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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第二章 令嬢ジュリア[12歳]
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ギルドの受付と迷子の道案内

 この世界には魔物が存在します。

 そして全部が全部というわけではないですが、往々にして肉食の魔物は人間を襲います。

 理由については諸説が紛糾していますが、人間の肉体には微量ですが魔力が宿っているので、魔力を摂取する為の補給源として他の動物より効率的だからではないか……というのが、現在の学説の主流だそうです。


 他にも人間が増えすぎないよう、増長しないようにと神が定めた調整の為のシステムだとか、単純に一番たくさん居るから襲う……などなど、様々な説が取沙汰(とりざた)されていますが――まあ、理由はともあれ、実際問題、魔物が人間の脅威となっているのは事実です。


 そうした魔物の被害を減らすため、各地に自警団が組織され、これがやがて連帯し、最終的に組織として運営されるようになったのが、『冒険者ギルド』です。

 ここでは、冒険者のレベル(S・A~Fランク)に合わせた魔物の討伐や護衛、採集など様々な仕事の斡旋及び相談、支払い等を行っています。

 また、ギルドは単純な営利団体ではなく、冒険者の保護・育成・罰則など、およそありとあらゆる部分に関与しているそうで。まあ、結局なにが言いたいのかと言いますと……。


「うちは商業ギルドではないので、冒険者以外の買取は基本行っておりません」

「――すみません。来る場所を間違えました」


 はい、ギルドにも『商業ギルド』や『工匠ギルド』などがあり、私が来たのは『冒険者ギルド』なので場違いだったということです。


 受付のお姉さん――幾つもの受付席が並ぶロビーの中央部分。ちょうど入ってすぐに笑いかけられたので向かった席に座っていた、小柄でちょっと童顔な18~20歳位の栗色の髪をした、生真面目そうな人です――が、そんな私に同情的な視線とともに、一枚の申請書を差し出してきました。


「なんでしたら、この場で冒険者ギルドに登録を行ってみてはいかがでしょうか? その上で買取をするのであれば問題はありませんが」


 私は受け取った申請書を見て、束の間考え込みました。

 冒険者ですか……。


 開拓村で同い年の少年ブルーノは憧れていたようですけれど、私としては正直、あまり良いイメージがありません。

『冒険者』とそれらしい職業を名乗ってはいますけれど、結局のところ軍隊とかに所属している正規の(まっとうな)戦闘員ではなく、その日稼ぎか一攫千金を目的に暴力組織に所属している食い詰め者、ならず者の類いですよね。


 そう……例えるならば、傷だらけのテーブルに両足を乗せて、酒と煙草、骨付き肉を素手で頬張り、下品な濁声(だみごえ)を常時張り上げているような、山師か犯罪者予備軍(アウトロー)とでも言うべき性格破綻者の巣窟……。


 眉をしかめる私の表情から、そうした内面を見透かしたのでしょうか、受付の女性は苦笑して言い添えます。


「一般の方は“冒険者”と聞くと、どこか胡散臭い人種だと敬遠する向きもありますが、きちんと国によって正規に登録された職業ですし、軽犯罪はともかく悪質な犯罪者等は、基本的に登録できませんから、ご懸念には及びませんよ」


 言われて私は一人、ここギルドの1階の窓口が並ぶ、明るくて広いフロアを改めて見回してみました。

 ちなみに使い魔(ファミリア)の〈天狼(シリウス)〉フィーアは、建物脇にある騎獣等を停めて置くための広場に座らせて、おとなしく待機中です。


 窓口にはお仕着せらしい、紺の制服を着た男女が並び、きびきびと仕事をしています。

 石造りの床はきちんと清掃がなされ、置いてある椅子や調度品は華美ではありませんけれど、落ち着いた趣味の良いものです。

 壁際には『緊急依頼』と書かれた学校の黒板大のボードがあり、そこにピンで依頼内容らしいメモが貼られていて、何人か――革鎧を着込んだり、動きやすそうな服装に剣を佩いた冒険者らしい若者――が覗き込んでは難しい顔で思案しています。


 確かに……当初イメージしていた、厳ついアイパッチをつけたギルドマスターが睨みを聞かせ、世紀末的半裸の男達がテーブルに座って(くだ)を巻いている、退廃的な場末の酒場めいた怪しげな場所ではなく、どちらかと言えば銀行か役所のフロントのようです。


 改めて受付のお姉さんの顔を見ると、「ほら、大丈夫でしょう」という顔でにっこり微笑まれました。


 うん、単に登録だけして買取をお願いするのも、面倒がなくて良いかも知れませんね……と、気持ちが傾きかけました。

 そこへ、ちょうど一仕事終えたらしい冒険者が、徒党を組んで汚れた足で、床に泥を落としながらギルド内に入ってきました。


「――だからよぉ俺ぁその若造に言ってやったんだ」

 熊のような髭面でむさ苦しい大男が、割鐘のような声を張り上げて喋っています。

「たかだか豚鬼(オーク)にブルってるんじゃあねえ。怖けりゃママのスカートに隠れてろ。ついでに手前のケツの穴舐めてろってな!」

 大男は小粋な冗談でも言ったつもりで、がはははっと無神経な大声で笑っています。


「で、その新米はどうしたんですか?」


 その取り巻きらしい男に先を促され、大男は相好を崩して続けました。

「ヤケクソになったらしくてな。奴は馬鹿みてぇに剣を振り回して、豚鬼(オーク)の群れに突っ込んで言って、タコ殴りのナマス斬りよ。最後まで使えない奴だったな!」


 途端、『ぎゃはははははは』と一団が大うけして、馬鹿笑いを放ちながら奥にある、支払いカウンターの方へと歩いて行きました。


「………」

「………」

 なんとなく、受付のお姉さんと無言のまま、お互い気まずい顔で視線を合わせます。


「……えーと、まあ、いまのザハールさんも、あれで人徳はあるんですよ」

 取り成す様に一言付け加えるお姉さん。

「それで冒険者の申請ですけれど……しません、よね?」


 上目遣いで困ったように確認してくる彼女に、私は貰った申請書を戻しました。


「いえ、それ以前の問題で、ここに書いてある文言の『成人(13歳)以上に限る』という資格に満たないのですが、これは特例とかあるのでしょうか?」


「へっ……!?」


 素っ頓狂な声をあげて、私の頭の先から足の先――特に胸と腰を重点的に――注視するお姉さん。思わず反射的にもぞもぞとローブの前を合わせました。


「……あの、失礼ですけれど、年齢はお幾つですか?」

 目を見開いたお姉さんに訊かれて、正直に話します。

「先月12歳になったばかりですが」

「なっ……!?」


 その途端、まるでこの世の終わりのような顔で、胸元を押さえて崩れ落ちそうになるお姉さん。

 ちなみに彼女の胸は……まあ、小柄な見た目に見合ったサイズです。


「た、確かに、成人前ということは……はあはあ、規定で……はあはあ、登録はできません…はあ」

 ぎりぎりカウンターに両肘をついて堪え、肩で荒い息を吐きながら、さすがの職業意識で答えてくれました。


「だ、大丈夫ですか……?!」

「大丈夫です。なんとも思ってません!」


 微妙に会話に齟齬があるように感じるのは私の気のせいでしょうか?

 ちなみに現在の私の身長は160センチメトルほど。まだまだ成長途中です。


「いちおう『証明書』も持ってはいますけれど?」

 私はポケットからレジーナが残していった緋色の『証明書』を取り出しかけました。


「どれどれ……へえ、ジュリアちゃんか。12歳って本当なんだ」


 と、背後から肩越しに少年と青年の中間位の声が掛かりました。

 驚いて振り返ると、革鎧を着た15歳位の人の良さそうな少年が立っています。


「……っ」

 正直、ここまで接近されるまで気が付かなかったのは不覚としか言いようがありません。

 やはり街中だと魔力波動(バイブレーション)が複雑に絡み合いすぎて、全方位の魔力探知(サーチ)が惑乱される感じです。下手に魔力に頼るよりも、気配に敏感になっていた方が有効な気がします。


「おい、ジェシー。女性の身分証を勝手に見るのは、失礼だぞ。自重しろ」

 その少年の背後に立っていた、主に胸と腰をガードしただけの扇情的な恰好をした、大柄な女戦士――兎の獣人族なのか、頭からロップイヤーの耳が垂れています――が少年を窘めます。


「まったく、ジェシーも好きだねえ。こんな魅力的なお姉さんが周りにいるっていうのに」

 同じく猫耳が生えた理知的な顔つきの少女が、少年に冷たい眼差しを送っています。


「ち、違う! 俺は単にこの子が困っているみたいだったから、手助けしようと――」

 慌てて弁解する少年。


 私は反射的に手にした『証明書』を再びポケットに隠しました。


「ああ、大丈夫。そんな警戒しないで、ジェシーは馬鹿だけど悪い奴じゃないから」

 猫の獣人らしい16~17歳の少女が、ごめんごめんと手を振りながら取り成しました。


「そうだよ。お前らが茶化すから、話が進まないじゃないか!」

「ふーん。で、どうするつもりだったのかな、女性に親切なジェシー君としては」


 少年の叫びを無視して大人の余裕で――と言っても彼女も18~19歳位ですが――受け流す女戦士。


「ええい! だからさっ、この子が登録できないなら、代わりに俺達が換金すれば問題――」

「生憎と、代理買取は規定18条の第3項で禁止されています」

 少年の言葉が終わらないうちに、受付のお姉さんが一言で斬って捨てました。


「え……? えーっ?! だって、結構、やってる奴居るぞ!?」


 目を剥く少年を言い含めるように、ゆっくりと説明するお姉さん。

「確かに、暗黙の了解でそういった例があるのは承知しています。ですが、それは悪しき慣習と言うべきもので、私ども冒険者ギルドとしては前々から是正をお願いしている懸案事項です。ですので、私の見ていないところで裏取引を行ったのであれば、こちらとしても関与できませんので見逃したかも知れませんが、こうもあからさまに堂々と目の前で代理買取に関する取り引きの現場を見せられた以上、私としては断固としてお断りをするしかありません」


「え――っ! ちょっと頭が固いんじゃないの、カルディナさん」

「なんと言われようと駄目なモノは駄目です」


 唇を尖らして不満を述べる少年(ジェシー?)と、取り付く島もないお姉さん(カルディナ?)。


「……まったく、考えなしなんだから」

「うむ。先にこちらのお嬢さんの話を聞いてから、対処を決めるべきだったな」


 仲間らしい女性二人が、ため息をついて窓口での言い争いから視線を離しました。

 その視線が私に向きます。


「お嬢さん――ジュリアさんでいいのかな? 私はあのジェシーと同じ冒険者パーティのライカという」

「あ、わたしはエレノアよ。よろしくね」

 背の高い女戦士とショートカットの少女が、気軽に挨拶してきました。


「はい、はじめましてジュリアです。ですが、私のことは『ジル』と呼んでください」


 私の言葉に頷くライカ。

「そうか、では、ジル。聞けば買取目的だとか。どうやら、あまりこの街には慣れていないようだが、よければアタシたちが商業ギルドまで案内するが?」


 思いがけない親切な提案に困惑していると、口喧嘩を切り上げたカルディナさんが、

「大丈夫よ。この子たちは一人お調子者が居るけれど、信頼できる相手だから」

 と太鼓判を押してくれました。


「そういうことだ」


 苦笑するライカの裏表のない顔を見て、私も信用することにして、私も素直に頭を下げました。


「――それでは、お手数をおかけして申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします」


「まかしておいて! ほらジェシー、行くわよ。いつまでも愚図愚図してないの!」

「なんだよ。俺が最初に声をかけたのに、お荷物みたいに」


 先に立って歩く、仲の良さそうな三人の後に付いて、冒険者ギルドを後にしかけ……軽くカウンターのカルディナさんへ一礼して、私は扉に手をかけました。


 ふと――。

「……あの証明書、まさか……ねえ、赤銅証の見間違いよね……」

 カルディナさんの呟きが聞こえた気もしましたが、空耳かと思ってそのまま外へと出たのでした。

ギルドで『証明書』を出して大騒ぎを予想されていた方々が多かったのですが、今回はあくまでギルドと冒険者の説明回とさせていただきました。


ちなみに魔物にもS>A>B>C>D>E>Fとランクがありますが、目安として同ランクの冒険者が3~5人で互角というのがおおよその強さです。


12/29 冒険者を「アドベンチャー」とルビをふることに違和感があるとのご指摘を受けましたので、ルビを外させていただきました。

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