アチャコの処遇と黒衣の騎士
今回は短いです。
「あーはははははははははははははははっはははははっはっはっ……ゲホゲホ……はは」
段々ウザくなってきたアチャコを横目に、私たち(私、コッペリア、シャトン、プリュイ、ノワさん)は車座になり、膝を突き合わせて彼女の今後の処分について話し合いを始めました。
その間、フィーアは穴にはまって思うように身動きが取れない多頭蛇の頭に食いついて、そのまま噛み切ってモグモグしています。
食いちぎられた首は案の定というか、ほどなく再生するのですが、フィーアは気にした風もなく、現世地球にもある『食べても食べてもなくならない魔法のうどん』でも啜るがごとく、再生を上回る速度で尻尾を振りながら、生えるそばから大蛇の首を咀嚼するのでした。
「……というか、尋常な手段では〈神人〉クラスは斃せる気がしないのですが」
物理的な意味で『殺しても死なない』を地で行っているのが、〈神人〉や〈神聖妖精族〉などの〈神〉ですからねえ。
緋雪お姉様に聞いた話では、その昔、狂った――フリだけの佯狂の可能性も無きにしもあらずとも聞いていますが――とある〈神人〉を緋雪お姉様やメイ理事長など、同格である〈神人〉が数人がかりで捕縛したものの消滅させる手段を取れずに、やむなく永久封印をして《大寒冷地獄》に閉じ込めるしかなかった……という実例を聞いたことがあります。
「いっそ穴を掘って生き埋めにするというのはどうでしょう? ワタシとクララ様なら一千メルトくらいの縦穴を掘るのも可能です」
愛用の金剛鉄と神鉄鋼合金製のショベルとツルハシを取り出して、そう提案するコッペリアに私は懐疑的に首を捻りました。
「……それくらい啓蟄の虫や蛙みたいに這って出てくるんじゃないかしら?」
というか地の精霊に働きかけられたら一発で無効です。
「さっき拾ってきた‟使徒の傷痕”でバラバラにすれば、さすがにくたばるんじゃないですかにゃ?」
ドサクサ紛れに拾得したらしい、いまだにしっかりと鞭の柄を握りしめたままのアチャコの生手首が付いた‟使徒の傷痕”を掲げて、かなり物騒な提案をするシャトン。なにげに一度殺されたことを根に持っているのでしょうか?
「う~~ん、もともとアチャコの武器ですからね。何か対抗手段とか持っている可能性も高いと思えるのですが……」
私の懸念を受けて、「ならば」とプリュイが手を上げました。
「〈罪人の樹木〉方式で封印するのはどうでしょう?」
「――ああ、とち狂った妖精族を浄化させて、最終的に輪廻転生させる秘術ですわね」
かつて北の開拓村で目にした〈罪人の樹木〉と、それに関するウラノス様の説明を思い出して私もなるほどと頷きながら、事情を知らないコッペリアたちに手短に説明をします(なぜかシャトンが適当な口笛を吹きながら、明後日の方を向いて挙動不審になりましたけど)。
「幸い……と言っていいものなのかは微妙なところだが、いまジルの手元には〈罪人の樹木〉よりも遥かに霊格の高い〈世界樹〉の苗木があることだし、これを媒体にすればさしもの神聖妖精族といえど浄化できるのではないか?」
プリュイの提案にノワさんも頷いて同意しました。
「うむ。当時の事は私も〈妖精女王〉様から聞いたことがある。事情を話せば快く協力してくれるだろう」
「〈妖精王〉たる『天空の雪』様もだ」
「なるほど……。問題は当代の〈妖精王〉様、〈妖精女王〉様でも神聖妖精族を封印しきれるかどうかですわね」
様々な意見を勘案してみましたが確実と言えるものはありません。
いっそ緋雪お姉様に丸投げしてはどうかとも思いましたけれど、そもそもアチャコの暗躍を黙認している時点で『地上の問題』として、私の方へバトンを渡しているような気も致します。
「……ではとりあえず、いま言った方法を全部まとめて行いましょう」
「つまり全身を八つ裂きにして、パーツごとに地下深くに穴掘って埋めて、その上に〈世界樹〉を植えて養分にさせる――ということですか? なにげにクララ様って敵に手加減しませんね。やることはほぼ『犯して、殺して、埋める』の猟奇殺人鬼っすね」
人聞きの悪いコメントを差しはさむコッペリアの感想に、プリュイとノワさんも微妙に引いた様子で頷きました。
「ひゃははははは……ゲホゲホ……し、死ぬ……ぎゃははははははっ……お前、それでも聖……うひょほほほ……誰か助……ぶはははははっ!!!!」
何やら笑いながら訴えているアチャコをちらりと一瞥して、シャトンが一見すると何も持っていない片手を動かしながら嘆息します。
「どーでもいいけど、いつまでもこの姿勢で拘束させておくのは難しいにゃ。結論が出たところで、とりあえず‟使徒の傷痕”でバラバラにするってことでいいのかにゃ?」
「ええ、そうですわね。でもいいのですか、私の方針に従うということで?」
私も片手片足を切り飛ばされた因縁があるとはいえ、一度命を取られ相棒を殺されたシャトンこそ恨み骨髄でしょうから、いちいち私に伺いを立てる必要もないと思うのですが。
「ま、商人は貸し借りが大事ですからにゃ。アチャコに意趣返ししたところで貸しは返したも同然だし、あとは聖女サマに借りた命の分。こんなもんどうあっても返せないので、何があってもあたしは聖女サマに従うにゃ」
さばさばとした表情でそう言い切るシャトン。
「ほほう、銭ゲバ猫がついに物の道理を理解して、クララ様の軍門に降りましたか。なかなか殊勝なことですね」
それを聞いてふんぞり返って腕組みをし、うんうんと鷹揚に頷くコッペリア。
「貸し借りとか別に気にしなくていいのですけど……」
「いやいや、クララ様。等価交換は魔術師の基本ですよ。ま、人助けが趣味というクララ様には関係がないかも知れませんが」
困惑する私へコッペリアが助言を寄こしますが、そもそも魔術師の言う『等価交換の原則』とやらが私的には無意味にしか思えないのですよね。価値観なんて人それぞれですもの、『これだけの価値がある』と言われても、そんなもの換金するまで実体のない先物取引も同然ではないでしょうか。
「じゃあ、幸いにも当人が墓穴を掘って天気もいいので、ここから残った手足を斬り飛ばしますにゃ」
「ひゃはははは……やめ……ほーっっほほほほほほほっ……!!」
当人の二の腕から先をぶら下げたまま、シャトンは何の気負いもなく中腰の姿勢から立ち上がり、この場で‟使徒の傷痕”の切っ先を身動きもままならないアチャコへ向けるのでした。
「せーの――」
さすがにスプラッターな場面を直視するのははばかられ、私が反射的に目を逸らしたその瞬間――。
ピーンと弦楽器の弦が切れたような音がしたかと思うと、
「うにゃ……!?!」
突然に支えを失ったかのようにシャトンがたたらを踏んで後退して、信じられない……という風に両瞼を開いて、まじまじと左手から多頭蛇の頭の上に磔になっていたアチャコへと視線を移しました。
「「「「――なっ!?!」」」」
つられてそちらを見た私たちの目に飛び込んできたのは、どうやって拘束を抜け出したのか笑い疲れてぐったりしているアチャコと、そんな彼女を片手で支え、もう片手に抜身の長剣を握った漆黒の全身鎧に黒マント、なおかつ顔も仮面で隠した騎士らしい男が、多頭蛇の頭の上に平然と佇んでいるという、予想だにしない光景です。
「信じられないですにゃ。ただの一閃であたしの霞刃を全部斬るなんて……」
シャトンの独白めいた警戒を促す言葉に、私たちが一斉に立ち上がって武器を構えたものの、黒騎士は気負いなく平然とした態度で、私たち――というか四階部分に残っている面々全員の――顔を値踏みするかのように見回し、最後に私とコッペリアとを穴のあくほど凝視し、「ふっ」と仮面の下で笑みを浮かべたような……そんな気配がしました。
「久しいな、コッペリア。そして会いたかったぞ、クララ――いや、シルティアーナ!」
それに続いて仮面越しにくぐもってはいるものの、たっぷりと親愛の情を含んだ言葉が、私とコッペリアに向け放たれます。
その言葉にこの場にいる全員が息を呑んで、疑問を呈する気配を感じ取りながら、
「「――えっ、誰っ???」」
私とコッペリアの心底心当たりのない声が唱和しました。




