仲間たちの合流と冬の訪れ
お待たせして申し訳ございません。
ゾエこと〈聖母〉アチャコ、並びに途中で乱入してきた黒騎士と名乗ったシモン卿だか、レグルスだかよくわからない人物との邂逅……というには、いささか混沌とした再会を経て、大混乱に陥ったウエストバティ市の騒動から一巡週あまり。
ともかくも残された私たちが、三日三晩避難民の救助と町の復興に尽力し、ついでにいきなり旗印(偽シルティアーナこと、ラナの実姉ルナ)と実質的な支配者(アレクサンドラ総団長、エグモント氏、そして黒幕のアチャコの三馬鹿――命名コッペリア)がいなくなったため、混乱の坩堝に陥ったカトレアの娘子軍を、ドサクサ紛れに私の旗下に加えたり。
「「「はっはっはっはっ。所詮は世間知らずのおぼこ娘たちですから、あの程度赤子の手をひねるよりも容易いことでした(です)(にゃ)」」」
と、その際にコッペリアとシャトンとエラルド支部長が、嬉々としてその辣腕を振るったのは言うまでもありません。
また娘子軍の実質的な音頭を取っていたリージヤさんたちとは昵懇の仲でしたし、大部分の娘さんたちが行き場を失くして途方に暮れていたこともあり(彼女たちのほとんどは下級貴族や騎士爵、郷士の次女、三女であり、もはや実家に頼ることもできないため)、お互いの利害関係が一致したこともあり、思いがけずにトントン拍子に話が進んで、現在彼女たちは移民希望者の護衛を兼ねて、【闇の森】中心部にある開拓中の『王都(仮称)』へと、順次『転移門』を使って移転を行っています。
そのようなわけで、ともかく様々な後始末に奔走した三日間でした。
幸いにして隣接するビートン伯爵領からの火事場泥棒的な侵略行為もなく――斥候と先遣隊は派遣されたそうですが、なぜか斥候は天に消えたか、地に潜ったか、ひとりも帰還せず。また先遣隊に関しても、途中の森でことごとく迷子になるという「狐狸か妖精に化かされているような」体たらくぶりで――侵攻を断念せざるを得なかったそうです。
何が原因かはわかりませんが、とりあえずはラッキーでしたわね(棒)。
どうにか一息ついたところで、例の地元にあって炊き出しに使わせていただいた聖女教団の教会を預かる司祭の進言が届いたのか、思いのほか迅速に私の安全と支援という名目で、聖女教団の高位聖職者と特別に選抜された部隊である『アキレアン神聖隊』の神官騎士たち数百人が、鳴り物入りでウエストバティ市へ到着しましたので、儀礼的な挨拶を交わして、かなり交渉が難航しましたが、どうにか町の復興と治安維持を彼らに委託することに納得してもらいました。
なお、コッペリア曰く、
「〝アキレアン神聖隊”基本的に男同士の固い愛情と、固いケツの括約筋によって繋がった性職――もとい、聖職者集団ですからね。さしものクララ様の美貌も威力が半減するから厄介なんですよ……ったく、変態どもが。あ、そうだ。対抗して、摂受したカトレアの娘子軍から〝サフィック聖女隊”とか編成したらどうでしょう?」
「絶対にいりませんわ!」
とのことです。
ちなみに『サフィック』というのは『アキレアン』の反対で、女性同士の恋愛や性的欲求を指す言葉です。
それを冠した女性ばかりの部隊を結成するとか、本気で冗談ではありませんわ。
というか、そんなもの結成したら嬉々としてヴィオラが隊長に就任して、百合ハーレムを作りそうで問題あり過ぎます。
ともあれ、教団関係者や市民代表が引き留めるのを半ば強引に振り払い、フィーアに乗って国境線を越え、一時的に【闇の森】(『元』と付けるべきなのかも知れませんが、いまだに森の瘴気と魔素は根強く残り、一部を除いて鳥も通わぬ人跡未踏の魔境なのは変わらないので、いまだにこの地はそう呼ばれています)外延部に位置するレジーナの庵……というか、館に避難していたのでした。
「いっつもいつも都合が悪くなると逃げ込んできやがって。ぞろぞろと呼んでもないのに雁首並べやがって、ウチは駆け込み寺でも宿屋じゃないよ、ボケナス! 疫病神なバカ弟子がっ! それになんだい、いつにも増して辛気臭い面を並べて、家の中が陰気臭くて嫌になるよっ!!」
不用の奢侈品のない実用一点張りの居間。
暖炉の火が燃え、いつものように得体の知れない霊薬が鍋の中で煮立っているその脇で、隣に巨虎ほどもある体躯の〈黒暴猫〉――自身の使い魔であるマーヤ――を侍らせ、傲然とまるで玉座のように安楽椅子に座ったままの師匠が、目くじらを立てて私を筆頭にこの場所に集まった面々を順に面罵してます。
別に示し合わせたわけではないのですが、私とコッペリア、エレン、シャトン、プリュイ、ノワさんはウエストバティ市からの逃避行に付き合って、引き続き行動を共にしているのに加えて(エラルド支部長とカルディナさんはコンスルのギルド支部に戻っています)、コンスル市に待機していたルークとブルーノ、妖精族の里に戻っていたはずの『銀の星』、当然のような顔で私の守護騎士を自認するバルトロメイ――まあ、ここまでは予想の範疇ですが、これに加えてなぜか吸血鬼の国・真ユース大公国の頂点に位置するヘル公女と、その随員として異母妹にあたる半吸血鬼のイレアナさん。そして壁際で置物のように無言でピクリとも動かずに佇んでいるのは、竜人族の神官と巫女であるメテアグロスとテオドシアのふたりでした。
順にレジーナに睨みつけられた面々は、エレンが居心地悪そうにし、子供の頃に悪戯が過ぎて魔術で子豚に変えられて(正確には見た目と触覚など認識を変える魔術ですが)以降、いまだに苦手意識の消えないブルーノが色をなくして慌てふためいている他は、特に気にした風もなく平然した様子で、コッペリアが淹れてくれた香茶と、お茶うけに花梨ジャムが塗られたクッキーに舌鼓を打っています(固形物の苦手なヘル公女とイレアナさんは、ジャムを香茶に入れて楽しんでますが)。
そんなふてぶてしい来客たちの態度に、さしもの師匠も押し黙って、盛大に荒い鼻息を吐き捨てました。
「さすが出来損ないのバカ弟子の友人だけのことはある。厚顔無恥とはこのことさぁね」
へそを曲げた五世の祖(高祖夫の母)にして、帝国中興の祖とも謳われる太祖女帝(の成れの果て)を前にして、ルークが折り目正しく跪拝しつつ謝罪します。
「申し訳ございません、太祖女帝様。彼女たちは私めの護衛役として、その立場と身分とに関わらず同行いただいたものでございます。本来は三獣士の役目でしたが、この寒さで飛竜の調子があがらないため、代わって名乗り出ていただいた次第でございます」
なるほど、吸血鬼――それも真祖と半吸血鬼――となれば、冬の寒さにも天候の悪さにも影響を受けないので、適材適所と言えばその通りですわね。
とはいえ、その程度の事でわざわざ吸血鬼の国の国主であるヘル公女が出馬する理由には、いささか弱いような気も致しますが――。
ルークの説明を聞いたレジーナは、
「――護衛? 綺麗どころを連れてチヤホヤされているだけじゃないのかい、この色ボケのガキが」
ヘル公女のこの季節にも拘らず水着も同然な艶姿を眺めて、厭味ったらしく言い放ちました。
「ははははっ、お戯れを――」
軽くいなすルークと、
「身共としてはそれでも構わぬのであるがな。正室にせよなどとは言わぬが、側室の席は空いているであろうルーカス公子?」
どうやらそういう魂胆だったらしいヘル公女が艶然と下唇を桜色の舌で湿らせます。
「お断りします。僕の隣にはジル以外の席はありません!」
ピシャリと言い放つルークと、「ふむ……」いささか不満そうな表情で思案するヘル公女。
次にその唇からこぼれるのは懐柔か、脅迫かと思えたその時――。
全員の給仕をしながら、コッペリアがさも名案と言う風に手を叩きました。
「それならいっそ、クララ様がユース大公国ごとカマキリ女を人質がてらもらい受けて、後宮に入れてクララ様とご成婚なされたルーカス公子様には自由に後宮に出入りしてもらうという手はどうでしょう?」
「おおっ! 妙案であるな。さすがはジル殿の侍女なだけはある。素晴らしき知見と慧眼の持ち主である! 身共に嫌も応もないぞ」
屈託なく良識の欠片もないコッペリアの迷案に賛同するヘル公女に、困ったような表情で無言を貫くイレアナさん。
どうやら吸血鬼全般がこうした倫理観ではなく、ヘル公女がコッペリア並みに飛び抜けてタガが外れているだけで、その他はある程度一般的な感覚は備え付けられているようですわね。
「……ええ?! いや、ちょっと、何を言っているのか理解できないのですが……?」
困惑したルークの視線が私に向けられますが、悉皆、私に聞かれてもそんな馬鹿な提案に賛同するわけがございませんわ。
なお、フィーアはいつもの仔犬サイズになって、何やらマーヤの前に座り込んでお説教を受けている最中らしく、思いっきり尻尾と耳が垂れ下がっています。
ルークの使い魔であるゼクスは館の上空を警戒を兼ねて悠々と旋回していますし、もともとこの地に自生していた魔法植物をベースに、品種改良を加えた結果生まれた大根は、久々の故郷にテンションが上がったらしく、さっさと館の裏手にある家庭菜園へと走っていきました。
ともあれなぜこんな大所帯で、なおかつオールスターになっているのかは私も関知しておりませんが、
「私だって好きでいるわけではありませんわ! さっさとオーランシュへ行って、連れ去られたラナちゃんを救助したくて、居てもたっても居られない気持ちなのですから!」
いつもの師匠の盛大なしかめっ面と罵声を浴びながら、私は身動きの取れない姿勢で言い返します。
「ふん、だったらここでチンタラしてるより、さっさとオーランシュだろうが冥界だろうが、とっとと面を出して目的を果たしてくりゃいいじゃないかい」
「勿論ですわ! 敵地で孤立無援のラナちゃんの孤独を思えば、一刻も早く、邪魔する相手はたとえ邪神だろうが父だろうが、必要とあらばオーランシュを地上から消滅させることに、寸毫のためらいもございませんわ!」
洒落抜きで私とフィーアが全力で攻撃呪文を叩き込めば、オーランシュを数分で更地にできる自信はあります。
「いやいや、クララ様。さすがにそれはマズいですよ。第一、それだとラナぽんも巻き込まれる恐れがありますよ」
コッペリアの忠告に多少は私の頭も冷えました。
「それもそうですわね。けれどそれならば――」
床に転がったまま――好きでこの格好をしているわけではありません。いますぐラナの救助に向かおうと勇む私を掣肘すべく、ヘル公女とコッペリアとバルトロメイ、そしてレジーナが協力して、封印の魔道具やら聖銀製のワイヤーやらで雁字搦めにされているため――必死に頭を働かせて、ラナを助けるための打開策を模索するのでした。
「――そうだわ! 上層部を闇討ちすればいいのよ! 不意打ち、闇討ち、奇襲戦法! 正義の為なら許されるわっ!!」
「「「「「「「アウトッ!!! それ聖女の発想ではありません!」」」」」」」
途端、なぜかルーク、エレン、コッペリア、プリュイ、アシミ、ノワさん、イレアナさんからダメ出しをされるのでした。
「というか、あっちにはラナのお姉さんがいるんだから、そうそう無体なことはされないと思いますけど?」
そんな希望的観測を口に出すエレンですが、私にはどーしてもそうは思えません。
「血のつながりがあっても、半分寝ぼけてたじゃないですか! まったく信用できませんわ!」
「う~~ん、それは確かにそうかも知れませんが……」
私の言い分に考え込んだエレンですが、そこでふとレジーナと同じ部屋にいることでガチガチに萎縮しているにしても、嫌に静かな――見ようによっては心なしか憔悴しているように見える――幼馴染のブルーノに気付いて、
「――ところで、アンタさっきから精彩ないわね。せっかく久々にジル様に会えたっていうのに辛気臭い」
そう一言どやしつけたところ、のろのろと顔を上げたブルーノが、私の顔を一目見て嘆息しました。
「……いや、俺はそれよりもジルがブタクサ姫本人だったって話の方がショックなんだけど……」
陰々滅滅たる声での吐露に、
「ああ、そーいや、アンタは知らなかったんだっけ(話したらペラペラ吹聴しそうだから黙ってたんだけど)?」
納得した風に頷くエレン。
同時に、
「身共もそのあたりの話は興味があるのぉ。詳しく教えてもらえぬか、ジル殿?」
興味津々という態度で身を乗り出すヘル公女。
他の皆さんも私本人からの説明を耳をそばだて、目を輝かせて期待する姿勢を隠そうともしません。
「――う……っ」
先延ばしていたこの問題ですが、この【闇の森】のレジーナの住む館という場所は、まさに説明をするのにうってつけの地というほかはありません。
いますぐ動けない私はあきらめて、私がブタクサ姫からどうやっていまの『ジル』になったのか、改めて皆に話す覚悟を決めて、バルトロメイにお願いをして、とりあえず楽な姿勢にさせてもらってから、淡々と皆に五年前のあの日の事から話し始めるのでした。
 




