女騎士の依頼と娘子軍のオーク狩り
「は~い、カレーもチャパティもたっぷりあるので、割り込みや喧嘩をしないできちんと並んでください。それと獣人族や半妖精族、旅妖精などの亜人をいわれなく差別して、無理やり横入した人は以後出入り禁止となりますので、それだけは肝に銘じてくださいね~」
動きやすいように髪を縛って三角巾をかぶり、エプロンをした私の前に順序良く炊き出しの列が並びます。
風の精霊を使っての注意が耳に届いたのか、全員が大人しく一列になって――多少の諍いは生じたようですが、その都度、コッペリアが量産した骸骨型ゴーレム〈撒かれた者〉が割って入って事なきを得ているようです――キラキラ(ギラギラ?)と輝く目で私の一挙手一投足に注目しています。
――なんだか珍獣になった気分ですわね……。
それでも精一杯のビジネススマイルを浮かべて、ニコニコとカレーとチャパティを振舞う私がいました。……まあ、〈巫女姫〉という十字架を背負って以来、現在の〈聖女〉に至るまで、この手の反応には慣れていますからいまさら動じることはありませんが。
ともかく食器を持参してきた方には、そこへ鍋から豆カレーをよそうようにして、ない方には金属製の器を貸して、食べ終えた順に回収をして、教会に併設された孤児院の比較的年嵩の子供たちがピストン輸送で、教会の井戸でせっせと洗い物に精を出しては、エレンとコッペリアのところにコマネズミのように運んでくれています。あとでお礼に孤児院の子供たち全員にお菓子でも配りましょう。
なお、この教会を管理している司祭様には、昨日、身分を明かして場所の確保と協力の依頼をして以来、ほとんど会っていません。白目を剥いて絶句した後、慌ただしくどこかへ出かけたので、大方聖女教団のしかるべき筋へ密告――いえ、報告を勤しんでいることでしょう。
まあ、いまさら居場所がバレたところでどうということはありませんが。
なお、当初は私の他にもこの教会のシスターである三十年配の女性と、エレンも並んで配膳を手伝っていたのですが、なんというか……その、宝くじの高額当選が出た窓口というか、アイドルグループのセンターとその他の差というか、私のところにばかり一極集中で行列が殺到して、ちょっと収拾がつかなくなりかけたため、現在はエレンとコッペリアに助手を務めてもらって、私がひとりで対応している形となっています。
また、傍らにはポッドに入った温かな香茶がありますが、こちらはさすがにセルフといたしました。
その間にラナが庭先に設えた竈の前に陣取って、旅の途中で出会った遊牧民の少年の助言に従って、乾いたラマの糞を燃料にして火の番をして、手の空いているプリュイとノワさん、そして教会のシスターが鍋をかき混ぜ、台所で小麦粉をこねて無発酵パン生地を作り、熱した鉄板(人数が多いので本当にただ大きいだけの、洞矮族の国で材料として購入した鋼材です)でチャパティを焼く作業を黙々とこなしています。
「……凄い、本物の〈聖王女〉様だ……」
「マジでキラキラしている……」
「奇麗……信じられない……はあぁ~~」
「別世界の住人って感じだな」
「おい、押すなよ。押すな押すな!」
ワイワイと騒がしい炊き出しに集まった皆さんに、「大変ですわね」「お体には気を付けてくださいね」と一声かけて、ついでに、
「何でしたら冬の間、リビティウム皇国とグラウィオール帝国を分断する熾天山脈の麓に、超帝国の意向で新たに設置された『転移門』を開放しますので、【闇の森】の外縁部のみですが、現在建築中の仮設村でよければ、そちらで過ごされてはいかがですか?」
と、さりげなく移民を奨励するのでした。
「さあさあっ、聖女サマのお墨付きである絵姿と、移民カードを兼ねたファンクラブ会員証にゃ! ノーマルが通常銀貨一枚のところ、いまなら半額! さらにゴールド会員になった方には――」
ちょっと離れたところではシャトンが胡散臭い商売をしては、時折コッペリアと謎のハンドサインを交換して頷き合っています。
忙しくて手が回らないので放置していますが、これ、私が公認していると世間で認知されるのではないかしら?
なんとなく『沼』という単語が去来するのでした。
そんな感じでいつまでたっても終わらない炊き出しの列に――気のせいかすでに二巡目に入っている人もいるような――気になってエレンに在庫の確認をします。
「材料って足りますの?」
「ええ、まあジル様が倉庫に積み重ねた分だけでも、あと十日分くらいは余裕でありそうですけど」
「足りないようなら〝妖精の道”を使って、『千年樹の枝』なり、近くの人里へ行くなりして補充をしてくるが?」
チャパティを焼きながらそうプリュイが提案してくれましたけれど、
「う~~ん、多分大丈夫ですわ。さすがに十日もあれば事態が動くと思いますもの」
そう私はあえて楽観的な口調で応えました。
その頃になれば教団からの追手も追いついてくる頃でしょうし、仮にも聖女が無償で炊き出しをしている……という状況を、各勢力なり商業ギルドなりが座して見ているだけということはないでしょう。面子にも関わる問題ですので。
そんな話をしながらも手は止めずに炊き出しの列をさばく私たちでした。
さて、午後になってさすがに人もまばらになり、私とコッペリアはともかくとして他の皆さん、ことに子供たちはへとへとに疲れているようですので、今日の炊き出しは終了とすることにしました。
「少し遅いですけれどお昼にしましょう。朝はバタバタして試作の豆カレーと、焦げたチャパティでしたので、さっぱりと雪虎とかいかがですか?」
そうプリュイとノワさんに話を振ります。
「ト、虎ですか!? 肉はちょっと……」
ドン引きするノワさんと、さすがに付き合いの長さで額面通り受け取らずに考え込むプリュイ。
「そういう名前の料理ですわ。豆腐を使った料理で、重石にかけて水気をとった豆腐を油で揚げて、たっぷりの大根おろし――大根を細かく摺り下ろして食べる料理ですの」
「「……ダイコン……」」
なぜか遠い目になったプリュイとノワさんの足元を、
『こちら最後尾』
と、私の提案で順繰りに持つようにお願いした看板を回収した大根が通り過ぎていきました。
そんな感じで全員で撤収の準備をしていたところ、ふと通りの向こうから微妙に剣呑な気配を漲らせ、こちらに向かって真っすぐに歩いてくる、それなりに身なりの良い――上流階級とは言い難いですが、中流階級か上層労働階級といったところでしょう――私とさして年の変わらない女性たちが目に入りました。
それだけなら珍しくないですが、全員が帯剣をしてスカートの代わりに乗馬ズボンに革靴を履いているとなると、目立つなんてものではありません。
先ほどまでの和気藹々とした雰囲気から一転して、さりげなくコッペリアやシャトン、プリュイ、ノワさんが自然な感じで脱力をして、いつでも迎撃可能な体勢を整えます。
無駄に力まないところがくぐってきた修羅場と実戦経験の差ですわね。
その間に状況を察したエレンとラナが、教会のシスターと子供たちをさりげなく誘導して教会内へと率先して避難させます。
さて、何のトラブルかしら? と、向かってくる彼女たちを目を凝らして眺めた私ですが――。
「――あら?」
思いがけずに知った顔に思わず脱力して、目を瞬かせてしまいました。
そうして、凝然と見つめる私の前へ五人の女性たちが並んで、お互いに目配せしながら誰がどう話を切り出すか――と、気後れした態度でモジモジしていたので、私の方から話しかけます。
「お久しぶりです。リージヤ・ルフィナ・クライネフさん、カーヤ・アンネリーゼ・シュナーベルさん、オレリア・エグランティーヌ・バイヨさん、エルマ・フレデリック・バルケネンデさん、オーサ・エディット・オーグレーンさん」
ひとりひとりのお顔を確かめながらそう挨拶をすると、全員が驚愕した表情で狼狽えます。
「……ああ、成金デコに金で雇われて、身の程知らずにもクララ様に勝負を挑んで、予想通り砕け散った下級貴族の娘連中ですね」
同じく面識のあったコッペリアがゴミ箱に捨てた後のチリ紙に対するような、果てしなくどうでもいい口調で呟きました。
「皇華祭以来ですわね。それにしても、学園でもないこのような場所でお会いできるとは、世の中数奇で狭いものですわ」
『日常とはとても小さな奇跡のつながりである』と言ったのは誰だったかしら? と思いながら私はビジネススマイルではなくて、心からの親愛の情を込めて笑いかけます。
まあ、思いがけない場所で思いがけない人物に会う偶然って、割とよくあると言えばよくあることですので、実のところそれほど驚きはありませんが。
途端、なぜか一層顔を真っ赤にした五人の皆さんがワタワタと泡を食った様子で、ひとしきり混乱していたのですが、どうにか持ち直したらしい一同の中でもとりわけ長身――それもそのはず巨人族の血を引くのだとか――で、二メルト近くあるリージヤさんが、代表をして一歩前に出てきて私へ向かって、ポニーテールにしてある金髪を下げました。
「ありがとうございます、聖女様。まさか私どものことを覚えていてくださったとは……!」
そう言って言葉にならないようです。
他の皆さんも感無量という態度で感動に打ち震えています。
「そんなにかしこまらないでください。私たちお友達ではないですか?」
同じ学び舎で学んで、肩を並べて競技に参加したのですから、私としてはもう友人というくくりなのですが、そう口にした途端、リージヤさんたちはとんでもない! とばかり大きく目を見張りました。
「そんな畏れ多い! それに我々はもうリビティウム皇立学園生ではありません。学園を辞め、姫将軍シルティアーナ様に付き従う『カトレアの娘子軍』に所属する一介の騎士でございます。聖女にして旧ユニス王国の王族であるクレールヒェン王女様とは、本来であれば口を利くことはおろか、こうして顔を合わせるのも不敬というもの!」
わー、頭が固い。
「……はあ、別にそんな杓子定規に考えなくてもいいと思いますけど」
「そうは参りません! 我々の行動ひとつに姫将軍様の威信がかかっておりますので」
う~~ん。なんだか無理をして『騎士』をやっているみたい。もうちょっと肩の力を抜かないと、肝心なところでポカをしそうで心配ですわ。
「はあ、それで……私に何かご用でしょうか?」
目的があって来たのではないかと水を向けると、本来の訪問の目的を思い出したのでしょう。若干決まり悪げに目を泳がせてから、軽く咳をして居住まいをただしたリージヤさんが、お仲間同士で目配せをしてから、思い切って用件を告げました。
「はい。その、厚かましい相談だとは重々承知しているのですが、実は明日、我らカトレアの娘子軍は訓練と周辺の安全のために豚鬼狩りをする予定でおりまして、その……人数や装備、練度などは問題ないと自負しているのですが、いかんせん治癒術師が不足しておりまして――」
「聖女サマの治療だと、軽い怪我で金貨十枚、重傷で金貨三十枚。重体だと金貨百枚が最低報酬にゃ! びた一文まけられないにゃ」
「そっすね。学園での馴れ合いじゃないなら、当然正当な報酬を請求する権利と払う義務がありますから」
リージヤさんが言い切る前に、シャトンとコッペリアがぴしゃりと切って捨てます。
そのぼったくりともいえる金額を前に、社会人数カ月程度の元下級貴族令嬢で、現女騎士である五人組は、言葉にもならずに大きく口を開けて呆然となるのでした。
7/19 訂正
・×娘子隊⇒○娘子軍
・×年上の⇒○年嵩の




