それぞれの所感と北辺の新興宗教
ともあれお茶会――場所柄とメンツの混沌具合から鑑みるに、単なるお茶会ではなく『不思議の国のアリス』に出てくる“マッド・ティーパーティー”じみているような気も致しますが――の支度を終えて、最後まで恐縮して同席を拒んでいたイレアナさんも、
「まあ良い。ジル殿の顔を立てて末席に座るがよい」
というヘル公女の鶴の一声で、いまにも吐きそうな猫並みのストレスフルな顔色ですが、パーティーの一員として席につくことになりました。
ついでにこの間も置物のように、壁際に無言で立っていた龍神官メレアグロスと龍巫女テオドシアのふたりにも、私から声をかけます。
「グロスさんとシアさんのお二方もこちらの椅子に座ってお寛ぎくださいな」
途端、メレアグロスの鉄面皮がわずかに崩れ、錆を含んだ怪訝な声が口からこぼれます。
「……人族の聖女よ。それは我とテオドシアの事か?」
「ええ、いつまでも長ったらしいお名前を列挙するのも堅苦しいですので、即興で適当な愛称をつけてみたのですが――」
「はんっ! 何のひねりもない呼び名だね」
即座に鼻を鳴らして悪態をつくレジーナですが、“シルティアーナ”の偽名に“ジル”とつけた、捻りゼロの師匠に私のネーミングセンスについて、難癖をつけられるいわれはありませんわよ。
「お気に召しませんでしたか?」
そう重ねて尋ねると、メレアグロスは仏頂面で淡々と、
「……いや。多少面食らったが真名に結び付いた呼称ゆえ、特に霊的な違和感はない。よって問題はない」
別にどうでもいいという態度を崩さずに答えましたが、より若いテオドシアはどことなく弾んだ口調で、
「シア、シア……うん、悪くない」
私が即席で決めたあだ名を噛み締めているように見えます。
「――テオドシアッ」
そんな彼女の浮ついた雰囲気を咎めるように、メレアグロスがピシャリと鞭で叩くような勢いで一喝しました。
「――ッ……申し訳ございません」
即座に最前までの硬質さを取り戻して、陳謝するテオドシア。
「まあまあ、私が勝手に愛称をつけて呼んだのが原因なので、そんなに頭ごなしに叱らないでください。それにグロスさんも形式的にとはいえ受け入れられたのですから、そのことを諫めるのは筋が通らないのではありませんか?」
そう取りなす私にメレアグロスは反論しかけて、
「男がグダグダと言い訳するもんじゃないよ! それとも竜人族の男ってのは、一度言ったことに二言があるのかい?!」
師匠にピシャリと言い切られて、それ以上余計なことを言わずに続く言葉を飲み込んで、無言でアシミとブルーノの間の空いている席へ腰を下ろしました。
うへぇ……という顔で、同席することになった片や仏頂面(アシミ)、片や鉄面皮(グロス)を見比べて、げんなりするブルーノ。
「では、シアさんも空いている席にお座りください」
そう私が所在無げに佇むテオドシアにそう促すと、三人から四人でひとつのテーブルを囲んで、すでに着席している面々の顔ぶれを確認し――。
ちなみに一番上座にレジーナが傲然と安楽椅子にひとり腰かけ、マーヤを背後に一同を睥睨し、隣の小テーブルに私(膝の上にフィーア)とルーク、ヘル公女の王侯貴族トリオが陣取り、さらに等間隔でプリュイとノワさんの妖精族と黒妖精族の女子コンビ。
そしてブルーノ、アシミ、グロスのいずれも協調性皆無の他種族混在男子陣が席を取り、一番下座にエレン、コッペリア、シャトン、ノワさん、イレアナさん、大根の基本平民階級である面々が、(コッペリアとシャトン以外)恐縮した風情で腰を下ろしています。
ついでに付け加えるなら、バルトロメイは切り倒して乾燥させてある丸太の束をベンチ代わりにして、青六をはじめとした〈撒かれた者〉たちと、狩ってきた魔物の肉を豪快に焼いてツマミにして、和気藹々と素焼きの壺に入った得体の知れない濁酒のような白いお酒を、馬みたいにカッパカッパと手酌で飲んでいました(骨の体のどこに消えるのかしら?)。
なお、あとで確認してみたところ、これって濁酒ではなく“プルケ”という〈撒かれた者〉たちお手製の、リュウゼツラン科の植物の樹液から造られたお酒だそうです。
酒精もそう高くはなくて子供でも飲みやすそうで商品価値はありそうですが、長期の保存がきかないのが難点なので、それについては今後の課題ですわね。
どのテーブルに座るべきか逡巡したシアですが、気さくにプリュイがおいでおいでしているのを見て、意を決してふたりのテーブルにあった空いている席に座りました。
「ふっ、久しぶりと言うべきかな?」
「その節は【大樹海】を救うためにご助力いただきまして……」
気楽に挨拶をするプリュイと、威儀を正して【大樹海】が炎上した折、思いがけずにトニトルスや《屍骸龍》とともに戦い、協力してくれたことに感謝の意を伝えるノワさん。
「あれはこちらの都合で行ったことであるゆえ、感謝される謂われはない」
素っ気なく応えるシア。
「まあまあ、固いこと言いっこなしで今日は気軽に呑もう。あ、改めて私は『雨の空』。千年樹の森の若枝だ。皆からは“プリュイ”と呼ばれている。よろしくな、シア」
そういった距離感を無視してプリュイが無礼講……とばかり、グラスをシアに渡して千年樹の森特製の葡萄酒を注ぎました。
「私は『新月の霧雨』。【大樹海】十三支族のひとつコンコルディア支族の戦士で、畏れ多くも現〈妖精女王〉様の親衛隊長の役を賜っている。一族の恩人だ。私の事も気軽に“ノワ”と呼んでくれ、シア殿」
こちらは若干かしこまってはいますが、それでも十分に親愛の情を前面に押し出して、ノアさんが【大樹海】名物の果物の盛り合わせを、これでもかとシアに向かって差し出します。
「……あ、ああ……よろしく。――ああ、我は《聖地》において龍の巫女の役目を受けし者、テオドシア」
そんなふたりの接待と親し気な態度に困惑した様子で、葡萄酒を一口飲んでベリーを摘まんで口にしてから、おずおずとした態度で付け加えます。
「――改めて“シア”と呼びしことを承諾す」
妙に初々しいその反応に、思わず私たちはほのぼのとした眼差しを注ぐのでした。
「明言するが、別に愛称で呼び合うのが嬉しいとか、そういう浮ついた理由ではない。ただ我は子供の頃から龍の巫女として、他の竜人族の規範となるよう努めていたため、他の者たちのように愛称で呼び合うことがなかった故、ほんの少し――本当に少しだけ物足りないと思っていたため、新鮮であっただけである」
そんな周囲の生温かい視線に、慌てて弁明というか早口で、子供がムキになって照れ隠しの――主にグロス相手にでしょう――言い訳を口にするように、理由を列挙するのでした。
本人は必死に龍の巫女としての威厳とか矜持を糊塗しようとしているのでしょうけれど、所詮は世間知らずの巫女。喋れば喋るほど本音がポロポロとこぼれ落ちます。
「語るに落ちるとは、まさにこのことですね」
「「「「「「「「「「う~~~~~む」」」」」」」」」」
コッペリアの忌憚のない一言に、思わず私とルーク、エレン、プリュイ、アシミ、シャトン、ノワさん、ブルーノ、ヘル公女、イレアナさんの若年(?)組が同意をして、その他の年長組はどうでもいいという顔で聞き流しました。
「はあ~っ、まったく面倒臭いですね人間族にしろ竜人族にしろ。上に立つ者でさえ、上っ面を取り繕わなければならないんですから。クララ様、ワタシ思うんですけどこれからの時代は、中抜きも忖度もお友達もいないワタシのような人工頭脳による統治に移行できた国が、次の世紀の勝者になりますよ」
軽く肩をすくめるコッペリアですけれど、こんなのが量産されて人間の上に立つとか、古いSFによくあるコンピューターによるディストピアみたいな統治よりも、もっとハチャメチャなイメージしか想定されませんわね。
ともあれ全員が席に着いたのを確認して、私は手元の紅茶のカップを取り上げて、
「それではここにお集りの皆さんには改めて私から感謝の気持ちを込めて、即興ですが親睦を深めるためのお茶会を開催したいと思います。どうか身分や立場など分け隔てなく、同じ仲間として楽しんでくださいませ」
立ち上がって一同を見回して私がそう口火を切ると、即座にルークが腰を上げて乾杯の姿勢をとり、それに合わせて全員が立ち上がって、ワイングラスやらコーヒーカップやらを手にして、
「では、乾杯~っ!」
ルークの音頭で乾杯となりました。
「かための杯ですにゃ」
マタタビ酒をショットグラスで飲みながら、シャトンが裏家業的な感想を口に出し、
「あれ? コッペリア、あんた水だけでいいの?」
「ははははははっ、エレン先輩。こういう時に飲むのは水杯と相場が決まっているんですよ」
「……意味が違うような」
エレン、コッペリア、イレアナさんもそれなりに打ち解けた様子です。
そうして銘々が適度にリラックスしたところで、
「さて、それでは私の――シルティアーナの話をさせていただきますね。長いお話になるかと思いますので、皆様は退屈しのぎにご清聴ください」
おもむろに私は私自身の物語を話し始めました。
と、気を利かせてくれたのか、プリュイがどこからともなく取り出した竪琴を鳴らし始め、それを聴いて対抗意識を燃やしたのか、「手本を見せてやる」とばかりアシミもリュートを取り出して伴奏をしてくださいます。
「そう……あれは五年前――」
◇ ◆ ◇
広大なリビティウム皇国。
国全体が大陸の北部に位置しているその中でも、北辺に近い場所はすでに身の丈ほどもある雪が積もり、海も湖も小川も井戸も凍り付いていた。
「……まったく、ただでさえ大変だっていうのに、ご領主様は戦支度で種籾まで税に持っていくし。どうなるんだろうね、これから……」
三十路を過ぎたと思しい――苦労の為か白髪が目立つ――婦人が、わずかに流れる沢水を汲みながら、これから厳しくなる冬を思って暗澹たる気分で独り言ちていた。
すでに何人もの病人や年寄り、子供が命を落としている。健常な者でも風邪のひとつでもひけば、明日の朝には冷たい屍となっている……などということもままある北辺だが、今年の生活の厳しさはひと際ひどい。
噂ではリビティウム皇国でも屈指の大国で争いが起きている結果だということだが、庶民にとっては遠い異郷の話であり、そのシワ寄せが自分たちの身の上に降りかかっているとなれば、はた迷惑以外のナニモノでもなかった。
「沢水が凍ったら最悪、雪を溶かして飲み水にするしかないけど、薪が足りるかねえ……」
ため息をつきながら素焼きの水壺を持って立ち上がろうとした彼女だが、その背中に聞き慣れた――だが、あり得ない声がかけられ、はずみで水壺を落としそうになった。
「おばちゃん!」
「!!!」
心臓が大きく跳ね、一瞬置いて強張った全身から脂汗が流れる。
そそけ立った表情のまま恐る恐る振り返った彼女に背後にいたのは、八歳ほどの男の子とその両親であった。
いずれも斜向かいに住んでいる家族であり、身内も同然の顔ぶれではある。が――。
「……イアン坊……そんな、一巡週前に……」
ニコニコと人懐っこい顔で笑う男の子の笑顔を眺めながら、喘ぐようにかすれた声を出す彼女。
――一巡週前に寒さと病気で死んだはず。
続く言葉が声にならない。
そんな彼女に向かって、イアンの両親であるふたりが屈託のない、どこか突き抜けたような晴れ晴れとした顔で話しかける。
「ビックリしたでしょう。生き返ったのですよ、イアンが!」
「……生き……返った?」
そんなあり得ない――噂では聖女教団の二代目聖女様がそのような奇跡を行えると聞いたことはあるが――ことを大真面目に口に出す父親に、呆然と同じ言葉を繰り返す彼女。
だがしかし、目の前に居るのは間違いなく赤ん坊のころから知っていたイアンである。
「“龍神教団”の奇跡ですよ。私たちも半信半疑だったのですけど、この通りイアンが生き返ったの……それも何の代償もなしに!」
「――“龍神教団”……?」
聞いたこともない名前に困惑する彼女に挨拶をして、家族三人はそれが当たり前のように手をつないで家路へとつく。
その後姿を呆然と見送る彼女の全身を、かじかむような風が通り過ぎっていた。
3/13 漢字、表現などを訂正いたしました。




