剣劇の行方と仮面の素顔
「待った待った! クララ様、シモン卿クラスの敵を相手どって、わざわざ相手の土俵で戦うとか本気ですか? ぶっちゃけそれは勇気ではなく蛮勇ですよ。こんなところで頑張って、男をみせてもしかたないでしょう!」
二刀を手に取り構えを取った私を見て、コッペリアが珍しく慌てたように制止の声をかけます。
「では素手で組打ちでもしますか? 正直、腹パンの数発は入れたいところですけど、ここにいるだけで鼻のいい私には、鎧の下から漂ってくる加齢臭に加えて、ムスク系の香水と整髪料が混じった異臭はもはや凶器なので、できれば直接触らずに距離を置きたいのですけど……」
「…………」
「あ、クララ様の歯に衣着せぬ、人呼んで『お父さんのと一緒に洗濯しないで』口撃により、割と致命的なダメージを受けてますよ黒騎士」
なぜかどんよりと背中に哀愁を背負っている黒騎士を前に、「泣~かした、泣ーかした!」と、私を囃し立てるコッペリア。
場の雰囲気がグダグダですわね。
「コホン――ともかく、いつもの蒟蒻問答をしている暇はないので、速攻で決めさせていただきますわよ」
改めて二刀を構えて黒騎士と相対しました。
「……やれやれ、話には聞いていたがずいぶんとお転婆になったものだね、シルティアーナ。だが既存の技術体系で私に勝とうというのは無理な話だよ。所詮、剣術などというものは真に才ある者の模倣でしかなく、おまけに伝統美だなんだと無駄な虚飾や無用な精神論で彩られていて、『斬る』という単純明快な本質から外れているからね」
気を取り直したらしい黒騎士も剣を無造作に――だらりと脱力した構えとも言えない構えですけれど、天賦の才によって『動けばそれが技になる』領域に達しているので、油断できるところなど欠片もないのですが――私に向かい合います。
「マジでやるんですか、クララ様?」
「ええ。ともかく、こういう才能に胡坐をかいて驕っている天狗は一度鼻っ柱を折っておかないと気が済みませんの」
武術の歴史や技を切磋琢磨して後世に伝えてきた剣士の誇りを土足で足蹴にして、何ら痛痒を感じない傲岸無知な‟素人”を相手にして私の剣士としての矜持がフツフツとたぎります。
見せてあげますわ。緋雪お姉様直伝の異世界の剣。洋の東西を問わずその中でも『最も実戦的で、最も洗練されている』と名高い剣道・剣術の冴えを!
そんな私の独白に、コッペリアが「ああ」と納得した様子で頷きました。
「剣に関しては凡庸な才能を努力で補っているルーカス公子をバカにされたみたいに感じて、八つ当たりしているわけですね、クララ様」
「大義名分を無視して本音……じゃなかった、ルークを引き合いに出さないでください!」
抜身の二刀を鞘にしまって、専用のホルスターごと両腰に下げて、私は慌ててコッペリアの口を塞ぎます。
「ルーク? ルーカス公子のことか。私に隠れてコソコソと私の最愛のシルティアーナを誑かせ、勝手に婚約などと言う戯けた真似をした孺子めが。目の前にいたなら斬って捨てたものを! ちっ、つくづく命冥加なことだ」
一方、これまで端然とした態度を崩さないでいた黒騎士ですが、ルークの話題が出た瞬間、ドラゴンの逆鱗に触れたかのように全身から怒気を放ちながら、おどろおどろしい口調で殺人予告をするのでした。
え、なんですか。その娘にまとわりつく悪い虫を徹底的に踏み潰さんばかりの気迫は!?
「いや、ちょっと待ってください。貴方が、仮に、百万歩譲ってオーランシュ辺境伯だとしたら、矛盾しているのではありませんか? 一度は自ら‟シルティアーナ”とルークとの婚約を画策したはずですもの」
少なくともお父様は認めていたはずですわ。
「ふん。あんなもの処分先として適当だから話を進めただけに決まっている。四年前、シルティアーナが生死不明になったと聞いて、シレント央国から戻ってみれば、似ても似つかぬ薄汚れた子供をシルティアーナなどと……ふざけた、唾棄すべき状況になっておったからな。知らぬふりをして、グラウィオール帝国に押し付けることで、目障りな偽物を合法的に国外に放逐し、ついでに二国間の融和というお題目が果たせる一石二鳥の策だと思っていたのだが。運命というものは常に儂の敵であるらしい」
にべもなく言い放つ黒騎士。
人間を政略の駒としか思っていない。貴族的と言うか、クズの言い分ですわね。
剣の腕前以外、元から底を割っていた黒騎士に対する私の評価ですが、どうやら上げ底でなおかつ二段底、三段底だったようでさらに下方修正されました。
「どうする黒騎士。聖女相手となるとさすがに手心を加えずにはいられないだろう。私が替わるか?」
その間に何種類かのポーションを飲んで、すっかり回復したらしいアチャコが黒騎士に提案――というか信用していませんわね――しましたが、
「心配ご無用。構えを見ただけで実力のほどは見極めができました。まったく問題ありません。そもそも『構え』という防御姿勢を取ること自体が負けを前提にした敗者の戦い方ですからな。ゆえに余計な手出しは無用っ!」
鼻で嗤ってアチャコの心配を杞憂と一蹴します。
「ふん……よかろう。せいぜい吠え面をかくなよ」
一対一の真剣勝負を望む黒騎士の気概を汲み取ったのか、アチャコが憎まれ口を叩きながら高みの見物とばかり、両手を組んでこの場から後退りしました。
「コッペリア!」
私もそれに応えるべく、すぐ隣でモーニングスターを構えるコッペリアに空気を読んで忖度するよう声をかけましたが――。
「いや、ワタシは普通に手出しをしますが? クララ様が危なくなったり、黒騎士が隙を見せれば即座に攻撃しますので。勝ちゃいんですよ、勝ちゃあ」
「正々堂々? なにそれ美味しいの?」と言わんばかりの堂々たる開き直りに、私は思わず嘆息をして、アチャコは即応して臨戦態勢に移行しました。
「……まあ、貴女はそんなものよね」
小知は大知に及ばず、小年は大年に及ばず。奚を以って其の然るを知る。朝菌は晦朔を知らず、蟪蛄は春秋を知らず。亦悲しからずや――とは言いますけれど、ここにいる年長者は誰もかれもが尋常な常識というものを知らずに、好き勝手に生きていますわね。
「ふっ――変わらんな。別にふたり掛りでも儂は構わんぞ。コッペリアの手の内は知れているしな」
まったくもって眼中にないとばかりの黒騎士の放言に、コッペリアが不敵に笑って応じます。
「剣の腕前以外、魔術も霊視も呪力もからっきしのミソッカスの分際で豪語してくれますね」
そう豪語してから、こっそりと私に囁きました。
「……何とかなりますよね、クララ様?」
「ええ、まあ……。先ほどの太刀筋。目では捉えきれませんでしたけれど、攻撃の気配くらいは感じ取れましたので、躱すくらいは何とかなると思います」
また、おそらくはSS級の魔獣であるムシュマフの膨大な生命力(緋雪お姉様はゲームになぞらえてHPと称されていましたが)を、容易く削り取ったのはすべての剣閃が的確にムシュマフの急所を断ち切ったからに相違ありません(いわゆるクリティカルヒットの連発というわけですわね)。
となれば、すべての攻撃を避けることは難しいにしても躱して急所をズラすくらいはできそうですので、即時治癒術で完治できるこちらのほうが有利なはずです。
「フハハハハ! では勝負ですシモン卿を詐称するゴキブリ男! この場で叩き潰してくれます――クララ様が!」
再び調子づくコッペリアに「どうぞどうぞ」と促されて、改めてどこか所在無げに立っていた黒騎士の前に進み出ました。
「すみません。どうもお待たせしました」
私の謝罪に対して、あちらも気の抜けた態度でおざなりに応えます。
「いや、ま……昔からこうだったからな。久々で面食らったが」
どういうわけか真面目な人間ほど私たち――じゃなくて、コッペリアに関わると激怒するか脱力するかするのですよね。
「ともあれ。いざ尋常に勝負ですわ」
私からの勝負開始の掛け声に、黒騎士の仮面の下の苦笑が深くなった気がしました。
「それはいいが、鞘に収まったまま抜かなくていのかね、そのカタナは?」
指摘を受けた私は軽く『ティソーナ』の柄を叩いて請け負います。
「ええ、貴方やコッペリアの言葉を聞いて、私なりに思うところがありましたから」
「ほう。それは楽しみ――だ……!?!」
黒騎士の呼吸に合わせて即座に、私は魔力を全身に廻して強化する『魔闘法』と『気功法』を併用して、足元の地面を陥没させながら踏み込んで一気に距離を縮めつつ、腰の動きと指先の動きだけで本来は不可能な二刀同時の抜刀術を放ちました。
『新陰流・二刀』
漫画ではないのですから抜刀術が抜身の剣よりも早いなどということはありません。
抜刀術の利点というのは、不意打ち、騙し討ち、辻斬りに特化した部分にあり、要するに相手の油断を突いて斬りかかる、コッペリアが言うように『勝てばいい』の精神が具現化したものですから。
そんな不意打ち二連撃を軽く飛び退きながら捌く黒騎士。
ここまでは想定内です。
「――からの薬丸自顕流、雲耀【無限連閃】っ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」
薬丸自顕流の抜刀術は俗に『抜即斬』と称される神速の斬り上げが特徴で、また一度刀を抜いたら相手を斬り殺すまで攻撃を止めることもありません。
これもまた先ほどの黒騎士の台詞から思い出したのですが、そもそもチャンバラではないのですから実戦において刀と刀を合わせるなど愚の骨頂。
それが顕著なのが薬丸自顕流であり、防御のための技は一切無く、常に先制攻撃をするか、万一、敵に先に仕掛けられた場合には、斬られるより先に相手を斬るか、相手の攻撃を自分の攻撃で叩き落とすかで対応する超攻撃型剣術です。
その精神に対応して私なりにアレンジしたのが、この『雲耀【無限連閃】』であり、基本的に私のスタミナが切れるか相手を叩き切るかしない限り、超神速かつ強化された体から放たれる重い一撃――おそらく一撃一撃がカノン砲に匹敵するはずです――を受け続けなければなりません。
いまのところ黒騎士は信じられない精度で私の『雲耀【無限連閃】』を捌いていますが、それでも微細なダメージや衝撃波は体と剣に蓄積されているはずです。
「くっ――とんでもないな。だが、これを武術と言うのはいささか牽強付会ではないかね?」
まあ確かに、ある意味有り余る魔力とスタミナに物を言わせた力業ですので、これを武術とか剣術とかいうのは強引かも知れません。
黒騎士の不利な状況を見て取って、前言を撤回して何やらよからぬ行動しようとしたアチャコと、それを察知してすかさずコブラツイストをかけているコッペリアを視界の端でチラリと確認しながら、私も開き直ってそれに応えます。
「非力な人間が強者に立ち向かい得るのが武術ならば、確かにこれは武術ではありませんわね」
「なるほど。もともと強く悍壯な者が技を得た結果がコレか。儂のような弱者の技術では抗い得ないな……」
その言葉と同時についに黒騎士の足が地面を離れて、姿勢を崩して大きく後方に弾け飛びました。
ここで「やった!」と言うのは早計過ぎますわね。隙に見えて誘いという可能性も大いにあります。
試しに金剛鉄製の暗器を『念動』を併用して四方八方からランダムに投げてみましたが、後ろに目があるように簡単に弾き飛ばされてしまいました。
と、なれば私は私が使いうる武器を惜しみなく使うしかありませんわね。
私は一度二刀を鞘に収め、代わりに金剛鉄製の棒手裏剣の一本を手に、黒騎士に狙いを定めて、
「“万物よ。疾風を超え、雷光を超え、天の階へと至れ”――亜光速弾“神威!”」
どの方向からの攻撃にも対応できる相手には、放った術者の私でもどこに跳んで行くのかわからない、運任せのそのくせ威力だけはもの凄い魔術を放つのでした。
「あ、あの魔術は――!!」
「相変わらず大雑把ですね、クララ様は」
身動きが取れない姿勢で顔色を変えるアチャコと、私の思考回路をトレースしたのか妙にしみじみした表情で、アチャコへ今度は逆エビ固めをかけて嘆息するコッペリア。
「ぬっ……ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
奇蹟的に『神威』は黒騎士を直撃か、近い軌道をたどったようです。
それを必死に剣で押さえようとする黒騎士ですが、そもそも『神威』の本質は衝撃波――それも一撃で城を崩し、一万メルト上空を飛ぶロック鳥すら撃墜しうる――にあるのですから、土台、剣一本で対抗しようとするなど不可能な話です。
一瞬の遅延ののち消し飛ばされるかと思えた黒騎士。
ですがその瞬間――。
「「「魔力!!」」」
思わず私とコッペリアとアチャコの上ずった声が重なります。
刹那、膨大な魔力が黒騎士の全身から横溢し、さらに手にした剣を強化して、ほとばしる霊光だけで数倍に膨れ上がりました。
「――破っ!!!!」
その勢いのまま剣を振り下ろした黒騎士の渾身の一撃によって『神威』は霧散し、同時に負荷に耐えられなかったのか黒騎士が手にした剣が砕け散り、同時に全身にヒビが入っていた甲冑のうち顔を隠していた仮面が割れ落ち、地面の上で軽い音を立てて転がり落ちます。
そうしてあらわになった黒騎士の予想外の素顔に、私たちは同時に目を剥き驚愕の声を放ちました。
「お前は――!」
息を呑むアチャコと、続く私とコッペリアの魂を震わせる叫びが木霊します。
「「レグルスっ!?!」」
見間違えるはずもない。かつて……三十年前の過去で出会った魔族の奴隷――その後、ひょんなことから私の手に委ねられ、結果的に私に忠誠を誓い、なんだかんだあってオーランシュ辺境伯家の執事として、そして〈魔王〉へと成りあがった青年(実年齢はアラフォーですが)――が、『亜人解放戦線』の襲撃により負傷し、顔の半分に無残な火傷の痕を残した姿で、シレントで別れた姿のままそこにいたのでした。
(◎-ω-)。o○(中身はパパとは作者は一言も言ってないし)
 




