが!」

 と、微妙に私に刺ささるというか、流れ弾が当たる表現でイライザさんを扱き下ろすコッペリア。


色仕掛け(ハニートラップ)ですか? あの私以上の箱入りだったイライザさんが……?? 参考までにどんな手で(たぶら)かせたのか教えていただけますか?」

 十年の歳月が男に免疫のない箱入り娘を、男を手玉にとる悪女へと変貌させたのでしょうか? 思わず興味本位でコッペリアに尋ねたところ、なんということない口調でさらりと端的に告げられました。


「ああ、成功したら乳()ませると約束したらしいですよ」

「――もの凄く直球で、どこにも男女の機微も駆け引きもなにもありませんわね!?」

 搦め手どころか土俵(どひょう)の中央でガップリ四つになった、単なる打算と欲望のぶつけ合いだけですわ!


 ◇ ◆ ◇


闇の森(テネブラエ・ネムス)】を眼下に望む高空にて。

 濃密で強力な魔素(マナ)が一種の結界のようになり、中級魔獣ですら容易に近づけない(多少なりとも減衰して、場所によっては濃淡の差が出てくるようになったとはいえ、魔物は本能的に避ける)その場所に足場があるかのように平然と佇みながら、蒼き龍人――〈神子(みこ)〉ストラウスが蓬髪(ほうはつ)を風にたなびかせて、千里眼(リモートビュー)によって二重の結界に守られたレジーナの庵の内部を易々と透過し、いま現在庭でガーデンパーティーをしている一同の様子を俯瞰(ふかん)していた。


「いつもの面子に妖精族(エルフ)黒妖精族(ダークエルフ)吸血鬼(ヴァンパイア)竜人族(ドラゴニュート)か……ウエストバティ市から姿をくらませてどこへ潜んでいるかと思えば、このような場所に、あのような連中を集めて蝟集(いしゅう)しているとは」


 淡々とした口調でストラウスが(ひと)(ごち)ちる。

 そう呟く彼の横顔には、こびりついた様な哀しみと寂寞(せきばく)とが宿っていた。


 それを知ってか知らずか――当然知らないはずだが――話題を提供していたコッペリアが、ジルの言及に対して、悪びれることなくカラカラと笑いながら開き直ってあっけらかんと言い放った。


「モテない男の欲望を突いた、まさに悪魔のような姦計(かんけい)ですねー。まあ、あれですよ……ブ男の僻みと哀愁(あいしゅう)。身近なところではセラヴィ(愚民)がルーカス殿下を前にすると、イジイジとグレてたのと同じで、鬱屈した思いを的確に読まれて、いいようにもてあそばれていたようなもんですね。いや~、そう考えるとさっさと死んでよかったですね、愚民」

「もてあそんでもいませんし、死んだと決まったわけではありませんわ!」

 ジルの反論も何のその、すっかり話の本題を曲げて、セラヴィに対する言いたい放題にシフトするコッペリア。


「…………殺す」

 その光景を()ながら、微妙に据わった目つきと口調で宣言するストラウスであった。

※『あたしメリーさん、いま異世界にいるの……。』コミカライズ化予定!

 5月13日の金曜日より、竹書房WEBガンマプラスにて、佐保先生の手により掲載されます。


【不適切・差別用語としていつの間にか使えなくなった言葉】

・上級国民

・父兄

・酋長

・転売ヤ―

・高卒

・中卒

・外人

・○○豚

・腐女子

・成金

・アル中

・ニート

・お花畑

・尻軽

・肌色(⇒うすだいだい)

・チビ

・ハゲ

・子供部屋おじさん

・ぶつぶつ

・ホモ

・レズ

・オカマ

・バイ

・廃人

・ガキ

・低能

・無能

・おまえ

・あいつら

・あの連中

・紅一点

・職場の花

・処女作

・美人○○

・障害物競走

・取り上げる(「上げる」「下げる」という上下関係が生じる言葉はNG)

・友達(「達」というのは本来目上の相手に使うためNG。「友だち」「ともだち」はOK)

・子供(「供」は「供する物」ではないのでNG。「子ども」「こども」ならOK)

・障害を持つ(「障がい」は「害」ではなく個性であり、また持たされるものではないから「障がいがある」ならOK」

・女々しい

・男のくせに

・落ちこぼれ

・屠殺場


ということで、漢字警察の皆さん。なんか面倒なことになってますけど、こーいうのをあげつらって誤字修正をはかられても、私的には「従った方がいい」レベルの話なのでガン無視する予定です。

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ブタクサ姫の約140年前にあたる物語
吸血姫は薔薇色の夢をみる』新紀元社より全4巻で書籍版も発売中です。

あわせて『あたしメリーさん。いま異世界にいるの……』

『[連載版]婚約破棄は侍女にダメ出しされた模様』

もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] >不適切・差別用語としていつの間にか使えなくなった言葉 正に言葉狩りの時代ですね。 一方で争いは収まらず、ジェノサイドが行われ、富の格差は広がっているという…… 言葉狩りってお花畑製造装…
[良い点] 偉大な聖女様にして巫女姫として崇められていたクララ様でしたが、その実態は寿命が近くて足掻いていたというわけでしたか。 恐らく、約束された御子であるシルティアーナことジルを産んで、体内に残さ…
[気になる点] そういえば最初、ジルの子供の頃の記憶があやふやなのはイライザが自身の人格(記憶?)を娘の体に予め移植しておいたからなのでは、と思っていました。話が進むにつれて否定されましたけどね。笑 …
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