賓客の対応とジルの激怒
「はあ……結婚というと、つまり華燭の典ですか?」
「そうです! 花の命は短くて儚いんです。支部長も種を仕込める間に、パコパコして子供を抱きたいでしょう!?」
思わず呟いた私の独白に同意する形で、獲物を前にした肉食獣のように、カルディナさんが目を爛々と輝かせて、ソファに座ったままのエラルド支部長に詰め寄ります。
「しゅ、縮地っ!?」
「わふっ?」
あまりの早業に私と本家肉食獣のフィーアですら一瞬、姿を見失ってしまったほどです。
「いやいやっ、そんな話ではないだろう!? てゆーか、はしたないぞ。落ち着き給えカルディナ君! 長旅で君は疲れているんだ。だいたい三月前から付き合いだしたという彼はどうなる?!」
必死に両手を前に出して平和的交渉でもって、暴走機関車と化した婚期賞味期限ぎりぎりの部下を押しとどめようとするエラルド支部長に対して、
「――ふっ。奴ならとっくに金髪でオッパイでかいだけの、エロく下品でパッパラパーそうな女に鞍替えしましたよ……。どいつもこいつも、そんなにオッパイがエライんか!! 巨乳が世界を救うんか!?!」
逆に地雷を踏んだのか、血涙とともに慟哭するカルディナさん。
「「「「「うわぁ……」」」」」
鬼気迫るその怨嗟の叫びに、思わず身震いをするエレン、ラナ、シャトン、プリュイ、ノワさんの五人。その視線が心ならずも流れ弾を受ける形へなった私へと、気まずそうに向けられました。
「持たざる者の僻みですね。――ま、実際偉いし、救っているんですけど。だいたい胸のない女に女としての存在意義があるんですか?」
空気を読まないコッペリアが、カルディナさんの愁傷を一刀両断します。
「ぐはぁ……!!!」
吐血して――よく見ると舌を嚙んだだけでした――倒れかかるカルディナさんを、中腰になったエラルド支部長が慌てて支えました。
「しっかりしたまえ、カルディナ君。君は魅力的だ。きっとどこかにいる素敵な相手と付き合って結婚することもできるはずだ。いや、できる!」
「うう……。支部長、ブラの下にスライムを詰めているような女に結婚する資格なんてないんでしょうか……?」
あくまで自分を安全地帯に置いてのエラルド支部長の無責任な励ましに、秋の終わりのキリギリスのような声で問いかけるカルディナさん。
「胸パッドってスライムだったの!? 初めて知りましたわ……」
「なんか、どっかの研究者が品種改良をして作った『パッドスライム』とかで、弾力は生身と遜色なく、また餌は古い角質とかを吸収するだけで体に無害。吸着力も抜群だそうです。けど、結構高いんですよね。痴漢撃退機能も付随しているとかで、持ち主以外が不用意に触ったり揉んだりすると、その相手を殴って暴れるとかで」
驚愕の事実に愕然とする私へ、なぜか『パッドスライム』とやらの詳細を知っていたエレンが、したり顔で解説してくれました。
「「「「「「……う~~ん……」」」」」」
とはいえ痴漢相手に縦横無尽に暴れ回るバストを想像すると、良い悪いは別にしてさすがに引くかなぁ……と、内心で鼻白む私たち。
「大丈夫だとも! 真実の愛の前ではそんなことは些細な事さ!」
「――些細ですかにゃ?」
もぐもぐとベーコンエッグを挟んだパンを齧りながら、シャトンが首を捻ります。
「まあ『真実の愛』というものは、基本的に無償の愛であり、相手のすべてを受け入れることが大前提ですから、確かにそれがあれば問題はないですわね?」
最後疑問形になってしまったのは、哲学的、心理学的に本当にそんな崇高な愛があるのかしら? という私の心情が吐露された結果です。
「はン。恋愛なんざ、一方的傾斜風同化願望的興奮状態であり、つまるところ一時的な精神錯乱に過ぎませんから、時間が経つにつれて変化していく不確かなもんですよ」
それを肯定するかのようにコッペリアも『真実の愛』を嘲笑します。
う~~ん、そうかも知れませんけど、それでも好きな人に名前を呼んでもらったり、名前を呼んだりすると、とっても嬉しいものですわ。
「……なら支部長、私と結婚してください。二言はないですよねぇ……?」
支えられていたはずのカルディナさんが、逆にエラルド支部長を羽交い絞めにしていました。
「えっ!? いや、そういう意味では……」
何とか逃げ道を模索するエラルド支部長ですが、自分の言葉が足枷となって心身を縛り付けます。
「やっぱり四の字固めの裏返しは効きますわね~」
反射的に救いを求める目を向けてくるエラルド支部長。技をかけたつもりが逆に追い詰められる。その状況に不用意な発言はやはり自分の首を絞めるのね、と改めて私は認識するのでした。
「いいじゃないですか。据え膳食わぬは男の恥と言いますし、相手は断崖絶壁のスライムパッド女。適当に食い散らかして、手切れ金でも渡せば問題ないですよ」
「それでもウダウダ騒ぐ場合は、権力者らしく密かに始末するにゃ。もともとヤクザ者みたいな冒険者の元締めですにゃ。なら汚れ仕事もお手のモノでしょうし、なんならご奉仕価格で、こんなもので対処しますにゃ?」
窮地に陥ったエラルド支部長の左右に移動して、こっそりと耳打ちするコッペリアとシャトン。シャトンは素早く算盤を弾いて見せています。
「ふたりとも悪魔の誘惑はやめなさい」
そう私がふたりを掣肘すると、地獄で仏とばかりエラルド支部長が何かを期待する目で私を凝視するのでした。
状況からして、これはカルディナさんを何とかして欲しい、と必死にテレパシー(?)を送っているのでしょう。多分。
助け舟を出すのはやぶさかではありませんが、そこでふと先日のコッペリアの助言が蘇りました。
『だいたいにおいてクララ様は一言が重いんですから、もっとご自覚を持って臨んでください』
なので念のためにエラルド支部長へ予防線を巡らせます。
「え~と、私が認めたり認めなかったりすると、それが略式でも非公式でも、確実に実効性を伴いますけど、それでも構いませんか?」
具体的には認めた場合、この場で聖女の名において婚姻を認めたことになりますし、認めない場合はカルディナさんに二度と結婚できない女という烙印と十字架を背負わせる形になりますわね。
そう説明をした途端、神に見捨てられた哀れな仔羊のような、絶望を湛えた目になってソファに力なくへたり込むエラルド支部長。
「……ところで久方ぶりの再会で旧交を温め合うのは結構だが、そろそろ本題に入ったほうがいいのではないか?」
気まずい沈黙が下りた室内にプリュイの辟易した声が響き渡りました。
「そうです! その通りですっ! そのために私がジュリアお嬢様直々の使命を帯びて推参したわけですから! ビジネスの話をしましょう、ビジネスの」
即座に精彩を取り戻したエラルド支部長が、ここが正念場とばかり身を乗り出して、カルディナさんを無理やり引き離しながらまくし立てます。
勢いに任せて話を有耶無耶にしようという意図が露骨ですけれど、確かに明日を当日に控えたいま、入念な打ち合わせは必須でしょうし、時間が足りないのも確かです。
「そうですわね。とりあえずいま判明しているシ、シルティアーナ王女派の派閥構成ですけれど――」
なんだか私が『シルティアーナ王女派』とか口にするのは、微妙に面映ゆいものがありますわね。もちろん、私当人とは無関係なのは重々承知していますけれど。
「――ということで、エグモント・バイアー氏が曲者なのは当然として、意外な伏兵としてアレクサンドラ王女親衛隊総団長。それとシャトンの勘では裏で糸を引いている、もしかすると黒幕と近しい関係なのは、シルティアーナ姫の侍女頭であるゾエ・バスティアではないか、とのことですわ」
私がここ一両日で手に入れた情報をつぶさに公開すると、エラルド支部長は頭の中で情報を整理しているのでしょう。非常に生真面目な表情で頷きました。
「なるほど……」
「あれ?」
そこでふとエレンが怪訝というか、意外そうな顔で私の表情を窺います。
「?」
「どうしました、エレン先輩?」
思いっきり不審な視線を浴びて、エレンが『なんでもない』という風に手を振りながら、やや早口で弁解するのでした。
「いや、大したことないんだけど。親しい知り合いでもない相手の事を『ゾエ・バスティア』なんて呼び捨てにするなんて……あ、いえ。本来誰であれ呼び捨てにする立場なのは理解しているのですが、それでもジル様にしては珍しいな、と思っただけで」
なんだかんだで付き合いの長いエレンの何気ない指摘に、私も含めて全員が虚を突かれた様子で瞬きをして、これまた同時に『ああ……』と、腑に落ちた表情で頷き合います。
「そういえば珍しいですにゃ~」
「うむ。金や立場が人間を変える……とは聞くが」
「ビックリするくらい変わってませんからねえ」
部屋の一角を占領しているシャトンが頷き、ほぼ同時に人間の感情に敏感な精霊使いであるプリュイとノワさんとが、好ましいモノを見るような目で私を見据えて微笑みました。
「――そういえばそうですわね……」
私も思いがけない無自覚な変化――以前は確かに『ゾエさん』と呼んでいたはずですが――を指摘されて、その心当たりに想いを馳せ、ふとマイペースに紅茶を飲みながらスコーンとクランペットを頬張っているシャトンの姿が目に留まったところで、脳裏で弾けるものがありました。
「……ああ、私は怒っているのですね」
その言葉で胸の奥につかえていたものが、ストンとあるべき場所へ収まった気がします。
「もしかして、ゾエ……とやらにどら猫がぶっ殺された件ですか?」
私の視線の先を追ったコッペリアが、不得要領な表情で確認をしてきました。
「ま、確かに知り合いが殺された死体を見るのはショックでしたけど」
エレンの述懐にラナも同意して頷きます。
「うにゃ~。そこまであたしのことを案じてくれていたとは感謝感激にゃ。厚い友情に感激にゃよ!」
「と、どら猫も草葉の陰で喜んでおりますが」
ケーキスタンドから追加のケーキを取り分けながら、シャトンがにへらぁとわざとらしく相好を崩しました。
「……まあ、それも確かにありますが」
友人が心臓のど真ん中を銃弾らしきもので狙撃された、その死体を目の当たりにしたショックと焦りは、いまだ生々しく私の中に爪痕を残していますが、同時に私は聖女であり一介の巫女でもあります。
血みどろの怪我人を見ても悲鳴をあげることもなく、疫病に罹って顔がドロドロに溶けた病人を前にしても逃げ出さずに、冷静に対処して健康な体に戻すべく全力――全身全霊をもって向き合うのが、治癒を行う巫女の務めであれば、何ら臆することなくその場に向き合うことができます。
たとえそれが親しい間柄の相手や家族、自分自身であっても。
とは言え――。
シャトン――いえ、豚鬼姫がシャトンをかばって絶命した瞬間に感じた慙愧の念は、いまもありありと心に残っています。
不意に何者かが放った断末魔の悲鳴と、主人を頼むという懇願、そして私に対する離別と無念の意志……いえ、遺志。
声にならない爆発したかのような思念の奔流に巻き込まれて、霊視の力がある私とプリュイ、ノワさんが、思わず立ちすくんでしまいました。
咄嗟に誰か私に近しい相手が亡くなった――殺されたことを察して、エレンやラナが無事なことを確認して、ならば誰が? と自問したところへ大慌てで駆け寄ってきた大根。
そうして、私は改めてこの結果を想像できなかった自分の迂闊さと、豚鬼姫を助けられなかった無力感に打ちひしがれ。それでも来るべく会談のために、冷静さを失わないよう気を張っているつもりでしたが、どうやら無意識の間にそうした負の感情をゾエさんに向けて、『敵』として認識していたようですわね。
失敗の原因を他人に向ける。
「度し難い。聖女だなんだと言われても、私も所詮は人間ということですわね」
理由を含めて口にした私の懺悔の言葉に、
「ま、それでも銭ゲバ猫は助かったんですから、マイナス二よりかマイナス一の方が確実に効率的ですから、クララ様はベターな選択をしたと思いますよ」
コッペリアが無味乾燥な感想を口にしました。
それに合わせて、プリュイとノワさんも私を気遣う言葉を紡ぎます。
「それは人間族だけではなく、妖精族や黒妖精族でも同じことだろう。まずは身内や同族を第一に考える。それを非難する奴は人でなしだろう」
「それが生きるモノの業ですから。ましてジル様は苦渋の選択を強いられた。そしてその犯人が明確に判明している以上、相手を憎むのは当然でしょう」
「あたしは逆にホッとしましたよ。ジル様、巫女姫になったあたりからちょっと無理して、周囲の理想に応えてましたから……で、実際に完璧にやり遂げられていたので、もしかして表面的な部分とは別に、根本的なところで喜怒哀楽とか超越しているんじゃないのかな~、とか思ってたんですけど――」
「うん。変わらないおねーちゃ――ジル様で嬉しかった」
「わんっ!」
付き合いの古いエレンとラナ、フィーアが私の背中を後押ししてくれました。
「別に聖女サマが気にすることないにゃ。ヘタを打ったのはアタシの手抜かりだし、それで仮に死んだとしても、それはそれで運命にゃ。裏仕事している以上、覚悟はしているし、逆に誰にも知られずに死ぬはずが、こんなにあたしを覚えていてくれる人間がいるとか、あたしもミルフィーユも幸せ者にゃ」
最後にシャトンがいつもと変わらぬ平然とした口調で、そう日常会話の延長のように思いのたけを口にしました。
「『去っていくのも人生だよ』――かつて私が勤めていた冒険者ギルドで一、二を争うベテラン冒険者が、高ランクダンジョンの攻略に行く前に、危惧する周りに対して語った言葉です」
私を慰めるためかエラルド支部長が、誰かを偲ぶような眼差しでそう語ります。
「私はそういう考えはしませんが、そうした考えをする人がいてもおかしくはないと思います。――とはいえ私は誰かの不幸や犠牲、哀しみの上にある幸福など認めませんし、認めたくありませんわ」
そう私が心に思うままの心情を吐露すると、
「ジル様はそのままでいいですよ」
とエレンが親友としての笑みでそう飾らない言葉で言ってくれ、同時にその場にいた全員が頷きました。
「まあ、超帝国の神サマ気取りのボケナスどもより、よっぽど地に足が付いていてマシだと思いますね、ワタシは」
軽く肩をすくめるコッペリアの相槌に、ふと気になった様子でエラルド支部長が疑問を挟みます。
「そういえば超帝国としての姿勢は、今回のオーランシュ王国に対してどのようなスタンスなのでしょうか?」
「いつものように傍観ですわね。超帝国はすべての人間や種族に平等で公平な調停者ですが、あくまで種全体に対する味方であって個体はどうでもいいというスタンスですから、誰が国王になろうとも気にしないと思いますわ」
「なるほど超越者の視点ですね。そうなるとやはり焦点は〈聖王女〉であるジュリアお嬢様の動向ですね」
思慮を巡らせながら、エラルド支部長がご自分の考えを開陳します。
すかさず紅茶のおかわりを淹れ直すコッペリアと、『まあこれでも食え、俺のオゴリだ』とばかり、ハマダイコンほどに成長した白い大根を何本か、その目の前にお茶うけに置いて去っていく大根。
「…………。え~と、以前も申しましたがエグモント・バイアーは曲者です。その過去や経歴など疑問に思われるところが多々ございますが有能なのも確かなこと。いわゆる目的を達成するためには手段を選ばない類の人間で、無論、有能な軍人や組織の長というものは、多かれ少なかれそうした面があることは否定はしませんが、多くの人間が必要悪として許容するのに対して、完全に数字や駒としか見ていない節がございます」
「つまり悪人ということか」
プリュイの合の手に、エラルド支部長は苦笑いしながら曖昧に答えます。
「本人は自分が悪だなどと思ってもいないでしょう。あくまで将来的な目的と展望を定めて、そこに至る手段としてあらゆる事を行っているのであって、逆に無私の善意と思っているかも知れませんよ」
『地獄への道は善意で敷き詰められている』――ふと、そんな地球世界の格言が私の脳裏に去来しました。
「それではエラルドさん。おそらくは十五歳の小娘など、口八丁でどうにでもなると思っているであろう、エグモント氏が明日の非公式会談で何を口に出すと思いますか?」
私の問いかけにエラルド支部長が即答します。
「そうですね。基本的に人員と物資に限りのある彼らとすれば、確実にリビティウム皇国の国教である聖女教団の後ろ盾と、聖王女であるジュリアお嬢様によるシルティアーナ姫をオーランシュの正統後継者と認めるお墨付き――いわゆる錦の御旗を要求するでしょう。そして可能であればグラウィオール帝国本国による非干渉、もしくは仲介といったところでしょう」
「ま、そんなところでしょうね」
「ですが、それは連中の問題にゃ。聖女サマには何の関係もないにゃ。できれば共倒れになってくれたほうがあと腐れがないくらいにゃ。協力するだけのメリットがないにゃ。名誉や金銭なんて提示しても鼻で嗤うだけにゃよ」
商売人らしいシャトンの意見に私も同意します。
「そうですわね。正直、あまり良い印象は持っていませんし、よく知らないシルティアーナ姫を味方する意義がありませんもの。それを曲げて協力する価値がはたしてあるのでしょうか?」
これに対してもあっさりとエラルド支部長が頷き、思いがけない切り口から私の意表を突いてきました。
「エグモント・バイアーはオーランシュ一族の非道――ことにシモネッタ妃がシルティアーナ姫に対して数々の誹謗中傷を行い、『ブタクサ姫』という汚名を着せた上、五年前に事故に見せかけて暗殺を実行したと訴えています。つまり『被害者』として『加害者』に対する正当な、正義の鉄槌を下す……という姿勢で臨むはずです」
「正義の鉄槌って……つまりは復讐ってことですわよね?」
「ええ、ですが復讐は何も生まない。あくまで公正にオーランシュ一族の暴虐と非道を暴き立てるだけです。人々の怒りと哀しみとともに。その象徴がシルティアーナ姫であるのです――といったところでしょうね」
エラルド支部長が推測した相手側の主張を聞いて第一に感じた私の感想は、
「詭弁ですわね~」
というものでした。




