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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
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ギルド長との打ち合わせとジルの勧誘

「ジュリアお嬢様、貴女はお会いするたびに私をビックリ仰天させる」

 挨拶が終わったところで、対面のソファに座ったコンスル市(いままでは町に毛が生えた程度の規模だったのですが、いまでは人口も五千人を超えた堂々たる領都と名乗ってもよい規模になったそうです)の冒険者ギルド支部長エラルド氏が、開口一番そう諦観混じりの愚痴を口に出しました。

 その背後に実際の秘書よろしく立っていたカルディナさんが、ギョッとしたような顔をして私の顔と周囲の面々の反応を窺っています。


「そうですの?」


 心当たりのない私が素直に問い返すと、エラルド支部長は微妙に黄昏(たそがれ)た表情で頷きました。

「ええ、初めてお会いした時は辺境の子爵家のご令嬢で、次にお会いした時には聖女教団の巫女姫にして、グラウィオール帝国帝族とも関係深い王女様。そしていまは二代目聖女様にして、大陸で五番目にあたる超大国建国の女王様。……わずか四、五年で冗談かと思うような目まぐるしいご出世に、私如き凡俗にはもはや言葉もなく、ただ圧倒されるだけでございます」


「……そう言われてみれば、成り行きでいろいろな肩書が増えていますわね(ついでに名前も『ジュリア(ジル)・フォルトゥーナ・クレールヒェン(クララ)ユースティティア(ユニス)グラウィス(グラウィオール)』と、寿限無寿限無(じゅげむじゅげむ)並みに長くなっていますし)。あくまで第三者に対する付帯事項であり、自分自身変わった気がしないのであまり意識してはいませんでしたけれど」


 一応、他にも超帝国〈神帝(ドミュナス)〉様の血を分けた身内――〈神子姫(みこひめ)那輝(なき)――という超特大の爆弾(レッテル)もあるのですけれど、この事実を知っているのは各国の上層部や上級聖職者だけだという話ですので(元【闇の森(テネブラエ・ネムス)】に余計な手出しをさせないための牽制らしいです)、ここでエラルド支部長に話して余計な心労をおかけするのもはばかられましたので、私は無言で微笑んで聞き流すことにしました。


「…………」

 その途端、エラルド支部長の眼差しに疑惑が混じったところを見ると、何かを察したのかも知れません。とはいえ賢明にも深く追求することなく、推定年齢アラフィフだというのにどう見ても三十歳前後の童顔をポーカーフェイスに保ちます。

 そんなエラルド支部長の大人な対応に私は改めてこの方を招聘したことに安堵するのでした。


「とはいえ、凡俗なんて謙遜が過ぎますわ。グラウィオール帝国内の大陸冒険者ギルド所属幹部の中でも、切れ者と名高いと世俗に疎い私でも聞き及んでおりますもの」


 お世辞ではなく本音でそう口に出した私の台詞に、なぜかエラルド支部長の苦笑がより深くなりました。

「そのあたりもジュリアお嬢様のおこぼれのお陰ですね。お嬢様風の表現をするのならば、私自身は『多少優秀な部類には入るかも知れませんが、あくまで凡人の範疇でのことであり、真の天才や秀才とは伍するべくもない凡百の存在』であり、それがたまたま将来的に(よしみ)を通じておけば、何らかの見返りがあるのでは……程度の気持ちで、お嬢様との繋がりに保険をかけただけ……だったものが、まさかの博奕の大当たり(ジャックポット)となっただけで」

 その一事をもって、『恐ろしく先見の明がある冒険者ギルド支部長』として、一目置かれる存在となったわけですからね、と付け加えるエラルド支部長。


「あ~、その気持ちは痛いほどわかります」

 壁際で話を聞いていたエレンが同病相憐れむという表情で頷きました。


「……ああ、バレージ嬢のご実家もこの度、准男爵家へと叙爵されたそうで、心よりお祝い申し上げ(同情いたし)ます」

 口調と態度は慇懃ですけれど、微妙に『貴族令嬢、ご愁傷様』という副音声が聞こえてきた気がするのは、私の邪推のし過ぎでしょうか?


「――そうおっしゃるエラルド様も、帝都への栄転と大幅な昇進が内々に持ちかけられている、と噂話で耳にしましたけれど?」

 そうカマをかけながらカルディナさんを見れば、明らかに視線が泳いでいます。

 まあ出どころはクリスティ女史とルーク(つまり帝国の暗部情報)なので、まず間違いない話でしょう。


 エラルド支部長ほど腹芸ができないカルディナさんの動揺と、ついでにカルディナさんを知るエレンとコッペリア、プリュイ、シャトンの疑惑に満ちた視線が、現在不自然に膨張している彼女の胸へと向けられました。

「推定Cカップ。骨格、筋肉、脂肪の分布図から類推して実体はAカップ。明らかに盛っていま(パッドで)すね」

「ち、違います違います! こ、これは不断の努力が実を結んだ結果、自然に成長した結果で――だから、エレンちゃん。そんな裏切者を見るような目でお姉さんを見ないで~~っ!!」

 コッペリアの非道な宣告に、先ほどよりもよほど慌てふためくカルディナさん。


 そんな彼女の周章狼狽ぶりに、エラルド支部長も困ったように苦笑いを浮かべて、私の問いかけを肯定しました。

「畏れ多いことでございます。どうぞ私の事はエラルドと呼び捨てにしてくださいませ。――それといまのお話ですが。う~ん、まあ、確かにそういった打診がないこともないですけれど……」


 困ったように話をはぐらかすエラルド支部長に対して、コッペリアが面白くもなさそうな顔で追及の矛先を向けます。

「おや? 確かクララ様から招聘(ヘッドハンティング)の話がいっているはずですが? 新国家での冒険者ギルド総長の地位を約束するので働かないかと。まさかクララ様からの誘いを袖にして、たかだか帝国での中間管理職の地位と天秤(はかり)にかける気じゃないでしょうね?」

「いやいやっ! そのような――畏れ多い! それに買い被りでございます。身に余る光栄ながら、私などその役が務まる器ではございませんので……」

「冒険者ギルド総長がお嫌でしたら、宰相とか外務大臣とか、好きなポストを用意いたしますけど?」


 途端、ソファに座ったまま滑り落ちそうになるエラルド支部長。


「いや、聞いてらっしゃいましたか!? なぜそこで地位と権限が爆上がりするのですか?!」

 ひじ掛けに取りすがるようにして姿勢を戻しながら、声を裏返して半ば絶叫されました。

「役不足なので、もっと上のポストを要求された……わけではなさそうですわね?」

「逆です! 私の器量ではそこそこの規模の冒険者ギルドを回すのが精一杯と、虚飾や駆け引き抜きでそう言っているだけです」


 どうやら本気で嫌がっているようですけれど、

「ん~~……。困りましたわね。正直、信用出来て文官としての能力にも長け、なおかつ実務経験も豊富な人材といえば、私はエラルド……さんの他に、最適な方の心当たりがないのですけれど」

 次点でブラントミュラー家の執事(バトラー)であるカーティスさんといったところでしょうか(家令(スチュワード)ロイスさんは番外ですわ)。とはいえブラントミュラー家出身者ばかり優遇するのは、それはそれで汚職とか贔屓とか言い出す(やから)が出てきて問題になりそうですので、ある程度バランスというか兼ね合いも心掛けないとならないと思うのですよね。


「それだけ高く買っているという証しですけれど……。それとも三顧の礼が必要でしょうか?」

 立ち上がって頭を下げようとしたところ、それよりも早く血相を変えたエラルド支部長が立ち上がって、かつてないほど取り乱しました。

「やめてくださいっ! 聖女様に頭を下げさせたなどと知られたら、確実に私の首と胴が生き別れになります。物理的に!」


 行動を遮られた私は「まあ、そういうことでしたら」と、改めてソファに腰を下ろして仕切り直すことにしました。


「確かに海の物とも山の物ともつかない、いまだ建国もしていない国家のギルド総長などという地位を提示されても空手形に終わるのではないか、と懸念するエラルドさんのお気持ちも理解できますが」

「いや全然理解していないですよね? そもそもその手の心配は一切しておりません。なにしろ頂点に立つジュリアお嬢様が圧倒的な知名度とカリスマを持ち、なおかつ超帝国の他、リビティウム皇国はもちろんのことグラウィオール帝国の後ろ盾を得て、中原諸国の亜人国家からも全幅の信頼を勝ち取り、デア=アミティア連合王国やクレス自由同盟とも蜜月関係にある。失敗のしようがないではないですか!」


 確かに国際社会的に見れば問題はなさそうですが、そうとなってもままならないのが人の世の常ですからね~。古代中国では村境にあった桑の木を巡って、子供同士が喧嘩になったのが原因で、国同士の戦争になった例もありますので、ゆめゆめ油断はできませんわ。


「では何がご不満なのでしょうか? 仮にも支部長という要職に就かれているのですから、一般的な上昇志向や承認欲求はお持ちだと思うのですけれど、私の提案は一顧だにするほどの価値もないほどつまらないことなのでしょうか?」

「そうではなくて、大任過ぎると申し上げているのです! 逆にお聞きしたいのですが、なぜ私になぞ拘泥なさるのでしょうか?」

 ここが重要だとばかり、エラルド支部長が前のめりの姿勢で聞き返します。

「いろいろと理由はございますが……」

「が?」

「端的に言えば、私の知り合いで諸々のしがらみが少なく、一番年上だからですわ」


 再度、座ったままズッコケるエラルド支部長。

「――うわっ、さすがはジュリア様。思いっきりぶっちゃけたわ」

 その背後でカルディナさんが引きつった笑いを浮かべています。

「そんな理由ですか!?」

 体勢を立て直したエラルド支部長のやるせない叫びに、私は大真面目に答えます。


「大事なことですわよ。世の中若さを経験不足や未熟さの根拠として、マウンティングや指導という名目で甘い汁を吸おうとする老害は山ほどいますもの。ですから、ある程度押し出しが利く肩書と実績を持つ年長者は必要不可欠なのです」

 私的には経験不足を補うだけの、行動力や柔軟性、情熱などがあれば、下手に完成された人間よりも未知のポテンシャルを秘めた人材の方が、建国という手探りの作業に従事するのに相応しいとも思えますけれど。

「あとついでに言えば、先ほどから連呼されている『凡人』という枠組みが重要なのです。私の周囲の人間は極端に尖った性癖と才能の持ち主が多いですので――」

 ここにいる以外でも、レジーナとかクリスティ女史とか、あとリーゼロッテ王女とかヴィオラとか、ヘル公女などなど……非才、鬼才の持ち主ですが、その代わり常識とか良識とか倫理など、そもそも標準装備されていない方々です。

「ハイレベルの自虐です――ぐはっ!」

 何か言いかけたコッペリアの横っ腹にエレンのリバーブローが叩き込まれました。


「かといって私のイエスマンではなく、規範に従って手堅く、堅実に有言実行できる方って、本当に大事ですのよ」

 そう真摯(しんし)にかき口説く私の真剣さが伝わったのでしょうか、エラルド支部長が考え込む姿勢を見せました。


 その間にダメージから回復した――そもそも本当にダメージがあったのか不明ですが――コッペリアが、したり顔で付け加えます。

「ああ、確かにそのあたりの小市民的な感覚を持った下僕は必要かも知れませんね。なにしろクララ様ときたら、睨み合う両軍が大砲を構えて緊迫している場面でも、近くで火の手が上がったら、即座に大声で『火事(Fire)だーっ!』と声を張り上げ、撃ち合いを誘発するくらいのウッカリを平気でやりますからね」

「……失礼ですわね」

 その場合は「火事ですわ~っ!」と、きちんと節度を持って周知しますわ。


 そう答えたところ、

「う~~む、これは確かに私のような者でも必要かも知れませんね」

 なぜかいきなり前向きに検討されました。

「君はどう思う、カルディナ君?」

 ちらりと振り返ったエラルド支部長がカルディナさんに意見を求めたところ、

「支部長っ、結婚してください!」

 食い気味にそう言い放ちました。

「はあああああああああああっ!?!」


 予想外の返答に唖然とするエラルド支部長にカルディナさんがまくし立てます。

「だって超大国の競合相手のいない冒険者ギルド総長ですよ! 他にも望めば宰相にでも大臣にでもなれるなんて、こんな好条件を蹴るなんてあり得ません! ぜひ受けるべきです!! そんでもって私の永久就職もお願いしま~す(おなしゃ~す)!」

 キラキラと輝く彼女の瞳はお金と欲望とで染まり切っていました。

「いやいや、落ち着きなさいカルディナ君。私はいい年をしたオジサンだよ? 目先の欲に狂って若い身空で人生の出処進退を決めるもんじゃないよ。自分を大切にするんだ!」


 何とか冷静にカルディナさんの暴走を大人の余裕で押しとどめようとするエラルド支部長ですが、

「年の差なんて関係ありません! つーか、若い嫁がもらえるんですから支部長に不都合はないでしょう? だいたい支部長は慎重すぎるんですよ。石橋を叩いて渡るのも結構ですけど、角を()めて牛を殺すことになったら元も子もないですよ! それとも……まさか偽乳(パッド)の女は眼中にない、などと言い出すつもりではないですよね……?」

 グイグイと迫るカルディナさん。


 微妙に最後のほうがおどろおどろしい怨念混じりの呪詛になっていた気がしますが――あと、エレン、プリュイの平たい胸族たちの「「うわ~、最低っ」」という、顰蹙(ひんしゅく)というか擁護の声もあり――まくし立てられたエラルド支部長が、相当に追い詰められているようでした。


「――まあ、私としてはこの流れで承知していただければ御の字なのですが」

 成り行きを見ながら、私はコッペリアの入れてくれた紅茶を口にします。

8/11 訂正しました。ノワさん(黒妖精族全般)は比較的サイズがあるので、平たい胸族から除外します。なお、成長期のラナはすでにエレンを追い越しています。

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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 待ち人来る。 有能であるが、常識人でもあるエラルド支部長は、ジルに取っても得難い人物であるようです。 その前に、某悪徳支部長と対峙しないといけないのですが、そちらの話題は皆無でした。orz…
[一言] 思わず苦笑の「平たい胸族!」・・誰が族長になるのやら・・?!エレン、プリュイ、ノワ「・・・・」お互いを指さしたのでした・・
[一言] 確かにみんなジルだのジュリアだのクララだの好き勝手に呼ぶから、主人公の名前をどう呼んだらいいのか・・・
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