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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
300/337

幕間 告白の行方とベーレンズ商会の珍商品

祝☆300話!

 今後の【闇の森(テネブラエ・ネムス)】における物流と何を置いても人材難問題、そして南方航路について相談事があったため、ルークとともに最低限の人数で――当然、目に入る護衛や随員以外にも身を隠したり、通行人に扮したりした護衛や暗部は山ほどいるはずですが――ベーレンズ商会帝都支店の正面玄関をくぐった瞬間、

「あ~~っ、ルウ君! 来てくれたの!? ――ちょっと、なんでアンタも一緒にいるわけ?! でも、ま、ちょうどいいわ。ルウ君に告白するついでに、こっちのオッパイお化けに言いたいことがあるわけだし。ちょっと来なさい!」

 いきなり湧いて出たエステルが()()()()()()()()()()()(目測でGカップ)やって来て、

「「「はあ――――――っ!?!」」」

 唖然とする私たちが挨拶する間もなく、私は半ば無理やりルークの傍から引き離されて、そのままかなりぞんざいな扱いで拉致される羽目になるとは、二重の意味で予想外もいいところでした。


 というか、最近はどこへ行っても下にも置かぬおもてなしばかりでしたので、ここまで邪険にされたのは久しぶり過ぎて、状況についていけないままルークの腕を無理やり組んだエステルに、後ろ手で髪を引っ張られて、

「痛っ、痛いですわ。ちょっとエステル、髪を引っ張らないでください!」

 連れていかれた先――柱に偽装された隠し昇降機(エレベーター)を、エステルが専用鍵で開錠して(見た感じ専用の魔道具(マジックアイテム)がないと反応しないタイプのようですわね)、そのまま無造作に押し込まれるまま、呆然と成り行きに身を任せるしかありませんでした。


「ちょ、ちょっとエステル。今日は遊びに来たわけじゃなくて――」

「……なんだかいきなり計画が破綻しているのですけれど」

 我に返ったところでルークと揃って抗議をしますけれど、どこ吹く風で昇降機(エレベーター)内のボタンを慣れた仕草で早押しするエステル。


「お……追えええええええええっ!!!」

「「「「「「お、おおおおおおおおおっ‼‼」」」」」」

 隠れていた護衛のひとりなのでしょう。一見どこにでもいそうな紳士が我に返って指示を出すと同時に、エステルの行き当たりばったりの暴挙に飲まれて呆然としていた、その場にいた店員とお客さんの九割が弾かれたように――ざっと数えて百人ほど全員が、どうやら帝国や皇国の護衛か諸々の組織の関係者、もしくは他国の間諜(スパイ)やどこぞの組織の工作員だった模様です――血相を変えて追いかけてきました。


 寸前で無情にも閉じられる昇降機(エレベーター)の扉。

 さほど広くない箱の中にいるのは、エステルとルークと私。そして当然という顔で滑り込んできたコッペリアと、いつもいつもエステルのとばっちりを受けて、貧乏くじを引かされている初老の執事長さんも、滝のような汗を流しながら昇降機(エレベーター)に便乗できたようですが、それ以外の面々は見事に出し抜かれたことになります。


 プロの護衛や工作員がまんまとド素人の小娘(エステル)にしてやられたとなると、いろいろと問題というか、後始末が大変でしょうね。

 どこぞへ向かって昇っていく昇降機(エレベーター)の中で、彼ないし彼女たちの行く末を思って、思わずお祈りを捧げるしかありませんでした。


 ◇


 上は皇帝陛下の密勅(みっちょく)を帯びた特命騎士から、下は闇ギルドの使い捨ての下っ端である情報屋(ネズミ)まで、〈真龍騎士〉ルーカス皇子と〈聖女〉クレールヒェン王女殿下の護衛と監視にあたっていた者たちが、あっさりとふたりの行方を見失った……という屈辱感とともに火急の知らせを携えて、各自の秘密基地(セーフハウス)へと使いを走らせた。


 まるで競争のような報告合戦は、帝都内に秘密基地(セーフハウス)がある者たちはまだしも、中には馬で三日の距離に最寄りの集合場所があるという組織もあり、結果から逆算すれば非常に無駄な努力――徒労ではあったのだが、己の任務をまっとうするため飲まず食わずで馬を走らせ続け、息も絶え絶えで戻り、

「……み……み、み」

「どうした、何があった!? 水か?!」

「水飲んでる場合か、すぐに帝都へ折り返すぞっ!」

「み……? ミートローフが食いたいのか!? (ヘビー)すぎるぞ・・・!!」

 各地を混乱と阿鼻叫喚の坩堝へと変えたのだった。


 ◇


「まあっ、カラバ卿とアレクがご結婚されていたのですか!? おめでたいお話ですけれど、水臭いですわ。私もぜひ結婚式に参加したかったのですけれど……」

 南方産のやや酸味のある美味しい珈琲(コーヒー)を口にしながら、私はいまエーリックさん――なにげに初めてお名前をお聞きしたエステルの執事長(じいや)さん――から聞いた話に思わず目を見張ってしまいました。


 カラバ卿というのはルークの元護衛剣士であり、最初の剣の師匠でもある猫妖精(ケットシー)で、帝国が誇る〈三獣士(さんじゅうし)〉のひとりである竜騎士で、私もずいぶんとお世話になった方です。

 付け加えるとアレクというのは、カラバ卿の身の回りの世話をする従騎士をしている三毛の猫妖精(ケットシー)で、私の知る限りバレバレの男装で女人禁制の竜騎士隊に所属していたはずですが、そうなるとカミングアウトをして結婚されたのでしょうか? いろいろと気になる点が多いのですが、さすがにエーリックさんもそういった細かな部分までは網羅されていないようでした。


 時間があれば直接お会いして、そのあたりの事情を伺ってみたいところですけれど……。


「いやまあ……エイルマー殿下がお忍びで祝言(ことほぎ)のため、結婚披露パーティーに顔を出された際に、蜂の巣をつついたような騒ぎになったと伺っておりますので……」

 そんな私の心情を読み取ったのか、エーリックさんが珈琲のお代わりをサーブしながら、婉曲に『これ以上帝都で騒ぎを起こさない方がよろしいのでは?』と釘を刺します。


 まあ確かに、カラバ卿は確か準男爵ですので(それでも亜人としては同じ〈三獣士(さんじゅうし)〉のケレイブ・ランドン卿と並んで帝国最高位の称号持ちなのですが)、士爵同様に一代限りの名誉職扱いで、正式な貴族扱いされないのが常です。

 そんなカラバ卿の結婚式へ帝国でも最上位に位置する帝位継承権第一位。現皇帝陛下の一粒種である継嗣エイルマー様が、ひょっこり「おめでとう~~っ!」と抜き打ちで現れたとなれば椿事(ちんじ)もいいところです。それはもう会場がパニックになるのは当然ですわね。


 もっともエイルマー殿下は同じ竜騎士として、招待客の何人かとも個人的な親交もあり、何よりカラバ卿が一時期とはいえその息子であるルークの教導騎士(メンター)として、教鞭()をとっていた関係から、ひとしきり驚愕がおさまるとその後は比較的おおらかに受け入れられた……と、エーリックさんの補足が入りました。


「私も一応結婚されたお二方と面識も親交もあるのですが……」

 あくまで非公式なもので一般的ではないため、堂々と正面から名前を出して訪問するのは……エイルマー様以上の阿鼻叫喚の大騒ぎになりそうですわね。

 お祝いのつもりが逆に騒動の渦中に巻き込みそうなので、今回は遠慮して手紙と贈り物を送るにとどめておいた方が無難でしょう。


 そう胸中で結論付けたところで、同じポットから淹れられた珈琲を一口飲んで、傍らのケーキスタンドのケーキやらデザートやらを無作為に口に運んでいたコッペリアが、

「ふむ。飲み物、デザートともに毒物は含まれていませんね。ただ珈琲の淹れ方は評価に値しますが、その他のものは並みですね。材料は一級品ですが、どれもこれも定石通りで意外性がまったくありません」

 大上段から偉そうに講釈をたれました。


 なお、現在いるここはベーレンズ商会から少々離れた場所にある、表通りアリアンストリートに面した珈琲ショップの三階にある個室のひとつになります。

 椅子に座ったまま窓から外を眺めてみれば、昔ながらの歴史的建造物と色とりどりの煉瓦造りのアパルトマンが立ち並ぶ、抒情(じょじょう)的美感に溢れた町は時によって育まれ、街路樹や街灯は規則正しい均一さで配置され、石畳の道は毎日決まった時間に清掃人に洗われるため、まるで化粧石のようにピカピカに磨かれた様子が窺い知れるのでした。


 その道を多くの富裕層らしき人々が行きかっています。

 ここアリアンストリートは、名の知れた高級店から量販店、老舗(しにせ)から話題の新興ブランド支店(フランチャイズ)まで幅広く軒を連ねた、帝都の流行発信基地として知られた場所になります。

 そんなところになぜいるのかと言えば、あの後、迷路のような隠し通路から謎の地下道を通って、気が付いたらここに着いていて、現在その元凶であるエステルはルークに「一世一代の」大事な話があるとのことで別室へと移動。手持無沙汰になった私を歓待するため、エーリックさんの指示でお店自慢の珈琲とデザートがふるまわれることになりました。


 なお、ほぼ斜向(はすむ)かいに『ルタンドゥテ帝都店』が軒を連ねる立地なので、はからずしも競合店の偵察をしているような形になっています。

 なぜこのような場所に似たような店舗を構えることにしたのかは不明ですが、これまでの行動から推測して多分エステルの私への対抗心というか、当てつけに()っているのではないかと勘繰らずにはいられません。


 とはいえ淹れてくださったご当人(エーリックさん)を前にしての「毒物」発言に、さすがに不躾だと私はコッペリアを窘めました。


「失礼ですわよ、コッペリア。とても美味しい珈琲ではありませんか。このレベルの珈琲が街中で気軽に楽しめるとなると、ルタンドゥテ(うち)もうかうかしていられませんわね」

 ついでに付け加えるなら、私に対しては毒物――壊死毒、神経毒、血液毒、細胞毒のような自然毒は無論の事、呪術毒や合成された薬品でも、触っただけで指先が溶けるレベルの猛毒でない限りその場で浄化できるので効果はありません。


 するとエーリックさんは(うやうや)しく一礼をして、

「過分なお褒めの言葉痛み入ります。ですが確かにそちらの侍女殿がおっしゃる通り、珈琲はともかくデザートが平凡極まりなく。ルタンドゥテに比べるとインパクトの面で大きく水をあけられているのが現状でございます。いまのところ資本に物を言わせて珈琲を安価で提供しているのでそこそこ繁盛しておりますが、現状では収益は厳しいと言わざるを得ません。この店自体がエステルお嬢様の趣味――とはいえ、このままでは次期ベーレンズ商会の後継者として、早晩手腕に疑問が抱かれるのは必定でございます」

 そうエステルの将来を憂いるのでした。


「それは早計ではありませんか? エステルはまだ十五歳ですし、失敗から学ぶこともたくさんあると思いますわよ」

 実際、私もちょくちょく失敗していますし、ままならないことも多々ありますもの。

 例えばルタンドゥテでも、この夏『アイスコーヒー』と『コーヒーゼリー』を売り出しまして、お陰様でアイスコーヒーは飛ぶように売れたのですが、コーヒーゼリーに関しては「なんか苦そう」「珈琲のゼリー???」と、保守派の間から大不評で思いがけずに失敗した経緯があります。


「その通りでございますが、企業家というものは軍人と同じで実に冷淡な現実主義者であり、即物的な実用主義者であり、目先の利益に敏感な拝金主義者でございますので、一つの失敗であっても鬼の首を取ったようにあげつらうものでございます。そのため『次期商会長はエステルお嬢様にしかるべき婿をあてがってはどうか』という意見が、チラホラと検討の俎上に載せられている状況でして」


 苦い顔で首を振るエーリックさん。


「つまりエステルは意に沿わない縁談の話を考慮しなければならない立場。将来の分水嶺に立っているというわけですね?」

 貴族や上流階級(アッパークラス)の令嬢の常で、家の事を第一に親や周囲に勧められるまま、意に沿わない結婚をしなければならない……というのはよく聞く話ですが、ずっと一途(いちず)にルークの事を想っていたエステルの気持ちを考えると、忸怩たるものがあるのも確かです。

 まあ、よそ様のお家の事情に口を挟む立場ではありませんから、私からどうこう言うつもりはありませんけれど……。


「左様でございます。そのため本日ルーカス殿下がお見えになられたのは渡りに船。千載一遇の好機ということで、精一杯のおめかしをして一世一代の告白に臨まれたわけでございます。そのため周囲の事が目に入らずにいささか暴走してしまい、聖女様には多大なご迷惑をおかけしましたこと、このエーリック、お嬢様に代わってお詫び申し上げます。今回の事はお嬢様をお(いさ)めできなかった私の(とが)でございます。罪を問われるのであれば商会でもエステルお嬢様でもない、この私の痩せ首ひとつで何卒ご容赦願えますよう、伏してお願い申し上げます」


 再度深々と腰を曲げるエーリックさんを前にして、私とコッペリアは思わず顔を見合わせてしまいました。


「いきなり雲行きが怪しくなってきたわね。というか、おめかしの結果が巨乳パッド(あれ)ですの……?」

 頑張りすぎて空回りしているだけにしか思えません。

「噴飯ものですね。つーか、あれは(わら)いを通り越して哀れというか、かける言葉がない痛々しさでしたね」

 思わず呆然と呟いた私の独白に、したり顔で同意するコッペリアでした。


 それからいまだにジャックナイフのように腰を折り曲げたまま不動の姿勢でいるエーリックさんに気付いて、慌てて姿勢を戻すように言ってエステルのことについても不問にすることを明言して取りなします。

「大丈夫、気にしていませんわ。エステルはお友達ですもの、この程度いつものじゃれ合いの延長ですもの」


 恐縮した風情で顔を上げられたエーリックさんに向かって、

「つーか執事長として止めるべきは、お笑い乳パッドをやめさせるべきだったと思いますが? 告白以前にルーカス殿下目が泳いでましたよ。――まあ、相手がクララ様な時点で、何をどうしようとも結果は明白ですが」

 コッペリアが辛辣な意見を下しました。


「はあ、アレはお嬢様の発案によるパッドスラ……あ、いえ、特殊な体型補正用品でして、とある女性錬金術師の論文に感動したお嬢様が後援者(パトロン)となり、湯水のごとく――コホン、潤沢な資金を投入して、完成させた商品でございます。これが思いのほか上流階級(アッパークラス)中流階級(ミドルクラス)の悩める女性方を中心に話題となっておりまして、現在隠れた人気商品となっております」

 私とコッペリアとを等分に見ながら、エーリックさんがエステルの膨張した胸のからくりを説明してくれました。


「はン。錬金術の無駄遣いですね。クララ様は効率的な緊急治療(トラウマ)キットとか、性病防止のための避妊具(コンドーム)だとか、一本で二千カロリー摂取できるチョコバーとかの、もうちょっと凡愚にもわかりやすいレベルまで錬金術を落とし込んでいるというのに」

 両手を大きく広げて、大仰にせせら笑うコッペリア。


「……それにしても私たちいつまでここにいないといけないのでしょう? あまり長いこと行方不明になっていると、各方面にご迷惑がかかりそうで心苦しいのですが」

 珈琲の苦さとケーキの甘味を楽しみながら私がそう心中を吐露すると、

「そうですね。デコ娘一匹葬り去る(袖にする)くらいで、ルーカス殿下もずいぶんと迂遠な時間を費やしていますね」

「申し訳ございません。この埋め合わせはベーレンズ商会の総力をもって、必ずや充当させていただきます」

 コッペリアが面倒臭そうに嘆息し、エーリックさんは各方面に対する莫大な補填費用を想像してか、沈痛な表情でそう絞り出しました。


「コッペリア、乙女の恋路をそんな風に揶揄するものではありませんわ」

「では、クララ様はルーカス殿下とエステル(デコッパチ)の恋路を応援するつもりですか?」

「……そこが微妙な立場なのですよね~~」

 友人としてはエステルを応援したいところですけれど、困ったことに私が一方の当事者でもあるので、何とも言えないところです。


 こうして待っている間、感情は不安と緊張を行ったり来たりしていますが、理性の部分が冷徹に告げます。エステルの恋は実らないでしょう、と。

 エステルがルークを慕う気持ちは確かでしょう。ですがそれが恋かと言えば微妙ではないかと思えるのですよね。

 帝国屈指の大富豪の後継に生まれて、その背後にある莫大な財産目当てですり寄ってくる数多の人々。対照的に魔術の素養が欠片もないために、所詮は成り上がり者と蔑む貴族社会。そんな孤独の中で自分を守るためにあのハリネズミのような性格を形づくらずにはいられなかったのでしょう。


 そしてそんな中で彼女をただの『エステル・リーセ・ベーレンズ』という女の子だと扱ってくれたエイルマー様、カロリーナ様、そして何よりも同い年のルーク。

 闇の中で光を求めるように、その気持ちをルークに向けたのは当然でしょう。

 ですがそれは恋ではなくて、憧憬とか依存とか、ひっくるめて親愛の情とか呼ばれるものです。いえ、あるいはそこから恋心に変化したのかも知れませんし、その感情を否定するつもりはありませんが、少なくともルークにそう考え、エステルを『手のかかる妹のような存在』として、それ以上の特別な感情を抱いていないのは、脇で見ていても確かなことです。


 ――出来得ることならエステルにはもっと自由になって、束縛されない心で本当の恋を見つけて欲しいものですが、私から言うのも的外れだし、逆に逆鱗に触れそうです。


 う~~む、いまの私って青春しているなぁ……と、しみじみ感慨に耽ったところで、突如としてけたたましい音を立てて個室の扉が力任せに開けられました。

「「「エステル(デコ娘)(お嬢様)!?」」」

 見ればエステルがひとり、険しい表情で立っています。


 明らかに泣いた後のボロボロの顔で、私へ向かって照準を定めると同時に、

「う~~~~~~~~~っ!!」

 一直線に私へ向かってズンズンと大股でやって来ると、思いっきり右掌をフルスイングしました。


 ――スカッ……!


 容赦なく私の頬を叩こうとした一撃を、椅子に座ったまま私が躱すと、自分の放ったビンタの勢いで一回転をして、その場へ尻もちをつくエステル。


「なんで避けるのよ! 大人しく殴られなさい!!」

「え~~っ、なぜですの? 理由がありませんわ」

 というか攻撃されると無意識に避けてカウンターを入れるのが、ほぼ反射行動で仕込まれていますので、エステルが自滅しなかったら、危うく掌底突きを叩き込むところでした。


「その澄ました顔が気に食わないからに決まっているわっ!」

「……それって理不尽もいいところですわ~」


 激昂するエステルをなるべく刺激しないように、そう宥めるように言い聞かせますが、当人はまったく聞く耳ないとばかり、エーリックさんの手を借りて立ち上がると、歯噛みをして私の事を睨みつけます。


「なんで。なんであんたなんかがルウ君に選ばれるのよ……!」

 エステルの血を吐くような叫びに対して、コッペリアがのほほんと言い返します。

「むしろクララ様以上の相手がいるのなら見てみたいものですね」


 途端、言葉に詰まったエステルの怨嗟の声が響きます。

「――ぐっ! なんで……なんでアンタみたいな女がこの世にいるのよ!? ルウ君はね、アンタが好きなんだって! 他の誰も目に入らないんだって! アンタなんかいなきゃよかったのに!!」

「ええっ、私の存在全否定!?!」

 八つ当たりだとはわかっていますけれど、友人にここまで恨み言をぶつけられるとさすがに傷つきますわね。


「さすがにきっぱり断りましたか。まあ確かにこんな地雷女、たわむれにも好きとは言えませんからね」

「誰が地雷女よっ! こんなカマトトぶった自称聖女なんて、あたしは認めないわ!」

 私の胸倉を掴んで吼えるエステル。

「……まあ確かに、私なんかにはルークは釣り合わないとは思いますけれど」


 そう私が口にした途端、ストンとエステルの表情と腕の力が抜けました。


「……『なんか』?」

 能面のような顔で私が無意識に放った言葉を繰り返すエステル。

 と――。

 一転して般若のような顔になり、

「だったらそのアンタなんかに負けて、フラれたあたしの立場ってどうなるわけよ?」

「――あっ」

 私が自分の不用意な失言に気付いて、どう言い訳するべきか言葉を選ぶ間もなく、

「バカにするなああああああああああああああああああっ!!!!」

 渾身の思いを込めたビンタが飛んできて、私はこれを甘んじて受けるしかありませんでした。


 盛大な頬を叩かれる音と痛みの余韻を残したまま、エステルは踵を返すとそのまま振り返らずに部屋を走り出ていきました。

「エステルお嬢様! ――申し訳ございません、聖女様。このご無礼はいかようにでも償う所存でございます。ですが、いまは」

「エステルを追ってください。私は『自動治療(バイタルガード)』があるので、もう治りましたわ」

「ははっ、失礼いたします!」

 慌ててエステルを追ってエーリックさんも出ていきました。


「台風みたいな小娘でしたね。それにしてもクララ様にあんだけ無礼を働くとは……」

 オラついた目つきと口調で舌打ちするコッペリア。

「――いえ、いまのは私が悪いのです」

 私は言葉通りすでに痛みも消えた頬に手をやって、そう改めて口に出しました。

なお、コーヒーゼリーに関しては、現代でも日本限定商品になっています。

海外に紹介されると、「食べてみたい」「日本で食べたけど美味しかった」という意見と「不味そう」「おえ~~」という先入観から忌避する意見も半々くらい見られますので、日本でウケているから海外でもウケるということはないという典型ですね。

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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 祝300話、おめとうございます。 またお疲れ様でした。リハビリの具合はいかがでしょうか。 ついにルークがエステルに引導を渡しましたか。 当初、エステルは書籍独自のキャラでありましたが、何時…
[一言] 300話おめでとうございます! コロナ過の中でいろいろと大変ですが頑張ってください!
[良い点] オートカウンター発動を我慢できた!えらい! [気になる点] 2000kcalのチョコバーって・・・それはもうラーメン二郎なのでは。 カロリーの過剰摂取には敏感だったジルがなぜ・・・ [一言…
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