強大な敵の出現と実戦の苦さ
〝カトレアの娘子軍”にも冒険者上がりの志願兵がいて、今回の豚鬼狩りに際しては新兵の訓練を兼ねて、実戦経験者四割に対して未経験者が六割という割合で混成チームを築いているとのことです。
私としては安全マージンを十分にとるのなら、この割合は逆……もしくは七:三まで持ってきたほうが無難だと思うのですが、もともと女性冒険者の数自体が少ないので、おそらくはやむなく妥協したのでしょう。
「……とはいえ、ちょっと脆過ぎますわね」
五十人がかりでノーマルの豚鬼三頭を相手に、ほぼ綱渡りの勝利を得た〝カトレアの娘子軍”の精鋭(?)たちの危なっかしさに危惧を覚えながら、私は襲い掛かってきた二メルトを超える貴豚鬼の胸元に飛び込み様、掌底の一撃を心臓の位置目掛けて放ちました。
「ブ――ゴ……ホ……!」
練り込んだ《気》を込めた浸透勁が貴豚鬼の心臓を揺らし、強制的な心不全に陥った貴豚鬼が、口から泡を吹いて棒立ちになったところへ、零距離から『氷の矢』を叩き込んでとどめを刺します。
「――ブフ!! ブグ~~ッ!!!」
「ブモ!? ブフゥゥゥ! 〝دشمن ، دانه آتش را بسوزان”」
それを見て、司令塔である豚鬼将軍が激昂し、傍らにいた杖を持って首に髑髏が連なったネックレスをぶら下げた豚鬼呪術師に指示を飛ばすと、豚鬼呪術師はすかさず怪しげな呪文を唱えだしました。
「〝آتش کینه سیاه”!」
おそらくは胸元の髑髏を媒体とした邪法でしょう。
空中に燃え盛る髑髏の形をした炎が三つ四つと浮かび上がり、怨念を放ちながら私へ向かって大きく顎を開けて殺到してきました。
「〝天鈴よ、永久のしらべ以て不浄なる魂を冥土へと送還せよ”」
実体としての炎(陽火)ではなく、霊体の炎(陰火)であろうと見定めた私は、これに対抗して浄化術を放ちます。
「〝浄化の光炎”」
真夏の太陽に照らされて、一瞬にして霜が溶けるように邪念の炎が空中で消滅しました。
「――ブ……?!?」
真正面から術を破られた豚鬼呪術師。ブーメラン効果によってすべての魔力と怨念が逆流を起こし、手にした杖と髑髏が粉々に砕け散るのと同時に、体中の穴という穴から血を噴き出して絶命するのでした。
「ちょっとオーバーキルだったかしら……?」
相手の力量に対して、私が使用した返し技が強すぎたため、有無を言わせず即死させてしまったようです。
私は平和主義者ではあっても無抵抗主義者ではありませんので、一方的に攻撃を加えてくる相手に対しては相応のしっぺ返しをしますが、『しっぺ返し』と言うには若干やり過ぎたかも知れません。
「いいじゃないですか、いまさらブタの一匹や二匹。誤差の範囲内ですよ、クララ様」
愛用のモーニングスターを振り回し、当たるを幸いに豚鬼やその手下であろう小鬼の脳天をかち割り、まとめてなぎ倒しながら、コッペリアがあっけらかんとした合いの手を入れます。
「そうだな。女と見るや有無を言わせず襲い掛かってくるような下衆の極みだ。苦しませることなく地獄に送ってやるだけ慈悲がある……と言っても過言ではないだろう」
「そう考えると、〝カトレアの娘子軍”のあの過剰とも思える豚鬼に対する仕打ちは、ある意味因果応報なのかも知れませんね」
サクサクとノーマルの豚鬼を片付けながら、面白くもなさそうな口調で同意を示すプリュイと、やや考えすぎかとも思える意見を開陳するノワさん。
「おおかたあの不細工な動甲冑を動かしていた侍女頭――えーと、ゾエとかいった女の指示ではないですかね。あの女、学園にいた時にもドクサレ猫の助手をしていた雌豚鬼を、縊り殺しそうな顔で睨んでましたからね。親でも殺されたのか知りませんけど、アレは豚鬼絶対殺すウーマンですよ、間違いなく」
コッペリアの独断と偏見まみれの断定にうんざりしながら、ざっと見て豚鬼の上級種が十五頭ほど。ノーマルの豚鬼が五十頭ほど。その手足となって使い捨てられている小鬼が百匹以上の大集団との乱戦に意識を集中します。
「というか、こっちの豚鬼の方が絶対に本命の本陣ですわよね? あちらに五十人ものうら若い女性がひしめいているというのに、なぜ進路を変えて隠れていた私たちの方へ殺到してくるのでしょう!?」
押し寄せてくる豚鬼将軍の配下である貴豚鬼たちを捌きながら、私が腑に落ちない思いで疑問を口に出すと、
「『私たち』というより、『ジルに』と言った方が正確だな」
「まあ、多少は私と『雨の空』の方へも興味はあるようですが、おこぼれというかオマケ扱いですね」
「はっはっはっはっ! 当然のことながら、有象無象の若い娘五十人より、クララ様ひとりの方が価値があるということです。ブタの分際で案外審美眼が高いですね」
精霊魔術を併用しながら距離を置いて矢を連続してうち放つプリュイや、同じく細剣で正確に相手の急所を断ち切るノワさんが異口同音に言い放ち、最後にコッペリアが何が楽しいのか、かんらかんらと呵呵大笑をして言い放ちました。
「う、嬉しくない評価ですわ……」
不本意な推測にうんざりしながら、私は向かってきた豚鬼将軍を『水刃』で一刀両断にします。
ぶっちゃけ上位種だろうが豚鬼程度なら片手であしらえるのですが(実際、魔闘術で強化すれば単純な腕力だけでも、豚鬼将軍の手足をねじ切って、背骨を折るくらいはできると思いますけれど)、爆音を立てたり煙や炎を上げたりして〝カトレアの娘子軍”の皆さんにバレないように、加減して戦うのは結構骨が折れますわね。
そうして小一時間ほど経ったところで、誰一人怪我無く豚鬼の集団を殲滅することに成功しました。
「全員、なんともありませんか? かすり傷でも破傷風になる可能性があるので、遠慮せずに言ってください。すぐに消毒をして治癒しますので」
「私はなんともないので大丈夫」
「私も、この程度で怪我をするほどやわな鍛え方はしてません」
プリュイもノワさんも軽く息を整えただけで、すぐに平常なパフォーマンスを取り戻しました。実際強がりではなく、ドラゴンや大精霊を相手にしているわけでもない、この程度の戦闘は軽い運動くらいの認識なのでしょう。
「クララ様クララ様、このブタの生肉は持って帰ってもいいですか?」
コッペリアが散乱している豚鬼の死骸を手当たり次第に亜空間収納ポケットに突っ込みながら、そう確認してきました。
「ええ、ここに置いておくと他の肉食の魔物が集まって来るので、処分しないといけませんけど……何かに使うのですか?」
炊き出しのための材料にするには、いくらなんでも量が多いと思いますけど。
「餌にしようと思いまして。ほら、クララ様常々おっしゃっていたでしょう。安定した食糧確保のために、食肉用の家畜としてのブタが欲しいと」
「ええ、鶏や羊はいるのですけど、お肉に関しては魔物肉が主流で安定しませんから」
「で、いま豚鬼とその他の魔物を掛け合わせて、食肉に適した生き物のプロトタイプを創っているところなのですが、意外と餌を食うもので……」
「……食肉用のブタを品種改良して作っているのですよね?」
「そうですよ」
「……肉食なのですか?」
「雑食ですけど、肉の方が効率がいいですね。あとちょっと凶暴で、熊ぐらいなら襲って食べます」
「それってただの魔物なのでは?」
「まあまだまだ実験段階ですからね。とりあえずワタシは『妖豚』と呼んでますけど、ゆくゆくは大々的に『妖豚場』を作るのが目標です」
熊を食い殺すような豚の飼育なんて、普通の人ができるのかしら? とはなはだ疑問に思いながら、私も手伝って豚鬼の死体を亜空間収納袋に詰め込みます。
「ふむ。〝カトレアの娘子軍”とやらはずいぶんと先に進んだようだな。くだんの豚鬼の根城である洞窟近辺まで進んでいるようだ」
「一応斥候を出したようですが、思いのほか豚鬼の数が少ないので、このまま一気に攻め込むつもりのようですね」
その間に風の精霊と『鷹の目』を使って、〝カトレアの娘子軍”の現在位置と状況を確認してきたプリュイとノワさんからの情報を聞きながら、
「まあ、ほとんどの戦力はここで潰しましたからね」
図らずも彼女たちを支援する形になってしまった私は、自虐を込めた苦笑いを浮かべるしかありませんでした。
今回の豚鬼狩り。
もちろん成功するに越したことはありませんが、仮に失敗したとしてもそこに至る過程から学ぶものがあるはずです。ですが死んでしまったら失敗を生かすこともできないので、お節介だとは重々承知してはいるのですが、万一の際に陰ながらフォローするため付いてきた私たちですが、意に反してフォローの領域を遥かに逸脱してしまったのは、我ながら計算違いも甚だしい失態です。
「それにしてもずいぶんと強行軍だな。それに先ほどのジルの注意。『万一に備えて傷口は消毒して治療しろ』というひと手間すら行っていなかったようだが……」
大丈夫なのか? と暗に先行きを懸念するプリュイの言葉に、私も思わず「う~~ん」と考え込んでしまいました。
「その程度のことは冒険者であればイロハのイなのですけどね。『傷口は洗え』『定期的に水分は補充しろ』『虫刺されには注意が必要。毒虫の可能性もあるし、そうでなくても不快な状態は精神的な不安定につながる』『休憩中は靴を脱げ。水虫になったら耐えられないから』とか、当然サバイバル経験者が指導しているものだと思っていましたが」
そう私が不安混じりに口に出すと、あらかたの豚鬼の死骸を仕舞い終えたコッペリアが、他人事の口調で軽く言い放ちました。
「もしかして、冒険者として未熟な初心者や、数少ない女性メンバーということでチヤホヤされて姫プレイしていた連中が、経験者面して部隊を率いているんじゃないでしょうかね~?」
「「「…………」」」
あり得る――と、にわかに不安を覚えた私たちは、血痕や臓物の穢れを植物と大地の精霊に浄化してくれるように頼み込み、そのまま一目散に〝カトレアの娘子軍”の後を追って走り出します。
ほどなく、小鬼の住処らしい藁小屋と、その奥にあるジメジメとした不潔そうな洞窟住居が見えてきたところで、
「「「「きゃあああああああああああ!!!」」」」
「「「「ぎゃあああああああああああ!!!」」」」
「「「「いやあああああああああああ!!!」」」」
〝カトレアの娘子軍”の乙女たちが、血相を変えて蜘蛛の子を散らすように逃げてくる様子が目に入りました。
もはや隊列も軍規も何もない彼女たち。
すわ、居残っていた豚鬼、もしくは上位種の反撃を受けて瓦解したのかと覚悟をして、なりふり構わずに私たちも救援に向かおうと即断しかけたところ――。
そんな彼女たちを追いかけて、汚らしい洞窟などに生息するヒュージ・キャメルクリケトゥ――胴体部分だけで小型犬ほどもある巨大便所コオロギが、ピョンピョンと大挙して押し寄せてくる光景を目の当たりにしたのです。
「「「「――うっ……!?」」」」
その悪夢のような光景に、思わず私たちの足もその場へ釘付けとなってしまいました。
「け、経験ですわよね。経験。便所コオロギなら、最悪齧られる程度で済みますし」
「あー、あれ面倒なんですよね。殺虫剤も利きづらいし、直接攻撃をしても脚を残して這いずってくるし、体に穴を開けるとなんか白い液が――」
「うぷぅ……具体的な説明はいいです。あと万一こっちへ来たら、『雨の空』、貴女の矢で射止めてください」
「絶対にゴメンだ! 弓も矢も穢れるっ!」
咄嗟にその場に妖精族の人払いの結界と、『幻影』の魔術を併用して迷彩を施した上で、私たちはなすすべなく……ではなくて、心を鬼にして〝カトレアの娘子軍”の皆さんの奮闘を、主に精神的に応援することに専念することにしたのでした。
7/21 修正および若干付け足しました。
×血の跡⇒○血痕




